6-07.魔物狩り組合の設立
ハヅキ領湿地帯の中に発見した貴重な陸地、小島に上陸したのは秋になってからだった。
島に満ち満ちていた魔物の駆除の途中でフィリアさんの妊娠発覚とか、どうしようもない人手不足とか、それはともかく金がねえとか、いろんなドタバタあっての秋である。
ともあれようやく上陸し、地面に無数に転がる魔石を握りしめたハヅキが叫ぶのも無理はないとしよう。
「とったどー」
「なんだかなあ」
魔石は、魔物狩り組合に持ち込めば、標準グレードでも大銅貨1枚で買い取ってくれる。自ら商業ルートの伝手を持つハヅキなら、利幅はもうちょっとよくなる。
島中に散らばる魔石をみなしてせっせせっせと拾って拾って、一財産築けそうな量が集まった。
「こんだけの魔物あふれさす、放置された迷宮かあ」
「これまで人の手が入っていないところですしねえ」
魔物は迷宮にて生み出され、一定量が溜まると地上に押し出される。これを迷宮あふれとか魔物あふれとか呼ぶ。
押し出される魔物は迷宮上層よりが多くなり、必然的に、迷宮内に残る魔物はより深い階層で生まれたもの、強い魔物となる。
よって魔物あふれを繰り返した迷宮は、浅層でも強力な魔物と遭遇するデンジャラスなシロモノと化す。
「魔王城手前のダンジョンみたいなもんだよなあ」
「これがラスダンとは限らない。さらに奥地には第二第三のラスダンが……」
「ラスダン四天王やめーや」
魔石集めのついでに発見した迷宮入り口を前に、俺たちが現実逃避に走ったのも仕方のないことだと思う。
幸い、地上に出ていた魔物は特殊な型ではなく、水を渡れないものだけだったので拡散せずにすんでいたが、今後はどうなるかわからない。
迷宮の管理は、領主の責任。
ハヅキ領湿地帯に存在する迷宮や魔物は、ハヅキの責任下においてなんらかの処理をしなければならない。
「放置するわけにはいかんのやなあ」
「魔石鉱山という見方もあるが、いずれにせよ管理下に置く必要はあるからな」
俺たち三人プラス兄貴のスコールで額を寄せ合っても、これぞという解決策など出てはこない。
こういう時は素直に先人の知恵を頼るべきと、手分けして聞き取りや助言を求めた。
ヤマトゥーン家では領主家としての対応を、ツェルマットの魔物狩り組合では、ギルドとしての対応と、個々のハンターとしての意識調査みたいな感じになった。
「領主としては、魔物狩り組合を立ち上げ、ハンターを集めて対処させるのが鉄板ぽいわ」
「ハンターという職業が、行き場なくあぶれた人員雇用も兼ねているようですからね」
「俺みたいなもんか」
俺の兄貴のスコールも、農地を引き継げない立場ゆえに村を離れた口だ。
魔物狩りになって成り上がり、末は英雄だなんて言っていたような気もする。
「昔のことはいいんだよ」
「サーセン」
魔物狩り組合の後ろには、個々の領主がいる。
組合運営に補助金を出したり、魔石の売買差額を徴収したりという経済側面以外にも、組合職員の派遣などで運営を直接コントロールしているらしい。
魔物狩りって、武装集団だもんな。
自衛必須の世情ゆえ帯剣くらいは男の証とはいっても、為政者的に首輪や紐を付けとかないと怖いのはわかる。
しかしまた、魔物狩り組合は魔物狩りたちの互助会みたいな面もある。
なので領をまたいだ魔物狩りであっても、ご当地のギルドで無碍にされることはまずない。
そういや俺たち、ツェルマットの魔物狩り組合所属のFランク魔物狩りのママだったな。このツェルマット発行のギルド・タグで、王都でもなんでも通用したので特に気にしていなかったが。
「Fランクのままなのは、気にすべきところなのではなかろうか」
「だって魔物狩りとしてろくな活動してないじゃん」
「あっちこっちへの護衛任務……ギルド通してないから功績になってないんですね」
いやほら、確かに俺の野望は冒険者稼業だったよ?
