6-11.対ゴブリン三国同盟
ミナヅキとフィリアに初子が誕生するという慶事があった。
俺は自分の名乗りも満足に言えないくらい、面倒くさい立場に陥っていた。
そこにハヅキが、結婚すると言い出した。
「自分からも報告や。自分、リュクレースと結婚することにしたわ」
「は?」
リュクレース嬢はヨス男爵家の生き残りにして、現在のヨス傭兵団の神輿。
ハヅキとは因縁のあった相手だし、迷宮島に来訪時には双方に一触即発のビリビリ感もあった。
仕事を通して関係改善は図られ、このところは悪からぬ雰囲気も観測されていたとはいえ、いやまさか、男女の仲とは摩訶不思議なり。
「互いにな、現実っちゅうもんとの妥協やな。そやからこそ、信頼できるってもんでもある」
「リュクレース嬢も大台が見えてきたしな。それと、ヨス家の名を残したいのさ。姉さんはもうよその家の人間だろ」
ハヅキの騎士にして領主館長という謎の職に就いているスコールの兄貴から補足が入る。
兄貴が村を出てからこっち、行動を共にしていた時間は俺よりハヅキの方が長い。組み合わせとか仕事の巡り合わせとか、そういう都合の結果なので俺との仲が悪いわけではない。
二十歳を越えて、俺もそろそろ嫁欲しいなどと言っていた兄貴は、リュクレース嬢の気持ちも理解できるという。
「ハヅキが、ヨス家の婿になるのか?」
「うんにゃ、子どもにヨス男爵家の再興を託すっちゅう形になる」
この場合の男爵位は、勝手な名乗りとも言い切れない。系図上は繋がる、いわれのある爵位ということになる。
今生で俺が見知った限りでは、家督継承は男系優先がセオリーっぽいのだが、結局は後援含んだ力関係に帰結する。まして男子後継がいないのなら、娘が生んだ子が継承者というのはあり得る話だ。
姉のラシェルが嫁いだ家でも同様に、子に男爵位を名乗らせることができる点はどうするのかといえば、放置一択。
「先見すぎて無駄に波風立ることもない、そういう判断や」
「藪をつついて蛇を出しちまうよりかは、ってことか」
ラシェル嬢の嫁いだ家からしてみれば、子にヨス家を継がすとなると、自分の家の他に別の家を興すことになる。
子のストック的な意味での余裕や、男爵家興してバックアップしきれるのかどうか、そも家督継承でのメリット・デメリットは、などなども勘案するだろう。
背負うものがほとんどないハヅキは気軽に決められるが、あちらさんはそうもいくまい。
「あっちが、子どもに男爵名乗らせなかったなら、こっちで男爵名乗っても文句言う筋じゃないだろ?」
「名乗ったところで筋目は互角、なら背負った暴力の勝負になるな」
力は、正義なのだ。
「リュクレースには、領主家を経営するノウハウを期待したいとこやけど、どんなもんかいな」
「わたくしが、実家を失うまでに身につけられたことは限られますので、せめて他家に笑われないことを目標にするつもりです」
それでも俺たちみたいなノウハウ・ゼロとは違う。
必要な仕事を認識し、切り分け、人を配置し、動かす。領主家としての最低限の体裁を整えることができれば、十分な働きだ。
ハヅキとリュクレースの婚姻に伴い、ヨス傭兵団も解体吸収。
やること自体が大きく変わるわけではないが、戦闘人員はハヅキ領兵団へ看板を変え、文官寄りの人材は領主館勤めへと異動。
リュクレース嬢のお付きだったおっちゃんも感慨深げだ。
「思えばいろいろありましたが、これもご縁というやつなのでしょうなあ」
「男と女のことだかんなあ……」
俺のようななんちゃって騎士と違い、騎士家に生まれ育ち生きてきたモノホンの騎士のおっちゃんだが、主家没落からの苦労で人格はすっかり丸くなったと豪語する。
おっちゃんと二人でラシェル嬢の嫁ぎ先を訪ね、妹姫の婚姻の報告を行い、安堵の言葉をいただいた。
立場や考え方の違い、そして、旧家臣たちの派閥的なものによって道を違えたとは言え、姉妹の情は繋がっている。
ツェルマットに来たついでなので、俺も契約にのっとり、各地を放浪して知りえた知見の報告としてツェルマット伯にもこの婚姻を伝えておく。
ハヅキとリュクレースの婚姻がきっかけとなったのか、政治力学のなんかが作用して、しばし頻繁にツェルマット家とハヅキ家との間で使者のやり取りが交わされた。
ほどなくしてツェルマット伯爵家とヤマトゥーン男爵家、そしてハヅキ家は同盟締結に至った。
