3-07.錬金術師(仮)
冬至祭を前にして、ハヅキが行商旅を終えて伯都に戻ってきた。
「そいでなウヅキはん。お安めのポーション、卸してもらえへんか?」
「え? 行商は春から再開で、冬の間は伯都にいるんじゃなかったのか?」
詳しく聞けば、冬の間を伯都ですごすことは確定。
ただしその期間を丁稚に戻るわけではなく、市場広場の使用権をもう一人の見習い商人と折半することになっているという。
市場の使用権を押さえているのはもちろんノウブラウンド商会。
露店商を実践するハヅキたちは、日々の売上の中から場所代を支払うことになるが、これもまた巣立ち支援なのだろう。
「手堅く商うのにポーションが欲しいんや」
「安くではなく、お安めの、なんだな?」
となると、現行生産品では応えられない。
現行品にしても伯都内では販売路の問題があるから卸すのは簡単ではないが、新製品となるとさらに難しい話になる。
師父の判断を仰ぐことを伝え、卸してほしい商品についての要望を聞いておく。
「それと、ウヅキの目薬売れまくりんぐ、新市場開拓成功や!」
「そいつは重畳。仕入れ値も勉強してくれるんだろうな」
「わかっとりますがな。ただ、売れただけに地元の薬剤師がコピーしてまうんやろなあ、やっぱり」
「錬金術師と薬剤師の領分ってもんがあるからな、ブランド押し出しても住み分けが限界だろ」
目薬一本大銅貨三枚で一ダースだから、大銅貨三十六枚の売上。換算して銀貨六枚相当のうち、ツケておいた仕入れ値として銀貨三枚を受け取る。後で師父に渡さないと。
例のおっぱいのおおきな木彫りアクセサリーのおばちゃんも、前回の失敗の後だけに今回の成功を喜んでくれたそうだ。
春まで伯都で露天商ということもあり、恩返しも兼ねてありったけの200個、銀貨二枚分を仕入れたとか。
そのアクセサリー分はまだ現金になっていないにもかかわらず、借入プラス利子の返済後もこれだけ残っていると、銀貨五枚を手のひらにのせた。
「初回が銀貨一枚相当、二回目で大銅貨二枚の赤字だから、大躍進や!」
銀貨五枚もあれば、大の大人が一か月以上暮らせる。
三回の行商旅、足掛け九か月の対価としては物足りないが、借金を元手に少しずつ殖やしていった純粋な儲けだ。見習い行商人としては十分に成功である。
「一年目だと借金抱えるのが半分以上。自分は運が良かった言われるのもやむなしやわ」
「失敗一つで全部飛ぶなんてのもあるだろうしな」
「ありまくりんぐ。だから手元の銭の全部は使えへん」
どんどん商人らしくなっていくハヅキの赤毛が揺れた。
そういや今年はまだ切ってなかった。だがこれから冬だし、ばっさりやるのもためらわれる。
「こっちはなあ、俺もミナヅキもおさげの悪魔の襲撃を受けてドンヨリだったぞ」
「うわぁ、災難やったなあ」
もうチビじゃないチビ若が、騎士見習いの修行の一環で試練の迷宮に挑んでいるらしいこと、いつかは俺たちも恩恵にチャレンジしようぜなどと話が膨らむ。
「自分も、魔物狩りや傭兵組合に登録っちゅうのは、小技として聞いとる」
「商人が、魔物狩りやるのか?」
「別に狩らんでもええねん。魔物狩り組合所属っちゅう身分に用があるのや」
いわく、ピンの荷担ぎなら商人ではなく魔物狩りとして入市すると物品関税とられないとか、余剰な金銭は魔石にして組合の貯石制度を利用すれば安全だとか。
現金を持ち歩かないという点ではノウブラウンド商会の為替もあるが、ハヅキの規模では利用しようがない。
独立してピンでやっていくなら、魔物狩り組合に登録料を納めて名前だけでも所属するのが定番であるそうな。
さらに、関所や城門で売り物ではなく個人の荷物をねちっこく調べてくるような輩は「袖の下」欲しがってるかもとか、どこそこの盗賊団の仁義の相場とか。
