6-12.イレギュラーズ
俺たち十七歳の冬は、戦争のシーズンとなった。
各種の情報収集より、北のゴブリン勢力圏下で数年続けて不作となったことが明らかになり、ツェルマットとヤマトゥーン、そしてハヅキの三家は事に備えるべく協力関係を確認した。
食料がなければ、ある所から奪う。
実に単純明快な問題解決策であり、同種同族よりは異種族を相手にする方が気分的にラク、かもしれない。
案の定、ツェルマット領の北辺には比較的小規模なゴブリン略奪隊が、まるでゲリラのごとくに出没するようになり、伯爵は戦術的後手に回った。
戦域と想定される全域の集落に、満遍なく兵を派遣し防衛に当たらせるだけの力は伯爵家にもない。
常備兵力というものは金を食うし、また、それぞれの任がある。
そのすべてを戦地に動員などしたら、領地経営そのものがストップする。
例えば城門や市街を警備する衛視隊のすべてが戦域に送られると、門は通行止めか素通りか、市街地では治安を守る者がいなくなる。
ゴブリン種はその文化的特性上、国という集団を形成することはマレである。
誇り高き戦士とも評されるのだが、その誇りはまず己自身のものとなる。次に家族に、順次めぐって最後は氏族に還元される。
別の氏族とは、よく言ってライバル、素直に言って敵。
そんな文化ゆえに、大同盟などというものはよほどのリーダーが現れないと成立しないのだそうだ。
人間とゴブリンのどちらの側にも、大軍をもっての大会戦を志向する理由がなく、よって、幸か不幸か、当面の戦局は小規模浸透するゴブリン略奪隊と、重要拠点に配置された伯爵家戦力との索敵合戦で推移している。
俺にとっても他人事ではなく、さまざまな立場上、ニートナル魔術師学園からの選抜組を率いて、戦域パトロールという名の遊撃任務に就いていた。
学園生たちは十歳前後のまだまだ幼い子供である。
くれぐれも、無事に連れ帰ってほしいとの師父の願いもあり、慎重な行動を心掛けていたのだが、見つけてしまったものはしょうがない。
森の木々の切れ目から雄叫びをあげて飛び出してくるゴブリンたちに、俺は上げていた腕を振り下ろした。
「ファイエル!」
戦場の空気に飲まれてしまったのだろう。
俺の、言ってみたい台詞ミッション・クリアに応じて射出された【マジック・アロー】は数本と、悲しいまでに貧弱な火力であった。
ま、撃てた子がいただけマシかもしれない。
弓矢の届かない距離をあけて戦列を整えておいたため、接敵までには余裕もある。
「敵数二十二、続けて放て!」
言いながら、俺も【魔法の矢】の護符を掲げて弓持ちっぽいのを手早く狙撃していく。
生徒たちも立ち直ったのか、ぽつりぽつりと、【マジック・アロー】の数が増えた。
もともと俺たちは無詠唱基本なのでそれを誤魔化すための呪符だが、戦場未経験の子どもたちが落ち着いて呪文詠唱できるかってなもんで、連れてきた全員に【魔法の矢】の呪符を持たせている。
というか、呪符使いにはなれたよって、俺の呪符スロット付きの杖を授与された『才能』ある連中の中から選抜したメンツなんだな。
魔術師と言えるのは、学園開設前からの師父の弟子、ヤクートとレオーネくらいか。
「打ちかた止め! 衛視隊、前へ! ヤクート班、レオーネ班はさらに二十歩後退」
「「「応!」」」
職業軍人たる衛視から抽出してつけられていた護衛が前に出る。
実に頼もしい背中だ。
「ヤクート、レオーネ、報告しろ。魔力切れは何人だ」
「あ、はい……えーと……」
俺が率いることになった選抜学園生には、事前のブリーフィングで各種の段取りは伝えておいたが、いきなりうまくやれと言うのも酷だろう。
