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リアムの婚活

王都に帰還したムドーは、自室の鏡を見て絶句した。

そこには、一連の騒動で実年齢より二十歳は老け込み、もはや毛根の生存確認すら危うい一人の老人が立っていた。

(……限界じゃ。精神も、肉体も、そして毛根も。もはやリアムを権力や任務で抑えることは不可能。ならば……)

ムドーは震える手で、大陸中へ向けた極秘の招待状を書き上げた。

彼の狙いは、リアムに「正妻」をあてがうこと。それも、側近たちの狂気を中和できるほどに清廉で、家柄のしっかりとした、それでいて「常識的」な女性。リアムに家庭という名の、しかし温かな檻を与え、その平穏を守るために彼を王都に繋ぎ止める。それこそが、側近たちの暴走を抑える唯一の「重石」になると考えたのだ。

(……ホッホッホ、英雄色を好むと言うが、逆もまた然り。女という柔らかな枷こそ、あの怪物を制御する最強の呪具となる。アクアやリリーたちも、大陸中の名家が集う公式の婚儀という「正論」には手が出せまい!)

こうして、名目は「大陸統一ギルド設立記念パーティー」、実態は「リアム総帥・強制お見合い大会」の幕が上がった。


ムドーから「世界中の有力な女性たちが集まる。君の隣に立つ『象徴』を選んでほしい」と告げられたリアム。

彼は、ムドーの執務室を出た瞬間、廊下で小躍りせんばかりの喜びを感じていた。

(……ついに! ついにムドーさんが、僕に『代わり』を用意してくれるんだ! 「象徴」ってことは、つまりその人が僕の代わりに書類にハンコを押して、怖い女の子たちの相手をしてくれるってことでしょ!?)

リアムの脳内では、理想の結婚生活が描かれていた。

自分は「総帥の夫(無職)」として、陽当たりのいい縁側で茶を啜り、時折庭の草むしりをする。仕事はすべて有能な奥さんが片付けてくれる。そんなバラ色の隠居生活である。

(……よし、選ぶべきは決まってる。なるべく大人しくて、僕に干渉しなくて、僕より仕事ができそうな、……とにかく「普通」の、それでいて「有能」な女性だ!)

リアムは、自分を自由にするための「代理人選び」だと信じて疑わず、アクアが用意した(媚薬成分入りの)高級香水を浴びるように浴びて会場へと向かった。


王都中央宮殿の「大黄金の間」。

そこには、大陸中から選りすぐられた千人を超える令嬢、聖女候補、異種族の姫君たちが、眼が眩むようなドレスに身を包んで集結していた。彼女たちの瞳には、一国の予算を遥かに超える権力を手にした「生ける伝説」リアムの一瞥を勝ち取ろうとする、野心と情欲が渦巻いている。

しかし、会場を支配していたのは華やかな音楽ではなく、四隅から放たれる「死の気配」であった。

会場の北西角。黒いドレスを纏ったアクアが、カクテルグラスをゆっくりと揺らし、毒々しい紫色の液体を見つめていた。

「……あら。あそこにいる公爵令嬢、リアム様の下半身を値踏みするように見てるわね。……ふふ、不愉快。……後で彼女の飲み物に『生体石化剤』を混ぜて、中庭の噴水の台座にしてあげましょうか。その方が、彼女もリアム様を永遠に眺めていられて幸せでしょう?」

南東角。白銀のドレスを纏ったリリーが、手に持った魔導書をピシリと閉じた。

「……隣国の第3姫君。……リアム様の腕に、さっきから三回も自分の胸を押し当てようとしている。……その不浄な肉塊、根こそぎ茨で刈り取る必要がある。……マリー、どう思う?」

南西角。ドレスの肩口をすでに破り捨て、筋骨隆々の腕を露出させているマリーが、リリーに問いかけた。

「……リリー。……あそこにいる『ガリアの戦姫』とかいう女。……さっきからリアム様に『手合わせ願いたい』なんて不敬なことを言ってる。……邪魔。……ワンパンで、国境の向こうまで飛ばしていい?」

「……許可します。ただし、リアム様の服に血が飛ばないように、衝撃波だけで片付けなさい」

会場の空気は、もはやお見合いパーティーのそれではない。

誰かが一歩間違えれば、この王宮ごと大陸の地図から消えかねない、薄氷を踏むような緊張感が漂っていた。


リアムは、群がる令嬢たちの高価な香水の匂いと、四方から突き刺さる側近たちの「誰かを選んだら殺す」という無言の殺気に、吐き気を催していた。

(……だめだ、死ぬ! 誰を選んでも、選ばなかった奴らに呪い殺されるか、物理的に粉砕される! ムドーさん、これ接待じゃなくて処刑だよ!)

