4-07.ブーンレバー迷宮攻略……の裏側
俺と兄のスコール、そしてふられ気分で旅ロックなハヅキの三人は、師父の父ナンディール様が永眠なされたことを知らせるおつかいクエストの旅に出た。
師父の弟君のおられる王都まで片道六百キロメートル超の南北往復では旅にまつわるなんやかんやあって、伯都ツェルマットに戻ったのは晩秋になっていた。
師父ネイトナル様への帰着の挨拶もそこそこに、屋敷にいたヒル子にミルディーフ、フィルの三人娘に引き合わされる。
とりあえず声をかけたが返事が暗い。
「込み入った話なら、俺、先に部屋戻ってるぞって、離せぇ」
スコールの兄貴が一人だけ逃げようとしたのでハヅキと両側から押さえ込む。
ヒル子がぐずるのはいつものこととして、ミルディーフやフィルまで暗く淀んでいるのはいただけない。
腑分けショックの時でもここまで淀んではいなかった。
というか、なんでニートナル家にいるのさ。
「あらあら、私たち知らない仲ではないでしょ。それにフィリアちゃん以外はウヅキちゃんのモノなんでしょう?」
「私も教会、養成院に問い合わせたのだが、引き取るのであればどうぞということでなあ」
屋敷に逗留させたのはヌビア奥様のご判断のようで、そこに異を挟むつもりはないが、師父の言には虚を突かれた。
「すいません、俺には話が見えません」
「私も、昨日今日のことだからな。してみると、ウヅキの戻るタイミングが良かったのだろうか」
こんなところで良かった探しを始めないでください、師父よ。
ていうかそれって、俺に丸投げって意味での良かったじゃないですよね?
「フィルよ、俺たち汚れを落としてくるから、落ち着いて話を聞かせてくれ」
「チッ、やっぱり私ですか」
「じゃあ、お茶の用意をしておくから、食堂に来てね」
残念なヒル子と無口なミルディーフでは事情を聞き出すだけで一苦労だ。
フィルには悪いが、介添え人ポジションかつ物事を多面的に分析できる君の有能さが悪いのだよ。
さて、少し遠回りな話になるが、ここツェルマットはツェルマット伯爵家の本城にして領内最大の人口を抱える城塞都市である。
その伯都から徒歩でおよそ一日の距離に、ブーンレバーの迷宮が存在。
この世界において野良迷宮とは、世界を滅ぼそうとする闇の力がつくりだした侵略装置であり、人類に害をなす魔物の生産工場と解釈することもできる。
そして野良迷宮は、放置すると生産した魔物をフィールドに放出、いわゆる迷宮あふれという災害を引き起こす。
そんな迷宮が、伯都から一日の距離にあります。
伯爵様としてはさっさと攻略、解放してしまいたいと思うのも当然の話。
魔物狩りに対して褒賞を示すなど、迷宮解放へむけた政策的努力はもちろん、実働部隊も投入していたらしい。
「いたっけ?」
「偵察や、配下騎士の腕慣らし名目でやっていたようですね」
伯爵様が動員していたのは魔物狩りや子飼いだけではなく、昨今は、隣国で領地から追い出されたヨス家の残党を傭兵団として扱い、最前線で攻略を急がせていた。
攻略のネックとなっていた深層での回復、治療について、粘り強い交渉と圧力の結果、教会からの譲歩を引き出したのが俺たちが王都へ向かう前後のこと。
教会は、攻略戦への法術師の貸し出しおよび聖騎士隊チームの派遣、さらには今後の法術師養成コースの門戸開放まで約束したとか。
「『才能ある者に、法術を教えることはやぶさかではない』ですって」
「法術師の数が増えること自体はいいことだが、よくまあ決断したな」
門戸開放は、教会による法術師の囲い込みが崩れることも意味する。
もちろん、教会所属者と習うだけ習ってアバヨさんとではカリキュラムをわけるだろうが、いかなる政治的妥協の結果なのかは気になってしまう。
「教会ごとの方針の違いもあるからな。それこそ王都の近くには、すでに法術師の育成を解放していたところもあったはずだ」
