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「オルフェン平原」の崩壊した大地が、凄まじい魔素の激突によって悲鳴を上げていた。

世界を滅ぼす厄災【創世の残滓カタストロフ・コア】。数千メートルの巨躯を誇るその不定形の異形は、周囲の空間そのものを腐食させる黒い霧を噴き出し、全人類の軍勢を蹂躙してきた。

だが、その進撃は、黄金の飛行艦【マスターピース号】から舞い降りた「最強の側近たち」によって、完全に足止めされていた。

「……リアム様の見つめる戦場です。一寸の不浄も残してはなりません」

白銀のドレスを翻し、リリーが魔導書を宙に浮かせた。

瞬間、不毛の地となった平原の底から、数条の「世界樹の幹」が龍のごとく這い出し、怪物の巨躯を縛り上げる。怪物が咆哮し、周囲の空間を物質ごと消滅させようとするが、リリーの植物はそれを上回る速度で魔力を吸収し、無限に増殖を繰り返した。

「……リリー、そのまま固定して。……熱線、最大出力」

イブが天空へと杖を掲げると、雲を割って九つの擬似太陽が整列した。【九陽天墜ノナ・ソラリス】。太陽のプロミネンスにも匹敵する超高熱の光線が、怪物の頭部へ集中的に降り注ぐ。大気が一瞬で蒸発し、怪物の肉体がドロドロと溶け落ちていく。

「あら、良い検体だと思ったけれど、リアム様の邪魔をするなら灰になってもらうわ」

アクアが戦場全域に投下したのは、空間の因果律すら書き換える新型の「崩壊触媒」。イブの炎と反応したそれは、怪物の防壁を分子レベルで分解し、再生の余地を奪っていく。

その猛攻の遥か後方。

リアムは、あまりの衝撃波と天地を割るような光景に、腰を抜かしたまま**「完全に微動だにせず」**デッキの戦術椅子に座り込んでいた。

指一本動かせないほどの極限の恐怖。だが、生き残った兵士たちの目には、それが「絶対強者の余裕」と映っていた。

「見ろ……リアム様は動きもしない。あの次元の違う戦いを、ただの『庭掃除』として眺めておられるんだ……!」


しかし、世界を創り損ねた神の不要物は、それほど甘い存在ではなかった。

「ア、ア、ア、アアアオォォォォォ――ッ!!」

怪物の背面に浮かぶ数万の「人間の泣き顔」が一斉に目を血に染め、叫んだ。

それは音波ではない。世界の法則そのものを強制的に「死」へと書き換える、因果の呪詛。

バリン、と空間が割れる音がした。

リリーの世界樹の根が根こそぎ腐り落ち、イブの九つの太陽が黒い虚無に呑まれて消滅する。

「なっ……!? 私の定義した空間が、内側から拒絶された――」

アクアが驚愕に目を見開いた瞬間、怪物の不定形の触手が、光速を超える速度で側近たちを強襲した。

「……リリー、危ない……!」

マリーが突風となって割り込み、その強靭な腕で触手を迎撃せんとした。これまであらゆる怪物をワンパンで粉砕してきた、最強の物理肉体。

だが、激突した瞬間、マリーの腕から、初めて**「鮮血」**が吹き飛んだ。

「……くっ……!?」

衝撃波でマリーが地面を転がる。さらに、怪物の呪詛が空間を爆発させ、リリー、イブ、アクア、カエデ、エレーナ、アリス、グレンが、次々と血を吐いて大地へと叩きつけられた。

全員が呼吸を乱し、その美しい身体に深い傷を負っている。これまでの戦いで、掠り傷一つ負ったことのなかった「無敗の神々」が、初めて明確に「敗北」の危機に瀕していた。

「あ……ああ……みんなが……」

デッキからその光景を見たリアムの脳裏に、かつてない感情が去来した。

怖い。全員化け物だと思っていた。でも、彼女たちはいつだって、自分のために戦ってくれていた。怪しい薬を飲ませてきたり、部屋に茨を這わせてきたり、ワンパンで山を消したりするけれど、自分を「主」として慕い、守ってくれていた大切な仲間たちなのだ。