「盗賊いうても、野良の関所みたいなもんなんてな。傭兵でもあるさかい、下手なお上より信用できるだの言われて、もう常識がわちゃくちゃやわ」
俺たちは前世の常識に引っ張られている面がどうしてもある。
今生の常識を身につけることは、すなわち生存確率の上昇につながる。
俺は伯都にこもって狭い範囲の常識ですごしてきたが、やはり外の世界に出ると新たな発見があるようだ。学ばなければならない。
師父ネイトナル様に目薬の仕入れ値後払い分とともにハヅキの要望を伝えたところ、ひどくあっさりと返された。
「やってみろ」
「それは、俺がハヅキに卸すポーションをつくるということでしょうか?」
「おまえがあれこれやった成果で、ポーション工房は片手間でも回せるだろう」
うん、まあね。
特に手間のかかっていた魔力剤粉砕工程は魔道具で半自動化したり、計器計量の徹底で何も考えずにオペレーション進められるようにしたり、カイゼンしておりましたね。
俺に与えられた条件は、まず魔法薬液であること。
薬剤師との権益問題を起こさないためには当然。
ただの薬液、水薬は薬剤師の領分だ。自家用はともかく、流通に乗せるのはまずい。
塩鉱山に持って行った目薬はお試しだったが、現地の薬剤師に任せて手を引く方向かな。後で師父の判断をうかがっておこう。
権益だ利権だというと、とかく悪い印象を持たれがちだが、我がの飯の種奪おうというのであれば、そりゃ戦争だ。
大きな目でみれば、それぞれの業界保護だろうか。
うまく回っているうちはいじらないのが吉。俺の立場ではいじりようもない。
次に、教会の施術院で扱う癒水とバッティングしないこと。
教会とは品質、価格差で住み分けている。紳士協定だそうだが、破ると怖い。
そうでなくともニートナル・ポーション工房の魔法薬剤は、その効果の高さからホイホイ常用するものではない。
強い薬は相応に体力を奪うし、魔力酔いも引き起こすからだ。
お高くしているのはそんな理由もあったのね。
また、大前提として現行生産に支障を出さないことがある。
これについては、カイゼンで絞り出した余裕、週二日の工房非稼働日を、現行業務と並行できないときは使っていいと許可を得る。
「教会とのバッティングが課題ですね」
「品質を落とし安くするだけでは、ぶつかるな。難しい問題だ」
以上を踏まえ、俺は次の三本柱を設定した。
ひとつ、現行品の回復剤を量を減らして出す。
ポーションといえば傷を癒す回復剤というイメージに、ハヅキの要望もあり外すことはできない。
バッティングを避けるために教会品と現行品の中間あたりを狙ってみる。
ひとつ、傷薬ではなく、飲用する体力回復剤。試作栄養ドリンクの延長だ。
ひとつ、チャレンジ案件として魔力回復剤。ゲームとかでよくあるやん。
また、さまざまな政治的事情を勘案し、ハヅキに卸すものはニートナルとは別ブランドでの供給とすることにした。
いや、俺もニートナルの名を頂いてはいるが、高級ポーション・ブランドであるニートナルの名を、少年露店商に扱わせるのはどうかなと。
品質に関しても俺個人の責任でつくるものであり、その点でもニートナルの名は使えない。
ミナヅキ・ハヅキともども相談したが、さすがに『イレギュラーズ』は意味的にマズイということで、あーだこーだするうちになんだか面倒くさくなり、俺たちの名前と同様に和風月名でいいやということになった。
ウヅキ・ミナヅキ・ハヅキで四六八だから、二か十だろうとなり、二月の和名、如月より『キサラギ』ブランドを立ち上げた。
「キサラギ?」
「なんかこう、きらっきらな感じしませんか?」
「ん? んん……まあ、好きにするがいい」
すいません師父。今どきの若い者の感性はわからない的な目で俺を見ないでください。