「甲相駿三国同盟みたいなものかな」
「三国とも滅んでるじゃないか、縁起でもない」
もちろん同盟の理由はある。
ツェルマット領から北、ヤマトゥーン領やハヅキ領からもカブツ川を下った先はゴブリン種の勢力圏下。
かの地で不穏な動きがあることが背景だ。
対ゴブリン戦が発生すれば、いやがおうにも矢面に立つことになる三領主の協力確認である。
同盟締結に続いて、河川交易商たちにも当面の庇護を求められた。
曰く、かの地では不作が続いたらしい。
不作と言ってもまったく実りがないわけではない。例年より、二割とか三割とか収穫量が減るだけだ。
だが、食料に余裕のない状況での二割減がどういうことか、俺たちは身をもって知っている。
人口百人の村なら、二十人分の食い物がなくなるということだ。
実際には多少の余力はあるし、蓄えもある。年貢の一部免除だったり、代替品でしのいだり、全員の配給量を少しずつ削るなどの手も取られる。
なので、一年二年の不作なら口減らしをしつつ耐えることもできる。
だが三年続くと、手に負えない飢餓が発生する。
無ければ、あるところから奪う。
座して飢え死ぬくらいなら、戦い奪うことに活路を見出すのもごくごく当たり前の行動と言えよう。
また、同種同族よりは、異種族を狙うのも理解はできる。できてしまうのだ。
あっちはゴブリン種、こっちは人間種。
同じ人類というくくりにおさめられていても、見た目も文化も違う。交配も不可とされている。
自分で試したくはないし、互いの習俗や美醜感覚も異なることはわかっているのだが、過去の歴史の中で、必ずしも常識にとらわれない変態的な嗜好の持ち主が存在したことの名残であろう。
ツェルマット家の斥候やスパイ、ヤマトゥーン家の御用商人などから集まった情報では、もはや戦乱は回避不能と判断された。
もとよりツェルマット家とヤマトゥーン家は友好関係にある。
その二家の同盟へのハヅキ家の迎え入れは、これも一種の洗礼であろう。
「人間領主クラブの一員として、対ゴブリン戦の一翼を担えっちゅう踏み絵やな」
「戦陣を担えないような者が、領主を名乗るなということでもあるのでしょう」
リュクレース以下のヨス傭兵団を吸収したことで、最低限の体裁は整えられるようになったことは、同盟に大きな影響を及ぼしていたのかもしれない。
力関係上、他の二家主軸でハヅキ家としては主導権をとれないしとる気もなかったが、集められた情報をもとに対策が練られ、準備も進められた。
例えば、森を抜けてくるのならエンダー村が第一の標的となる。
よって伯都から増援が出され、簡易砦の建設が行われているらしい。
エンダー家としても縁故を頼り、領主の嫁の実家とか、末姫ソウニャの嫁ぎ先とかに支援を求めているみたいだ。
「今となっては、僕らには行かない理由はあるんですよね」
「たとえ呼ばれたとしても、ミナヅキにはこっちにいて欲しいわ」
「俺もハヅキ領軍に残りたいが、師父の名代を優先させてもらう。いざとなれば、ヒル子とミルディーフをこっちに回すんで勘弁してくれ」
「村を守るのは、エンダー家の役目だから放っておけ。俺たちは、それぞれ家族や仲間を守るほうが先だぞ」
スコール兄貴がドンと胸を叩いた。
確かにエンダー村は俺たち四人にとって故郷ではある。親兄弟もいる。
ただし、俺たちにとっては口減らしで売られたことで縁は切れた。兄貴にとっては居場所がないから出てきた村だ。
カブツ川をさかのぼる侵攻ルートの場合、三家それぞれが抱える上陸地点を防衛することになる。
ツェルマット領クアナの津には兵が派遣され、ヤマトゥーン領キタの津には二男アイクリス様と三男ウイフェン様が詰める。
ハヅキ領夢の島は……上陸されても困らないので放置。迷宮島のほうに来る前に仕留めればいいので。
ケースによっては、三家連合による迎撃も視野に入っている。
常だと連合軍というやつは指揮権でもめるものだが、それも含めて高度に柔軟性をなんちゃらというやつだ。
あるいはヴァルド川も侵攻ルートになるかもしれないが、そっちはまた別の領主が対応するだろう。
「ゴブリンが攻めて来るのは確実っぽいんだが、総数とか陣容とか、さっぱりわからん」
「もともと彼らは氏族社会で、国といったまとまりはないようですからね」
秋の終わる頃から、散発的に略奪隊が現れ、撃退したとか失敗したとか、ツェルマット伯様は日に日に不機嫌になっていった。
