3-04.スランプ
夏至祭明けの安息日。
旅立ったハヅキを見送って、法術ブラッシュ・キャンプのためヤマトゥーン屋敷へ向かう俺の袖をヒル子が引いた。
「あのね、私……法術師、無理かもしれない」
錬金術師の弟子として朝から晩までチョー充実した日々を送っている俺にとって、安息日は息抜きの日だ。
法術の、などとお題目を掲げてミナヅキをはじめとする友人たちとワイワイ過ごす、リフレッシュ的な日である。
が、ヒル子ことヒルデガードは何事か思いつめた青ざめた顔をしているし、介添えのフィルとミルディーフもどとこなく暗い。
出会った初っ端のガン飛ばしこそツンかと思ったのにただ目が悪いだけとか、裏表のない本音駄々モレな言語能力とか、いろいろ残念なヒル子だが、根拠のない自信まで失っておどおどする姿は、まるで母親のいない子猫のようじゃないか。
放っておくわけにはいかない。
「えー、というわけで本日は予定を変更、緊急対策会議を開催します」
「じゃあ、テラスに席を用意させるよ」
ハイラルは如才ない。普段と変わらないように見える。ミナヅキもだ。
となると、やはり女子組に何らかの問題?
「んで、何があったんだ。はい、フィル」
「え、私?」
こういうのは第三者の方が冷静に物事を俯瞰しているものである。
ミルディーフはろくにしゃべらないから、必然、フィルの役割となる。
「あーえーと、多分、腑分け? あれはきつかったもんね」
「赤くて黒くて茶色くて、ぬめっとしててブニブニしてて……」
「ん~」
法術師の卵には施術院における実習がある。
治癒術等の法術の実践経験を積む目的もあれば、施術にかかわるあれこれを実地に学ぶ場でもある。
学術研究の素材も手に入る。実際の人体を知れば、医術はもちろん治癒術の働きの理解も深まる。というわけで、腑分け。人体解剖だ。
「なるほど、男子組は平気なわけだ」
「においは、ひどかったがな」
俺やミナヅキ、今はいないハヅキも小動物から小魚から、命の解体アンド頂きます経験者だし、ハイラルも貴族子弟となれば斬った張ったに関わる訓練もあったのだろう。
「私たちはもちろんだけど、一人前の法術師だって術を無限に使えるわけじゃないからね。施術師だと、普通のお医者さん的な仕事の方が多いもん」
法術には、治癒術以外の系統もあるが、やはり治癒術こそが法術師という印象は強い。
養成院で育った法術師の多くは施術師になるそうだが、治癒術だけでは足りないため医学的な治療も行う。むしろ医術がメインで治癒術もあるよ状態か。
もちろん、万全のサポートを受けられるのは金持ちに限られる。世知辛い。
直接の癒しでなくとも、鎮静(麻痺)させることで痛みを抑え、外科的治療も可能となる。虫歯を引っこ抜いて再生術をかけるなんて力技もあるらしい。
そうだよなあ、麻酔がなければ、外科療法なんて関羽クラスでなきゃ耐えられまいて。
必然として、養成院所属の法術師の卵は、医学、薬学、そして前世風にいえば看護士や介護士にあたる施術師助手の働きも習得しなければならず、基礎知識だけでも頭がパンクする。
さらにそのうえで、法術師としての能力、適性の問題もある。
ヒル子は、グロ体験をきっかけにスランプに陥っていた。
「ヒル子よぉ、なんつうか、わかるがなあ」
「養成院の在籍年限一杯まで粘っても、全部をモノにできる気がまったくしないわよ。目指すは聖女なんて言ってごめんなさいなのよ!」
ヒル子という暴走事例があるためか、フィルの口も軽くなった。
普段、愚痴を言わない子だけに、こういう機会に吐き出しておくのもありか。がんばれ、ミナヅキ。