中世ファンタジー風異世界とくれば定番だろう的な。
けどさあ、俺別に戦いが好きってわけじゃないのよね。最近は御無沙汰してるけどポーションつくるとか、魔術師として仕官するとか、ほかに食べていける道もあるし。
無理にランク上げる必要がなかった、みたいな?
「けんど、自前でギルド立ち上げるっちゅうのに、トップがFランクじゃあ脅しが効かんやろ」
「強さは正義ですからねえ」
脳筋ともちょっとちがう。
現場レベルだと、権威とは暴力の強弱だ、とまで単純化せざるを得ない事情ってものがある。
教育を受けていない人間を相手に言うことを聞かせるには、目に見える、身体でわかる力を示すしかないのだ。
「俺たちじゃ、どうせお飾りのトップだぞ。組織運営なんて、その手のノウハウを持つ人間を引っ張ってこないと、うまくいかないぜ」
「それなあ」
「そやねえ」
実は、ハヅキ領魔物狩り組合の実務トップには心当たりがある。
俺や兄貴が魔物狩りデビューするときにお世話になった、体育会系細マッチョのウェンレイトンさんだ。
二十代にしてツェルマット魔物狩り組合所属のCランク魔物狩り様、実力に不足はない。
ランクBとかAとか?
人外ですね。
「彼なら間違いないやろが、来てくれるん?」
「嫁ができて、守りに入りたくなったらしい」
「ああ……」
嫁とか子供とかできると、どうしてもねー。
俺もそろそろ頑張ってみるか。
「ウェンレイトンさん曰く、『魔物あふれを起こしているから、ダンジョン・マスターのいる迷宮ではないと思う』だって」
「悪いことばかりじゃないってことや」
野良迷宮とダンマスのいる迷宮とは難易度のケタが違う、らしい。
まだ中を確認していないので何とも言えないが、通常、ダンマスのいる迷宮は魔物あふれを起こさないそうだ。
戦力を無為にばら撒いてどうすると言われれば納得。
例外として、近郊の人間の街が邪魔だとか、迷宮同士での抗争だとかで、魔物を迷宮から出すこともあるみたいだが、いずれも文献や伝承で細々と語られる程度で目撃例は少ない。
「ダンマス同士での抗争とか、別ゲーやってるとしか思えない」
「別ゲーいうなし」
それ言うなら俺だって転生チート無双やってみたかったが、ないものはないんだからしょうがない。
前世記憶に基づくおぼろげ知識も確かにチートっちゃチートなんだけど、再現できないものばかりってストレスたまるだけなんよ。
「方向性としては、安全確保のために迷宮は攻略。そのためにご当地魔物狩り組合を設立し、組合長にウェンレイトンさんを据えるってことかな?」
「魔石収入は魅力やけど、貴重な土地やねん」
「攻略まで何年がかりか、覚悟しておく必要はあるぞ」
迷宮は成長する。
魔力だまりとか龍脈とか、そういうところに出現し、いわば星の力を食って魔物を生産、迷宮自身も拡張深化していくというメカニズムがあるらしい。
魔物あふれを繰り返したであろう手つかずの迷宮。いったい何層まで成長しているか見当もつかない。
「勇者クラスの鉄砲玉って、教会総本山に要請するんかいな?」
「各地の教会でご当地勇者を育成やバックアップもしますが、現在のツェルマット管区にはいないんですよ」
勇者のような人外はそれこそスーパーでスペシャルでシークレットでクライマックスでウルトラでデラックスで、とにかく激レアな存在である。
ほぼすべての人間は凡人なのだ。
そんな凡人でも地道に魔物の間引きを繰り返すことで、再生産にかかるコストを強要し、もって迷宮の力をそぐという攻略法も編み出されているが、これはとにかく時間がかかる。
とはいえ、只人にできることなんてそれしかない。
魔物を間引けば地上へのあふれは起こさせないレベルにとどめられるし、間引くほど魔石という収穫も得られる。
欲を言えば、いつでも攻略できる程度に弱らせ、魔石鉱山として管理された迷宮を抱えることは領主の力の一翼にもなる。
「小さく始めて大きく育てる。そういうことでやってきましょ」
「あいさー」
「りょうかーい」
