6-08.泥縄式領地経営
ハヅキ領湿地帯における貴重な陸地、孤島にはしかし迷宮が存在した。
迷宮は魔物を生み出す。
放置すれば魔物は地上にあふれ、せっかく駆除して確保した陸地を失うことにもなりかねない。
よって最善は迷宮を攻略してしまうこと、次善として、あふれさせない程度に魔物を間引くことが領主ハヅキに課せられた使命となる。
「領主ってのも面倒なもんやなあ」
「地盤のないところで悪徳領主ってのが、遠大過ぎる目標なのかも」
「自分は野望をあきらめへんでー!」
俺の冒険者稼業とか、ミナヅキの世界旅行とか、なんかもういいかなって感じで取り下げちゃったけど、ハヅキはまだまだ燃えている。
であれば、サポートするのが盟友の務めというものだろう。
俺は伯都ツェルマット、ミナヅキは領都ヤマトゥーン、ハヅキは移動が多いが一応迷宮島と、三人それぞれの生活拠点は分かれている。
ただし、魔道具リターン・アンカーによる目印をもとに転移門で行き来している関係で、表向きの所在とは別に、顔合わせは頻繁にしている。
教会にて実務研修中のミナヅキと違って、固有の仕事を抱えていない俺は、それこそ毎日のようにハヅキ領の開発に深く関わっている。
ともかくも、魔物を狩るから魔物狩りで、魔物狩りを統括するには魔物狩り組合の設置が必要でと、泥縄式に迷宮攻略の準備を進めること数か月。
迷宮島にはハヅキの領主館や、組合長として招聘したウェンレイトンさんの住居兼魔物狩り組合事務所、ついでに雑貨商の倉庫兼店舗といった、拠点集落の始まり的な家屋が肩を寄せ合う光景が出現した。
島で確保できる水の量的に賄える人数は数十人が上限なので、大都市に発展することはないだろうが、これも立派な領土だろう。
「地に足の着いた生活ってのもええもんや」
「輸送・交易は人を雇って任せるべきかもな」
「スコールの兄貴もそういうなら、考えなあきまへんなあ」
迷宮攻略よりもまずは生活環境を整えることに専念していたハヅキやウェンレイトンさんの前に、ヨス傭兵団を率いたリュクレース嬢が現れた時は一触即発の気配さえ漂った。
けどまあ、お付きのおっちゃんと深く話し合ってみたところでは、要するにヨス傭兵団には行き場がないのだ。
ヨス男爵家旧領の奪還の望みはない。
かといってツェルマット領内にとどまっても、ていのいい戦力としてすりつぶされるだけ。
ツェルマット伯爵としては、重臣の家にヨス家忘れ形見の一人、ラシェル嬢をめあわせたことで最低限の義理は果たしたともとれる。
実際に、穏健派的な家臣たちは姉のラシェル嬢についていった。
ヨス傭兵団に残ったのはヨス家の再興をあきらめきれないリュクレース嬢と、戦いの中でしか生きられない武闘派、そしておっちゃんのようにリュクレース嬢を見捨てられなかった忠臣連中ということになる。
「当面の迷宮は、ウェンレイトンさんの子飼い連中とヨス傭兵団に任せるしかないだろ」
「因縁はあるけんど、戦力としては信用できるさかいな」
俺たち?
