4-08.例のアレが欲しいのだ
王都へのおつかいクエストから戻ってみれば、ブーンレバーの迷宮は攻略されていた。
その過程で役立たず認定されたヒル子たちの卒院後の身請け話へと、勢いのままにつっ走ってみたものの、さてどうなることか。
なおミナヅキに対してはそっと請求書を手渡した。
「出世払いはいつでもウェルカム。上限もなく受け付けております」
「またそれか!」
いやいや、ヒル子とミルディーフの分はともかくね、フィルさんの分はミナヅキ君に持ってもらわないと、わたくしとしても困るんですわ。
「まあ、そやね」
「理屈はわかる」
「今今でどうこうって話じゃないし、無事卒院して身柄確保できたらの話だけどな」
それはさておき、なのである。
春まで大きな動きはないだろうと俺は頭を切り替えた。
「王都までの旅で、いろいろ思うところがある」
「治安とか?」
「だが治安はどうしようもないだろ。あと俺らでも、群れてない盗賊程度ならなんとなるってわかったしな」
「そっか、スコールの兄貴も王都まで往復してきたんですね」
春になれば三人娘とミナヅキは卒院だし、俺も遍歴修行の旅に出ることになっている。
遍歴で腕を磨き縁あるところで独立というのが職人らしい人生コースだが、俺たちの野望はそこから外れていくからなあ。
もちろん弟弟子たちのことやキサラギ・ポーションのこと、旅の準備そのものなど、できることはいまのうちにしておきたい。
弟弟子たちについては師父が引き受けてくださる。
三年で云々言ってしまったが、俺が面倒を見れるのもあと数か月。
とはいえヤクートはもちろん、レオーネも最近になって簡単な術を使えるようになったから、あとは順当に魔術師として、ついでに薬剤師としての修行を積めば立派な錬金術師になるだろう。
キサラギ・ポーションも、『ニートナルの弟子の修行ブランド』という位置づけなので、二人に引き継げばいい。
工房オペレーションの自動化やマニュアル化は進めたものの、薬草選別だけはどうしても目と手に頼らざるを得ず、そこの作業の慣れで俺と弟弟子たちの差が生じてしまっているが、ブーンレバーの迷宮攻略特需がなくなったため需要も落ち着いている。
商売としてみると痛いが、もとより利幅はでかいのだし、細々とでもやっていければ食うに困ることはないはずだ。
「遍歴ったって、これで今生のお別れですなんてわけじゃないが、そのへんはミナヅキ次第でもあるか」
「僕だって、いきなり世界一周とは言わないですよ。近場から慣らしていくつもりです」
「いうて、手ごろな拠点は早めに見つけんとなあ」
俺が、年季明けを待たずに遍歴に出てしまうのは、出身村エンダー家からの干渉を防ぐためでもあるので、伯都に長居したり近隣だけうろついたりという訳にはいかない。
俺たちは売り飛ばされた時点ですでにエンダーの領民ではないという思いがあるが、力づくで身柄を押さえられては困る。
「北に行ってもゴブリンの勢力下だし、東西は別の国。やっぱ南、王都まで出ちまうのがいいのか」
「兄貴、いきなり王都は遠くないか?」
「王都は物価も高うおましたから、王都より手前で考えてほしいわ」
物騒なことを言えば、エンダーの手勢を殺すことはできると思う。
が、それをやってしまってはエンダー家以外にも敵を増やしかねない。領主にとって自軍に囲い込めない戦力は、すなわち潜在敵だからなあ。
平民が貴族様に逆らうのはなかなか大変なのである。
エンダー家が手出ししてこなければ、何事もなく終わる話だけど。
最悪想定で予防策を打つのはクセみたいなもの。打った手が無駄になるのならば、それはそれでいいことなのだ。
「僕らはまともに旅ができるかどうかからなので、大筋はウヅキたちに任せる感じですね」
「何もかもがうまくいけば女の子連れか。確かに俺たちだけのときみたいな無理は効かないよなあ」
治安の問題で俺たちにできることは、俺たち自身が強くなるしかない。拠点は随時移していくことになるだろう。
俺は指を三本立ててみんなに示した。
「俺が問題にするのは、移動手段、荷運びの手段、宿泊・野営の手段の三つだ」
馬車の改良は、道自体がよくならないとさほどの効果が見込めないとハヅキがいうので除外として。
まず、馬車そのものを手に入れるべきか否か。
「大人数になると、共有物や荷そのものも増えますさかいな。あって悪いことはないはずや」
「ただ、馬がなあ」
「そこは必要なコストっちゅうことで自分がなんとかしましょ。ウヅキにはさんざん儲けさせてもろたし、荷馬車と馬車馬の一頭くらいはね」
「商人……馬車……Ⅳ」
「誰が中年太りのおっさんやねん!」
某国民的RPGでパーティ合流後は馬車の主になる商人ネタに兄貴は首をかしげたが、そういうネタだと説明したらそんなもんかと首を戻した。
俺たち三人だけじゃない場面で前世ネタは控えるべきなのだが、たまにこうしてポロっとでてしまう。
「馬車ありなら移動と荷運び、宿泊も地べたにごろ寝よりはマシになるか」
「獣道で関所を避けるいうんができなくなるデメリットもあるんやけどな」
「それこそ、飲むしかないコストってことになるんでしょうかねえ」
「ミナヅキの、祭祀職巡礼行という名分にどれくらいの効果があるかな」
