不動の騎士
【マスターピース】最強パーティの最後方で、常に静かに控える巨漢がいる。
騎士、グレン。
その槍さばきは、もはや武技の域を超え、一種の自然現象と称される。
彼が槍をひとたび振るえば、真空の刃が地平の果てまで敵を断ち切り、その突きは城壁を紙細工のように貫く。かつて一国を滅ぼしかけた古龍を、その場から一歩も動かずに串刺しにしたという伝説を持つ男だ。
だが、この「歩く要塞」とも呼ぶべき男には、幼少期からの揺るぎない信念があった。
「俺の槍は、リアム様の足元に及ぶことさえない」
リアム、グレン、そしてピンク髪の姉妹リリーとマリー。
この四人は同じ村で育った幼馴染である。
幼い頃から、リアムに石を投げる者はその石が不自然に跳ね返って自滅し、リアムを襲う野犬は触れてもいないのに爆散した。
それらすべて――最強の【守護霊】による自動防衛を、幼い三人は「リアムの底知れぬ力」だと確信し、その背中を追い続けてきた。
この四人に、後から合流したカエデ、イブ、アクアの三人が加わり、今の七名による「最強パーティ」が完成したのだ。
ギルド「マスターピース」の一角で、リアムたちは束の間の休息を楽しんでいた。
「リアム様、見てください! このリンゴの皮、途切れずに剥けました!」
「リリー、リアム様はそんなことより、私の新しい技の話を聞きたいんだってば」
リリーとマリーが相変わらずリアムの両脇を固め、グレンが静かにお茶を啜っている。
「ふふ、二人とも仲が良いね」
リアムは引きつった笑いで答える。内心では、昨夜のイブとの激しい情事(と掃除)で体がバキバキだった。
そこへ、受付嬢のサオリが血相を変えて駆け寄ってきた。
「リアムさん! 緊急事態です! 北門付近にランクSSの変異種『デス・キマイラ』が出現しました! 他のギルドでは足止めすら不可能です!」
「……えっ、SSランク? また?」
リアムが絶望に顔を青くする間もなく、グレンが静かに立ち上がった。
「リアム様、俺たち四人で行きましょう」
「あ、うん……そうだね(本当は行きたくないけど!)」
北門の外は、阿鼻叫喚の地獄絵図……になるはずだった。
だが、そこにリアムたちが到着した瞬間、絶望は一方的な「掃除」へと変わる。
「『金剛外殻』!」
リリーの魔法がリアムを不可視の結界で包む。
「どきなさいよ、この雑種!」
マリーの拳がキマイラの三つの頭を同時に粉砕する。
「――穿て」
グレンの槍が空気を切り裂き、逃げようとしたキマイラの胴体を地面に縫い付けた。
「「「おおおおおお!! すげえ、瞬殺だ!!」」」
集まった大衆から地鳴りのような歓声が上がる。
その群衆の中に、今日もあの男がいた。
ギルド【スクエア】のマスター、グラン。
彼は冷徹な眼差しで、獲物を仕留めた後のリアムの挙動を凝視していた。
(……やはりだ。間違いない)
キマイラの死体から立ち上がる死の霧に怯え、小さく肩を震わせるリアム。
戦いを見守るその瞳には、戦術的な計算も、強者の余裕もない。あるのは純粋な「恐怖」と、事態が早く終わってほしいという「凡夫の祈り」だけだ。
(あいつは……弱い。確信したぞ。これ以上、この茶番を続けさせるわけにはいかない)
グランは意を決し、歓声に沸く群衆を割って、リアムの正面へと歩み寄った。
「……そこまでだ、マスターピースのリーダー」
リアムが驚いて振り返る。
「え、あ、スクエアのグランさん……?」
「単刀直入に言う。リアム、貴様……本当は、弱かろう?」
その場が、凍りついたように静まり返った。
リアムの心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
(バ、バレた……!? なんで!? 今日の僕、何か失敗したっけ!?)
「貴様の動きには実戦の理がない。魔力も感じられん。貴様はただ、その優秀な部下たちに守られ、神輿に担がれているだけの飾りに過ぎない」
「え、えーと、それは……」
リアムが冷や汗を流しながら言葉を濁そうとした、その時。
「……貴様、今、何と言った?」
低く、地を這うような声。
グレンの周囲の空気が、物理的な圧力を伴って歪んだ。
リリーとマリーの瞳からはハイライトが消え、底なしの殺意がグランへと向けられる。
「リアム様が、弱い……? 冗談はやめて。あんた、死にたいの?」
「私たちのリアム様を侮辱するなんて……。マリー姉さん、この男、ここでバラバラにしてもいいよね?」
三人の幼馴染が放つ絶望的なまでのプレッシャーに、周囲の観客は悲鳴を上げて逃げ出す。だが、グランもまた王国ナンバー2。その威圧に耐え、不敵に笑った。
「ならば証明してみせろ。明日、闘技場にて私と一対一の決闘だ。貴様が真の強者なら、断る理由はあるまい?」
「なっ……決闘!?」
リアムは叫びそうになった。死ぬ。確実に殺される。
だが、拒絶しようとしたリアムの口を、グレンの言葉が封じる。
「いいでしょう。リアム様がわざわざ手を汚すまでもありませんが……その増長、リアム様が直々に叩き潰してくださるはずだ」
「え、グレン君!? ちょっと!?」
「受けて立ちましょう。明日、王国の民の前で、どちらが真の最強か、はっきりさせようではないか」
グランはそう言い残し、立ち去った。
残されたのは、絶望に暮れるリアムと、戦意に燃える仲間たち。
「ナンバー1対ナンバー2」の決闘の噂は、文字通り瞬時に王国全土へと広まった。
その夜。
ギルド「マスターピース」の最上階。重厚な黒檀のデスクの向こう側に、一人の老人が座っていた。
白長須に白髪。深い知性を湛えた瞳。
ギルドマスターにして、伝説の賢者、ムドー。
彼は決闘を明日に控えたリアムを呼び出すと、楽しげにホッホッホと笑った。
「いやはや、賑やかになったものじゃ。王国の順位を賭けた決闘か。これに勝てば、我がギルドの権威は不動のものとなろう」
「あの、ムドーさん。実は僕、体調が悪くて……」
「リアムよ」
ムドーの瞳が、一瞬だけ鋭く光った。それは、この世の理をすべて見通すような、底知れない圧。
「お主の力は、ワシが一番よく知っておるつもりじゃ。……まさかとは思うが、万に一つも負けるなどということはあるまいな? もし敗北などすれば、ワシの面目は丸潰れ。……その時は、ワシが直々に稽古をつけてやらねばならんのう。ホッホッホ……」
ムドーの背後に、巨大な魔力の残影が揺らめく。
それは「負けたら死よりも恐ろしい特訓が待っている」という、逃げ場のない宣告だった。
「……あ、はは。……頑張ります……」
リアムは、力の抜けた声でそう答えるのが精一杯だった。
味方は狂信者。敵は確信犯。上司は怪物。
絶体絶命のリアムの前に、運命の決闘の朝が迫っていた。