リアムは意識が遠のく中、会場の隅、給仕用のテーブルの陰で、周囲の喧騒などどこ吹く風とばかりに、骨付き肉を両手で持って頬張っている一人の少女に目を止めた。

彼女は辺境の騎士団から「数合わせ」で呼ばれた、しがない下級騎士の娘、アリスであった。

(……あ、あの子だ! 彼女だけが僕を見てない! 権力にも僕の地位にも興味がなさそうで、ただ肉を食べてるだけ! 彼女なら、僕を選んだ後も「勝手にすれば?」って放っておいてくれるはずだ!)

リアムは、これが自分を救う最後の蜘蛛の糸だと信じ、震える指を彼女に向けた。

「……き、君だ! 僕の隣に……僕の人生の隣にいてほしいのは、君なんだ!!」


会場が、水を打ったように静まり返った。

口に肉をくわえたまま固まるアリス。そして、ゆっくりと、地獄の底から響くような足音と共に、側近たちがリアムの元へ集う。

「……ほう。……まさか、これほど多くの『毒女』の中から、その娘を選ぶとは」

イブが、アリスを鑑定するように見つめる。

リアムは必死にフォローを入れた。

「あ、いや、彼女はほら、すごく素朴で、飾り気がなくて……。つまり、普通の……」

「――お聞きなさい、この場に集まった無能な群れよ!」

イブが、リアムの言葉を遮り、全会場に響き渡る声で「翻訳」を開始した。

「リアム様は仰ったわ! 『私は、己の美貌や家柄を笠に着る、中身のない人形には興味がない。この少女のように、己の本能に忠実で、飾り気のない本質を堂々と晒す者こそ、私の新世界の民、そして私の魂を分かつ者に相応しい』と!」

「……えっ?」

リアムの困惑を無視し、リリーが追撃する。

「……つまり。……この会場でリアム様に媚を売っていた貴女方は、すべてリアム様の足元に転がる価値さえない、虚飾に満ちたゴミであるということです。……マリー」

「……了解。……ゴミ掃除、始める」

マリーが拳を握りしめ、軽く床を叩いた。その衝撃波だけで、千人の令嬢たちは悲鳴を上げる間もなく、会場の外へと物理的に「一掃」された。


翌朝。ムドーが目にしたのは、王都の広場で、昨夜の少女アリスが「総帥に選ばれし聖戦士」として、カエデから死の訓練を受けている光景だった。

アリスはもはや、肉を頬張っていた素朴な少女ではない。

「……リアム様のために……。……リアム様が選んでくれた、この命……。……リアム様を汚す全てを、この剣で……ッ!」

彼女の瞳には、側近たちと同じ「狂信」の炎が宿っていた。

ムドーは、自分のデスクに戻り、新しい辞職願を書こうとした。

だが、ペンを握る手が動かない。

「……サオリ。……ワシは、またやってしまったのか?」

「はい、ギルドマスター。貴方の『お見合い作戦』により、大陸中の貴族社会は『リアム様に選ばれなかった不名誉』で完全に崩壊。一方で、唯一選ばれた平民の娘が『努力と信仰の象徴』として担ぎ上げられ、ユニオンの結束は以前の数倍に強固なものとなりました。現在、民衆の間では『リアム様は愛さえも平等に配られる』という、新たなる神話が誕生しています」

ムドーは、天を仰いだ。

(……結局、ワシが何かを企むたびに、あやつは神へと近づき、ワシは死へと近づくのじゃな……)

リアムは、執務室の窓から、狂戦士へと変貌していくアリスの姿を見て、静かに涙を流した。

「……隠居……。……庭いじり……。……僕の、僕のバカンスは、……どこにあるんだろう……」

アクアが、そんな彼の背後から、怪しく光る「新婚生活用(精力増強)ポーション」を手に忍び寄る。

「……さあ、リアム様。……新しい奥様と一緒に楽しめる、特製の『夢見の薬』ができましたわよぉ……?」

リアムの絶叫が、今日も王都の空に、平和の鐘のように響き渡るのであった。

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