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修行

王都の事務局長室。ムドーは、もはや胃薬すら効かないレベルに達した自らの胃を、魔法の術式で直接冷却しながら執筆していた。

(……正攻法はすべて裏目に出た。ならば、リアムを『神聖視』しすぎることによる隔離じゃ。あやつを『生ける神』として祭り上げ、人間らしい接触を一切禁じる『聖域の苦行』に追い込むのじゃ!)

ムドーは「総帥リアムの霊威を全大陸に安定させるための儀式」と称し、王都のさらに上空に浮かぶ浮遊島、**【天上の隔離宮】**への百日間の「断食・断欲・沈黙修行」をリアムに提案した。

名目は修行だが、実態は「側近たちからリアムを物理的に切り離し、静寂の中に監禁する」ことである。

(……ホッホッホ! これぞ究極の隔離! アクアやリリーとて、リアムの『神性を高めるための神聖な儀式』を邪魔することはできまい。何しろ、一言でも発すれば、あるいは一滴でも肉欲に溺れれば、大陸の霊脈が狂うという設定にしたのじゃからな!)


ムドーから「百日間、誰とも会わず、何も喋らず、ただ静かな宮殿で一人で過ごしてほしい。それが世界の平和に繋がる」と説明されたリアム。

彼は、その提案を聞いた瞬間、ムドーの足元に跪いて感謝したい衝動に駆られた。

(……神様、仏様、ムドー様! 百日間も一人!? 誰とも喋らなくていい!? あの怖い女の子たちに追い回されず、一日中ゴロゴロしてていいってこと!?)

リアムにとって、それは修行ではなく「百日間の有給休暇」に他ならなかった。

(……最高だ。百日間、一言も喋らなければいいんだね? 余裕だよ! 僕はもともと、喋るのが苦手なんだから!)

リアムは、かつてないほどのやる気に満ち溢れ、側近たちの制止を振り切って、自ら浮遊島へと続く転移陣に飛び込んだ。


リアムが浮遊島へと「昇天」した直後。残された側近たちの間には、形容しがたい緊張感が漂っていた。

「……リアム様が、自ら肉体を捨て、精神の極致へと至る道を選ばれた……。……なんと、なんという慈悲深さ」

エレーナが、聖女の法衣を握りしめ、恍惚とした表情で空を見上げる。

「……百日間の沈黙。……それは、リアム様がこの汚れた世界の言葉を聞く価値さえないと判断されたということ。……ならば、私たちはその間に、世界をリアム様に相応しい『清浄な場所』に作り替えなければならない」

リリーの背後で、王都中の植物が、リアムへの供物として一斉に「白」い花を咲かせ始めた。

「……リリー。……リアム様の修行を邪魔する奴、……この世に一人も残さない。……浮遊島に近づく鳥も、雲も、……全部、パンチで消す」

マリーは、浮遊島を警護するために、王都の広場に陣取り、空に向かってシャドーボクシングを開始した。その風圧だけで、王都の天候が「快晴」に固定される。

アクアは、リアムがいない寂しさを、より過激な「研究」へと昇華させていた。

「……ふふ、沈黙。……いいわ。リアム様が戻られた時、その喉が『私たちの名前しか呼べない』ように、最高の薬を用意しておきましょう」


一方、上空三千メートルの【天上の隔離宮】。

リアムは、豪華な絨毯の上で大の字になり、窓から見える雲を眺めていた。

(……あはは、静かだ。……誰もいない。……「リアム様!」って叫ぶ声もしない。……「これを飲んでください」って怪しい薬を突きつけられることもない……)

食事は魔法で自動的に運ばれてくる。娯楽はないが、リアムにとっては「誰にも怯えなくていい時間」そのものが至高の娯楽であった。

彼は一言も発さず、ただ静かに、穏やかに、人生で最も充実したニート生活を満喫していた。

しかし。

彼が「沈黙」を貫けば貫くほど、地上の熱狂は加速していった。


修行開始から五十日目。

地上では、リアムが修行している浮遊島から「不思議な光」が漏れているという噂が広まっていた。(※実際は、リアムが夜中に暇すぎて、魔法のランプをチカチカさせて遊んでいただけである)

ムドーは、この「沈黙」を国民にどう説明するか苦慮していた。

「……ええい、適当に言っておけ! 『リアム様は今、大陸の汚れを自らの内に取り込み、浄化しておられる』とな!」

だが、イブがそれをさらに過激に翻訳した。

「――お聞きなさい! リアム様は、この世界のあらゆる『罪』を、言葉を使わずに『眼差し』だけで焼き尽くしておられる! 今、浮遊島から降る光は、リアム様による人類への救済、そして……我々に『もっと働け』という無言の激励よ!」

「「「おおおおお!!!」」」

民衆は熱狂した。リアムがただゴロゴロしている間に、地上では「ユニオンによる全国家の強制的な大掃除」が開始された。汚職官吏は摘発され、紛争はリアムの「静かなる怒り」を恐れて即座に終結。

大陸は、リアムが何もしないことによって、皮肉にもかつてない「平和」へと至ってしまった。


そして、百日目。

修行を終え、心身ともにリフレッシュしたリアムが、地上へと降りてきた。

(……よし! 百日間、完璧に沈黙を守ったぞ! これで「修行成功」だ。ムドーさんも「よくやった、もう引退していいぞ」って言ってくれるはず!)

王都の広場には、大陸全土から集まった数百万の信徒と、そして殺気を限界まで高めた側近たちが待ち構えていた。

ムドーは、ボロボロになりながら、リアムを迎える。

「……リアムよ。……よくぞ、沈黙を貫いた。……さあ、世界に、最初の一言を放つがよい」

リアムは、百日ぶりの発声に緊張し、喉を鳴らした。

彼は、ムドーに「もう、休ませてください」と言おうとした。

しかし、百日間も声を出していなかったため、出たのは掠れた、しかし重厚な、吐息のような声だった。

「……あ、…………お、…………あ………………」

その、意味をなさない音を聞いたリリーが、感極まって叫んだ。

「――お聞きなさい! リアム様は仰った! 『アルファ(始まり)からオメガ(終わり)まで、すべては私の掌の中にある』と!!」

「「「ひ、ひぃぃぃ! 全人類への完全支配宣言だぁぁぁ!!!」」」

「……違う、僕は……お腹すいたって言おうとしただけで……」

リアムの微かな声は、世界を震撼させる地鳴りのような歓声に、無残にもかき消された。

ムドーは、その光景を見ながら、自分のデスクの引き出しから「毒薬」と書かれた瓶を取り出し、一瞬だけ見つめてから、またそっと閉じた。

(……死ぬことさえ、許されんのじゃな……ワシは……)

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