4-09.例のアレじゃなくてソレができたのだ
冬を越えると春が来る。
俺たちにとって、本格的な遍歴修行の旅だったり卒院からの祭祀職巡礼行の旅だったり、つまりはミナヅキの世界旅行という野望が動き始める春が来る。
その前に、できる準備はしておこう。
王都までの旅の反省も踏まえ、例のアレこと異世界モノで定番中の定番、アイテム・ボックスはねぇだかーと文献を漁ったのだが、芳しくない。
神々の恩恵には、そのものずばりの【虚空蔵】というものが存在し、先人たちが再現を試みた収納の魔法というものもあったのだが、どちらも望み薄である。
恩恵は、狙ったものが授けられるわけではないという不確実性で除外。
収納の魔法は、実用に耐えられない魔力パフォーマンスの悪さと、なにより致命的な危険性が存在した。
「魔力供給が切れたら中身ごと消滅しますではねえ、危なすぎてとてもとても」
「超すっごいゴミ箱だわなあ」
ゲームならば、収納したアイテムを消去できるという点に目を付けたプレイヤーたちによって、たとえば呪いのアイテムだのいつまでもインベントリに居座り続けるクエスト・フラグ用アイテムだのを消去するといった別の使い道が編み出され、運営にバグ認定されてエラッタくらうまでがお約束なんだがなあ。
「入れたものがこの世から消えてなくなります、なんて使いようがないです」
「たいていのモンは資源になるけんのう。扱えんうちは埋めときゃええし」
ゴミと資源との境目は、人が利用できるかできないか。
腐敗か発酵かと似たようなものだな。プロセス自体は同じものでも、人にとって都合がいいか悪いかで分けているだけなのだから。
「……犯罪の、物的証拠を消せるな」
「さすがウヅキ、エゲツないこと考えよるわ!」
さておき、収納魔法の術式が記録されているのに世に広まっていないのは、『使えない』ということで間違いないだろう。
術の組み立ては高度なもので、先人たちの労苦と涙の結晶であることは一目瞭然。
俺たち後世の者が同じ苦労をしないでいいようにとの、いわば失敗の記録なのだろうか。
現実的な路線としてはハヅキに荷馬車一式の調達を任せているし、前回の王都往復でも背負子でワッショイで何とかなった。
いわゆるアイテム・ボックスがなくてもなんとかなる範囲で、世界は回っている。
「他にアテもないし、収納の魔法の省魔力化できないかためしてみるわ」
「僕も、収納空間を創る以外のアプローチ、なにか考えてみるよ」
残り少なくなったニートナル屋敷での時間だが、アテのない研究・実験ばかりにあてるわけにもいかない。
近郊の迷宮が攻略された直後ということで売上低調ではあるが、一定数ははけていくポーションの生産に師父ネイトナル様からの追い込み講義、プロデュース途中の弟弟子たちの世話という大事なお仕事が俺を離さない。
日没後の貴重な自由時間でさえ、春まで屋敷で生活することになったヒル子たちが絡んできて思うに任せない。
「うっとおしいんじゃー!」
「まあまあウヅキ君、ヒルデガードはともかく私たちもですね、色々とストレスがたまる状況なのですよ」
「ん」
「俺、台所で何かもらえないか聞いてくる」
「逃げるな兄貴ぃい」
ブーンレバー迷宮の攻略に功ありの皆様が増長なさっているですか。
顔を合わせれば嫌味、合わせなくとも陰口ですか。
庇ってくれるでもないのに身請け話をなしにできないかと院長サイドがうるさいですか。
「なーにが一過性のモノだから我慢しろですか!」
「ん! ん!」
三人娘の愚痴を聞かされるのはいまさらだが、それも安息日ごとで数時間で解放されると思えばこその精神修行だったのに。
その夜、帰ってこなかった兄貴は、弟弟子のレオーネの部屋に避難していた。
「おうレオーネよぉ、そろそろ【必中の矢】見せてくれよぉ」
「兄弟子、どうしたのですか?」
「ああん、やってやろうじゃねーか」
先輩弟弟子のヤクート君が俺の八つ当たりにびっくりした顔をするが、レオーネは相変わらずの生意気小僧である。
