4-10.首輪
冬至祭中に行われたツェルマット魔術師組合の会合は大盛況となった。
「ゆずってくれ、頼む」
「殺してでもうばいとる」
そんなこと言われては、俺の返答は決まってしまう。
「そう、関係ないね」
「な、なにをする、貴様らー!」
なんちゃって分解消去の発表と実演を受け、押し寄せた魔術師たちにもみくちゃにされながら師父が叫ぶ。
俺は机の上に立って両手を叩いた。
「我が師父が復活させた古の技、遺失魔法【分解消去】の術式をまとめたペーパーはここにありますが、諸々の危険性を鑑み、厳重に暗号化してあることをご了承ください」
「弟子の方が持っておったかー!」
「よこせー」
地獄の餓鬼もかくやとばかりに知の探究に血眼になるさまは、やはり魔術師なのだなあと思わせられる。
魔術師組合のメンバーは、俺以外は地位も名誉もある方々だ。
普段の物腰との乖離は実に趣深い。
「お静かに!」
ようように騒ぎを収め、全員で額を寄せ合ってペーパーを鑑賞。
どうせ術式こと呪文は暗号化してあるし、師父自身も読めないとのお墨付きをくださったものなのだが、一様に血走った目で凝視されると、なんというか、怖い。
実演という証拠と、暗号化されているとはいえ術式をまとめたペーパーの存在をもって、ツェルマット魔術師組合は【分解消去】の復活を認定した。
ペーパーは厳重な封印ののち、組合に保管された。
「ネイトナル殿、実に偉業と称えざるを得ない!」
「しかり! 独創的な暗号化もまたお見事であらせられますぞ」
「さっぱり読めなかったぇ……」
先に発表した魔法使い候補の発掘に関するレポートともども師父メイン、助手俺ということにしたのは、俺のたっての希望による。
師父ネイトナル様は名誉を奪うのはいかんと渋っておられたが、俺は春には遍歴に出ようというのに目をつけられても困るのだと説得。
じゃあいっそ発表しないといえば、名誉をどぶに捨てるのかと怒るのだからしょうがない。
別に俺の存在を全否定するわけではなく、ちゃんと助手という相応のポジションに名を記すわけだし、第一、謎空間を二次元化する云々のアイデア元はハヅキである。
さらに、大元となった収納魔法の記録の出どころはミナヅキの写本である。
ゆえに俺一人の功績とされるのはなんか違うし、かといって魔術師組合提出用のペーパーで助手にみんなの名前を記すわけにもいかない。協力者として書いといたけど。
師の指導の下、弟子の成したことは、すなわち師の業績でよいではないか。
俺が目を付けられることのデメリットを具体的に示すことで、師父もしぶしぶ頷かれた。
ただ、今回怪我の功名的にでっちあげたなんちゃって分解消去は、あくまで伝承に残る分解消去に似ているナニカであって、遺失したそのものとは限らないのだが。
師父曰く、それはそれで別にいいらしい。
あらゆるモノを光に変えて破壊消去するという効果が再現されているのだから十分だと。
仮に本家本元の分解消去の術式が発見されたとしても、別のアプローチで同様の効果を発現させたという事実には変わりがないのだと。
俺はでっちあげに携わった者として『使えない』魔法だと思うから、評価が辛くなるのだろうか。
まあ、過去数多の魔術師が生涯をかけても成しえなかった偉業と言われれば、大層なことだとは思う。
ただなあ、師父ネイトナル様をもってしても、一発で魔力根こそぎ持っていかれる扱いづらさは、元にした収納魔法のデメリットをバリバリに引き継いだクソ魔法だと思うんだけどなあ。
やはり実用化するなら、省魔力化を追求し、謎空間を一次元まで落とした【分解剣】のほうだな。
線でしかないゲートが見えなくて扱いづらいのは、周辺を発光させるようにすればいいか。
うん、必殺技っぽいかもしれない。
いや、ここは発光ではなく、むしろ漆黒の霧っぽいものをまとわせるほうが絵的に映えるか?
とすると技名はラグナ・ブレ……
「ウヅキ、聞いているのか?」
「は、はい。なんでしょう師父よ」
ニートナル屋敷の書斎にて、師父ネイトナル様は深く深くため息をおつきになられた。
魔術師組合の会合からこっち、急に増えた客人の相手にお疲れなのだろう。だから秘匿しようって言ったのに。
「明後日は城に上がる。おまえもだ」
「お城ですか? 師父の従者を務めることは光栄ですが、この格好でよいでしょうか?」
「今、私のローブの裾をつめているところだ。明日には仕上がろう」
ツェルマット伯爵家は王国の北辺を固める最大手であり、中央集権のゆるい封建制にあっては事実上の独立国を運営し、周辺小領主に睨みを利かせている。
その本家本城に立ち入るのは初めての経験だったが、俺は所詮は小者。
師父の後ろについていくだけの簡単なお仕事である。
ふっかふかの絨毯とか、待合室のきらんきらんの調度品とか、謁見の間らしきところまでの廊下にこれ見よがしに飾られた絵画や武具、タンスに机、ツボなどなどの美術品とか、いやー、権力者ってスゲーなあ。
あいにく俺は前世からの芸術音痴だが、とにかくスゲーんだろうなあというのはわかる。
個人の趣味はともかくそういうオドシが必要なんだろうし、芸術工芸品の買い手として産業を保護する意味合いもあるのだろう。
「ネイトナル・ラ・ニートナル。汝の永年の功績を踏まえ、ツェルマット伯爵トトの名の下に、汝を一代騎士に任ず」
「ははぁッ」
師父は、永年のポーション供給、およびそれによるブーンレバー迷宮攻略の裏方としての功績、さらに先だって組合で発表した魔法使いの発掘に関するレポートを評価するとして、一代騎士に任ぜられた。