教会関係者、それも祭祀職となれば俗世とはまた別の地位を持つ特権階級なわけで、関所においても商人としてや魔物狩りとしてよりもマトモな対応をされるとは思うものの、実際どうなのかは知らない。
超偉くなると、聖印をかざしながら関所スルーできるようだけど、卒院したミナヅキが就くのは祭祀職のなかでも一番下っ端になるからなあ。
「馬車確定としつつ、もう一手。いわゆるアイテム・ボックスをなんとか確保したい」
「定番ですね!」
「道具箱? 馬車積みなら適当な木箱でいいだろ」
「ただの入れ物じゃなくて、見た目よりモノが入る袋とか、収納魔法とか、そういうものだよ」
「魔道具か?」
「あー、確か恩恵と、あとそういう魔法があったはずや」
俺は、部屋の本棚から各自の前に本を積み上げた。
ミナヅキともども写しまくった本だ、これを部屋に置き去りというのも忍びない。
無限収納だアイテム・ボックスだが存在するのかどうか、我々は文献調査から開始した。
「なんで俺まで」
「兄貴も読み書き覚えただろ。覚えたもんは使わないといかんぜよ」
調査の結果、『魔導刻印大全』にはそれっぽい刻印はなかった。
魔道具としてのアイテム・ボックスや収納袋の話を見かけた、聞いた覚えがないので、特に落胆もない。
ハヅキの言っていた通り、試練の迷宮で手に入る可能性のある恩恵に【虚空蔵】というものがあった。
なんだかよくわからない空間に、物品を収納するのだという。
これこそ、俺のイメージするアイテム・ボックスといえよう。
なお、ギフト持ちが死亡した場合、収納した品物はそのまま消える。
実験した……とは考えにくいので、不慮の事故かなんかで判明したのだろうか。
そして収納の魔法も存在した。
いかにして【虚空蔵】から物品を取り戻すかが、収納魔法開発の経緯であったらしい。
この世界で魔法の基礎はエルフやゴブリンから伝播したものとされているが、恩恵の解析から新たな魔法・術式が編み出された事例の一つということになるのだろう。
恩恵については得られればラッキーと思うしかないものなので脇に置き、収納魔法について。
謎空間を生成し、そこに物品を収納するというものなのだが、一回の出入り(片道)におおむね魔石一個分の魔力を消費する。
そして、謎空間を維持、中身を保管しておくにも魔力を食う。
魔力供給が途切れると中身ごと消える。
「超高コストなすごいゴミ箱にみえますね?」
「俺もそう思った」
手持ちの限りの他の本も漁ったが、ギフト持ちの死亡した【虚空蔵】から物品を取り戻せたという記述はついに見つけられなかった。
収納の魔法がどこまで【虚空蔵】を再現したものかはわからないが、つまり、そういうことなのだろう。
なんとも気の滅入る話だが、手掛かりではある。
春までにどうにかできる自信はないが、腰を据えて取り組める期間でもあり、ダメならダメでしょうがないということで研究を開始する。
教会の書庫においてさらなる調査をミナヅキが、商人たちの知識や知恵に使えるものがないかをハヅキが、魔石等の材料集めや俺の補助にスコールの兄貴が、そして実験担当が俺となった。
翌週の安息日にはさっそく中間報告だ。
三人娘がニートナル屋敷に在する関係で、集まるのもこちらとなる。スコールの兄貴はハイラルとどこかに出かけてしまった。
「亜空間というか、別の宇宙を創っちゃってるぽい」
「ビックバンバン?」
言葉の綾だよ。
俺たちの世界とレイヤ違いで接続する空間や、異なる世界の空間なら、出入口が閉じたところでその空間そのものはそこに存在する。
アストラル界との門は閉じてもアストラル界はそこにある、みたいな。
対して、魔力供給できないと空間ごと消滅するというのは、元来存在しないトコロなわけで、うまい言い方が思いつかなかったから別の宇宙って表現。
「伝承にある、生物は入(容)れられない理由もわかった」
「ほほう」
仮に三次元空間と呼ぶが、収納の魔法で生成される空間は扱える情報量とでもいうものが、この宇宙よりも低い、少ない。
だから、情報が抜け落ちるものは入(容)れられない。
それでも無理に入(容)れようとすると、情報が欠落して、『壊れる』。
「生き物が納められないのは、魂があるからだな。魂の情報量、魂の次元までサポートしてないってことだ」
「えっらい形而上な話やなあ」
魂まで納められるような次元を持った空間を創れたら、それは創造主ということなのではないだろうか。
何とも形而上な話である。
「術として成立しているものだし、バカ魔力の定常供給が可能ならギリ実用……するにはコストかかりすぎだよなあ」
「事故一つで、中身全部消えるのが痛いですねえ」
俺たちは額を寄せ合って眉をしかめた。
そうそう、うまい話はないものである。
収納の魔法が『使える』魔法であったなら、もっと広まっていたはず。後世の、俺たちのような者への手向けなのか、術式が記録されていただけでも御の字なのだろう。
このところ妙に馴れ馴れしいヒル子が呼びに来たので中断。
屋敷で寝起きする人間が増え、ニートナル屋敷でのお茶会がにぎわうことに、ヌビア奥様がお喜びなのだから是非もなし。
それに安息日はリフレッシュ・デイ。根を詰めすぎても始まらない。
いわゆるアイテム・ボックは望み薄だが、当座、他にあてもないので収納の魔法の省魔力化を検討することにした。
冬の間は静かな日々となるだろう。
そう、思っていたのだ。