集団てのは、ただ歩くだけでも一苦労。
隊列を維持することさえ、ろくにできないんだから泣けてくる。
前世日本の教育が異常だという説もあるが、学園でも教練体育系のカリキュラムを改革すべきだろうか。
衛視隊による掃討戦も終わったので、ケガなどのチェックをさせながら休憩してもらい、その間に子どもたちに穴を掘らせる。
もちろん、剥ぎ取りも並行だ。
まだどこかの集落を襲撃する前だったようで戦利品は少ないが、むしろほっとする。
食料品等を抱えた略奪隊との遭遇が意味するのは、守るべき人たちを守れなかったという事実でしかない。
奪い返した品を返還するにしても、気まずい思いを抱えることになる。
始末したゴブリンたちを穴に埋め、戦利品を魔力切れの子たちに持たせ、次の集落を目指す。
こんな遊撃任務でも数回繰り返すうちに慣れは出てくる。
「もしかして俺らってつえーんじゃね?」
「調子に乗るな」
「そうですなあ。ひとえにニートナル卿の的確な指揮のおかげかと」
「森や林から距離取って、不意打ち食らわないようにだけは注意してるからな」
魔力感知レーダーで索敵補強してるから、とは言えないので。
接近戦になったら戦力は衛視隊しかあてにできない。いかにアウトレンジを確保し、接敵前に削るかがキモなのだ。
そこんとこを口酸っぱくして言い聞かせているのだが、戦場童貞捨てて連戦連勝で気が大きくなってるガキどもには伝わっていない。
「痛い目みなきゃわからんが、かといって、そんな状況はガキども死んでるってことだしなあ」
「指揮官の苦悩というものですな、ニートナル卿」
「兄弟子は考えすぎなのでは?」
じゃあ、おまえ指揮とってみろとヤクートに言ったら、しばらくしてから顔を青ざめさせた。
おまえでもいいんだぞとレオーネに振ると、こちらは全力で拒否の構えである。
「俺が悪かった。だから生きて帰らせてくれ」
「そう、努力してる」
モグラたたきである。
ゴブリンたちは比較的小規模な略奪隊を繰り出し、俺たちのような巡回部隊が防衛拠点間のエリアをガードする。
「ひゃー、今日は多かったなあ」
「気を緩めるな! まだ終わってない」
全員をさっきまでの交戦域からさらに下がらせる。
嫌な予感はしてたんだ。
魔力感知レーダーに、近いけれど別々に行動する集団が引っかかっていた。
できればやり過ごしたかったのだが、片方だけが想定戦域に近づくという、各個撃破のチャンスを見逃すこともまたできない相談でもあった。
森からつり出すのに成功したグループはいつもの連携パターンで片付けたものの、交戦中、不気味に沈黙を守っていたもう一グループがのっそりと森から姿を現した。
中心に立つ、ひときわ体格の良い個体が多分リーダーなのだろう。
「残弾確認」
「一班、全員で八発」
「二班、同じく七発」
各自の魔力で何発の【マジック・アロー】を打てるか、きっちり認識させた後、残弾をカウントさせるところまでは仕込んだんだが、標的を分け合うことまでは教えられていない。
下手に加減しようなんてしても失敗するだろうから、戦闘では全力を尽くせと訓示していたことも仇となったか。
「……ニートナル卿、自分たちが時間を稼ぎますので、子どもたちを拠点まで退かせてください」
「それもちょっとなあ」
護衛の衛視隊の中には闘気術の使い手もいるが、それは相手も同じこと。あのリーダーなんかは、ゲームなら確実にネームド扱いだろう。
足止めするにも数が足らない。彼我の戦力差から時間稼ぎにもなりゃしない。
「総員、ケツまくる準備しとけ。衛視隊のみなも離れてくれ」
俺は呪符を掲げて、敵リーダーに向けて【マジック・アロー】を放った。
……ゲェッ!