領地経営的なあれやこれやが手いっぱいなんだよ。
魔物狩りとしての所属だけは移したけれど、「まだFランクだったんですか!」なんて驚かれちゃったけれど。
しかたないじゃん。ハンター・ギルドからの仕事をロクにしてないんだもん。
「そうは言っても、皆さんの実力的にFはないでしょう。とりあえずEにしておきますからね」
「ウィーッス」
つーか、宿泊施設に食料の確保だけでも大変なのさ。
迷宮関係は魔石の売買差額でなんとかトントンにはできるにしても、ほかの収入のあてがハヅキと兄貴メインで動かしてる交易と俺関係でちょぼちょぼしかない。
その中から設備投資ですよ。個人の生活費ならニンマリでも、事業の費用となるとケタが違う。
「まあまあ、ウヅキが気にしすぎることもないんやて」
「そうだぞ。結局、なるようにしかならんさ」
転機は春に訪れた。
カブツ川から迷宮島まで、ご立派な水路を開削したじゃん。
河川交易の船商人たちが、川の流れの影響を受けにくい船溜まりとして使わせてくれと申し出てきたのだ。
ハヅキはこれに領主として裁可を下し停泊料を徴収。
対岸の船溜まり、ヤマトゥーン領キタの津では停泊が減って渋い顔だが、現状こっちでは水や食料などの供給はできない。
本当に、ただ船を泊めるだけの場所の提供なので本格的な顧客争奪戦には至っていない。
「隣同士が仲悪いって、こういうことの積み重ねなんでしょう」
「いうて水路掘削だって、俺たち身内でやってるからともかく、本来すんげぇカネ食う事業だぜ」
「サービスのいいほうに客は流れる。真理やなあ」
三人娘も駆り出してテレポ土木なんて強引極まりないことやってるけど、本当なら、浚渫にしろ単に土砂を運ぶだけにしろ、人数集めてえっさほっさの世界だからなあ。
特殊技能者である身内の過重労働というからくりを知らなければ、ハヅキは大金を投じて河川交易の場を整備している、新興の領主様、なのかもしれない。
「商人領主いう評判かあるいは悪口は、カブツ川沿いで広まりつつあるらしいわ」
「悪名も認知度には違いないですが、できればよいほうに転んでほしいです」
すでに迷宮島に進出している商人とは別に、ハヅキの古巣ノウブラウンド商会からは人員を融通してもらえた。
商会としても、かけておくべき保険というか、ハヅキ領に食い込んでおいて損はない。
収支内実などが駄々モレになるのと引き換えに、ハヅキ直轄の交易事業と領主館を運営する人員を確保したと思うしかないのだろう。
つくづく、泥罠式領地経営だが、ベースのないところで組織を立ち上げようと言うのだから、想定外のことばかり。泥縄化するのは当然と割り切るしかない。
ハヅキは地図や収支・物流報告など、書類とにらめっこする事が増えたし、スコールの兄貴だって領主館長なる謎役職を背負っている。
実務研修が終われば、ミナヅキもハヅキ領に教会を建てて移籍する。
俺はヒル子やミルディーフともども、せっせと泥をすくっては移し替えて浅瀬にする、あるいは盛り上げて土地にする、テレポ式土木に従事した。
最低週一で、ご領主様臨席のトップ会議めいたものも開催されるようになった。
魔物狩り組合の代表としてウェンレイトンさん、オブザーバーとしてヨス傭兵団のリュクレース嬢とお付きのおっさん。
あとは商人勢がいればと、いつもの俺たちといったメンツで、その時々で多少入れ替わりはある。
「第一階層に上がっていた下層の魔物は駆除終わりましたが、俺の経験上では第八層とか九層とか、そのあたりの強さだったように思います」
「ヨス傭兵団としても同様の認識です」
「厄介なことやなあ」
迷宮は成長する。
生み出した魔物が玉突きで地上にあふれ出すのが迷宮あふれ、あるいは魔物あふれという現象だが、あふれを起こした迷宮の中では、下層の魔物が上層に上がってきている。
第一層にして、通常だと第八層や第九層で出現するクラスの魔物がうろついていたとなると、迷宮が生まれてから相当の時間が経過していることがわかる。
迷宮核の存在する最下層まで何層あるか、見当もつかない。
「迷宮の構造も、再出現した魔物もザコ・ボールでしたので、野良迷宮なのは間違いないと思います」
「ダンジョン・マスターの支配する迷宮の線は薄かったけれど、これで対処法も確定だな?」
「地道に間引いて、迷宮の力を削いでいくしかないでしょうね」
徹底的に魔物を狩ることで、迷宮は補充のための魔物を生み出さねばならず、その力を消費する。
