6-06.貴重な陸地攻防戦
青空の下に飛び立った熱気球は、まだ飛行実験段階ということもあり高度十メートル程度のところでゆらゆらしている。
外気温も高い夏なので浮力に不安があったのだが、余裕を持たせた設計のおかげで無事にお披露目ができた。
まあそのせいで、気球をつくるのに莫大な量の布を必要とし、つまりは膨大な資金を溶かし、出資者ヤマトゥーン家をして白目をむかせたわけだが、いやー、無事に浮かんでほっとしたほっとした。
「はーっはははははは」
「おい、はやく巻き戻して交代だ、交代!」
くじ引きで人身御供に決まったときは散々嫌がっていたハイラルなのに、今や頭上から高笑いを降らせる愉快なことになっている。
ヤマトゥーン四兄弟、順繰りで、どこかへ飛んでいかないように地上に結わえつけたアンカー・ロープをまき戻してはお乗り換え。
短い空の旅……ちょっと浮かんで頂く体験を経て、出資にご納得とあいなった。
「しかし……高いな」
「ええ、高いんです」
熱気球の有人飛行実験まではこぎつけたものの、あと何回か試験飛行をこなして完成を宣言したら、ヤマトゥーン家へ引き渡さなければならない。
そして俺たちに、二つ目をつくるだけの金はない。
「もちろん、引き渡し前に湿地帯の全景把握はさせてもらいますけど」
「試験飛行の内ということだな」
「怖いのは、引き渡し前にまた……」
「さすがに、なぁなぁで済ますわけにもなあ……」
額が額ですからねえ。
ハヅキ領内での運用試験となるし、何事か起こってもヤマトゥーン家側に責任はないことにもなる。
一応、四男ハイラルも参加兼監視的なポジションにいるので、ヤマトゥーン家も無責任じゃないと言えないこともないが、筋は悪い。
ハイラルは、司祭就任からの実務研修に、お妾さんたちの妊娠等もあってパーティ・イレギュラーズを脱退している。
司祭になるまでのモラトリアムは強制的に終了。ヤマトゥーン家の一員としての立場を明確にしなければならない時期に入っているわけだ。
「どこまで行っても、金の問題は付きまとうんやねえ」
「生きるということは、そういうことなんでしょうか」
とっとと引き渡してしまえば、ひとまず責任問題からは逃れられる。
であれば、さっさと高度を上げて俯瞰視点で観測と行きたかったのだが、季節が夏というのが災いし、浮力が稼げない。おまけに季節風らしき風が北に向けて流れている。
アンカー・ロープとの都合もあり、ロープ長で百メートルちょいあたりまでの高度で妥協せざるを得なかった。
それでも大したもののはずなのだが、視界内には見渡す限りの湿地帯が広がっていた。
「東京タワーの展望台でも、できた当初は関東平野一望できたいうしなあ……」
「星は丸いから、実際に見えている範囲はもっと狭いはずだがな」
「見通し距離って、大人の目線で五キロないはずですからねえ」
判断材料もないので、この大地は地球と同等として円を描いた。
外周に立てた棒から円に接線を引いてその長さを求めればいいわけで、接線と接点から円の中心を繋ぐ線のつくる角度は直角なので、三平方の定理でごにょごにょ計算してみたら、三十六キロメートル弱とでた。
平方根の計算を挟み撃ち法の力技でやってるんだ、細かい値なんて出せないよ。
「そんなもんかいな」
「順調に歩いても一日がかりの距離と言い換えれば?」
「すさまじいやんけ」
視界内の東側に川っぽい水面は多々あれど、街や街道といった人の営みは認められない。
つまり、見えている範囲にヴァルド川はないと推測できる。
この時点でカブツ川とヴァルド川を結ぶ運河を掘削し、通行料収入を得るという目論見は崩れ去った。
「湿地帯は広大やわ」
「すごいなーハヅキ。広大な領地の領主様だぞー」
陸運と比較した場合の水運の運搬力は文字通りに桁が違う。
