禁忌再誕
大陸の西端、険峻な山脈に抱かれた小国ギルバート。そこは千年の間、ある「禁忌」を守り続けてきた。だが、異常な魔素の変動により、山脈そのものが蠢き、地響きと共にその「禁忌」が目を覚ました。
「報告! ギルバート王都、崩壊! 魔物の咆哮だけで城壁が砂となり、周囲の村々が空間ごと消失しています!」
ユニオン本部に飛び込んだ悲鳴のような緊急要請。それは、かつて神代の時代に封印されたという伝説の魔獣、**「終焉を喰らう者」**の覚醒であった。
ムドーは報告書を握りつぶし、白目を剥いて叫んだ。
「よりによってこのタイミングか! ……あやつらは今、ようやくリアムの『静養』に付き添ってピクニック気分なのじゃぞ! 誰がこの死神の群れを呼びに行けるというんじゃ!」
と、ちょうどその時、王都の上空に巨大な魔導飛行艦【マスターピース号】が静かに姿を現した。
ギルバート王都の廃墟。数万の難民が、自分たちを追い詰める山のような巨獣を前に死を覚悟したその時。空から七つの光が舞い降りた。
「……あ、あはは。……あんなの、僕がどうにかできるわけないじゃないか……。ムドーさん、これ無理だよ……」
腰を抜かさんばかりに震え、マリーの肩に縋り付くリアム。
だが、周囲の「信徒」たちの解釈は異なっていた。
「……見ろ、リアム様だ! 敵があまりに矮小すぎて、あのお方は失笑しておられるぞ!」
「救世主様……! あの怪物を、どうかお救いください!」
「……安心してください、リアム様。あんなガラクタ、私が指先一つで片付けてきます」
マリーが静かに、しかし大地が悲鳴を上げるような踏み込みで一歩前へ出た。
マリーは、目前にそびえ立つ標高数百メートルの巨獣を見上げた。怪物はその巨躯から死の波動を放ち、万物を腐食させていく。
「……リアム様の景色を、汚すな」
マリーが拳を握り、軽く――本当に、羽を払うような動作で突き出した。
――ドォォォォォォォォン!!!
轟音と共に、巨獣の胴体が「概念」ごと消し飛んだ。
魔法耐性も、物理防御も関係ない。ただの質量と速度が臨界点を超えた時、物質は存在することを許されなくなる。巨獣は断末魔すら上げられず、空の彼方まで「赤い霧」となって散った。
「おおお! さすがマリー様! ワンパンだ!」
歓喜に沸く兵士たち。だが、マリーは眉を顰めた。
「……手応えが、軽すぎる。……これ、……赤ん坊」
地響きが、先ほどとは比較にならない規模で山脈を揺らした。
崩れ落ちた山脈の奥から、今倒した怪物を「豆粒」のように見せるほど巨大な、数千メートル級の個体が、一匹、二匹……合計七匹、ゆらりと這い出してきたのだ。
「……お父さんとお母さん、……それに親戚の人たちも出てきちゃったみたいだね」
アクアが、頬を赤らめながら楽しそうにフラスコを揺らした。
「ひ、ひぃぃぃ! 帰る! 僕、今すぐ王都に帰るよぉぉぉ!!」
リアムの悲鳴が響く中、リリーが冷徹に宣言した。
「……リアム様。……どうか見ていてください。貴方の庭を荒らす害獣を、私たちが一匹ずつ、丁寧に『掃除』する様を」
逃げ惑うリアムを無視し、最強のパーティが散らばった。
リリーは魔導書を開き、一匹の巨獣の足元に手を触れた。
「……大地よ、その貪欲な命を飲み込みなさい」
瞬間、地表から「世界樹」の苗木が爆発的に成長し、巨獣の全身を縛り上げた。怪物は自慢の怪力で引き千切ろうとするが、リリーの植物は怪物の魔力を吸い取ってさらに硬度を増す。数秒後、数千メートルの巨獣は巨大な「緑の彫像」と化し、その全身から美しい花を咲かせて沈黙した。
「あら、貴方の細胞、とっても面白い構造をしてるわね。……でも、私の薬の方が少しだけ『強い』みたい」
