4-06.おつかいクエスト
俺の師父ネイトナル様のお父上、一代騎士ナンディール・ラ・ニートナル様が永眠なされたのは夏至祭があけ本格的に暑くなりだしたころであった。
『頭に妖精が住み着いてしまった』いわゆるボケ老人として、ときたま童心にかえられたり、物忘れがひどかったり、かと思えばまともだったりで周囲を振り回しはしたが、専属の介助人が付き添うことで大事を回避していた。
俺はナンディール様とは関わりが薄いが、晴れた日にお屋敷の庭で日向ぼっこをされているお姿は好々爺に見えたものである。
御年は七十を数える前だったが、大往生となるのだろう。
少なくとも農奴はそんなに生きられない。
夏ということでご遺体の問題もあり、葬儀はすみやかに行われた。
いずれ近いうちに事のあることを予想されており、準備があらかた整っていたということもある。
「とはいえ、王都の弟を待つわけにはいかなかったがな」
「ハヅキの行商の際にも片道で二か月弱かかっていたはずです。急使を出してご到着を待つというのも無理な話かと」
「むろん、互いに了解済みだ」
しかしもちろん、無視してよいというものでもない。
ネイトナル様には子がおられないので、いずれは家の継承も弟君ルーディナル様になされる案件でもある。
そういうわけで、俺はお手紙と形見分けの品を預かり、王都へと向かうことになった。
世の中には十二歳ともなれば一人前との意識を持つ偉い子たちもたくさんいるだろうが、俺はこの数年は快適環境でぬくぬくと育った軟弱者である。
一人旅は少々厳しいと、ちょくちょくお世話になっている魔物狩りのウェンレイトンさんに護衛を頼めないかと思ったものの、そちらは都合つかず。
仕方ないというわけでもないが、兄のスコールと、なぜか同行するというハヅキとの三人旅となった。
「どこぞにココロのスキマぁ、埋めてくれはるセールスパーソンはおらかぁ」
「ドォーンされたいのか?」
「ふられた直後なんて、こんなもんだ。そのうち立ち直るだろ」
ハヅキはダメダメになっていた。
隣国で自領を失い没落した元男爵家の姫様相手の恋は、一つの結末を迎えていたようである。
「ふられたんとちゃう。ふってやったんや」
「ふった直後に、王都までの長旅に同行って、それ負け犬ぅ……」
「うっさい!」
最後まで言わせてくれないハヅキ君。それこそが、ふったふられたの答えじゃないんですかねえ。
ともあれ、第三者目線では分の悪い恋であったとはいえる。
農奴の子出身の独立したての商人と、没落した事実上の平民とはいえ元男爵家のお姫様。
釣り合わないのは一目瞭然だ。
しかも、リュクレース嬢単品が相手ではない。
ヨス家再興を目論む元家臣団が結成した傭兵団に周囲を固められている。
姉のラシェル嬢が健在のうちはともかく、何かあった場合に神輿だろうと傀儡だろうと、一団のトップに立たざるを得ない以上、恋だ愛だも組織の、家の都合を優先せざるを得ないはずだ。
「そう、まさにそう」
「わかっていたことじゃあないか」
「わかっていても、突き進むのも男ってもんだぞ、ウヅキ」
兄貴はハヅキに同情的だが、俺だって別にハヅキを責めているつもりはない。
ただまあ、いろんな事情を知れば知るほど、無理筋であったとしか言いようがないというか。
「ヨス傭兵団が、ツェルマット伯爵とつながっていたとはなあ」
「言われりゃ当然なんよね。隣国の敗残兵、匿っとるようなもんやからな」
隣国というのがミソだ。
もとよりヨス家とツェルマット家の間にはなにがしかの血縁関係はあったようだが、逆介入を跳ね返せるなら、介入権を確保しておいて悪いことはない。
ただし、それだけなら姫たちとその近侍を引き取ればよく、傭兵団という武装集団を維持させる必要はない。
傭兵団を維持させた理由は、伯都に近すぎる迷宮、ブーンレバーの迷宮攻略の矢面に立たせる目的だった。