消費が成長に必要な量を超えれば、迷宮構造自体を消費して、階層が減る、という現象が起こるらしい。
まあ、そこまでできるかどうかはともかく、魔物あふれを起こさせないためにも、間引きはしなければならないし、間引けば間引くほど、収入にもなる。
「今後の攻略に関して、迷宮エレベータの建設を提案します」
「エレベータ?」
階層をショートカットして昇り降りするための装置だ。
現在活動中の連中にとって、ザコしか出現しなくなった階層は通過に時間がかかるだけの空間トラップでしかない。
掃除の済んだ第一層で新たに出現する魔物を始末するのは、適当な武器さえあれば、それこそ農村から出てきたばかりの小僧でもできる。
問題はすでに上がってきている魔物の始末で、引き続きヨス傭兵団とウェンレイトンさんの子飼い連中に一層ずつ攻略してもらうしかないだろう。
そのためにも、エレベータが欲しいと言われれば否はない。
「ウヅキ、いけるか?」
「穴掘りならマカセロー」
エレベータ本体の手配はウェンレイトンさんに任せて、どういう仕様の穴を掘ればいいのかだけ確認しておく。
これは、迷宮内が異世界的なところに存在する摩訶不思議空間ではないことを前提とした装置だそうで、地上から別の入り口を開けられた時点で前提クリアという、なんとも力任せな確認方法だ。
「迷宮内の地図に合わせて、空間のあるところに穴掘って確認するって寸法か」
「やってみないと、わからないんですよ」
肩をすくめて手のひらを空に向ける、お手上げのポーズをとるウェンレイトンさんが悪いわけではない。
階層をショートカットできることの恩恵は理解できるので、とりあえず掘ってみるしかない。そう、テレポ土木で。
「それと、ツェルマットは伯都周辺の迷宮は片付いたため魔物狩りが分散しています。もう何組か、声を掛けてみたいですが、よろしいですか?」
「寝床と水は足りるんかいな?」
「宿は問題ないが、水はギリギリだな。あと八人で計算している」
スコール兄貴の報告に、参加者全員で唸り声をあげた。
飲み水や炊事だけならもっといけるのだが、道具の手入れにも身体を洗うにも水は消費する。魔物狩りにとってどちらも欠かせない大事なことだ。
湿地帯の中の孤島なので、周囲に水はあふれている。
ただし、分布濃度不明ながら病原寄生虫やウイルスなどが繁殖している水なわけで、ハヅキ領では手を触れることも避けるべしと通達を出している。
迷宮島の人間にとって命綱になっている湧き水は、検査でもここまでの使用でも問題を起こしていないのだが、賄える人数に限りがある。
「ウヅキ、【浄化】の魔導刻印はどうなんや?」
「牛に飲ませている分には、今のところ怪しい気配はないが……」
水不足問題は見えていたので、対策も立ててはいる。
簡単なろ過装置と【浄化】の魔導刻印を組み合わせた浄水器はその筆頭だが、じゃあ、精製した水を飲みたいかとなるとためらってしまう。
文献上の理屈で言えば、【浄化】でウィルスや害虫の類は死滅するはずではあるのだ。
効きが強すぎて、生体相手に使うと深刻なダメージが発生するくらいの【浄化】力はある。……らしい。
「魔石のコストはこの際、目をつぶるにせよ自分で試す勇気はないわあ」
「それなあ」
「風土病、厄介なものですね」
結局、動物実験は継続しつつ、第二案の蒸留水の作成を主軸に据えることになった。
蒸留装置はそれこそ蒸留酒の製造や、ポーション作成でも使うことがあるので、機材を発注してオペレーション・マニュアルを作成するまでやれば、あとは適当な誰かに引き継ぐことになるだろう。
「水一杯が、上物の酒以上の値になるだろうなあ」
「この島で受け入れるのは必要な人数だけ、その人らには責任もって配給するしかないやろ」
魔石には困っていない。
迷宮攻略がなるまで、困る気配もない。
「もっと大きな、水の出る島が確保できればいいのだけれど」
「それなあ」
会議の締めにリュクレース嬢がため息をつき、ハヅキも首を振りながら答える。
因縁ある二人だけど、男と女の仲じゃけん。
どう転ぶかは神のみぞ知るってことにしておこう。
後日、迷宮内へ貫通する穴掘りは成功した。
ウェンレイトンさんはエレベータ機材の調達に、俺は表向きの所在地のカキカエのためと蒸留装置の手配にと伯都ツェルマットに入ったのだが、俺には師父を通じて呼び出しがかかった。
伯爵様直々の呼び出しって、嫌な予感しかしないある。