その彼女たちが、目の前で血を流し、傷つき、倒れている。

――その瞬間、リアムの中で、恐怖のメーターが完全に振り切れ、何かが「パチン」と弾けた。

「……ふざけるなよ、……おい」

リアムの瞳から光が消え、底冷えするような声が漏れた。

彼は立ち上がった。いや、立ち上がらされたのだ。彼の怒りに呼応して、彼の内に眠る「真の怪物」が、その目を覚ましたからである。


リアム自身は、ただ頭に血が上って「みんなを傷つけるな!」と叫びたかっただけだった。

しかし、彼が放った一歩の踏み込みは、世界の物理法則を完全に停止させた。

ゴオォォォォォォォォォォォォンッ!!!

戦場全域の重力が消失し、瓦礫が宙に浮く。

リアムの背後に、誰の目にも見えない、しかし世界そのものを圧殺するほどの質量を持った**「不可視の守護霊(絶対的な虚無の巨神)」**が顕現した。

それは、リアムが「ただの一般人」として平穏を望む精神の裏側に隠された、世界の歪みそのもの。主の怒りを察知した守護霊は、完全に暴走を始めた。

「ア……ッ? アアア……!?」

先ほどまで人類を嘲笑っていた【創世の残滓】が、初めて「本物の恐怖」に直面し、その数万の顔を恐怖に歪めて後退しようとした。だが、もう遅い。

リアムが、ただ怒りのままに、前方の怪物に向けて右手を突き出した。

「……消えろ」

その瞬間、音が消えた。光が消えた。

リアムの背後の守護霊が、その不可視の両手で、数千メートルの怪物を「空間ごと」鷲掴みにした。

そして、ただ雑巾を絞るように、軽く捻った。

――パシッ。

果実が潰れるような、呆気ない音が響いた。

次の瞬間、世界を滅ぼすはずだった厄災【創世の残滓】は、血の一滴すら残さず、因果の地平の彼方へと**「存在そのものを完全抹消」**された。怪物がいた場所には、ただ、宇宙の深淵を思わせる完璧な球体状の真空空間が、ぽつんと残されているだけだった。

魔法による破壊ではない。物理による撲滅でもない。

ただ「そこにいてはならない」という神の意志によって、怪物は最初から歴史にいなかったかのように、消し去られたのだ。


静寂が、オルフェン平原を支配した。

割れていた雲からは、今度こそ本物の穏やかな陽光が差し込み、傷ついた側近たちの体を照らした。

「……いま、……何が起きたの……?」

リリーが、血を拭いながら呆然と呟いた。

アクアも、イブも、マリーも、自分たちを追い詰めた絶望が一瞬で消滅した理由が分からず、ただ、マスターピース号のデッキで、右手を突き出したまま静かに息を荒げているリアムの姿を見上げていた。

もちろん、守護霊の姿は誰の目にも見えない。魔力の発露すら感知されなかった。

つまり、周囲の生存者たち、そして側近たちが出した結論は、唯一つだった。

「……リアム様が、……『瞬き』一つで、厄災を消した……」

エレーナが、涙を流しながらその場に跪いた。

「なんという慈悲、なんという圧倒的な御力……! 私たちが傷つくのを見て、初めてその真の『神威』を解放されたのですね……!」

「「「リアム総帥、万歳!!! 真の神、リアム様万歳!!!」」」

生き残った数千の兵士たちが、大地を揺らすほどの歓声と、狂信に満ちた祈りを捧げ始める。

「……あ、あはは。……消えちゃった。……っていうか、みんな無事? 良かった……。……でも、なんかみんなの目が、さっきより数倍怖くなってる気がするんだけど……」

リアムは、自分の放った一撃(の裏で暴走した守護霊)が、自らの「平穏な隠居生活」を完全に粉砕し、全大陸の「絶対神」としての地位を不動のものにしてしまったことに気づき、そっと涙を流した。

王都のムドーは、遠隔水晶で「厄災が一瞬で概念消滅した光景」を見届けた瞬間、持っていた胃薬の瓶を落として粉々に砕き、そのまま静かに白目を剥いて、二度と現実の世界へ戻ってこない決意を固めるのだった。

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