「ヨス傭兵団としても断れんのよ。攻略成功すれば富と名声は確実やしな」
「伯爵としては子飼い兵力を温存しつつ、か」
「偉い連中ってのは難しいこと考えてるんだなあ」
ただし、迷宮攻略は行き詰っていた。
問題点の一つが、深層アタックに伴う傷の手当がポーション頼みというところにある。
おかげで俺のポーションはバカ売れだしハヅキも儲けを出していたのだが、そのへんは脇に置いて。
「伯爵家通して教会にも圧かけて、法術師確保できる見通し立ったみたいでなあ」
「そいつはニュースだな」
「もちろんポーションもこれまで通りっちゅう話やったが、そっけのうなってなあ」
「そいつはまた」
「なんやなあ、自分やのうてポーション欲しかっただけやんかいーて、あとはもう売り言葉買い言葉や」
「おおう、もう……」
理解はできるけど、納得したくない。それがハヅキの主張であった。
兄貴の言う通り、時間経過で立ち直るのを待つしかない。
幸いというか、王都までの旅は長い。行って帰って、最短でも二か月強。余裕を見て三か月に足が出るくらいは覚悟している。
しかしなんだ、旅ってのはろくでもないことが多い。
宿で体中をノミに食われるのは序の口として、関所アンド関所アンド関所、ついでにもひとつ関所。
俺たちは魔物狩りとしての身分で通行しようとするが、勝手に荷を抜く不良兵士の多いこと。
ハヅキいわく、それでも商人として通るよりはマシだそうだ。
むしろ下っ端の役得なので、定番の干し肉などを被害担当用として抜きやすいところに置いておくだの、卑屈なまでに下手に出る態度だの、善良な一般人が知らなくていいことばかり覚えていくような気がする。
また、数多の転生モノで、隙あれば馬車の改良だバネだサスペンションだに取り組むわけも魂で理解した。
壊れにくい荷物を運ぶのであればともかく、馬車なんか乗るより我がの足で歩いたほうがましだ。
「道自体がよくならんと、馬車側でどんだけ工夫してもほとんど意味ないと思うで?」
「そういうもんか?」
「そういうもんや」
石を取り除けでこぼこを均さないことには、ガッツンガッツンは変わらない。
そして、常日頃から手入れをしないと、道なんてものはすぐに傷むという。
荷馬車何台も連ねる隊商に同行した経験を持つハヅキがいうのだから、そうなのかなという感じ。
「荷馬車もあれば便利やけんど、今度はお馬さんの維持費で泣きを見そうやし、難しいもんやで」
「俗に十人分の食い扶持っていうが、十倍の荷を運べるわけじゃないしなあ」
「おい、お客さんだ。見えてるのは二人」
道の向こうから、二人組の旅人風の男たちがやってくる。
スコール兄貴の警告に俺たちは臨戦態勢に入った。集中して仮称・魔力感知の感度を最高にして周囲を探る。とりあえず、人類クラスの反応なし。
「暫定、周囲に感なし。標的は一般人ではない、強い」
「背負子の荷はそれっぽいけんど、商人じゃあないわな」
「よくわかるな」
「足や。鋲付きのブーツなんぞ、よっぽど稼がな買えんわい」
「面倒なパターンかあ」
「荷はええんで、怪我無いようにだけ注意したってや」
俺たちの治癒術は、ミナヅキたちと違ってなんちゃって術だからなあ。それに、いくら治せようが痛いものは痛い。
あっちは初手の挨拶攻撃をにこやかに受けたかに見えたが、すれ違ってから、背後から切り付けてきた。
すれ違いの瞬間が一番警戒するからな。気が緩んだところをつこうとしたのだろう。
だがそれは一回食らってるんだ。痛かったぜ。本当に、クソッ。
俺とハヅキでそれぞれに三本の【マジック・アロー】を打ち込み、兄貴が手堅く横っ腹を切り裂く。
「三日に一度は盗賊にあってる気がする」
「盗賊も、大きく三種類おりますけんなあ」
一つ。付近の村の衆。だいたい荷の一~三割を通行料としてよこせというもの。
