6-10.トライアングル
なんだかんだといろいろあって、俺は師父の養子となり、ニートナル騎士家の跡継ぎの騎士として叙勲も受けた。
ツェルマット伯当主トト様は、いかつい外観こそポーズで、実態は酒に弱いダメおやじだったのだが、これは関係者以外にはもらせない秘密である。
ちょとした誤解もあるようだが、俺の立ち位置は、ハヅキとツェルマットの両方に属する騎士となった。
細かいことを言うと、臣従の義務と権利に関して契約書を交わし、その内容を外れるような命令は無視しても構わないのはいかにも西洋中世風。契約社会じゃけんのう。
日本の中世だと……両属という感覚はないにせよ、境界地域の国人衆なんて向背常ならぬだし、実質的には大差ないのかな?
ともかく、そんなこんなのぐっだぐだがあって城に長居してしまった。
家に残してきたヒル子たちが心配してるかなと思っていたら、それどころではなかった。
「う、うまれるぅ」
出産のためにツェルマットのホームに滞在していたフィリア様が急遽、産気づいていた。
予定日なんて目安ですよと言わんばかりのワガママっぷり、実に腹黒なご夫婦のお子さんらしい振舞いである。
「ウヅキ遅い! 早くミナヅキ呼んできて」
「あ、はい」
一緒に城から帰ってきた師父が、逆らうなと目で告げている。俺も完全に同意である。
ニートナル屋敷の方からも、ヌビア奥様ほかの増援が押し寄せる中、俺は単身赴任中の旦那ミナヅキを捕獲すべく、ひっそりと転移門を用いて跳んだ。
ミナヅキのいる領都ヤマトゥーンまで、夢の島の仮設拠点を中継とし、回り道にはなるが一度迷宮島の領主館により、ハヅキとスコールの兄貴に一報を入れる。
そこからはハヅキも同行しての転移。
「十月十日は正しくないとは聞きかじっていましたが、いきなりですね」
「俺に言うなよ」
ミナヅキは実務研修中の教会に走り、事情を伝えてしばらく留守にする許可を得た。
とはいえもう夕暮れということで乗れる船もない。
また、夜道を歩くのは一般に危険すぎる行為とみなされるため、市域と外とを隔てる門も閉まっている。
今日のところは転移門で跳んで、明日朝一番でもいちど領都ヤマトゥーンに戻って云々と打ち合わせているところにハヅキも戻ってきた。
「こっちゃハイラルに伝えてきたで。最悪、出入りの記録に関してはなんとかしてくれるやろ」
俺の魔力は限界近いので、ミナヅキに転移門を開かせてツェルマットまで跳ぶ。
陣痛は始まったばかりだったようで、旦那不在の出産という火種を残さずに済んだ。
そこからの夜は長かったが、いざとなるとするっと出てきたなんて言われても反応に困るのが俺たち男子である。
とりあえず、神々からの恩恵、【安産】ぱねぇということにしておこう。
「じゃあ、とりあえず領都を出てくるよ。四日後にまた」
「うん。ミナヅキ君、来てくれてありがとう」
二人プラス赤ん坊で甘い雰囲気かもさないでください。
まわりで見てる方が砂糖吐きたくなるってこういうことなんですね。
しかしこうなると、不安も募る。
ミルディーフはともかく、ヒルデガードはなあ、どうしても成長が遅いようで、これで孕んだら果たして母子ともに無事に出産に耐えられるのかと。
「やってみないとわかんない」
「ん」
「だよなあ」
妊産婦になる予定の本人はじめ、教会の正規カリキュラムを受けた法術師にして施術師なメンツが揃っているから、最悪の事態は回避できるものと信じたいが、それでも不安は不安なのだ。
「ウヅキ君が生むわけでもないのに、心配性ですねえ」
「俺が生むわけじゃないから心配なんだって」
三日後に、ミナヅキはハイラルとともに現れた。領都からクアナの津まで、快速御用艇を使ったという。
モーターの魔道具で両舷の水車を回す動力船であり、ヤマトゥーン家では焼失した初代を除き、導入からこちら三隻まで増えている。
快速艇は順次造船中で、俺たちの方での注文と船大工の枠を奪い合っていた。
「カブツ川沿いでの足だからね。熱気球に比べればって、兄さんたちも財布の紐が緩くなっちゃって」
「その件ではヤマトゥーン家に対し、いささかの物言いかある」
熱気球の件さあ、俺たちが作ったって、ツェルマット伯家にゲロしやがったのはどこのどいつじゃー。
え?
