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歯車

王都中央闘技場を包み込むのは、もはや熱狂を超えた「宗教的狂信」に近い空気だった。

収容人数五万人。チケットは定価の百倍で取引され、入れなかった群衆は外壁を取り囲み、魔法の投影板スクリーンを食い入るように見つめている。

「「「リアム! リアム! リアム!!」」」

地鳴りのような咆哮。だが、その中心に立つ当の本人は、胃液が逆流するのを必死に堪えていた。

(……死ぬ。今日こそ死ぬ。なんでこんなに人がいるの? 遺書、書いておけばよかった……)

リアムの向かい側には、王国第2位ギルド【スクエア】のマスター、グランが立っている。

彼の放つ闘気は物理的な圧力となって大気を震わせ、石畳の舞台に亀裂を走らせていた。


「ひい」


リアムの悲鳴は、観客の歓声にかき消された。


「始め!!」

審判の声が響いた瞬間、グランが動いた。

「――【奥義・砕星斬】!!」

グランの巨躯が光速と化す。手に持った大剣が魔力を吸い込み、巨大な光の刃となってリアムの頭上から振り下ろされた。地面に触れずとも、その風圧だけで周囲の石畳が粉々に砕け散る。

(あ、終わった。)

リアムが目を閉じた、その瞬間。

――パァァァァァァァァン!!!

闘技場全体が白光に包まれた。

耳を裂くような衝撃音。だが、リアムに痛みは訪れなかった。

恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

グランの放った全力の斬撃が、リアムの鼻先数センチの場所で「見えない壁」に激突し、逆にグランの大剣が根本からバキバキに砕け散っていたのだ。

「な……にっ!?」

グランの瞳が驚愕に見開かれる。

それだけではない。守護霊の反撃は、物理的な破壊に留まらなかった。

リアムを中心に、漆黒の衝撃波が円状に広がる。

それは守護霊が放つ「負の魔力」。リアム本人は「うわっ、なんか黒いの出た!」と飛び退いただけなのだが、周囲の目にはこう映った。

「見ろ! 魔法陣も詠唱もなしに、空間そのものを圧壊させたぞ!」

「グランの奥義を、瞬き一つせずに跳ね返した……!」

「……くっ、まだだ! 私は認めん、認めんぞ!!」

グランは砕けた剣を捨て、素手で殴りかかる。

【スクエア】の秘技、魂を燃やして放つ究極の連撃。だが、そのすべてがリアムに触れる直前、空中で「凍りついたように」停止した。

守護霊の細い指が、グランの心臓付近の空間を「指パッチン」で弾く。

――ドォォォォォン!!

グランの巨躯が、まるで大砲で撃たれたかのように闘技場の壁まで吹き飛ばされ、そのまま壁に埋まった。

「……は、はは。……大丈夫、かな?」

リアムが心配そうに声をかける。

だが、群衆はそれを「敗者への冷徹な慈悲」と受け取り、熱狂は臨界点を超えた。


壁に埋まったグランは、朦朧とする意識の中で悟った。

(……馬鹿な。私は、何を相手にしていた……? 弱い? 奴が弱いだと? ……違う。奴は『弱すぎて見える』のではなく、『強すぎて次元が違いすぎて、弱く見えていただけ』だったのだ……!)

「……私の、負けだ……。殺せ、リアム……」

グランが絞り出した言葉に対し、リアムは慌てて手を振った。

「いやいや、殺さないよ! 怪我してない? 救護班呼ぼうか?」

(……どこまで底知れない男だ。この私を倒しておきながら、傷一つ負わせなかっただと? 完璧な加減……。全盛期のムドーすら超えている……!)

グランは完膚なきまでに、その「精神」を折られた。

王国第2位ギルドの敗北。それは、リアムが「名実ともに世界最強」として認定された瞬間だった。


夜。

ギルド【マスターピース】は、祝杯をあげるメンバーたちで溢れかえっていた。

だが、その喧騒を離れ、リアムは自室でぐったりと横たわっていた。

「もう……限界だ……。なんで勝っちゃうんだよ……」

そこへ、静かに扉が開く。

入ってきたのは、白衣を脱ぎ捨て、薄いシルクのシュミーズだけを纏ったアクアだった。

「リアムさぁん。今日はお疲れ様でしたぁ。……決闘で興奮したお体、私が『冷却』してあげますねぇ」

アクアの手には、怪しく発光する紫色の液体が入った小瓶が握られていた。

「アクアさん……それ、何?」

「ふふ、新開発の『感度増幅剤・極』です。……今日はグランさんを倒したお祝いに、普通のセックスじゃ味わえないような、脳が溶ける体験をプレゼントしますねぇ」

アクアはリアムの上に跨ると、無理やりその液体を自分の口に含み、口移しでリアムの喉へと流し込んだ。

「んむ……っ!? げほっ、……あ、熱い、体が……っ!」

「あはぁ、効いてきましたねぇ。……リアムさん、今、指先で触れられるだけで、体中に電流が走ってるでしょう?」

アクアがリアムの耳元で囁き、そっと乳首を指でなぞる。

「ひぎぃっ……!? あ、ああああっ!!」

過敏になった神経が、わずかな刺激を数千倍の快楽へと変換する。

「いい声……。さあ、今夜はイブちゃんも、カエデさんも、サオリさんも……みんな外で順番待ちしてますよぉ。……リアムさんが『壊れる』まで、私が管理してあげますからねぇ」

アクアは眼鏡を外し、冷徹な科学者の瞳から、飢えた牝豹の瞳へと変貌した。

彼女はリアムのズボンを引き裂くと、脈打つ獲物を一気に奥まで飲み込んだ。

「……んんっ、ふぅ……っ! リアムさんの、ここ……いつもより、ずっと熱くて、硬いですよぉ……。私の薬で、ずっとイかせ続けてあげますねぇ」

アクアの執拗な吸引と、薬物による神経の暴走。

リアムの悲鳴のような喘ぎ声が、夜のギルドに響き渡る。

一人が終われば次が来る。

最強のリーダーには、休む暇など一秒も与えられないのだ。


その喧騒を、最上階の窓から眺める人影があった。

賢者ムドーである。

「ホッホッホ……。守護霊も、ようやく馴染んできたようじゃな。……18年前のあの日、ワシがお主に『それ』を憑かせたのは間違いではなかったわい」

ムドーが独り言を漏らす。

その瞳には、リアムへの慈愛などは微塵もなかった。

あるのは、完成しつつある「最強の駒」への、歪んだ満足感だけ。

「もっと輝け、リアムよ。世界が絶望に染まるその時まで、お主には『神』でいてもらわねばならんのじゃからな……」

物語の歯車は、リアムの預かり知らぬところで、より深く、より残酷に回り始めていた。

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