これは比較的に話が通りやすい。
値引き交渉と、関所を避ける裏道の案内を要求し、こんなもんだろうという妥協が成立すれば、俺たちはお客人ということになる。
二つ目は素直な盗賊。
流れ者の犯罪者とでもいうのか、盗人稼業で食っていくしかない、それが一番と定めた連中で、基本的には群れなければたいしたことはない。
初手で殺しに来るので警戒必須だが、奇襲を受けなければ返り討ちにできる。
三つ目が今回のような、盗賊に偽装した工作員。
やっていることは盗賊そのものではあるが、近隣領地の兵などが動員されており、手練れが混じっているのがキツイ。
ぶっちゃけた話、疑いのある相手には殺してから考える先手必勝を狙いたいのだが、取り逃がした場合が面倒になるので、どうしても手出しされるくらい接近してからの対応となるのが痛い。
「またロープ補充せんとなあ」
「身包みはいだぶんで釣りが出るとはいえ、これじゃ俺たちの方が盗賊に見えるぜまったく」
手近な木にロープで首を括ってぶら下げる。
盗人の末路は吊るしと相場が決まっているのだから仕方ない。
余計なことをしゃべられても迷惑なので、きちんと息の根を止めて差し上げないとならない。面倒なことだ。
記憶の中には盗賊をお財布や貯金箱がわりにする物語もあるが、残念なことに俺たちの遭遇している盗賊はロクな銭を持っていない。持ってたら、盗賊なんてやってないでどこぞの街で遊んでるよ。
盗賊追いはぎは旅をする以上避けられないリスクと受け入れるしかないが、こんな連中が跋扈する世情がおかしいといいたい。
第一、一番銭や荷をかっぱらうのは、正規兵やお役人だ。
建前上、そうして集めた銭や物資で領民を守る義務はあるが、俺たちは領民ではないですかそうですか。
旅にまつわる不愉快はあるものの、旅路そのものは順調であったといえるだろう。
場数を重ねてしまった兄貴はそれなりに強いし、目撃者を残さないように注意を払えば、無詠唱魔法をぶっぱできる魔法使いが二人って、初見殺しの戦力ではあるのよね。
事情を知っている身内だけの旅の利点ではあった。
一か月以上かかってたどりついた王都では、師父の弟君ルーディナル・ニートナル様を探し出してご厄介になった。
「KSRG。しかしてこれはアナグラム。ひっくり返してGRSK。聖域を意味する古語だな」
「な、なんだってー」
「フフッ、アナグラム暗号は錬金術師のかかるはしかのようなものだからねえ」
すいません。
師父と同様の渋い声でそんなこと言われても、言えないけれど、和風月名の如月由来なんです。
俺たち、ウヅキ、ミナヅキ、ハヅキだから、その流れでもうこれでいいやとしただけで、そんな深い意味はないんです。
だからその、生ぬるい目で俺を見るのはやめてくださいませんか。とほほ。
「墓参りの一つもせねば、親不孝者と罵られような。とはいえ、すぐには動けん」
「師父も、ルーディナル様の御事情は理解なされております」
王都に特別な感情はない。
ああ、こんなもんねという感じ。もちろん個人的なお土産は仕入れたし、ハヅキの行商ネタも仕込んだ。
師父と弟君とのやり取り以外にも、王都まで行くついでにと頼まれていた各所への手紙配達と買出し、返書の受け取りなどにも駆け回った。
行商イベントや観光イベントもあったのだが、俺の中では対盗賊と対関所イベントで塗りつぶされたおつかいクエストだ。
「盗賊エンカウント率高すぎぃ」
「行きに結構な数、潰したはずだよなあ」
俺とスコール兄の抗議にハヅキはただ肩をすくめた。
「空白地ができればよそから流れてくる。それも道理やねん」
別に欲しくない経験値を荒稼ぎしつつ、俺たちは街道や裏街道や獣道を歩いた。
伯都ツェルマットに戻ったころには季節は晩秋になり、そして俺たちは、不在中のお祭り騒ぎを知ることになる。