ゲロするまでもなく、噂が流れていたって?
「ねえウヅキ、君はもう少し自分の立場というものを考えるべきなのではなかろうか」
「……面倒くさいことになってる」
出産騒動でわたわたしていた空気も落ち着いたので、改めて、元メンバのハイラルを加えたパーティ・イレギュラーズ全員に、俺の騎士叙任の一件など、ツェルマット伯家との関係を説明する。
案の定、ハヅキには大笑いされた。
「自分の騎士(騎士とは言っていない)っちゅうことになっとるんかあ」
「ハヅキ領で職を得ているって言ったんだがなあ。領主ハヅキの臣下ととられたっぽい」
「臣下に、なってくれてもええんやで?」
「おう、じゃあ契約しろよ、白紙でなあ」
なんの縛りもなくフリーハンドでやらせろとは、それは臣下と言えるのだろうか。
などとハイラルが悩んでいる間に、俺とハヅキの間で契約は成立してしまった。
「後先やけど、こういうカタチにしといたほうがええってこっちゃろ?」
「誤解とはいえ、両属の騎士ってことになっちゃってるからな。これでハヅキとは何の契約もありませんではマズイだろ」
なお、ハヅキが俺を騎士に叙することは可能なのかというと、このへんはもう言った者勝ち的なノリが通用するようだ。
実効支配する固有領土を持つ領主が、自己の責任において配下を任命するのは権利である。
いわゆる伯爵だの王爵だのといった伝統ある爵位には、それぞれいわれがあるので勝手に名乗っても相手にされないが、騎士程度ならねえ、ということらしい。
ああもちろん、自分ところの騎士だなんて騙るような輩はアレされます。余所の騎士だと名乗られて、風体物腰がそれっぽければあえて確認しないってだけ。
なお勝手に名乗った王爵でも、数百年も名乗り続ければ、それは立派な王家ということになる。
それだけの期間続いたという事実が、いわれとなって名乗りを裏付けるのだ。
「ハヅキ王でも名乗っておきますか?」
「うんにゃ。そんなん名乗っても、周り全部敵に回すだけやん」
ただでさえあやふやな立場だからなあ、ハヅキ領。
もっと開発が進んで、『おいしい』土地となったとき、はたして周辺諸侯は紳士でいられるか、なんの保証もありゃしない。
実態はともかく、名目上はツェルマット伯にも仕える騎士であり、また、将来的には師父の跡を継いでニートナル魔術師学園領を治めることになった俺は、領主兼学園運営業務を把握するための見習いもあって多くの時間をツェルマットで過ごすことになった。
必然的に、テレポ土木で人間重機もどきの活躍は減り、湿地帯の開発にも遅れがでてしまう。
「身内に頼りすぎの工法やさかいな、やれるときにやっとけって塩梅やけんど、正道ではあらへん」
「正道だと、土方人足雇うだけで幾らとぶかわからんからなあ」
「なんでもかんでもウヅキに押し付けるというものでもないですしね」
周囲や身内からニートナル家の養子として師父の跡を継ぐことに異論はないのか、もしや夜道で刺されるのではとも心配したのだが、特に反対意見なしに拍子抜け。
すでにもともとの平民ニートナル家の家督をついでいる師父の弟君のルーディナル様からは、そっちは騎士家だからとはしごを外され、弟弟子たちには何を言っているんだという顔をされた。
「だって、兄弟子が跡を継ぐものだと思ってましたし?」
「むしろ、なんで自分が跡継ぎじゃないと思ってたのか、俺にはそこが疑問だ」
……俺、鈍感系主人公じゃないよ?
なのになんで、俺が跡継ぐのが当然みたいなことになってたの?