「それでね、ひどいの。数人がかりで押さえ込んだけど、殴り飛ばされちゃって、ココ、ココよ! ここにご立派なあざができちゃったのよ」
「大変だったねえ」
「大変なのはその後もひどくて、あざの治療の練習台だってみんなしてベタベタ触ってくれちゃって、痛いってのよ! わかる、わかってくれる?」
「わかるわかる、大変だったねえ」
屋根から落ちて骨折した者に治癒術を使おうとしたときの騒動らしい。
聞き役に徹するミナヅキに代わり、ハイラルが補足してくれた。
「ただ術をかければいいってものじゃなくて、骨折だとまずはまっすぐに、ちゃんとつながるように伸ばさないといけなくてね」
「そりゃあ、痛いんだろなあ」
「痛い痛い。僕は本領の実家にいたころに、木刀で腕の骨を折られたことがあるけど、折れた痛みよりも伸ばして継いで術を待つ間がねえ、痛すぎて気絶もできないくらい痛かった」
「そりゃあ、大変だったなあ」
あっちもこっちも俺たち愚痴聞きになっちゃってるぜとミナヅキに目をやるが、仕方ないというアイ・コンタクト。
俺たち、精神年齢高いからなあ。仕方ないか。
件の骨折者からフィルには術後に謝罪もあったというし、暴れるつもりはなく身体が反応してしまっただけではあろうが、なかなか過酷な職場のようだ。
ブツブツと、自家製のメモ帳を読み上げるヒル子。
「……切り傷の場合は傷口をよく洗ったのちに、大きさ深さに応じて【封傷】か【治癒】かを判別し、速やかに施術。この際、余力があれば事前に【清浄】を行うことが望ましいが……」
「状態に応じて使う術も手順も違うし、術そのものがほとんど使えない段階だしね、私たち」
「ん」
「ヒル子、あんまし焦るなよ」
「だって! フィルはしっかりしてるし、ミルディーフは腑分け実習のときニタァって笑ったじゃない。あれで私、もう勝てないって悟っちゃって」
「……緊張で、ほほが引きつった」
「え?」
「緊張」
「……マジ?」
「ん」
ヒル子さん、思い込みの勝手に格付けチェックでミルディーフに負けようが、それがなかったことになろうが、一切関係なく、あなたは残念枠ですから。
「ウヅキはいいわよね。薬剤師も魔術師もやって、おまけに呪符までつくれるようになって」
「言わないだけで、俺だって失敗はたくさんしてるぞ」
一般的な呪符は、木札に魔導刻印等からなる回路を刻んで銀で埋めることでつくられる。
んで、彫刻刀握って版画彫るくらい前世小学校低学年でやってますし、木の板に回路をキッチリ下書きしたうえでボチボチやってけば大きな失敗はしない。
それに大切なのは実際の回路になる銀細工のほうだから、最悪は版木捨てて銀細工を削ったり盛ったり調整したうえで新しい基盤にはめ込めばいい。
つうか、回路としての出来はそのほうがいい。当たり前だけど。
職人のアレ的なソレで、版木一発勝負みたいな風潮は正直どうかとも思う。言わないけど。
「魔導刻印なんて一発できっちり刻めるかっての。ほかにも魔術暴発させてお庭を大惨事にしたり、薬草を煮すぎて薬効成分まるっと揮発させちゃったり」
「へえ」
「ほむ」
一の成功の影には千の涙がある。
科学の進歩に犠牲はつきものデース。
敬愛する師父とだって、心苦しいやり取りを何度もしている。
「反省し、次に生かす所存であります」
「失敗を恐れ委縮し、私の顔色をうかがうようになっては本末転倒ではあるが、それにしても賢しいことを言う」
「ご機嫌を損ねたようであれば俺も心苦しいのです。しかし我が師父は、阿るよりも正直を望まれると思いました」
「ああ、そのふてぶてしさこそが、おまえを見出した根本。私に誠心であろうという心胆は理解する。……ただ、いや、後始末をし、次に生かせ」
失敗とは材料の無駄、時間の無駄、手間暇パー。
