3-09.引き継ぎ騒動
忙しい冬を過ごし、春、新年祭が間近に迫る中、俺たちは頭を悩ませていた。
「どないしよなぁ」
「どうしたもんかなあ」
「どうもこうも……」
ミナヅキが口ごもったが、逆に考えれば、俺たちでは解決策を見いだせないということではないのだろうか。
このような時は第三者、それも上位者にマルっと問題ごと投げてしまうのも有効な手であると考える次第である。
「間違ってはいないと思いますが」
「せやな。どーせ自分らだけで決められるこっちゃなかったわ」
キサラギ・ポーションは、売れた。
当初こそ閑古鳥という惨状に涙をのんだが、現場への突撃リサーチからの対策、捨て身の在庫デストロイで使用実績を稼ぐという宣伝活動などが実り、現在は四タイプあわせて週に二十ダースほど売りさばいていた。
ハヅキの露店は週半分の三日間営業での実績である。
諸々の経費や、俺が以前プレゼントした呪符の出世払いなど、ざっくり差し引いても残り銀貨百枚はあるという。
冬の三か月で、銀貨百枚。おとなしく暮らせば二年は働かなくてもいいだけの稼ぎをあげてしまったことになる。
「自分らの仲で貸し借りはアリやろが、こんだけ儲けさせてもらうとなあ、さすがに返さなあかんやん」
「まいったな、僕は返せるあてがないや」
「出世払いはいつでもウェルカム。上限もなく受け付けております」
「悪徳金融だ!」
呪符の代金はそのままそっくり師父ネイトナル様にスライド。
材料費ほか師父持ちで作らせて頂いている呪符だもの。
話がそれた。
儲かる商売をどうするのかという問いが、ハヅキに突き付けられていた。
元の予定では、春からまた三回、西の塩鉱山への隊商という難易度チュートリアルな行商路に、ノウブラウンド商会から巣立つ予定の見習い商人として参加するはずであった。
が、行商に出るとは稼げる露店を手放すということだ。
ことによっては露店から路面店という筋も見えてくるくらいの稼ぎを捨てるのかと。
まだ年季明けでないハヅキの身柄を管轄するノウブラウンド商会では、妙な動きもあるという。
新年迎えてようやく十歳のガキに、そんな儲けを握らせておくのはおかしいのではないかと。
そして、固定客となった魔物狩りのみなさんもまた、ハヅキ露店の消滅で供給が途絶えることに異議を申し立てていた。
「まあ、丸投げの前に、自分がどうしたいのかの腹は決めておこう」
「自分はなあ……正直、身に過ぎたる金の出入りが危ないいうんも感じとるんや」
「ウヅキのほうはどうしたいんだい?」
「俺の方は簡単さ。ポーションを卸す相手が誰になろうが、ニートナル家としての利は確保する」
沈思黙考。後、ハヅキは両手を大きく打ち鳴らした。
「そう、ウヅキあっての儲けや。自分の手とは違うねん。なら、手放しましょ」
後のことは上司にあたる番頭さんに丸投げして、自分は新規一転、春からまた行商旅だと切り替えてくる。
なんせ今度は元手のケタが違いまっせと目を輝かせたハヅキは、立派な商人に育っているのだろう。
ともあれ、ハヅキが腹を括れば俺も動ける。
俺はかねてより状況を報告していた師父ネイトナル様に、今後の行動について指示を仰いだ。
「おまえは、友の儲けにならずともよいというのだな」
「当人の決断ですし、それに、確かに過ぎたる銭は危険かと感じました。俺としては、ポーションの使い手にこれまでのように物を渡せれば、それで納得します」