だが、それが彼のキャラクターであり、発掘から一年で初歩の魔術をなんとか成功させるまでに至った、努力の子でもある。
やはり、若い……幼いうちに、魔力を認識できる子を発掘するのが、魔法使いの育成においては最大のポイントになるのかもしれない。
世間一般には『才能』がなければどうしようもないとされる魔法使いだが、俺の周囲でハンド・トゥー・ハンドでの魔力認識に成功した子は、今のところ全員が魔法使いになっている。
これには師父もうなっており、近いうちに魔術師組合の会合でレポートを発表するとかしないとか。
ああ、その席に俺も出ないといけないんだった。
レポートは連名だし、俺自身も登録された魔術師だかんなあ。
「クソッ、うまくいかねえ」
「ホォーッホホ。ヤクート君、お手本をお見せあそばせ」
「あの、兄弟子、今日はなんだか、変じゃないですか?」
【必中の矢】は、【魔法の矢】の上位魔法となる。
『(魔力の)集中、(標的)指定、発動』の三ステップに『誘導』のステップが加わる。
自分と標的との間に魔力の線、ガイド・パスをひくことで、それを伝った曲射追尾できますよってシロモノだ。
でもって、このガイド・パスがすっごく面倒くさい。
細ーく細く魔力を紡いで、標的まで伸ばす。
「ガイド・パスがキモなんだ。どれだけ細く、長く伸ばせるかは、すなわち魔力制御の神髄でもある」
「チッ。わぁーってるよ、そんなこと」
魔法の矢を誘導弾化するには違うアプローチもある。
【魔法の矢】の刻印と【魔力線】の刻印を組み合わせ、誘導可能な魔法の矢を発現する呪符をつくれたことからの逆算なのだが、この場合、飛ばした魔力の塊と自分との間に糸を伸ばし、それを伝ってコントロールするイメージ。
ただし、元の術式にマジック・ラインを引くためのステップが加わることは必中の矢と同様だし、当たるまで誘導に気を抜けない。
であれば、発動させたら忘れていい、打ちっぱなしのできる必中の矢のほうが気楽ではある。
などなど。
座学ののちは実習。呪文という形で記された手順を繰り返すことで魂に刻み込み、かつ魔力制御を磨く。
金髪のヤクートと銀髪のレオーネが、相互を兄弟弟子でありつつもライバルとして高めあう、よい風景ですのう。
弟弟子たちが頑張っている間に、俺も自分のやるべきことを進めよう。
収納の魔法が実用に耐えない理由の一つ、魔力消費の莫大さを抑えるために俺たちが検討したのは、まず、創出される謎空間のサイズを抑えることであった。
縦横高さの三次元空間で、それぞれの辺を半分にすれば、体積は八分の一となる。
空間体積の減少に応じ、創出と維持の魔力消費も減るはずだ。
目論みはあっていたが、実用的な魔力消費で収まるサイズではとても収納庫としては使い物にならなくなったので、結局『使えない』魔法であることは変わらない。
「大丈夫か?」
「だーめ。小さくしたところで、維持魔力持っていかれるのはキツイ」
そういうもんかとつぶやくスコールの兄貴は、魔力を認識できなかった。
本人は『才能』がなかったんだろうと割り切っていて、戦士として名を挙げてやると闘気術の訓練に励んでいる。
俺は魔石から魔力を吸い上げながら、次の案を記したメモを読み込んだ。
『R^3→R^2、→R^1』
ハヅキ案か。
謎空間がユーグリッド空間かどうかは知らないけど、言いたいことはわかる。
やることはさっきと同じ。空間創出部分を書き換える改造となるが、明確なイメージがあればどうということはない。
「……えらい軽くなったな?」
生成する空間を三次元から二次元に変更しただけなのだが、空間サイズを縮小した時よりも魔力の持っていかれ方が減っている。
続いて、手の届くところに謎空間と接続するゲートを開設。
オリジナルだと、このゲートを開くだけで魔石一個分は魔力を消費するのだが、かなり軽い。
「成功なのか?」
「わかんね」
兄貴から棒を受け取ってゲートに突っ込んでみる。
……ゲート境界で変な光の粒みたいなのが散っちゃってませんか?
