4-05.ハヅキの春
週に一度の安息日はリフレッシュ・デイであり、ミナヅキはじめ養成院の友人たちの都合がつけば顔を合わることのできる大事な日である。
兄のスコールも、一歳違いのハイラルに俺では教えられない武術や闘気術のあれこれを指導してもらうなど、関係は悪くない。
ハイラルは男爵家の四男だが偏見の少ないやつなので、村育ちの農奴の子の兄貴とも比較的話が合うらしい。
「スコールには、ウヅキとちがってえげつなさがないからねえ」
「どういう意味だコノヤロー」
「優秀な弟で助かってるってことさ」
厳しい冬が過ぎゆき、春新年の迫るなか、そんないつもの安息日集会で真剣な顔をしたハヅキが相談があると切り出した。
「買戻し、しよ思うてまんねん」
俺とミナヅキが挙手をする。
そも、買戻しってなんでしょう?
「ほら、自分ら年季奉公ってことで売られたわけやん」
見習いや小間使い、丁稚などの若年労働力として雇用主に紹介され、雇用主は紹介料として成人までの期間賃金を先払い。
その金は俺たち自身には一銭も入らず、仲介手数料や養育費として村や親の手に渡るという、実に人身売買なスキームだ。
理屈の上では俺たちは、債務労働者ということになる。
であれば、債務を返済すれば自由の身になれるということにもなる。
それが、買戻しだという。
「年季明けを待たずに、自らを買い戻すことはできるっちゅうわけや。慣例として倍返しやけど」
倍返しなのは、理屈の上では契約破棄に対するペナルティだかららしい。
前世基準の目線だと雇用者有利にもみえるが、雇用計画が狂うことへの対価、迷惑料込みかつ、ここまで成長させてもらったぜの恩返し的な意味合いもあるのだとかどうとか。
ノウブラウンド商会がハヅキを雇い入れるときにつけた値は金貨二枚。
そも半人前だし、期間中の寝食等の経費は雇い主持ちだしということで抑えられた金額だが、倍返しで金貨四枚は銀貨四十八枚に相当。
……なんだ。そんなもんか。
成人が一年暮らせる額ではあるが、教育費や生活費等を考えれば破格と言ってもいいだろう。
「でもなんで? ノウブラウンド商会で期間一杯見習いしてたって別にいいんでしょ」
「生活費を考えなくていいのは大きいですよね」
「ん」
自前だと小遣い銭くらいしか稼ぎがない法術師三人娘が首をひねる。
施術院でのバイト代のようなものと、うちの工房で買い取ってるチャージ魔石の分だけでは、休日の買い食いさえもままならないからなあ。
その分、俺やハイラルには容赦なく集るよう指導し、せっせと栄養事情を補填してきたが、もうすぐ数え十二歳になるというのにヒル子はいまだに残念な成長具合である。
フィルやミルディーフはまだ希望が持てるのだが、ヒル子は……
「ねえウヅキ、なにか失礼なこと考えてない?」
「世界の不条理を嘆いていただけだ、気にするな。それよかハヅキよ、なんでこのタイミングで買戻し云々なんだ?」
ハヅキはやけにわざとらしく天を仰いで肩をすくめた。
「稼ぎすぎてるねん! ウヅキのおかげやけど!」
「あ」
俺のキサラギ・ポーション、一ケース売って粗利が銀貨二枚。
で、週当たりごにょごにょで……うん、見習いがそんだけ稼いでたら、いっぱしの商人の立つ瀬がないわな。
以前それで販売利権をめぐる変な動きもあったわけだし。
もちろんハヅキのポーション販売は俺とのツテ、同郷の親友という関係あってのものということを、ノウブラウンド商会のトップにはご理解頂いている。
ツテは個人の財産だけに、いまさら利権をどうこうという動きはないらしいが、商会として特に益もないわけで、十分稼げるなら独立しちまえよというのはわかる。
「全体としてはめでたい話のようだけど、独立したら寝泊りなんかはどうするんだい?」
「伯都では商会の関係宿に割引で、迷宮街ではヨス傭兵団のとこに泊めてもらお思とります」
「ハヅキ、まさかおまえ色香に釣られたんじゃないだろうな」
「色香いうにはもうちょっとこう、ねえ」
両手で胸元を強調するおっぱい星人。
没落元男爵家のヨス家のお姫様方は、ハヅキ基準だと少々不足がある。
「ただまあ、何回かおうて話もしとるとなあ、情が湧くいうんやろか」
「まあ、そのへんのことは他人がとやかくいうこっちゃないだろうが……どっち?」
「妹」
「そっかあ」
気を張らざるを得ない立場の姉ラシェルと違って、妹リュクレースは割と素で接してくるからなあ。
俺たちより二つ歳上だが、変に姉ぶるそぶりもないし、まあいいんじゃないの?