「ふむ。守るべきは友の命と、真の顧客か」
新年祭の前夜、ニートナル家の夕食には師父の招いた客人の姿があった。
ノウブラウンド商会の長と魔物狩り組合の長。およびその付き人達である。
どちらも当ニートナル・ポーション工房のお得意先であり、忙しい人たちではあるが招き招かれ自体はたまにはある。
会食そのものは穏やかな雰囲気で進み、要人たちは談話室に入った。
その席で何が話されたのかの詳細を、俺は知らない。
「ねえちょっと、ノウブラウンドさん、自分のところの雛を後ろ盾として守るんじゃなく、儲けの種を取り上げようとしたらしいわ。幻滅しちゃうわあ」
「えー、会長さんはそんな人じゃないわよぉ。手柄欲しさの番頭あたりの手でしょ」
「あんたは、顔のいい男には甘いんだから」
壁に耳あり障子にメアリー。いつか逆の立場になったら注意しないと。
お客様には余所行きの態度でふるまっても、身内には口が軽いメイドさんたち経由の情報に、師父から告げられたこと、ハヅキとの会話、そんなものをつなぎ合わせ推測するだけである。
ノウブラウンド商会さん、春の人事異動が激しく行われたそうですね。
「新規出店を任せるゆう栄転のカタチやけど内示と違ってたとか、抜き打ちの監査で顔青くする幹部さんいたとか……」
「粛清ぃ、ですかねぇ」
何にしても、俺たちの気にすることじゃない。
俺とハヅキは同郷の親友であり、今回のポーション販売もその縁あってのもの。
ハヅキに物理的に手を出してくるようなら俺が怒る。その末にはニートナルとノウブラウンドとの静かな戦争もありうることを、商会長さんが理解しないはずもない。
「とはいえ、身の回りには注意してくれ。どんな筋から逆恨みが飛んでくるかなんて、予想もできん」
「さぁ、盛り下がってきよったで! いやほんま、銭は怖いわあ」
新年祭は特に波乱もなく、施術院も繁忙期を脱したのか法術師組も全員そろい、ハイラルのおごりで俺たちは十歳を祝った。
俺たちとヒル、フィル、ミルディーフは同い年だから、ハイラルだけ年上なんだよな。ご馳走様です、兄貴。
「いや、僕もこの春から祭祀職課程にも入るからね。これまで以上に忙しくなるし、祭りの時期には裏方だから会う機会も減っちゃなと」
「ミナヅキもか。おめでとう言うべきなんやが、寂しうなるわ」
「在籍年限があるからね。法術師課程と並行して進めないと間に合わないんだ」
「いつまでも、養成院にいられるわけじゃないですからねえ」
「私は年限一杯でも法術師だけでもキツイー」
「ん」
忘れているかもしれないけどヒル子よ、そこにいるミルディーフが法術師課程に入ったのはおまえよりだいぶ後なんだぞ。
なんで同列に並んでいるんだか疑問を覚えろよ。
「歳をとるっちゃこういうことだな。できることも増えるが、しがらみも増える」
「まあせめて、今日は楽しもう」
最後の締めにみんなでハヅキの髪にハサミを入れる断髪式を執り行い、見違えるように軽くなった頭に驚くハヅキを弄ってお別れした。
ハヅキは予定通り、西の塩鉱山までの隊商に参加。
いろいろあったが、今年いっぱいあと三回は行商人見習いとして便乗できる。
「先のことは、またその時に考えますわ」
「お互い無事ならポーション露店もあるしな。木彫りアクセサリーのおばちゃんにもよろしくな」
……まさか、おっぱい会いたさに露店を捨てて行商を選んだなんて、ないよな?
