3-08.リサーチ・アンド・(在庫)デストロイ
伯都ツェルマットで迎えた九歳の冬至祭は、寒かった。
「ウヅキ……、自分も言いにくいんやが」
「……ああ。さっぱり売れないな」
満を持してハヅキの露店に並べたキサラギ・ブランドのポーション、結局その日は一個も売れませんでした。
閑古鳥、木枯らし冷やす、我が心。ウヅキ、冬至祭にて露店でモノ売れずの一句。
……思わず五-七-五を吟じてしまったが、現実逃避している余裕はない。
人出は問題なかった。木彫りのアクセサリーのほうは、季節がらもあり前二回に比べればやや落ちるとはいえ三十個近くを売り上げている。
ポーションだけが、売れなかったのだ。
「すまんなハヅキ、俺の力不足みたいだ」
「あいや、自分こそ……。仕入れ頼んどいてこのザマは自分の責任や」
この冬至祭を皮切りに、冬の間を週の半分露店を出す予定であるのに、いきなり目論見が崩れたハヅキは力なく項垂れた。
この場で互いを慰めあっても益はない。日が落ちる前の残照の間に露店を片付け撤収する。
「明日はこの場所交代なんだよな。時間を取って俺のとこ来てくれ」
「そやな、ともあれ手を考えなあかんよな」
俺のつくったポーションだが、品質については問題ないとのお墨付きを師父ネイトナル様から得ている。
ラインナップは、これぞポーションの代名詞ともいえる傷を癒すいわゆる回復剤、飲用体力回復剤と、同じく飲用の魔力回復剤の三種。
瓶と薬液の色で用途を分け、お値段もわかりやすくすべて大銅貨二枚。
一瓶で成人職人の日当が飛ぶと考えると高いと思うかもしれないが、これでも師父のニートナルの名を冠するポーションの半値以下だ。内容量も半分だけど。実質的にはお得なのよ。
値付けは利幅云々ではなく、これ以下にすると教会の癒水とバッティングする。
わりとぎりぎりの中間帯を狙った値段設定なので、もう動かせないというのが本音になる。
「プロダクト・アウトであってマーケット・インではなかった、ということになるんでしょうね」
「そりゃそうだけど、消費者のニーズだウォンツだなんてのも、想像だしなあ」
「確かに、マーケットの需要調査を怠ったんは自分の落ち度やわ」
「ポーションの消費者っていうと、施術院くるようなけが人はこっちの受け持ちだし、兵隊さんや魔物狩りさん?」
「卸先から一般商店を抜くと、そうなるな」
「今日は自由時間やし、現場の消費者の話、聞いて回るわ」
兵隊さん関係は官給品扱いなので、原則的には自費で購入という客層ではない。
俺は師父に断りを入れ、ハヅキとともに魔物狩り組合に向かうことにした。ミナヅキも気にかけてはくれたが、あっちはあっちで忙しい。
寒いとねえ、病気の人が増えるのよね。施術院が繁盛しちゃうわ。
「ニートナルさん家に、お世話になりっぱなしやわ」
「今回のポーションは俺の修行って意味もあるからな。師父もなるべく手出しはしないが……ってポジションとってるんだ」
俺とハヅキは、師父のお手紙と、昨日の売れ残り、各一ダース計三十六本のポーションを担いで魔物狩り組合受付でご挨拶。
物語だとお約束の、組合長との直接面会イベントは発生しなかったが、ガラの悪い三下に絡まれるイベントも発生せず、ただ返事を待つだけで現実ってそんなもんだよな。
師父のお手紙効果か組合内でのリサーチの許可はあっさりもらえた。
「えっ、その露店、昨日見かけたよ」
「あー、あったった。さすがに出どころがアレなポーションは怖いからスルーしたけど、ニートナルのお弟子さんか。なら買っとけばよかったかあ?」
「ありがとうございます。本日は、お話うかがう御礼に、三種のうち一本、試供品として差し上げておりますので、みなさんそれぞれピンッときたのをどうぞぉ」
名付けてリサーチ・アンド・(在庫)デストロイ大作戦。
俺のポーションを、使ってみてくださいと、リサーチに協力してくれた方に無料配布。
なーに三十六本全部まいたところで、原価でいえば銀貨二枚以下だ。魔導刻印用の銀にくらべりゃたいしたことはない。すべて師父へのツケだけど。ハッハッハ。ハァ……
さておき、いきなりビンゴじゃん!