ゆえに水辺が栄えるのは歴史の必然だし、人力で水路をこさえる運河と曳舟の登場は物流に革命をもたらすのだが、すべては絵に描いた餅である。
カブツ川とヴァルド川の水位の差や、湿地帯を横断することで病原寄生虫の巣を拡散してしまう懸念なんかもあるにはあったのだが、前者は水門で、後者はコラテラル・ダメージとして処置することでもあった。
もとより、風土病は湿地帯周辺領地に共通する悩みである。
領都ヤマトゥーンでも年に数人の死者を出しているわけで、分布濃度の差はあっても湿地帯全体に生息していることは間違いない。
ではその差は何から生じるかというと、川辺立地と湿原奥なわけで。
「水の流れ、淀みの差かなあ」
「淀むといろいろ問題起こすのが水ですからねえ」
環境が繁殖に適しているのだから、それをぶっ壊してやるための埋め立てである。
土砂確保のための浚渫で日干しにし、掘削で流水路をつくってしまう。
気の長い話だが、湿地帯という環境を書き換えてしまうことがハヅキの計画なのだ。
早期の運河計画は潰えたが、ともかくわかる範囲で領地を把握しなければならない。
何回か熱気球飛行試験を行い俯瞰地図を書き足していくと、湿地帯の中にも島は点在しており、確かな足場になるかに思われる。
暫定で確認できる範囲をマッピングし終わったのを機に、熱気球はヤマトゥーン家に引き渡した。
「島を確保したら、また貸してちょ」
「軽く言われても、当家としても都合があるのでなあ」
うんまあ、俺たちに熱気球は過ぎたるシロモノではあったのだ。
とにかく金を食う。一回飛ばすにもどんだけ燃料消費するのかって、泣きたくなるくらいに金を食う。
また、教会総本山の航空巡洋艦のウワサが各地を巡る中で突如出現した怪しき浮遊物。
今のところはカブツ川沿いに住む一部の人たちや河川交易を営む商人たちの間で、知る人ぞ知る的なローカル・ネタではあるけれど、ヤマトゥーン家が矢面に立つのはその意味でも安心できるというか。
引き渡したことで、瑕疵担保責任からも解放されたしね。
上空から確認された島へアクセスするために、ご立派な水路を形成することが当面の俺たちの仕事である。
例によってテレポ土木で浚渫または掘削し、排土は脇によけて、いずれは陸橋がわりの土手になればいいな状態。
土留めの杭打ちはしていないので、テレポさせた土砂はでろーんと広がってしまうが、仕方ない。
杭に使う丸太だってタダじゃない。
キタの津の衆との関係もややぎくしゃくしたままだし、まとまった労働力を確保するのも金がかかる。
ああ、それにつけても金がない。
最近は、穴を掘るのも排水ポンプを動かすのも、資材の搬入もなにからなにまで俺たち自身、身内の労力だけで回してる。
「逆に考えよう。身内だけで完結できるようになったのだと」
「自由に動かせる船手に入れたのは大きいよなあ」
「そいつの代金支払いで、またしてもカッツカツやねん」
外輪船二号艇はさまざまな要望を盛り込んだ野心作である。
ヤマトゥーン家は快速を示した一号艇のほうを作らせているらしい。
機密保持の関係で、俺たちの船が終わるまで船大工さんの手があかなかったからね。すまんな。
「つうか、あの島ヤバイ」
「殺気ビンビン?」
「魔物の巣っぽいやね」
まだ距離があるのに魔力感知に反応するとは、嫌すぎる。
大きく息を吸って、覚悟を決めて探ってみると……うわぁ。
「島中にあふれてないか?」
魔物を生み出すのは迷宮だ。
そして、迷宮内に収まらなくなった魔物が地上に出てくる。これを魔物あふれ、迷宮あふれなどと称する。
「つまり、あの島には迷宮があり、魔物あふれをおこしているわけやな」
「まずくね?」
「まずいですね」
迷宮のもたらす被害は、その領地を治める者の責任である。