「ツェルマット教会は遅れてるのよ」
「ん」
南北に細長い王国の、北の端っこだかんなあ。
加えて中央集権のゆるい封建制だから、個々の領地は実質、別の国ではある。
教会は世俗権力とは一歩距離を置くが、内部的な派閥や地域性の差は存在する。
「聖騎士隊は、手ごろな勇者候補がいなかったからの妥協みたい」
「どうせやるなら、戦後の発言力確保に重点を置いたってことやろか」
実際に戦ったやつが偉い。貢献の多い者が偉い。偉いから、発言力が増す。
なるほど、教会としてもどうせやるなら大盤振る舞いで全プッシュしたほうが得と判断したのか。
そんなこんなの伯爵家、教会、ヨス傭兵団、魔物狩り組合と魔物狩りの皆さん。
戦力を一気に投入し、この度ブーンレバーの迷宮の解放になんとか成功。おめでとうございます。
「うはー、自分そないなお祭り騒ぎの最中に、ちょうど伯都はなれてたんか」
迷宮解放を祝い、人々がフィーバーするという意味でのお祭りはもちろんだが、ハヅキの場合は物品が激しく動くという意味での祭りだろう。
「……伯都の民としてはめでたいと言おう。だが、ポーション工房の主としては、複雑な思いではある」
「ああ、そうですねえ」
近場に消費地があればこその売れ行きである。
俺のキサラギ・ブランドも、仕込んだ分準備しておいた分は完売御礼で弟弟子たちも大わらわだったそうだが、攻略なった直後から一気に売れ行きが落ち込んだそうだ。
「もっとよこせ、早く出せの矢の催促も、終わってしまえばもういらない。現金なものだ」
『狡兎死して走狗煮らる』。そんな諺が脳裏に浮かんでしまう。
ま、特需であったと思うしかないのだろう。迷宮解放で、危険が遠ざかったことを喜ぶべきなのも事実なのだから。
元迷宮街は名を変え中の人を変え存続する。伯都からすればサテライト・シティのようなもの、潰すくらいなら再利用だわな。
魔物狩りたちの主力は片道三日のシールセンの迷宮へ。
すでに掘っ立て小屋ながら街が形作られつつあるとのこと。人類とはたくましいものである。
俺は、ヌビア奥様のいれてくださったお茶をすすった。
今日はハーブ・ティ。ローズマリーとラベンダーのブレンドは、俺たちの旅の疲れを慮ってくださったか。
ふう。
「ここまでが背景だな。ヒル子たちも迷宮攻略に参加し、なにかあったか?」
「ん」
「ブツブツブツ」
ヒル子さんや、もうちょっと大きな声ではっきりお願いします。
「真の! 仲間じゃないって! パーティから追い出されたのよ!!」
「な、なんだってぇ!!」
俺は思わず立ち上がっていた。
そいつは異世界で言われたい台詞トップ・テンにランクインしている伝説のキーワード!
「クソッ! 代わりたかった。代わりたかったぞヒル子ぉ!!」
「え、あ、うん」
かの台詞を言われた者は、田舎でスローライフだったり、勇者や魔王軍幹部とのいちゃいちゃハーレムライフだったりが約束されるという、魅惑の追放令ではないか。
それをヒル子にとられただなんて……
俺は歯を食いしばり、血の涙が流せそうな悔しさに耐えた。
「ウギギギギ」
「ウヅキって、なんだかんだ言ってヒルデガードのこと……」
「ん~?」
「えっとね、そのね、……ありがとう」
三人娘たちの大雑把な事情も把握できた。
いわゆる『迷宮酔い』、俺やハヅキもさんざん苦しんだアレである。
教会から派遣された法術師のなかで、まったく使い物にならなかった三人娘とミナヅキは早々にパーティから解雇されたという。
これは組んだ相手も悪い。
野良の魔物狩り、それもベテランだったなら、迷宮酔いの可能性に気が付いたかもしれない。
だが、教会内部での編成のこだわりと、貸出先も伯爵家の子飼いかヨス傭兵団。
外向きには卒院済みの比較的優秀者から配置とくれば、ヒル子たちのような養成院の候補生が組む相手はわりと世情に疎い聖騎士およびその候補たちなわけで。