【マジック・アロー】弾きやがった
手にした鈍器の一振りで、着弾前の【マジック・アロー】にジャストミートなスイングですってよ。全盛期のイチローかよコノヤロー。
「ふんっ。ゲ氏族の軟弱どもならともかく、ヴィヴィ氏族の戦士にこんな小技が通用するか!」
「……卑怯というなよ?」
「魔術師が魔術を用いるのを卑怯とは言わん。俺を倒せるほどの魔術を、唱える暇があるのならな」
どういう笑いのツボなのか、ゴブゴブ一同笑うところ悪いけど、俺、無詠唱基本なんです。
手元に発現させたのは、演出用の闇の中に空気分子を分解して煌めきを発する、なんちゃって分解消去をさらに改良した、その名もラグナ・ブレ……
「兄弟子ぃ! 負けるなあ」
「がんばれウヅキィ!!」
ヤクートとレオーネに触発されたのか、学園生たちに加え護衛の兵さんたちも場を盛り上げてくださる。
ゴブリン集団は、一瞬で発現した魔術に警戒心を強めたらしいが、ごめん、無駄なんだ。
「ウガッ!?」
さすがは武人の勘なのか、矢戦の距離以上に離れているのに、俺が手元を動かした瞬間には各自が体躯をずらしながら突進に入っていた。
けど、そこはすでに間合いなの。
ある者は走り出しの直後に両足を切断されて転がり、ある者は胴体上下が泣き別れし、またある者は一閃目でスカった俺があせってブンブンしたせいでこまかくウワラバしてしまう。
これこそ、斬れぬものなしラグナ・ブレ……
「すげーぞウヅキー」
「見事なり! せめて地獄への土産に名を名乗れい」
うわっ、まだ生きてる。ネームド・クラスってマジヤバイ。
「ヴィヴィ氏族一の戦士とたたえられし俺に、名乗る名などないというのか!」
「……笑うなよ」
「え?」
「えー、『我は錬金術師ニートナル家の継承者、ツェルマット伯爵家臣ニートナル魔術師学園領の騎士であり、ツェルマット魔術師組合登録魔術師にして、カブツ川とヴァルド川の間の湿地帯の領主ハヅキの騎士、ヤマトゥーン男爵家の自由騎士、ウヅキ・デ・ニートナルである』」
「兄弟子、『栄光ある選抜魔術師学園生隊の指揮官』が抜けています!」
「ぐぁっ…」
覚えきれません。勘弁してください。
「……見事なり、ニート……」
ちょっとまって、そこで言切れないで。意味変わっちゃう。
そんな俺の嘆きをよそに、なんかこう、尊敬っていうんですかね。憧れ的な視線を向けられた俺だけど、少し後には恨みがましい目を向けられてしまいました。
うん。ズンバラリしちゃったからね。それがラグナ・ブレ……
「エグいよ、兄弟子」
「すまん」
ツェルマット領北辺でのゴブリン隊との遭遇率が低下し始めたころ、俺は伯都に呼び戻され、そのままカブツ川戦線へ回された。
川に落ちたら低体温症からの凍死コンボが決まる厳冬期には動きがなかったが、春が近づき情勢が変化。
小舟数艘で遡上すること数度、クアナの津近辺が襲撃を受けている。
俺の異動に伴い、都合二か月近くを冬の戦場で武勇伝を打ち立てた選抜学園生隊は、凱旋帰還からの解散となった。
他の部隊指揮官には犠牲者ゼロってのが一番驚かれたが、俺の徹底的なアウトレンジ戦法を聞いてやや納得という感じ。
そのために神経すり減らしたが、正統的な魔法使いの運用方法のはずだ。
「マジック・アローでも、数を揃えれば……」
「いや、射撃能力だけなら弓兵のほうが……」
「精鋭衛視隊を盾にしての戦果でもあり……」
師父には、カリキュラムの改善案を渡しておいた。
団体行動の初歩くらいは仕込んどかないとまずいっす。
今度はヒル子とミルディーフも連れて異動した先クアナの津には、ハヅキたちや、ヤマトゥーン家からもアイクリス様が部隊を率いて展開。
熱気球も連日あげて襲撃に備える体制にシフトしていた。
異動のご挨拶に伺った本陣では、同盟三家の代表がため息をついていた。
聞けば交易商人たちからの突き上げがあるという。河川交易が止まってしまい、商売あがったりだと。
こんな状況でも逞しいものだと思えば、どうせゴブリンたちは人口調整が済めば元通り、交易再開なのだから、はやく適当に数を減らしてくれとのご意見だという。