いくらハヅキでも、ないと思う。多分。きっと。
また、今回も目薬十二本を卸した。
前回と違い、ちゃんと目薬の木から薬液をつくり魔法薬液に加工した。俺が。
目薬ポーションの現物のほかに、塩鉱山の薬剤師宛にネイトナル様からのお手紙、目薬レシピ添えも預ける。
前回は需要があるかの試作品。当方は錬金術師として魔法薬液専業であり、薬剤師の領分を侵すつもりはない。
当方は、目薬の木の樹皮を煮だした薬液を原料に魔法薬液に加工するが、魔法薬液ではない薬液をそちらが取り扱うことに異議を挟むものではない。云々。
要するに仁義を切ったのだ。
なお石鹸は、どういうわけか歴史的経緯というやつで錬金術師の領分ということになっている。
石鹸製造は薬草系統の知識とは直接つながらないから、薬剤師の領分でないのはわかるが、なんでなんだか。
あとはキサラギ・ブランドのポーションも詰め合わせ。自家用栄養ドリンクは別口でつくってやってもよかったのに。
変わり種として光玉の呪符をお買い求め頂いた。トークネタにして、あわよくば呪符使いの才能発掘につながればという。
俺由来以外の商材としては、超時空太閤殿下・秀吉様の故事にならい、鉄製の縫い針を仕入れていた。
あとツボも。利幅云々ではなく、リベンジだそうだ。
失敗を成功で上書きする。
男には、そういう儀式も必要である。
ドツボにはまらなければいいが……俺たちは何も言わずにツボを見送った。
ハヅキが旅立った後も、春の日々は忙しく過ぎていく。
まず、新年祭あけからキサラギ・ポーションは魔物狩り組合へ卸すこととなった。
供給路が確保された固定客さんたちは喜んでくれたらしい。
卸値はハヅキよりちょぉっとあげている。
具体的には一ダース単位で大銅貨十二枚から十六枚へ。小売値はソノママ。
仕切り変えたことなんて言う必要ないし、一ダース売れば大銅貨八枚が小売りの粗利益になるんだから、提示額で一発OKだった。
もともと本家のニートナル・ポーションを扱っているので特に注意点はない。
空き瓶のデポジットや配達関係も同じ。
逆に、キサラギ・ポーションでしか扱っていないものを、本家側でも扱えないかということになり、俺と師父は赤ポと青ポをむにゅむにゅした。
精力剤としての働きは弱め、栄養剤と魔力剤を配合した、前衛向け活力薬液(内服用)が、本家ニートナル・ブランドのラインナップに追加。
早速、【ロイヤル・パープル】なる、どう反応すればいいのかわからない通称が贈られた。
「『今夜の俺はロイヤルだぜ』だそうです」
「精力剤としての働きは、とことん薄めたはずなんだがなあ」
うんまあ、キサラギ青ポ系のスポーツドリンク的用途としても使われてるようですよ。
闘気も魔力も同じものという俺たちの推測、多分正しいってことですよ。
「以後は、レシピ代と売上の一部をおまえの報酬としてとりわける」
「え、いや、俺の方こそ師父にはあれこれの借りが溜まっているわけでして」
「おまえ、計算していないのか? この冬のお前のポーションの儲けでほとんどかえってきているぞ」
……ああそっか、ハヅキへの卸値は売価の半分。
そこから原価を引いても、ハヅキ以上の儲けがこっちに生じていたわけだ。
「……ポーションって、儲かりますね」
「魔術師としての装備を整えるにも研究資金にも、まして錬金術師として身を立てるなら、金などいくらあっても足りない。研究のために錬金に励む錬金術師などという業界ジョークもあるくらいだ」
俺の脳裏にハムスター車が浮かんだが、人生なんてそんなもんだろう。
楽しめたなら勝ちだ。
まして俺たちは第二の人生やってるわけだし、とことん楽しんでやる。
などと考えていたら、ある朝、工房に金髪青目の男の子がはえていた。
うちってホムンクルス扱ってないよな?
そもホムンクルス関連の記述ってロボくさいんだけど。
差し込む朝日に淡い光をはらんだ頭部と、とにかく線が細い。ヒル子あたりを参考にすると、下手すると八歳くらい?
男の子と断言できるのは、服にあいた穴からナニがチラチラしてるから。
見たくて見てるわけじゃないんだ、わかってくれ。
「あ、あの……ぼ、ぼぼ」
「オッス! オラ、ウヅキ。当ニートナル・ポーション工房の小間使いさ」
いつごろからか小学校で教えるようになったという先手必勝、挨拶攻撃。
大人げないとか言わないでくれ。俺だって、この状況をどう判断したらいいか困っているんだ。