身内だからこその容赦なさというか、百歩譲っても迷宮入ってすぐにゲロ吐くようなヤツは戦場にでるんじゃねえという優しさか。
癒し系法術師としてのハイラルはそもそも論外なので、つまり、俺の友人たちは全員失格、脱落、お払い箱。
野郎二人は祭祀職課程在籍だからともかく、三人娘はいわば法術師として役立たずの烙印を押されてしまったのだ。
「役立たずって……役立たずって……」
「ん! ん!」
壮行会もやって送り出されてすぐのご帰還に、周囲も戸惑いと憐憫の目を向けてきて、迷宮攻略の報が届くまで、肩身の狭い思いをしていたそうだ。
そして、戦場に出ていた者たちが戻ってくることで、肩身が狭いどころか居場所がなくなったという。
「養成院だけじゃなく施術院でも陰口叩かれるし。頭きたんで院長室に殴りこんで、ミナヅキ君の巡礼行に同行する。役立たずを厄介払いできてうれしいでしょ!ってね」
「しばらく頭冷やせって、追い出されたの」
「やあ、まあ、それはねえ」
フィルさん怖い。
施術院側だって冷静になれば、戦場での立ち居振る舞いと施術院での貢献とがイコールでないことには気づくはずだが。
というか施術院は、養成院卒院後の配属先候補であって……養成院の院長に突撃したの?
おおう、もう。
「私の問い合わせには、引き取るのであればどうぞということであったが?」
「師父……その、ご厄介をかけていいですか?」
「あらあらウヅキちゃん、例の男気ってヤツかしら?」
家令さんにも確認。特需効果もあって、俺の資産は大判金貨換算で百枚ちょっとになっているようだ。
「これでなんとか、三人を引き取れないか、交渉をお願いいたします」
「ふむ。君たちは、それでいいんだね?」
勢いよく頷くヒル子とミルディーフとは対照的に、フィルは口の端を歪ませた。
やだこの子、もしかして陰口云々を利用して足ぬけを図るつもりで……。
ミナヅキよ、腹黒のおまえの相手はさらなる腹黒かもしれん。どうころんでも恨まないでくれ。
さっそく師父と教会の養成院との間で話し合いがもたれ、俺は蓄えを吐き出した。
冷静に考えれば、あのヒル子でさえ貴重な法術師候補生なのだ。
しかし、『引き取るのであればどうぞ』との言質があったことが大きい。
いったん許可を出したという事実と、周囲との感情的な拗らせもあり、このまま卒院しても配属先どうするのという理性的な説得でダメ押しし、決着。
「勢いって大事やな」
「あと何日か間をあけてたら、通らなかったかもなあ」
門戸開放を約束した今後はともかく、従来、法術師を引き抜き身請けしようとしたら、最低でも大判金貨百枚以上が相場と聞く。
今は役立たずとの評価が立っていようと、三人で百枚で済むなら破格と言えるだろう。
年限一杯での卒院まであと数か月だったということもあり、一応、三人とも養成院には戻っていった。ただし、今後一切施術院にはかかわらないとの約束と、宿舎から出て家から通うという条件をつけて。
ヌビア奥様がお認めになっておられる以上、是非もないとは師父の談。
ニートナル家にはご迷惑をおかけいたします。
「春までに、金返すから身請けなしって言ってきそうだなあ」
「うるさく言ってくるなら、それこそ破門してもらいましょうかね」
だからフィルさん怖いって。
ちなみにミナヅキは、「迷宮酔い舐めてた」との反省の弁とともに、「実戦に役立たずのカス」という評価を得たとか。
もっと役立たずのハイラルにはそういうことはないらしい。御実家が男爵家という御威光が効くのだろうな。
「変に優秀と思われるよりいいんだけどね」
「卒院まで、目立たずやり過ごすのが第一か」
俺は頭を切り替えた。
「王都までの旅で、いろいろ思うところがある」
春になれば三人娘とミナヅキは卒院だし、俺も遍歴修行の旅に出ることになっている。
弟弟子たちのことやキサラギ・ポーションのこと、旅の準備そのものなど、できることはいまのうちにしておきたい。