アクアが投げつけた一本の小さな瓶。それが怪物の皮膚に触れた瞬間、超高濃度の「溶解呪毒」が全身を駆け巡った。巨獣の硬質な鱗が、まるで熱したバターのようにドロドロと溶け落ち、悲鳴すら上げられぬまま、地面に巨大な紫色の「池」を作り出した。
「リアム様の行く手を遮る愚か者には、太陽の接吻を」
イブが杖を一振りすると、上空に九つの擬似太陽が出現した。
【九陽天墜】。
一匹の個体に集中して降り注いだ熱線は、怪物の分子構造そのものを焼き切り、一瞬で蒸発させた。後に残ったのは、ガラス状に変質したクレーターだけだった。
「……邪魔」
カエデが剣の柄に手をかけた。その瞬間、彼女の姿が消えた。
巨獣が首を振り回そうとした時には、既にカエデは怪物の背後に立っており、静かに納刀した。
――カチリ。
音が鳴った瞬間、数千メートルの首がズレ落ち、切断面から鮮血が噴水の如く噴き出した。剣聖の極致は、巨体すらも「薄紙」と同じ扱いであった。
「迷える魂に、リアム様の慈悲(物理)を」
エレーナが祈りを捧げると、天から巨大な「光の杭」が無数に降り注いだ。
それは怪物を浄化するのではなく、その巨躯を大地に縫い付け、一ミリの動きも許さない。エレーナは微笑みながら、動けない怪物の眼窩に巨大な光の十字架を突き立てた。
「リアム様の前を歩く資格があるのは、我らのみだ」
グレンは槍を一本、地面に突き刺した。
ただそれだけで、周囲の重力が数万倍に跳ね上がった。巨獣は己の自重に耐えきれず、メキメキと骨を砕きながら地面に陥没し、そのまま肉の塊へと圧縮されていった。
そして最後の一匹。
仲間たちの戦いを見て、恐怖で逃げ出そうとした巨獣の背後に、マリーが音もなく回り込んだ。
「……リアム様、……もうお腹すいたって。……早く終わらせる」
マリーの右ストレートが、怪物の尾から頭までを一直線に突き抜けた。衝撃波は怪物を貫通し、背後の山脈を三つほど消し飛ばしてようやく止まった。
わずか数分。
大陸を滅ぼすはずだった七匹の絶望は、跡形もなく消え去った。
「……あ、あはは……。……もう、みんな化け物だよ……」
リアムは廃墟の真ん中で、虚無感に包まれながら呟いた。
「リアム様! 素晴らしい! あの巨獣たちを『一匹ずつ仕留める練習台』にされるとは、なんと深い教育的配慮!」
生き残ったギルバートの兵士たちが、涙を流してリアムの靴を舐める勢いで拝んでいる。
「……ムドーさん。……もう僕、この人たちと一緒にいるの、怖くなってきた……」
王都のムドーは、遠隔水晶で「地形が変わってしまった地図」を見ながら、白目を剥いて泡を吹き、静かに事務局長室の床へと転がっていった。
巨獣討伐を終え、一行は最新鋭魔導飛行艦で王都へと帰還した。民衆は「神の再臨」に沸き立ち、王都の至る所でお祭り騒ぎが繰り広げられている。
だが、王都ギルド本部の最奥、リアムの私室へと続く廊下は、異様な熱気と、高級な香油、そして何より**「捕食者の気配」**に包まれていた。
「……あ、あの、みんな。今日は移動も長かったし、僕、本当にもう眠いんだ。サオリさん、ムドーさんに言ってよ。総帥には休息が必要だって……」
リアムが救いを求めて視線を向けた先には、いつも冷静沈着なムドーの秘書、サオリが立っていた。しかし、今の彼女に事務的な冷徹さはない。眼鏡の奥の瞳は、獲物を定める肉食獣のように妖しく光り、タイトな事務服のボタンは、なぜか上から三つ目まで外されている。
「……リアム様。……事務局長からは、『今夜の対応もまた、事務局としての重要任務である』との通達を受けております。……私も、一人の女性として、貴方の『戦果』を確認させていただく義務があるのです」
「……えっ、サオリさん!?」
さらに、廊下の突き当たりから、豪奢な毛皮を羽織り、威風堂々と歩いてくる影があった。エルドラドの女王、アルテミスである。