「文化がちがーう」
「実際、今回が初めてのことではないからなあ」
「前回は、領都まで攻め込まれて苦労したと先代が言っていたなあ」
数日後、商人たちの願いが通じたのか、ゴブリンたちは川面を埋め尽くすくらいの船を繰り出して遡上してきたと気球観測班が警報を発した。
順当にいけば夕刻前にはクアナの津に到達、日のあるうちに上陸されるだろう。
そうなれば、数は力である。
顔色を失ったアイクリス様たちに向かって、ハヅキが言い放った。
「ほな、上陸前に叩けるだけ叩けばええかいな」
「できるのか?」
「快速艇、操縦者込みで全部貸してちょ」
ヤマトゥーン家所有の外輪推進の快速艇三隻に、ミナヅキとフィル、ヒル子とミルディーフ、そして俺とハヅキという組み合わせで乗船する。
「俺たちだけ野郎セットかよ」
「なら、ウヅキの嫁のかたっぽと自分との組になるんやが、ええんかい?」
「むう」
バカを言っている間にも順調に川を下り、ゴブリン船団と遭遇したところでUターン。つかず離れずの位置をキープしてもらう。
いやはや、小舟ばかりとはいえ大船団だ。
「(なるべく後方に【ファイヤー・ボール】を打ち込むこと)」
「(ウヅキはエゲつないのお)」
「(はやく帰りたいなー)」
ミルディーフの得た恩恵、【念話】を通して全員に伝達と共有。
今日の索敵はヒル子の【気配察知】メインで、俺たちの魔力感知レーダーは控えめ運用。
適当な間隔をあけながら、なるべく船団の最後尾を狙って【ファイヤー・ボール】をぶちかます。
「(悲しいけど、これって戦争なのよね)」
「(ウヅキ、それ言いたかっただけでしょ)」
言ってみたい台詞ミッション・リストはまだまだあるぞ。
船団が速度を上げれば、こちらも速度を上げてもらって一定距離を維持する。
この日のカブツ川は朱に染まった……なんて戦記物なら記されるかもしれない。やったことはただの逆追い込み漁なんだがな。
いまさら罪悪感なんて言わんよ。
適当に数を減らしたところで速度を上げて離脱。俺たちは無事にクアナの津に帰り着き、防衛部隊にバトンタッチ。
こちら側の船はやや上流でまとめて、川を封鎖する構え。
あとは上陸しようとするところを水際防御か、撤退なら船を出して追い打ちと段取りがきまる。
ヤマトゥーン家の陣にはハイラルも物資をもって下ってきていた。
「気球観測班から逐次報告を受けたが、ウヅキたちは……まさに、規格外だな」
「兄上、敵にだけはまわさないように、注意してくださいよ」
「なんだよハイラル。俺たちズッ友だろ?」
戦場ってのは好きじゃない。
匂いがダメなんだ。舟も焼いたし、もうこれ以上こないでしょと嫁たちはさっさと帰ってしまうし。
新年を迎えるころには論功含めてもろもろの後始末も落ち着き、河川交易も再開。
商人たちの言い分だと、負けたなら負けたでサバサバしているのがゴブリンなのだという。
実務研修を終えたミナヅキはハヅキ領に赴任してきた。
教会施設はまだないが、とりあえずは領主館の一室に家族ごと陣取る。
俺は、あっちこっちでなんか便利使いされている気がする。
幼少期、俺たちがイレギュラーズを名乗ったのは、前世の記憶持ちというまさにイレギュラーな存在であると自覚したためである。
生き延びるために協力しあうことを誓い、野望という名の妄想をモチベーションにした。
それから結構な時が経ち、現実とのすり合わせの中で野望も見直しを迫られた。俺とミナヅキは家庭を持ったことで守りに入った自覚はある。
ハヅキだけはまだ悪徳領主をやるという野望をあきらめていないが、領地や家臣や嫁と、守るべきものは俺たちの中では一番多いかもしれない。
ともあれ、せっかく転生したのだから、前向きに楽しく過ごしたい。
俺たちイレギュラーズ、一歩ずつこの世界で生きていく。
(第6章・了)
【メモ】
第6章(全12回+設定メモ)の投稿は以上です。
リアル年度末進行につき、ここで区切ります。
お付き合いくださりありがとうございました。