師父の父ナンディール様から二代続けての叙勲は、あまり例のないことらしい。
「急ぎのことでこのような寂しい席となり、また、記録を残すことがためらわれた故、例の魔法について表立っての顕彰ができぬことを詫びる」
「ははぁッ」
まあ、そうなるわな。
遺失魔法の復活は騒ぎになるような偉業らしいし、となれば、そんな有能な魔術師、首輪をつけて飼いたいだろうよ。
さっそく、例の魔法を実演せよとの命が下される。
「まず、お詫びせねばなりませんのは、我が身の未熟故、伝承に語られるほどのモノではないということであります」
「ほう?」
「あらゆるモノを光に変えてこの世から消し去る、その効果を極めて限定的に再現できただけで、名誉欲にかられ魔術師組合で発表はしましたものの、とても実用に耐えるものではないことをあらかじめご了承ください」
許諾を得て、師父は一人部屋の中心にてローブをはためかせた。
年季の差を感じる。俺にはあそこまでカッコよく決めることはできないだろう。
「みなさま! 困ります! あーっ! いけません! いけません! 師父に近づいては危険です!」
師父の呟く呪文を聞き取ろうと近寄っていく諸々をけん制するのが俺の役目。
あからさまな舌打ちをされようが、危険性をこれでもかとアピールするのだ。
「お、おおお!」
「これが分解消去かっ!」
師父の手元に、はがき大くらいのサイズの謎空間ゲートが生成され、そこに用意されていた槍を当てると、光の粒となって飛散していく。
観衆のどよめきのなか、師父は膝を折った。
「これがっ、我が身の、限界……」
「む、むう」
んもう、師父ったら演技派なんだから。
俺知ってるよ、謎ゲートこと破壊面、その数倍までは行けるし、持続時間だって伸ばせるじゃん。
場を移しての談話会的なものでは、より突っ込んだ質問もなされたが、魔術師組合での発表前に俺とつめた質疑応答例の範疇に収まっていたため特に問題なし。
「小さくとも触れれば確実に削る。当たり所では致命傷ですぞ」
「魔術師が、皆さんのような騎士様の懐に飛び込むのは無理でしょうなあ」
「ふむ」
「改良はできぬのか?」
「まことに口惜しきことなれど……」
「伝説にある効果を、再現できたというだけでもすごいことですからなあ」
「しかりしかり」
「つまり?」
「我が身は市井の錬金術師故、政戦には疎く的外れやもしれませぬが、実際には使い物にならない見せ札、でしょうか」
「確かに、戦の帰趨を決めるというようなものではございませぬな」
「【火炎弾】のほうが、よほど使いでがありましょう」
ちなみに俺の感想は超凄いゴミ箱。
事情を知らずに相対した敵ならば、いかなる防御も効かないなんて宣伝文句にビビってくれそうだけど、実用上の限界はある。
実用化を狙うなら、やはりラグナ・ブレ……
「ウヅキ、おまえへの質問だぞ」
「は、はい?」
「キサラギ・ポーションをつくっているのはそなただと聞いた。しかも、春には遍歴修行の旅に出るとか」
「はい、そのように予定しております」
なんだ、アヤつけようってのか?
困るんだよ横槍いれられるのは。どうかわそうか。
「すると、春からは、アレだ、アレ。赤い奴は手に入らなくなるのか?」
「あ、いえ、キサラギ・ブランドは『ニートナルの弟子の修行品』ですので、弟弟子たちが引き継ぐ予定です」
「うん、そうか。ならばよい」
あからさまにほっとしやがったぞ!
偉い人なんだよな、この部屋にいるのって。なのに、俺の赤ポに頼って……。
偉い人も大変なんだな。
俺は考えるのをやめた。
伯爵家の一代騎士への叙勲は、俺にとっては首輪だが、師父やニートナル家にとっては喜ぶべき名誉である。
慶事にわき、またしても来客が増えたお屋敷の一画で、ヌビア奥様が身内だけのお茶会を催してくださった。
「うちの院長、まーだブツブツ言ってますよ。平民ならともかく、騎士相手に身請け話をナシにするのは難しいとかなんとか」
「諦めちゃあくれないのか」
「法術師を三人も引き抜かれるなんて、失態以外の何物でもないからねえ」
ミナヅキと同じく祭祀職課程にいるハイラルは優雅にカップを傾ける。
育ちのよさって、何気ない所作にあらわれるんだよなあ。真似しようとして兄貴に笑われた。
「例のアレだけど、やはり収納の魔法をベースにするのは無理っぽい」
「謎空間の生成と維持がどうしようもなくネックやねえ」
収納の魔法の研究が無駄だったわけではない。
師父が一代騎士に叙される足しにはなり、俺としても必殺のラグナ・ブレ……
「別アプローチとして、もともと存在する空間に接続する、要は転移門の転用はどうだろうか」
「なるほど。ネックの部分をまるっと放棄するわけやな」
「ほむん」
ニートナル屋敷に居られる時間は残り三か月を切った。
ミナヅキ提唱のアプローチを研究するにはギリギリだろう。
「資料は?」
「ここに」
瞬間移動は魔術師の魔法だが、転移門は法術系の魔法。
どっちにしろ魔法には違いなく、系統・流派の違いというだけなので術理がわかればだいたいは扱えるが、初歩から初級クラス以上の呪文書が出回ることはまずない。
知は力。
前世でも、明治あたりまでは技一つの伝授に高級車一台分の授業料なんてざらだったそうだが、教える側だって食っていかなきゃならないからね。
教会の書庫にアクセスできるミナヅキならではのファイン・プレーですねえ。
なお、転移門を使える魔法使いがどんだけいるんじゃいという大問題には目をつむるものとする。