『出どころ不明品はNG』。……まあ、そうだよな。俺でもそうする。命がけの場面でハズレ品なんて目も当てられない。信頼と実績は大事だよ。
「対策は、俺の、『ニートナルの弟子の修行ブランド』をおしてく感じか」
「今日の、このリサーチ活動自体でも広めるのを意識やね」
その後も、物販のおねーさんやいかにもな魔物狩りさんなど、手当たり次第にお話をうかがっていく。
持ち込んだ三十六本のばらまきが終わるころには、ポーション無料配布につられた連中も現れたので、後日露店で交換します~的な宣伝トークを交えながらその場で引換券を作成。
用意する数確認のために連番を振って、引き換え期日を短く設定。受付のおねーさんにギルドの承認印をもらって完成。
ギルドに対して俺が責任を持つという意味合いにもなるが、やっつけ仕事にしてはいい出来だ。
かようなリサーチの結果、キサラギ・ブランドの各ポーションについて、以下のような問題点が浮かび上がった。
分量不足、使い道がわからない、意味がないよねコレ。
分量不足とは、文字通り。
いわゆる傷薬、回復魔法薬液はゲームのようにHPを回復するものではなく、傷口をふさぐためにぶっかけて使う。
傷口を洗い流す役割もあるため、少量では使いにくいというご意見を得ることができた。
なるほど、水洗いしてからポーションかけるでは二度手間だし、水は水で貴重でもある。現場の意見には耳を傾けるしかない。
別件で、大きいことはいいことだ的な価値観もちらほら確認できた。
とすれば対策は簡単である。
ニートナル印より効果が弱くなるのはむしろ好都合でもあるので、水マシマシで薄め量多めで設定し、新しい瓶を発注した。
今度の瓶は黄緑色だ。黄色は良い色合いが出ていないので、緑瓶からの薄め連想でこの色にした。
ただし、すでに発注済みの緑瓶があるため、従来品も効果は強いが少容量をウリとして残すことにした。
よくある、お値段三つ並べると、中間の品が売れる理論もどきの応用で、キサラギ緑ポとキサラギ黄緑ポを並べ、同じ値段なら量が多い黄緑ポを選ぶ的な購買行動を狙ってみることにする。
ちなみにポーションに限らず魔法にしても、治癒系の場合は効果を強化、促進するものであって、実際に傷をふさぐのは本人の身体である。
ヴァイタリティー的な意味での体力はむしろ消耗する。
こっちに効果を期待しているのがキサラギ赤ポこと飲用体力回復剤になる。要するに栄養ドリンクだしね。
使い道がわからないとのご意見には、まず使っていただくということで、試供品でバラまいたものを気に入ってもらえるかどうかとなる。
意味がないよねコレは、キサラギ青ポこと飲用魔力回復剤だ。
ゲームにありがちな品ということでつくったが、実際意味がなかった。
だって魔法使いなら、魔石から魔力を吸い出すくらいはできるはずだ。多分。チャージで送り込むのの逆操作だから、難しくはない。
魔石にはるかに劣る魔力量、しかも消化吸収を待つため即効性がないシロモノにわざわざ金を払う魔法使いはいない。
だというのに未練というか、魔力欠乏症的な患者の治療薬に転用できるかとか、魔力使い過ぎで気絶しちゃったときにそばの人が気付け薬代わりにとか、泥縄的に用途を考えてしまう。
これといって対策も思い浮かばないので、とりあえずそのまま露店の賑わいとして並べてもらう。
棚割を奪い合うほどの品ぞろえは、ハヅキの露店にはまだないから。
「あとは展示と地道なコマーシャル、いざとなったらサクラも手か?」
「無料配布分だけでもえらいことになってもうてるのに、これ以上ウヅキに迷惑かけられんわ。自分も、腕切って回復の実演くらいはするで」
「ガマの油売りかよ!」
「なるほど、口上も勉強やな!」
たくみな口上や目を引く実演は客寄せの効果はあるからなあ。
などと額を寄せ合い策を練り、戻って師父に報告と謝罪して、翌日の卸しアンド配布分のポーションを急いで仕込む。