キラキラ感なんて口から出まかせなんです。
ときめいちゃうメモリーカード様的なアレとか、アイドルをプロデュース的なアレとか、いろいろ連想先はありますが、何より面倒になっただけなんです。
そんなこんなはともかく、キサラギ・ポーションとしてまず手を付けたのは現行品質のまま量を減らしたものである。
内容量を減らすとともにデザインも簡素化したポーション瓶を発注しにいったら、色付きの方が安いというので三色セットで頼む。
薬液なんだから、直射日光避ける意味では色付き瓶だと思うのだが、ニートナル・ポーション工房では高級感を出すために透明度にこだわったお高い瓶を使ってましたわ。
キサラギ・ポーションでは薬液の色にあわせて緑瓶に詰め、小売り希望価格は大銅貨二枚とした。
現行品の半値以下、ただし内容量は半分さ。ブランド価値分『お安め』設定だが、正直、それでも利幅は……いえいえ、こちらも商売ですから。
ベースとなる定番商品ができれば安心感も違う。
次に俺は栄養ドリンクの延長、飲用する体力回復剤に手を出した。
気分的にはタウリン1000mg配合といきたかったが、タウリン単体で分離ってどうすりゃええねん。
というわけで、ちょっと間違うと毒になる精力剤を秘伝として伝えるニートナル家の知識を拝借し、効果の弱い精力強壮剤として試作していた。
単に疲労がポンと飛ぶ気になるような、元気になっちゃうだけのお薬なら話は簡単だが、俺は麻薬を蔓延させる気はない。
いや、鎮痛剤としては処方するし、軍人さんみたいな極限状況での士気高揚といった用途があるのも知ってはいるけど、ひいては身体を壊すようなしろものや、中毒性や常習性でまともに生活できなくなるようなものはちょっとねえ。
そんなもんばら撒くのは、悪役のお仕事。どうせなら俺はヒーロー・サイドに立ちたいよ。
紅茶をベース液にしたため、赤味を強調する天然素材の着色料を混ぜて、赤茶瓶に詰める。
なおカフェインの中毒性には目をつぶるものとする。そこまで濃くないし、大丈夫大丈夫。
最後に魔力回復剤。
ポーションに魔力を蓄えること自体は魔力剤マシマシにすればいいだけだ。
しかし、魔力回復のためには、体内に魔力がめぐる必要があるわけで、消化吸収の過程で取り込まれるのがベターとなる。
よってこれも飲用品。
消化吸収されやすい液体ってなんだと頭をひねったが、経口補水液でいいだろとミナヅキ。成分割合についてもミナヅキが知っていた。
熱中症予防や長時間労働のための知識チート案件だぞと言われたが、俺の前世愛読系ライブラリにはない。さすが俺よりディーブだ。
残っていた瓶が青色だったので薄く青味をつける。ダイジョーブ、テンネンものですよ。ていうか、ただの紫キャベツの煮汁にお酢をちょいちょいしただけよ。
すべて魔法薬液とするため魔力を注入。完成。
師父ネイトナル様の検分を受けて、モノはよしとの評価も受けた。
「魔法薬液製造を、調剤から魔力注入までの工程すべてを行った。おまえは確かに錬金術師である」
「ありがとうございます」
「知識を増やし、実践を重ねることだ」
渋い声とともに頭に置かれた手のひらが、大きくて重くて温かい。
迎えた冬至祭、満を持してハヅキの露店に『キサラギ』ポーションを並べる。
瓶の色と液体の色で用途を分けた親切設定だ。お値段はわかりやすくすべて大銅貨二枚。
木彫りのアクセサリーとポーションという節操のない組み合わせは、露店ならではともいえるだろう。
「ウヅキ……、自分も言いにくいんやが」
「……ああ。さっぱり売れないな」
閑古鳥である。
【メモ】
赤色の着色料:植物の樹液を吸って生きる小さな昆虫、コチニールカイガラムシをすりつぶしたもの
青色の着色料:ここでは紫キャベツの煮汁にお酢を加えたもの




