3-03.ハヅキの帰還
夏至祭の直前、ハヅキが戻ってきた。
ノウブラウンド商会の丁稚改め見習い商人として隊商に参加し、行商や旅そのものについて学んでくると伯都を旅立ってから約三か月。
日に焼けた肌は、どことなくたくましくなったように見える。成長期に入っているから、面差し自体が大人びたのかもしれない。
「今日は荷下ろしと報告、打ち上げや。明日から数日が、仕入れ含めた自由時間っちゅうことになるんやが」
「俺は問題ない。ていうか、明日から夏至祭だぞ。一日まるまるは無理でも、ミナヅキだって時間は取れるはずだ」
ハヅキとはいつもの教会広場で明日の待ち合わせの約束をし、俺は工房へ戻る道すがら、養成院の外部受付に寄ってミナヅキへの手紙を託した。
心付けとして、ニートナル薬用石鹸(試用版)をそっと渡した職員さんがキッチリ仕事をしてくれて、翌日の昼前に俺たちは合流できた。
「お帰りなさい、ハヅキ」
「おー、なんだか大人びてるじゃないですか、ハズキ君」
「不肖ハヅキ、恥ずかしくもないけど帰ってまいりましたぁ!」
終戦を知らずジャングルで戦争続けてた軍人さんネタなんて、フィルには通じないぞ。
残念なことに、ハイラル、ヒル子、ミルディーフの法術師の卵組と、施術師助手目指し中のムウレリアは、施術院での当番で抜け出せなかったそうだ。
夏至祭に人が集まると、確率論としてバカをやる人も増えるし、ハメを外す人も増える。施術院が繁盛してしまう道理である。
ヘンドリック君は祭祀職を目指した関係で、祭事を司る側のあれやこれやに動員されているとか。
「そういうわけで、今日出てこれたのは僕とフィルだけですが、みんなハヅキによろしくとのことでした」
「残念は残念やが、仕事じゃしゃあないわ。ほな、自分からのお土産、うまいこと渡しといて」
「施術院の当番、入れ替わりだろ? 明日は誰か空くんじゃないか?」
「明日は自分も市場で露店出すのと、次に備えて仕入れもせなあかんねん」
旅は男を大きくするのだろうか。
いっぱしの商人めいたことを言うハヅキから、露店で売り物にするという木彫りのアクセサリーをお土産として渡された。
葉っぱがモチーフの素朴な削り出しに、穴をあけて紐が通してある。早速、首から下げてみる。おしゃれ感+1ってところか。
「自分に預けられた元手の範囲で、あんまりかさばらず、夏至祭で捌けそうなもんて考えたんやが、どうやろな」
「リーフ様のシンボルだよね。私はかわいくていいと思うけど、値段しだい?」
「それなぁ。仕入れるときも幾らが妥当か難しかったんやけど、いざとなると迷うもんやわ」
おなじみの屋台でブドウのしぼりカス汁を補給し、露店を出す予定の市場広場に足を向ける。
普段から騒がしい一角だが、いつも以上に所狭しと露店が並び、人でにぎわっていた。
ぶらぶらチェックしながら、小銅貨五枚くらいでいけそうかハヅキが攻めれば、フィルがお祭り相場でも三枚が限度じゃないかと返す。
仕入れはと聞けば、一個当たり小銅貨一枚弱とのこと。ただ、関銭など諸経費をのせると二枚では赤字、三枚ではトントン。つまり三か月の旅が無駄足ということになる。
「値札出すわけじゃないし、五枚ではじめて、売ってもいいなって相手なら三枚までは負けるかぁ」
「立地はどうしようもないだろうが、展示で目を引かないとな。リーフ様押し出して、生の葉っぱでも飾るか?」
「狙うはカップルですね。声をかけるのは男の方で」
立て板か何かに引っ掛ける形でアクセを並べ、板の上部に目立つように生葉で飾り立て。
選別ではじいた薬草なら余っているから、この後ニートナルの工房のほうに寄っていけよと話が進む。
「……ハヅキ君とウヅキ君はわかるんだけど、ミナヅキ君も妙に商売に詳しい感あるよね」