ニートナル印と内容の変わらない緑ポと薄めただけの黄緑ポは、本家のものを前借流用でしのげたが、赤ポ青ポは沈殿時間が甘く液が濁ってしまった。
「こっちの二色は内服用なのだから、そこまで気にする必要もあるまい」
「ニートナルの弟子として、これでいいのかという思いがあるのです」
「品質に問題はない。むしろ、下手なこだわりで約定に間に合わないことを恥じるべきだろうな」
傷口にぶっかけ用が上澄み液にこだわるのは、残留物が異物として体内に残るのを嫌ってのこと。
内服するなら特段問題ないことはわかるが、澄んだ薬液こそニートナルというイメージの俺を師父が押してくれた。
魔物狩り組合でのリサーチという宣伝がうまくいったのか、引換券の混雑が収まってもキサラギ・ポーションはボチボチと売れるようになった。
笑えたのが赤ポで、ここ一番のムリをするときに使用するという風習が伯都の魔物狩り関係者の間にできた。なお、ここ一番には夜のご活躍も含まれる。
これにはネイトナル様も苦笑い。
「弱めの精力剤ではあるからな」
「お元気になっていただくためのポーションではありますからね」
通称は【レッド・ゾーン】だそうだ。
俺、どういう顔をすればいいのかわからないよ。
「いうかてな、黄緑ポだって【貧者のゴールド・ラベル】やで」
「マジで、どういう顔すればいいんだよ」
そうこうするうちに使用実績というものが蓄積されたのか、週半分のハヅキの露店にも固定客がついた。
実はニートナル印のポーションと中身は一緒の緑ポ、通称【ライト・グリーン】も、嗅覚鋭い賢い連中がお手頃感に目を付け、回転が良くなっている。
本家とのカニバリズムが心配だが、今のところ本家の出荷・売り上げともに大きな変動は見られない。
「うちと教会の中間価格帯を狙ったのが功を奏したとみるべきか」
「まだ判断には早いかと。注意深く経過を見守り、本家に悪影響を出すようならラインナップから外すことも検討します」
「それこそ、慎重な判断が必要だろうな」
教会は、なんか偉い人が亡くなったとかでハデな葬儀を行っていた。
キサラギ・ポーションに異議があったとしても、内部体制が固まらないうちは動けないだけとも考えられる。
また、新規顧客層を開拓したのであればいいが、食い合いになった場合守るべきは本家である。
俺のキサラギ・ブランドは、あくまでも弟子の修行品という位置づけだし、傷薬としては黄緑ポもある。
例の青ポはぜんっぜん売れなかった。
まあ、当然だ。ただの経口補水液に魔力剤マシマシしただけの、いわば高級風なスポーツドリンクでしかないのだから。
どうせ埋め草だぜなんて、ある意味お気楽に構えていたら突然売れ出した。
「何があった?」
「わからんのや。いきなりや。【ブルー・ウォーター】ないのかって、もうひっきりなしや」
またしても、反応に困る通称をつけられてしまったがとりあえず忘れよう。
あわてて露店での逆インタビューと魔物狩り組合で再リサーチを行ったところ、闘気術を使う前衛系の方々に口コミで広がっているという。
今回は無料配布、青ポ限定で二十四本。無差別じゃなくて狙いをつけて個別に突撃した成果である。
「激しい戦闘の後、のんだら力が戻った気がする。というのが発端だったらしい」
「まあ、スポーツドリンクではあるわな。売れるなら気にせんでええんか?」
「ええんちゃうかな?」
売れるなら、いいや。
でもね、売れるとね、売る分つくらないといけなくてね、それはおれのしごとでね、ボスケテ……
闘気術使いに魔力回復剤というブルー・オーシャンを発見してしまった俺とハヅキは、冬の残りを忙しく過ごすことになった。
そして寒さも和らぎいよいよ春分、新年祭が近づいてきた頃、俺とハヅキは頭の痛い問題に直面していた。
「どないしよなぁ」
「どうしたもんかなあ」
「どうもこうも……」
問題は日に日に解決を迫ってくる。
ミナヅキたち養成院組に相談したところで、集まってゆったり考える時間すら、俺たちにはなかった。