早速、ウェンレイトンさんとコンタクトをとる。
新設する魔物狩り組合の長として要求されたのは、住居兼でもいいので事務所。足となる小舟、水や食糧等の確保といった生活関連の諸条件だった。
「こんもりとした島で、湧き水もあるんだが、安全かどうかはわかんない」
「周囲が湿地帯だと、井戸掘るよりかはましでしょうが、一度確認してからですね」
他にも魔物狩りを受け入れる宿泊施設だの物資を売買する店舗だの。
このへんはすべてを自前でというわけではなく、野心ある商人を捕まえるべきだろうな。
「場所も場所だし、当面は俺たち身内くらいしか潜らないとは思う」
「そうですね。俺のほうでも縁のあった連中を確保して、浅層で間引きと地図作成からになります」
立地調査や建材、大工さんの確保などやるべきことは次から次へと湧いて出る。
幸い、試薬や動物実験を経て、湧き水は飲用に耐えうると判断され、数十人規模までなら生活用水には困らない判断はついた。
いまだ沈降を続ける埋め立て地には仮設以上の拠点は置けないので、湿地帯開発の足場を島に移すことが決定。
冬には、迷宮島にハヅキの領主館とハヅキ領魔物狩り組合の本部という、名前だけは立派な建物がこじんまりと建設された。
もちろん、魔道具リターン・アンカーの設置により、転移門での移動や物資搬入という裏技も使える。
ハヅキの古巣ノウブラウンド商会からも、独立したばかりの商人がビッグチャンスを求めて何でも屋を開設。
数年は儲けどころか閑古鳥確定だぞと忠告したのだが、ツェルマットとヤマトゥーン間の交易およびカブツ川の物流を主に、ハヅキ領に関しては倉庫兼住居程度の認識でやっていくという。
なかなかに強かなものだ。さすが商人である。
似たような事情で腰を落ち着けることのできないハヅキや兄貴を抜いて、迷宮島の定住者はウェンレイトンさんご夫妻と魔物狩り数名。
迷宮攻略よりも、生活環境の構築に忙しい日々が続いた。
「……」
「……」
冬の寒気で身も引き締まるハヅキ領迷宮島だが、本日はお日柄もよく青空が広がっていた。
その空の下で、一組の男女がにらみ合っている。
男は我らがハヅキ。生活できる島一つは確保した領主様である。
人工島はまだ地盤不安定なのと、水の手問題があって生活できないのでカウント外。
女のほうはリュクレース・ド・ヨス。
西の方で男爵家をやっていたが負けて追い出されたヨス家の生き残りのお姫様。
ハヅキとは若干の因縁を抱えている。
「にらみ合われても話が始まらないんだが、リュクレース嬢は何しにここへ?」
「我らヨス傭兵団は、ブーンレバーの迷宮に続き、シールセンの迷宮解放にも功績大なる精鋭である」
あ、シールセンの迷宮も攻略済みだったのか。
伯都ツェルマットにほど近い迷宮ということで、攻略してしまって安全確保を企図していたのは知っていたが、本腰入れてからまだ何年だ?
伯爵様はやり手だなあ。
「ラシェル嬢の婚姻は?」
「それは滞りなく。我ら旧家臣の多くも、姉姫様のもとでお勤めしている」
故地奪還を目指してヨス家の姫の下に集結した残党は、しかし、ツェルマット伯爵様の手で迷宮攻略の尖兵としてすりつぶされていた。
伯としてみれば、隣国への介入権は保持するが、積極的に手勢を貸し出してまで元男爵家を復興させるだけの義理もない、といったところか。
姉のラシェル嬢に重臣の子を紹介して婚姻を結ばせるという落としどころを示したが、しかし、妹を担ぎ上げた一派との分裂という形になっていたようだ。
「おいちゃんも苦労してるな」
「……ああ、まあ、な」
姫様を見捨てるわけにもいかんのよと、呟いたその目は優しかった。
まるで孫を見るような目だ。
苦難の日々を共に過ごしてきた老臣とは、このようなものなのであろうか。
「……私リュクレース・ド・ヨス以下精鋭ヨス傭兵団、当地に手ごわい迷宮ありと聞き腕試しに参った次第」
「領主ハヅキ、ヨス傭兵団の助力に感謝申し上げる」
見据えあう目線、バッチバチに火花散ってませんかねえ。