あわてて棒を引き抜きゲートを閉じるが、棒は、ゲートに触れたところまできれいさっぱり消え去っていた。
「失敗か」
きれいな断面をみせる棒を互いにみやり、兄貴と俺は天を仰いだ。
冬至祭直前の風は冷たく、重い。気分も落ち込もうというものだ。
失敗談もまた業務報告というか、夕食後に師父に伝えたところ、書斎まで引きずられてしまった。
「ええまあ、もともとのオリジナルでも、謎空間で扱える情報量的なものを超えるモノは入(容)れられないわけで、謎空間を二次元に落としたら三次元物体を入(容)れられないのも当然といいますか」
「そうなのかもしれないが、問題はそこではない」
「そうですよねえ。やはり、収納の魔法は『使えない』ですよねえ」
「そうなのだろうが、そうではないと言っている」
師父は何を言いたいのだろう。
普段は理知的で深みのある目が落ち着きなくさまよい、渋い声は震えてかすれている。
俺は首を傾げた。
「……件の、ゲートに、当てた棒が光となって散ったといったな」
「はい、そうですが?」
仕事机に席を占めた師父は、顔の前で手を組んで目を伏せた。
何が問題だったのだろう。
収納の魔法とその改良研究は許可を得ている。今日のように所見も報告してきた。
今日の実験で問題になるようなところは特に思い浮かばないが、師父は棒が収納できずに壊れたことを気にしておられるようだ。
ただの棒が大事なものであったわけではあるまい。
すると、なんだ?
「ウヅキよ、おまえは……分解消去を、失われた究極の破壊魔法を、蘇らせてしまったのかもしれない」
「おおぅ?」
謎空間に、入(容)れられないモノは壊れる。
なるほど確かに、この世界のモノは三次元空間での情報量を持っている。それを二次元空間に入(容)れようとすれば情報量の欠落を生じ、壊れてしまう。
ていうか分解消去、遺失魔法だったのか。
どうりで呪文書ひっくり返してもそれっぽいものがないはずだ。
してみると、隕石落としの系統が見当たらなかったのも、もしかするともしかしますかねえ。
収納の魔法から要素を整理し、いわゆる破壊面を発現させる術式とする。
謎空間側が一次元でも線でぶった切れるわけで、悪乗りして分解剣と名付けてみたが、これは封印。
ただの線って、見えないからすごく扱いずらくて危ない。
師父の強い強いご指導で、術式を暗号化して記述することになった俺は、なんちゃって分解消去を暗号化して書き記した。
同時に、通常の魔法語での呪文の記録や、原理をほのめかすことは禁止される。
「いかなる理由で遺失したかは知らぬ。ただ名といくばくかの伝承のみ残っていたもの、再発見は偉業となる」
「暗号は、いずれ解読されるかと思いますが」
「名を残したいと思うのは、魔術師に限らず人のサガであろう」
危険すぎるから消し去られたのであれば、収納の魔法もよっぽどなんだが。
あるいは、本来の分解消去は、俺たちのなんちゃって分解消去と違って、使い手にとっても危険で危ない厄介なシロモノだったのかもしれない。
はたまた単純に、使い手の伝承が絶えて失われただけかもしれない。
伯都ツェルマットに拠点を置く魔術師組合の登録魔術師は、俺を含めて十三人。
冬至祭中の定例の会合では、師父の発表した魔法使い候補の発掘に関するレポートが好評をもって受け入れられた。
伯都内や近郊の村では、『才能』の青田買いが起こるかもしれないが、俺が気にすることでもないだろう。
師父が続けて発表した、なんちゃって分解消去は大騒ぎを呼んだ。