同時に、迷宮のもたらす富、具体的には各種グレードの魔石もまた、領主の財ではある。
さてここに、知られていない迷宮がありました。
どうしましょう。
「ぞろぞろおるのぅ」
「魔物って呼吸器官ないみたいだけど、水に入るのは限られた型だけっぽいから」
「少ない陸地にあふれてぎゅうぎゅうでっか」
「なんだかなあ」
とりあえず船を止めて様子を伺いつつの作戦会議。
本日のメンバーはパーティ・イレギュラーズの野郎四人、俺たち三人にスコールの兄貴である。
「ざっくり、見える限りでは特殊な型はいないようです」
「魔物あふれって、メカニズム的には順繰りで押し出されるっぽいからな。上層の弱いのから地上に出てくるんだろ」
「その分、あふれを繰り返した迷宮は全体に強い魔物が出没するようですね」
再度あふれさせないためにも、上層に上ってきた魔物を間引かないとならない。
攻略するにも、どこぞの勇者様が一気通貫で攻め落とすってんでなければ、最下層まで地道に同じことを繰り返し、迷宮そのものを弱らせていくことになる。
「あの数相手に斬りこめってのはなしな」
「そないな無茶、言わんがな」
魔力感知の能力を持たない兄貴だが、数の暴力的な殺気には腰が引け気味だ。
橋頭保もなしに斬りこんでどうにかなるもんではない。
近づき過ぎれば、飛び移ってくるまである。
とりあえず島の周囲に確実な水路を掘りながら回る。
ちゃんと孤立し、隔離されていたようで一安心だ。どこかで陸橋ができていて、湿地帯全体に広がっていたら面倒だったからなあ。
それからしばらくは、女子組も動員して島の周囲をめぐりながら【ファイヤー・ボール】をぶちかますという、実にデンジャラスな観光を行う。
どういう理屈か、魔物は敵を探知して集まってくる。なのでそこにドーン。
「安全地帯からの一方的爆撃って、MMORPGでもやった記憶ないよ」
「すぐに修正パッチ入れられる案件じゃけんのう」
「なんだかなあ」
【ファイヤー・ボール】だって立派な戦術級の魔法、そうそう何発もぶちかませるものでもない。
魔石から魔力吸い上げの連射は気持ち悪くなるという理由で女子組に大不評。
つうかフィルさんおめでたですか?
「え?」
「え?」
自覚なしかよ。魔力感知的に、違う色が引っかかるんだよ。
「あ、本当だ」
「身内を魔力感知で探るなんてやらんからなあ」
「え、あ、どうしよう」
周囲からの援助や環境的なものを考慮し、フィルは適当な時期に領都ヤマトゥーンから伯都ツェルマットのホームに移動することとなった。
ヒル子にミルディーフはもちろん、いざとなれば師父の奥様やニートナル屋敷のみんなを頼れるのは安心できる。
旦那様は転移門で文字通り跳んでくればよろしいんじゃございませんこと?
「ヤマトゥーンの家を空けるわけにもいかんし、単身赴任オツやな」
「職場というか研修中の教会がそこにあるからねえ」
そんなこんなのドタバタもあり、徹底的に安全重視路線で事を進めたため、島のお掃除は思ったよりも手間取った。
世間様では秋、収穫祭も過ぎることになりようやく上陸。
勝手に襲ってくる打ち漏らしを兄貴が片付けるそばで、地面に無数に転がる魔石を掴んだハヅキが叫んだ。
「とったどー」
「なんだかなあ」
俺たちもせっせと魔石を集める。
魔物狩り組合に持ち込めば、標準グレードでも大銅貨1枚で買い取ってくれる。
自前で売りさばいてもいい。バカにできない収入だ。
しかし、地表面はとりあえず確保したとはいえ、魔物が湧いた迷宮があるはずなんだよなあ。
放置するわけにもいかないし、さて、どうしたもんだろうか。
【メモ】
・見通し距離
ここで大気の屈折は考慮せず、rには地球の半径近似として6400km、高さ100mとした