「……ふふ、待っていたぞリアム。我が国を救い、さらに世界の終焉をもワンパンで退けた貴公の『種』……。……我が王家の血に、どうしても刻み込みたくなってな」
扉が閉まり、魔法の結界が二重三重に張り巡らされた瞬間、リアムの「静かなる夜」への希望は粉砕された。
「……まずは、私が。……リアム様の『お疲れ』を、根こそぎ吸い取って差し上げます」
聖女エレーナが、慈愛に満ちた(歪んだ)微笑みを浮かべ、リアムを背後から羽交い締めにする。聖力による「強制活性化」がリアムの全身を駆け巡り、疲労困憊のはずの肉体が、理不尽なまでの「剛健さ」を取り戻していく。
「……ずるいぞ、エレーナ。……隣国の王として、……一番に味わう権利は私にあるはずだ」
アルテミス女王が、そのしなやかな肢体でリアムの正面を奪い取る。王族としての矜持などどこへやら、彼女は貪欲にリアムの「覇気」をその身に受け止めようと狂奔する。
「……リリー。……マリー。……準備、できてる」
マリーがリアムの両腕をガッチリと固定し、リリーが魔法の茨で彼をベッドへと繋ぎ止める。
「……さあ、リアム様。……今夜は、世界中から集まった『愛の精鋭』たちが、貴方のすべてを検分いたしますわよ?」
アクアが、手にした巨大なフラスコから怪しく発光する液体「魔神の雫」を空中に散布する。それを吸い込んだ女性たちの眼の色が、一斉に変わった。
それはもはや、個人の情愛を超えた、国家規模の、あるいは宗教的な「奉仕」の競演であった。
カエデが、剣聖としての神速の動きをすべて「唇の動き」に転換し、リアムの感覚を極限まで研ぎ澄ませる。
サオリが、普段の鬱憤を晴らすかのように、事務的かつ執拗な愛撫でリアムの「弱点」を的確に突いていく。
そして新人アリスが、先輩たちの技術に圧倒されながらも、折れない心(と、驚異的なスタミナ)でリアムの懐に飛び込み続ける。
「ひ、ひぃぃぃ! もう出ない! 何も出ないよぉぉぉ!」
リアムの叫びは、豪華な寝室の空間拡張結界の中に消えていく。
一人が果てれば、次の者がリアムを奪い取り、また次の者が「再充電」を施す。
女王、聖女、秘書、剣聖、魔導師……。
大陸最強の女性たちが、たった一人の青年を巡って、文字通り「終わりなき愛の運動会」を繰り広げる。リアムの肉体は、アクアの薬とエレーナの聖力によって「全盛期」の状態を無理やり維持され続け、意識だけが快楽と絶望の狭間で宙を舞っていた。
翌朝。
王都に朝陽が昇り、ギルド本部の周囲で待機していた騎士たちが、ようやく解かれた結界の先を目にした。
そこから出てきたのは、肌に異常なまでのツヤを湛え、足取りも軽く、どこか「賢者」のような清々しい表情を浮かべた女性たちの一群であった。
「……ふふ。……リアム様の『包容力』、さすがでしたわね」
「……ええ。……これなら、あと三日は仕事に集中できそうですわ」
サオリが眼鏡をクイと上げ、満足げに手帳に何かを書き込んでいる。
一方、寝室の奥。
そこには、全身の水分と魔力、そして「魂」のようなものをすべて搾り取られ、真っ白な灰のように燃え尽きた姿で、天井を見つめて痙攣しているリアムが転がっていた。
「……あ、……あはは。……ムドーさん……。……天国って、……意外と、……暑いんだね……」
事務局長室で、遠隔水晶から聞こえるリアムの「魂の抜け殻のような声」を聞きながら、ムドーはそっと筆を置いた。
「……リアムよ。お主の犠牲のおかげで、今朝の王都の治安は極めて良好じゃ。……主要な女性たちが皆、憑き物が落ちたような顔をしておるからな」
ムドーは、自分の手元に届いた「次回の合同訓練(さらなる地獄)」の計画書を、そっとゴミ箱に捨てると、自分もまた「何も見なかったこと」にするために、深酒の準備を始めるのであった。




