密着六日目(2)
この日の授業も、講師を務めるのは清滝さん。先日と同じように、「こっくりさん」を用いた憑依芸を、教室にいる生徒たちが一人ずつ実践していきます。
清滝「やることはこの前と同じだけど、今回はちょっと応用的なことをやってみようか。『こっくりさん』からイメージしやすい狐、犬、狸以外の動物を憑依させてもらうよ。じゃあ、まずは誰からやろうか?」
清滝さんの言葉に、食い気味で挙手した東村さん。そのスピードは、他のどの生徒よりツーテンポ早い。空気を切る音まで聞こえそうな勢いでした。
清滝「おっ、東村さん、いつにも増してやる気だねえ。じゃあ、お願いします。今回は、そうだな……カマキリの霊を呼び出して、憑依させてみてください」
カマキリは東村さんが自主練習で動きを真似た生き物の一つ。すでにイメージは完璧でしょう。予習したことがばっちりと当てはまり、運が彼に向いているように思えます。
床に置かれた紙の前に正座し、十円玉に人差し指を添える東村さん。そして目をつむり、呪文を唱え始めました。はたして、憑依芸を成功させることはできるのでしょうか。
呪文を唱え終わったと同時に立ち上がる東村さん。両腕を折り曲げて胴体にぴったりとくっつけると、両足を大きく開いて、体を左右にゆっくりと揺らします。その動きはまさに、昆虫界の捕食者・カマキリそのもの。射程範囲に入った獲物を、今にも両手の鎌で刈り取ろうとしているかのようです。練習の成果が出ています。
清滝「良いねえ……良いねえ! すごく良いよ、東村さん! 私にはあなたがカマキリに見える! 『東村カマキリ』に改名すべき!」
迫真の憑依芸に、清滝さんも満足そうです。賞賛の言葉を送ります。すでに合格点を超えているように思われますが、東村さんはカマキリの憑依芸を止めません。体を揺らし続けます。凄まじい徹底っぷりに、周りの生徒たちも驚きの表情を隠せません。
清滝「最高! マグニフィセント! 私が指導してきたどの生徒よりも完璧な霊媒だ! こんな短期間でここまで仕上げてくるとは……! どうもありがとう! みんな、東村さんに大きな拍手を!」
教室は拍手に、いや大喝采に包まれました。同期の仲間が学院長から「完璧」と評されたことを、この場にいた生徒全員が自分のことのように喜んでいます。東村さんの覚悟と特訓が実を結んだ瞬間です。
清滝「東村さん、ありがとう。戻っていいよ。それじゃあ次は、誰がやろうか? ここまで完璧にやられるとハードルが高いかもしれないけど、あまり気にせずチャレンジしてね」
次の挑戦者に挙手を促す清滝さん。もう東村さんの順番は終わりましたが、彼はカマキリの憑依芸を止めません。ずっと清滝さんを見つめ、腕を折り曲げながら体を揺らし続けています。
清滝「東村さん……? もう大丈夫だよ。終わってください。きっとものすごく練習してきてくれたんでしょう。それは伝わってきたから」
そう言ってパイプ椅子から立ち上がり、東村さんに近づく清滝さん。直後、東村さんは左右の腕を大きく開くと、目にも留まらぬ速度で交差させるように振りました。
東村さんの両腕が、清滝さんの首を切断します。胴体から切り離された頭、その傷口から血を吹き出しロケット花火のように飛び、床に落ちました。清滝さんは自分が死んだことに気づいていないのでしょう。その顔は苦笑いを浮かべたまま固まっています。司令塔を失った彼の体も、力なく崩れ落ちました。
先程まで東村さんに喝采を送っていた生徒たちが一斉に悲鳴を上げ、教室の出入口になだれ込みます。楽しく講座を行っていた教室が、大パニックです。
次々と教室から出ていく生徒たちに目もくれず、東村さんは倒れた清滝さんの体の肩口に噛みつくと、その肉を食いちぎり始めます。筋肉の繊維や血管がゴムのように引き伸ばされ、ぶちぶちと音を立てながら裂かれました。東村さんの口の周りは鮮血で真っ赤。もしカマキリが人間と同じ大きさだったならば、彼らの狩りはこれほど悍ましいものなのだろうと、連想させられます。
東村さんは口に含んだ肉をくちゃくちゃと音を立てながら咀嚼し飲み込むと、再び清滝さんの体に噛みつきました。これは明らかに、憑依芸の範囲を超えています。東村さんはおそらく、本当にカマキリの霊魂を呼び寄せて自身に憑依させてしまい、身も心もカマキリになってしまったのでしょう。お腹を空かせ、目に映るものすべてを餌としか思えない凶暴なカマキリに。
今の東村さんに近づけば、私たちスタッフも清滝さんの二の舞になってしまいます。離れて状況をうかがうほかありません。その間も東村さんだったカマキリは血肉を貪り続けます。よく見ると、人間のものとは思えないほど黒目が小さくなっていました。腕の皮膚はギザギザと鋭利に尖り、体中がうっすらと緑に変色しています。憑依したカマキリの霊魂に呼応するように、体まで変形し始めているのでしょう。
東村さん改め東村カマキリは、およそ十分ほどかけて清滝さんの死体を食い尽くしました。その直後、警察官四人が教室に入ってきました。拳銃を向けながら降伏するよう呼びかけます。ですが、カマキリに人間の言葉は通じません。今度は警察官たちを捕食しようと、東村カマキリが猛スピードで距離を詰めます。警察官たちは一斉に発砲。十数発の銃弾が直撃し、東村カマキリはその場に倒れました。体に空いた穴から流れ出ている血と思われる液体は、赤色ではなく青緑色でした。