「えー、そうかなあ?」
俺たちシブーヤとかハラジュークとかスガーモとか、銀アクセやビーズ編み売ってるあんちゃんばっちゃんのイメージ的なアレで好き勝手言ってるだけです。
工房前でちょっと待ってもらって、師父ネイトナル様に廃棄物の譲渡許諾を得に行ったところ、せっかくだから家に招けということになった。
「なるほど、ハヅキ君は西の塩鉱山まで行って帰ってきたのか」
「あらあらまあまあ、ハヅキちゃんはまだ小さいのに、えらいわねえ」
「うちの、ノウブラウンド商会から巣立つ見習いの定番ルートらしく、慣れるまで何回か行ったり来たりですわ」
師父の渋い声は落ち着くなあ。
フィルは相変わらず小動物化してクッキーをかじっている。家に招くとの師父のお言葉を伝えた時に目が輝いたのは、見間違いじゃなかった。
俺はヌビア奥様がいれてくださった紅茶を味わいながら、ハヅキの初行商について思いをはせた。
塩鉱山まで食料や布、小道具などの生活物資を運び、帰りは塩を各地に売りながら伯都までの荷を運ぶ往復路。
基本は一日移動で道中の村などに二日滞在。予備日も入れて週に二か所、三か月がかりで二十四か所ほどをめぐることになる。
単純往復なら十二か所。つまり、距離としては十二日分の移動となり、一日二十キロメートルとして二百四十キロメートル。
半径四キロメートル圏内で収まってしまう農奴の生活圏と比較すれば、どえらい旅路ということになるんだろうなあ。
定番ルートになるだけあって、塩という必需品の運搬に関わるだけに街道も整備されているし、往来も多く、治安も悪くないという。
むしろ、関所や城門などの通行税が痛いというのが、前世基準を知っていると出てきてしまう感想だろう。
儲けを出すには仕入れ値の五倍十倍で売らないとならないし、それが当たり前という認識もあるそうな。
隊商のメイン商材である塩の大半は伯都で降ろされ、さらに各地へと流れていく。
ハヅキは、隊商に付随したサブ商材を取り扱う行商人に見習いとしてついているので、塩の仕入れそのものには関わっていない。専売品だしな。
ただし、と断って、伯都で買おうとすれば大銅貨何枚かになりそうな岩塩塊をとりだした。
「落ちてるもん拾う程度はお目こぼし。産地っちゃあすごいわあ」
「塩塊一つ二つのために命がけの長旅をする愚か者もいまいよ。自らの足で歩く商人の取り分ということであるな」
ハヅキは見習いではあっても商人、ただの荷運びではない。
元手として銀貨二枚を貸し付けられ、行きは安全牌中の安全牌、雑布メインで商材を仕入れ、帰りは夏至祭向けに先ほどのアクセサリを買い込んできた。
もし仮に全部売り切れたなら、銀貨四枚相当。
借入元手を利息込みで返済および経費分を引いて、手元に残る純粋な利益はおよそ銀貨一枚分。
「売り切れれば、やけどなあ」
「再度借り入れても、次の元手も銀貨数枚か。それだと、うちのポーションは商材にできないなあ」
「いつかは扱ってみたいけんど、買えんわ」
かさばらなくて利幅も大きい商品だが、うん、まあそのね、お高いのよ。
「となると、うちの工房で俺が勧められるのは石鹸か胃薬か」
「ねえウヅキ、胃薬を必要とする人ってどういう人だろうね」
「……まあ、そうだわな」
「ここぞ用に、石鹸を二つ三つ買わせてほしいわ。明日の売り上げしだいやけんど」
翌日、冷やかしと手伝いに市場に赴いたところ、ハヅキの露店は背負子から棒を縦に伸ばし、毛布を掛けてスロープを作り出していた。
背負子に固定した紐をスロープの尾根越しに垂らし、アクセサリーを結び付ける。同様に、目の高さから上あたりを目安に葉束を垂らす。
「お、いい感じじゃね?」
「ハイラル様も朝一で来てくれて、ありがたいことにいくつか買ってくれたよ」