「急に春めいてきたわね」
「ん」
問題があるとすれば、あっちは事実上根無し草の平民とはいえ、元お貴族様かつ旧領奪還をあきらめていない武装集団。
今は姉がトップだけど、万が一の事態があれば妹も神輿候補だ。
なかなかに前途多難な気もするが、俺がすべきはハヅキのサポートで変わらない。
フィルもハヅキに倣ったのか、大げさにため息をついた。
「私たちの身請け問題も進展がほしいですねえ。あと一年ちょっとなんですよ」
「それもなあ」
金で解決できるのであれば何とかしてやりたいところだが、仮に可能だとしてもおいくらかかるやら見当もつかない。
「貴族が引き抜きをかけるときの相場が、最低でも百金、それも大判の方での百枚だろ?」
「領地を裂かずに生涯給が二百~三百人扶持で幹部が得られると思えば、高くはないだろう」
俺も儲かっているはずなのだが、さすがに桁が違う。
ニートナル家の財産管理分野の専門家、家令さんに確かめたが、俺の個人資産は銀貨二千枚はこえたそうだが、大判金貨に換算すれば四十枚程度だ。
それに俺たちは貴族じゃない。
領地に技能者を連れ帰るという建前も使えない。
「数は少ないけど、魔物狩りにも法術師はいるんだよな。あれはどうなってるんだ?」
「法術師養成コースを一般解放してる教会もあるみたいだけど、あえて魔物狩りをやる理由はないよねえ」
社会的には底辺層の雇用の受け皿だしね、魔物狩り。堅気の人間が望み選んで就くものとは言い難い。
たまに英雄もでるけれど、母数の力だよなそれは。
「教派というか各教会の方針もあるし、ワケは個々人それぞれだよ。このあたりだと中退者か破門者かな。教会所属のままなら、いわゆる勇者パーティという例もある」
「……破門は、最後の手段にしたいですね」
フィルさん、むしろそこまで覚悟している方が驚きだよ。
そうまでしてミナヅキを手放したくないのだろうか……。
この世界で旅って、決して楽なことじゃないんだけどな。ヤツの旅は巡礼行を装った世界旅行になる予定だし。俺もついていくつもりでいるけど。
「むしろヒル子たちはこのままツェルマットで暮らす方が幸せなのかもしれない」
「えー、ウヅキたちがいなくなったら、誰に集ればいいのよー」
ヒル子ぉ、お前ってやつは……。俺は目頭をそっとぬぐった。
法術師三人娘の身柄問題はパッとした展開もないまま新年となり、俺たちは十二歳となった。
ハヅキは自分を買戻し、ノウブラウンド商会から円満退社ならぬ、円満独立となる。
しかもあっちにだってメンツがある。
ご祝儀として倍返しに倍返しの意地を見せてきたらしい。
でもってハヅキもそのご祝儀を全ぶっぱの勢いで商材を古巣から仕入れと、意地とかメンツとかって大変なのよねえ。
年は改まったが、俺たちの日常に大きな変化はない。
ハヅキと兄貴は相変わらず伯都と迷宮街を往復する生活を続け、養成院組は勉学に励んでいる。
俺もせっせとポーションをつくり、弟弟子たちを鍛え、師父との研鑽を続け、たまにダンジョン・アタックもする。
ハヅキから提案されたポーション・ケースの実用化もし、地味に地味に売り上げを重ねていた。
サイドポーチに収まる三本入りの木箱で、ただ漫然と持ち歩くよりも割れにくくなったはずだ。
ハヅキはヨス家の妹の方と親しくしている関係で、そういう地味な小物についても、実戦部隊からの情報を集めているらしい。
「毒消しのポーションはつくれへんの?」
「毒は種類が多すぎるうえに、薬塗ったり飲んだりでどうにかなる相手がほとんどいないっつーの」