「ニートナルの名乗りって、そういうことでしょう?」
「家名もらっといて、まったく想定していなかったとか、ウヅキ君、どうしようもないところでヌケてますね」
「ん(大丈夫。わかってないことはわかってた)」
……俺、鈍感系主人公になれてた可能性が微粒子レベルで存在していたのか!?
クソッ。
どうして俺はモブなんだ。
師父とともにニートナル魔術師学園領に関連した書類事務を片付けていたら、ヤマトゥーン家のオブムス様が訪ねてきた。
ツェルマット伯と熱気球の運用についての条約めいたものを結んできたのだと。
『おう山ちゃんよぉ、魔法使い候補の育成の件、貸しと思ってくれてるなら、俺の頼みも聞いてくれよ』
『鶴松の叔父貴の頼みとあっちゃあ断れませんがな』
いかん。
広島風ヤクザの会談風景が脳裏に勝手に浮かんでくる。
なお実際もそんな感じらしいので何とも言えない。
「熱気球はすでに引き渡しずみですし、問題があるとも聞いていませんが?」
「ああ、その件は俺がツェルマットに来ている理由だ。本日訪ねたわけは、ウヅキにこれを受け取ってほしいのだ」
何かと思えば、題目と当主の署名だけ入った白紙の契約書と、騎士叙任証書。っておい!
「なんじゃあこりゃあああああ!」
「ハイラルから聞いたのだ。この白紙契約ならウヅキを我が騎士にできると!」
「完全フリーハンドで臣下もクソもあるかっあああ!!」
もうね、バカか、アホかと。
これだから脳筋はと口に出しかけたが、師父の咳払いが耳に入ったので少しだけ冷静さを取り戻す。
「オブムス様のお考えは、ウヅキを、ひいてはイレギュラーズの連中を敵にまわさないための一手とお見受けします」
「うむ。そういうことらしい」
「この絵図をかいたのは誰だー」
聞くまでもなく、ハイラルでした。
そうだよね。オブムス様以下の上三人兄弟は、この手の知略とか謀略とかに絶望的に不向きな人材だものね。
「受けて不利になる話でもなさそうだが、どうするね」
「師父のいけずぅ」
そんな渋い声で諭されちゃあ、受けるしかないじゃないですか。
契約上は問題ないのだが、事前の承諾は得ておいたほうがいいとツェルマット伯に報告に行けば、真顔ののち破顔された。
「お前、それで自分の名乗り言えるのか?」
「え?」
契約上問題ないから俺は認めるしかないぞとニヤニヤしながら言われれば、俺だって意地になる。
自分は何者なのか、名乗りを上げてみたら違う違うとますますニヤニヤされる。側近さんまで酒とカップを持ってきて、主従揃ってニヤニヤしてやがる。
宴会の余興じゃないんだぞと腹がたったが、名乗り一つもまともに言えんようではなぁとニヤニヤニヤニヤ……。
結局、俺ののどが枯れるころになってようやく解放された。
「えっと、それでウヅキは、『カブツ川とヴァルド川の間の湿地帯の領主ハヅキの騎士にして、錬金術師ニートナル家の継承者、ツェルマット伯爵家臣ニートナル魔術師学園領の騎士であり、ヤマトゥーン男爵家の自由騎士、ウヅキ・デ・ニートナル』なの?」
「……覚えられない」
「もう、『三股の騎士』でいいんじゃない?」
正式な名乗りが面倒なのは俺自身も認めます。相手によって各項の順番も入れ替えるのが礼儀だとかワケわかりません。あと、『ツェルマット魔術師組合登録魔術師』が抜けてます。
だからフィリアさん、その呼び名だけは勘弁してください。
「『三股の騎士』、ヒッヒィヒッヒ。全部盛りにもほどがあるでぇ」
「ハヅキのせいでもあるくせに笑うな」
「いやー、弟がどんどん遠い存在になっていくなあ」
そういうスコールの兄貴だって、名目上はハヅキの騎士じゃんと言ったら、まあそうだなと流された。
たまに見せる大人な態度ってやつですか、いいんですけどね。
「自分からも報告や。自分、リュクレースと結婚することにしたわ」
「は?」