「一人目の客ってのは大切だからなあ」
「ほんにねえ」
商売の邪魔をしないようにタイミングを見計らいながら試作中の栄養ドリンクもどきを渡す。
あくまで自家用、商品じゃないからなと念押し。わかっていると笑われた。
本命の、呪符も渡す。
呪符使いも、世間的には魔法使いとみなされる。
俺たちって基本が無詠唱なもんで、そのままの姿をさらすよりも呪符使いと思われる方がまだいい。
「光玉の呪符と、一応癒し効果のある呪符、マジック・アローの呪符な。これは刻印面を相手に向けて、上の穴がターゲット・スコープ」
「うほぉ! ファンタジーなアイテムきましたよコレ!!」
「ちなみに俺製。動作確認はした」
「さすウヅ!!」
魔導刻印のお勉強と実践を兼ねて、簡単な細工ものを練習中なのですよ。ミナヅキにも渡してありますよ。
木の板はともかく、刻印や導線につかう銀のお代は師父へのツケですよ。ハッハッハ。
……弟子にかかる費用は師匠の負担というのが相場らしいが、さすがにねえ。はいそうですかと甘えてしまうのは違う気がするのよ。
俺の帳簿が真っ赤っ赤はさておき、魔法使いは才能ということになっている。
九歳児の見習い行商人で野生の魔法使いなど、下手をすれば誘拐拉致監禁からの熱心な熱心な説得で家臣化されてしまう、かもしれないと俺たちは考えた。
考えすぎかもしれないが、かつて男爵家四男のハイラルが呟いた、商家の丁稚なんてやめてうちに仕えないかとの事例が存在する。
野望潰えて安定生活を望むというのならそれも一つの道だが、今はまだ枯れてしまうような歳でもない。
ゆえに命の危険でもない限り、ハヅキは魔法使いであることを伏せる。
「ミナヅキから魔法語の教本の写しも預かってるが、旅の間に時間が取れるか?」
「ありがたいのう。ありがたいのう。もちろんこっそり読みますとも」
呪符ともども、見つかっても商材と言い張ればまあ、なんとかなるだろうと。
相場的なお値段を伝えたら目を剥いたが、出世払いなと肩を叩いておいた。
通りすがりのカップルの男を狙って声をかける、買っても買わなくてもクズ薬草の葉をプレゼントなどの営業努力を続けた結果、ハヅキのアクセサリーショップは完売御礼を記録した。
早速、ニートナル薬用石鹸(標準型)と(試用版)をお求め頂き、残額で塩鉱山までの道中で売れそうなものを探して回る。
「今度は逆に、背負子埋めるためのかさばる品で狙いましょ」
「値段は控えめでかさばるかあ……木の器なんかは自作してるよなあ」
「自分に買える程度の木工は、むしろ今回みたいに伯都に持ってくるほうの商材でしょなあ」
伯都はここら一帯の中心都市ということもあるが、意外とモノはあるのだ。
何を持っていけば売れるのか。儲けを出せるのか。そのあたりの観察と経験を積むことも見習い修行のうちということなのだろう。
結局ハズキはツボを担いで、夏至祭明けの安息日に再び塩鉱山への隊商に参加して旅立った。
ハヅキを見送り、法術ブラッシュ・キャンプのためヤマトゥーン屋敷へ向かう。
ある意味では、息抜きの日だ。平日がとにかく濃ゆい時間を過ごしている気がする。充実もしているんだが。
「ハヅキは土器と縁があるんでしょうか」
「河原文明に土器革命をもたらしたマイスターだからなあ」
ミナヅキとあほなことを話してたら、背後のヒル子に袖を引かれた。
何事かと振り返れば、妙に青ざめた顔をしている。
「……具合悪いのか?」
「あのね、私……法術師、無理かもしれない」
【メモ】
いわゆるヨーロッパ中世における、駄馬一頭引きの荷車(二〇〇キログラム積載)の移動距離が一日十五~三十キロメート程度。
作中の塩鉱山への隊商は、背負子の徒歩商人も随伴ということで、一日二十キロメートくらいとした。