伯爵家でさえ常備兵なんてものは多くない。動員した配下衆も、まずは自領を守ろうとする。
北部の集落全域に兵を配置することはできない。
比較的規模の小さな略奪隊が、警備の緩いところを狙えばやられてしまう。どうしても、後手後手になるのだ。
「まとまって動くなら、まだ捉えようもあろうものがっ!」
「狙ってやっているのであれば、大したものですね」
「まったくな。だがあやつらは、そこまで考えておらんよ」
大英雄と呼ばれるような偉大な首領でも出現しない限り、ゴブリンたちは氏族の枠をこえた大同盟に纏まれないのだという。
彼らは誇り高く、その誇りは個人、家族、そして氏族を奮い立たせるが、それゆえに、他氏族はライバル、もっと言えば敵なのだそうだ。
「伊達に何代も向き合って居らんわ」
相手を理解するには、閨か戦場で相対するのが効果的と、何かの戦記で読んだような気がする。
おそらく正しいのだろう。真剣に相対するとは、理解することにつながるからな。
ゲリラ戦傾向は変わらず、冬に入ってもツェルマット領内北部は不毛なモグラたたきに追われている。
俺まで、一部隊を率いて想定戦域の巡回をする羽目にもなった。名ばかりとはいえ騎士としての給金もらってる分は働かなあかんし、師父の名代ともなればいたしかたなし。
「兄弟子、本当に【マジック・アロー】だけでいいのですか?」
「そうだぞウヅキ。魔術師ってのはもっとこう、多彩なもんじゃねーの?」
俺が率いるのはニートナル魔術師学園で、呪符使い以上の才能に開花した者たちの一部。
教会の養成院・法術師コースも含め、数年前には考えられなかったくらいに魔法使いの人数は増えているが、まだまだ幼く、実戦経験もない。
わかりやすく言えば、十歳前後のガキんちょどもで、ジョブは『魔法使い候補の学園生』だし、レベルも低い連中だ。
しかし、戦えませんと言えないのが宮仕えの悲しいところである。
伯都の隣に領地を与えられ、それなりの資金資材を投じて魔法使いを育成しているのはなんのためか、と。
魔法使い候補として召し出された時点で、学園の生徒はツェルマット伯爵家やヤマトゥーン男爵家に仕える者である。
そして、才能に恵まれ、【魔法の矢】の呪符を発動できるなら、数発とはいえ戦力と換算できる。
有事に死んでみせるのも、領民皆さんの年貢で食ってる側の務めなのよね。
もちろん、死なせていいものではないので、学園長たる師父からもくれぐれもと頼まれている。
「いざいざで使いこなせない魔法なんていらないんだよ。距離取って、魔力切れまで【マジック・アロー】ぶっこんで、倒しきれなきゃ逃げる。ヤクートもレオーネも、手本になるべき頭が逸ってんじゃねーよ」
「は、はやってなんかねーし。俺はいつでも冷静沈着だっつーの」
俺はレオーネの抗議を遮り手をあげた。
ゆっくりと、隊の全員に見えるように、森の一画を指し示す。
「だいたいあの辺から出てくる。学園生は今のうちに十歩後退、横列を整えろ。護衛はその後ろに」
「了解」
「チッ。はやってねーっつってんのに」
「一班、横列。……ほら、レオーネも」
「二班、俺の左に横列展開。深呼吸しとけよ」
俺の魔力感知レーダーによる索敵に加え、できることならヒル子の【気配察知】も欲しかったが、「戦場に女連れっすかー」なんて生意気言いやがったレオーネのせいで悲しい野郎所帯でえんやほらだ。
伯都の衛視から出向している護衛はさすがに本職の兵士だが、幼い学園生たちはどうしてももたつく。
そんな子たちにこれからゴブリン殺しをさせようと言うのだから、罪深いことである。
「!」
森の木々の切れ目に、こちらを見据える目が生じた。
俺は再び腕を上げ、そのまま固定する。
森の中からじゃ、弓矢が届かない距離まで下がったかんな。やる気なら、出てくるしかないぞ。退くなら追撃するけど。
「オ、オオオオオオオ!!!」
「ドンピシャだコノヤロー!」
雄叫びをあげ、森から身を乗り出したところに、俺も負けじと声を張り上げる。
こういうのは、飲まれたら負け。
生徒の全員が対応できるとは思ってないけど、数人でも、気を取り直せばいい。
俺は勢いよく腕を振り下ろした。
口にするのは、男の子の言ってみたい台詞トップテンより、あのセリフである。
「ファイエル!」