ゲームだとおなじみの毒消しだが、毒はその作用機序が千差万別。
ポーションは、あくまで元の薬剤の持つ効果を増強するだけだ。
特定の毒に対しての緩和・解毒作用を狙うくらいしかできないし、それにしても血管注射だとか筋肉注射だとか、塗布や飲用メインのポーションとは扱い方から大きく変えなければならない。
「注射かあ」
「注射器もあるにはあるんだが、銀貨積んで作ってもらう品だしなあ」
職人の手製だし、薬剤に影響しない金属でなければならない。針もぶっとい。
ガラス製のピストン・シリンダなんて、ポーション瓶以上に割れやすいもの持ち歩けません。
その点、術者が毒と思うものが毒という、とってもファジーな発現をする異物排除の法術【毒消】の万能感が際立つ。
対象の理屈を詳しく知るほど、魔法の作用機序や発現効果もそれに合わせないといけないという、なんてこったな落とし穴だ。
例えば癒しの術のように、通常は人体構造とか作用とかの詳細を知るほうが効果も上がるんだが、知らない方がより魔法らしい魔法を組み立てられるというね。
ちなみに【解毒】は肝臓・腎臓機能強化の術。作用機序がちがうし、効果も異なる。
蛇に噛まれたとか虫に刺されたとかは【毒消】で対応し、【解毒】はもっぱら二日酔いに特効扱い。
「ダンジョンの魔物の毒だと、ポーションの逆で魔法毒の可能性もある。なんにしてもサンプル集めて効きそうなもの総当たりには違いない」
「人手と施設と金と時間がかかる話になるっちゅうこったね」
対症療法にすぎないし効果のほどはお察しだぞと断ったうえで、痛みをおさえる鎮痛剤と炎症をしずめる消炎剤を混ぜ混ぜして消炎鎮痛剤を作成。
それをベースに水と魔力剤も追加し、魔法薬液に仕立て上げる。
「ぶっちゃけ、痛み止めだけならモルヒネでもつくるほうが早いんだが」
「さすがに麻薬はあかんよなあ」
「薬剤師の領分なんだなあ、これが」
「利権問題かい!」
有用性は知ってる。
けど、わざわざ俺が広めるものでもないという思いもある。ただそれだけ。
ヨス傭兵団はヨス家再興のため、ブーンレバーの迷宮を攻略して名声と富を得ることを計画しているそうだ。
ただし、同迷宮に出没するマンジョン・マイスターの二つ名持ちのタナーク氏をしても、二十層を越えてまだ下がある迷宮には手こずっている。
あの人外じみたタナーク氏でさえも手こずるのが迷宮というわけだ。奥が深い。
「【命の石】みたいな魔道具は安定して手に入らんし、回復がポーション頼りなのがキツイか」
「回復系の恩恵持ちでもいればマシなんやろけど、治癒系の法術師が欲しいとこやねぇ。癒しの呪符の効力は弱いし、そも呪符使いさえおらなんだらなあ」
伏せてはいるが、ハヅキも立派な魔法使いである。
とはいえ、あくまでリュクレース嬢との仲に下心があるだけであって、そこまでヨス傭兵団に肩入れしているわけではない。
むしろ傭兵団に取り込まれても面倒しかない、半御用商人程度の立ち位置でいいと言い切る。
「ウヅキやミナヅキが動けるようになるまでに進展せぇへんかったら、そこまでの仲やったゆうことやねん」
「そこまで割り切らんでもいいと思うが」
「えーのえーの。自分の野望は悪徳領主やで、一途な純愛なんかもとから相性が悪いねん」
恋することを楽しんどる状態やな、などというハヅキだが、そうはいっても手抜きはしないで恋と商売に励んでいる。
夏至祭があけ本格的に暑くなりだしたころ、事件は俺の方で起こった。
俺の師父ネイトナル様のお父上、一代騎士ナンディール・ラ・ニートナル様が永眠なされたのである。