少なくないコストをどぶにポイーなわけで、いくら織り込み済みとはいえ張本人に失敗したと胸を張られては、感情的に納得がいかないのは俺自身わかる。
わかるんだけど、しおらしくしてみせたところで演技を見抜くからなあ。
俺が見た目通りの九歳児だったなら、あるいはもっと素直な感情表現が、互いにできたのだろうか。
賢しいと言われてしまうわけだ。
俺のことはいい。
聞き役に徹して愚痴を吐き出させるのもいいが、精神的大人としてはそれだけでは無責任な気もする。
愚痴や泣き言を吐き出して少し落ち着いたようなので、前向きな対応を示唆してみた。
そう、初心に戻ることである。
「というわけでヒル子よ。なんで聖女なんて目指してるんだ」
「え、だってほら、アレよ……聖女くらい偉くなれば、ちやほやしてもらえて、おいしいもの食べられて可愛い服だって何着も持てるんでしょ?」
ヒル子ぉ……おまえってやつは本当に裏表がないなあ。
そりゃあ聖女クラスなら教会の看板として、相応の敬意は払われるだろうし、上流階級なお食事もできれば綺麗なべべも着れるだろう。
けど、常に重責がつきまとい、自由意志を発揮できる場面はさほどないと思うぞ。情報もなにもない偏見だけど。
いや、九歳児に組織権力の裏側をわかれというほうが無理筋か。
そもヒル子の場合、裏表なさすぎを矯正しないと、看板に使う側だって怖くて表に出せないじゃん。
「なんだ、最初っからムリじゃんか」
「フィル、ミル~、ウヅキがひどいのー」
その後ヒル子に、聖女なんちゅうものは雲の上の存在でええんや。だから、聖女を目標にして無理をする必要もない。といったことを説明してやったが、納得したのかしないのか。
「えーと、ウヅキはそれでいいの?」
「何がだ」
「そっか、並みの法術師でないと、こういうお付き合いもできないもんね?」
「並みで何が悪いんだ。それに、得手不得手はしょうがないだろ」
外科分野はグロくてダメってんなら、腹掻っ捌かなくてもなんとかなるくらいに治癒術を熟達するというのも手だが、簡単にできるなら苦労はない。
法術の系統だって、いわゆるヒール系の治癒術以外にもバフ系の機能強化、反転させればデバフ系、光の術のような環境効果ねらい系、それこそ聖女なら必須の奇跡系などなどいろいろある。
それらすべてに精通し高い能力を発揮する法術師などいない。いないよね?
うん、いないようだ。
どうしたって得意不得意、向く向かないはある。人間だもの。みつを。
スランプと沼は、似ているようでまるで違う。
スランプにはまった人は苦しみもがくが、沼にはまった人はむしろ楽しそうだったりする。精神的な沼の話な。
遠くを見すぎても、結果を求めすぎて焦っても空回りするだけ。じっくり時間をかけるしかないこともある。
結局、ヒル子は聖女を云々などとは言わなくなったが、法術師としての勉強はほどほどに頑張っているらしい。
安息日に集まって、俺やミナヅキも含め愚痴や弱音を吐き出して、それでちょっと心を軽くしてまた一週間。
あっという間に三か月が過ぎて、秋分祭週が迫る。
いわゆる収穫祭が行われる、一年の中で最もフィーバーする時期である。
「おひさやわ……」
行って帰って約三か月。季節の祭り時期にあわせてスケジュール組んでる疑惑がある西の塩鉱山との往復をする隊商に、見習い行商人として参加しているハヅキが帰ってきた。
妙に暗い顔をして。
【メモ】
・三国志演義において、関羽は曹仁との戦闘で毒矢の傷を受け、治療のため右腕の肘の骨を削るという施術を麻酔なしで行ったというエピソードがある。
・相田みつを(1924/05/20-1991/12/17)、詩人




