3-02.続・ポーション工房カイゼン計画
俺は、錬金術師の弟子としてのいろいろの時間を確保するために、ポーション工房のオペレーションを省力化するつもりであった。
我が敬愛してやまない師父ネイトナル様は、俺の修行のために、工房オペレーション変更を実習教材として利用すると決意なされた。
「シャフトを回すだけの簡単な仕組みのようであるし、練習のつもりで設計をしてみるがいい」
ああ、なんたるすれ違い。
俺の手に渡された分厚い本、『魔導刻印大全』が重い。
「以前話したことであるが、本来の錬金術師とは、魔導科学技巧の頂点を極めた者への称号だ」
「イエス、マスター」
といって森羅万象に精通した大天才がそうそう出没するものでもない。
現代の錬金術師とは、魔術師にプラスしてなんらかの学問を修めた技術者程度の意味合いである。
師父ネイトナル様は魔術師にして薬剤師ということで錬金術師を名乗られている。
俺はその弟子、ニートナル一門に連なる者として両者を学ばせて頂いている。
が、じゃあネイトナル様は他分野にからきしというわけでもない。
英知の一角、さわりだけとか職人としては三流以下とか自嘲されるのだが、蔵書の幅は広い。
俺はまだ全容を把握できていないが、魔法関係に薬草薬剤系は当然として、いわゆる自然科学系、博物学の類の本も収蔵しているようだ。
そして『魔導刻印大全』は、魔道具を製作する魔導技師必須の書であるという。
「魔術師としても、魔導刻印の勉強は、いずれはせねばならぬところだ」
「呪符の素というやつですか」
呪符は、俺にも何枚か持たされている。
俺の手元にあるのは、銀で刻印と魔力注入点を刻んだ札状の木で、魔力を注ぐことで一定の効果を発現させるものだ。
形状に工夫をする人もいるが、手触りだけで魔力を注入する銀部分を区別できることが重要。
教会の養成院や魔術師の師弟関係などで系統だった知識を学べなかったが、ある程度以上の魔力制御ができる、つまり魔力を体外に出力することができる者は呪符を用いることで魔法を使う。
世間一般には呪符使いもまた、十分に魔法使い様といえる。
呪符を使わない魔法使いが魔法を発現させるには、呪文と発動語を経るのが常識なところ、俺たち、むしろ無詠唱が当たり前なので、そのカモフラージュのために持たされているというのが正解。
師父ネイトナル様の気配りを称えよ。
いやだってさあ、魔法語の学び始めではあるけれど、呪文って発現効果をどう紡ぐかの手順、レシピでしかないのよ。
いわゆる術式の組み立て方や意識的に魔力制御を行う参考にはなるけど、こう、百や二百も同じ魔法を繰り返していれば何となく覚えちゃうじゃない。身体で。
発現手順を身体が覚え、考えずとも術を紡げるようになったあたりで、詠唱短縮だの発動語だけでの発現だのという高等技とか秘儀とかを会得するのが、一般の魔法使いの成長パターンらしいのだが、ねえ?
結果として似たような効果を発現させるけど、術式組み立てが違いますなんて我流は、基本を押さえてからにしろとの強いご指導があり、その通りと思うので、一般に知られる呪文とその意味するところを解読、研究すること自体に否はないけど、ああ、そのために時間が欲しいのに……。
脳みそが勝手に連想を広げていく。
俺が現実逃避に入ってしまったときのクセのようだ。
ふと気が付くと、俺はネイトナル様の前から退出し、工房で無心にクズ魔石をすりつぶしていた。
「かくなるうえは、仕方がない」
ともかくもその日の工房オペレーションをこなし、魔力を使い切る寸前まで、意味が半分もわからない呪文をブツブツ唱えながら魔法を放ち、お夕飯を頂いて、さあ、夜だ。
まず、魔導刻印、またの名を魔法陣とは、魔道具に欠かせない魔導回路や、呪符の製作に必須となる、神々の権能を表すシンボルである。
そう書いてある。『魔導刻印大全』に。
そっかー、神々かあ。
この世界の歴史の始まりに大いに関与しているっぽい神話や、俺自身に経験はないが啓示が下るなんてこともあるらしいし、実在はするんだろなあ。
でもってその神々の権能を表すシンボルに魔力を注ぎ込む、言い換えれば神々に供物をささげて権能を発現してくださいと拝み奉ることで、神々は御力を示してくださると。
呪文と違って、こっちはガチで刻印の形状に意味があるんだろう。
パラパラとめくるが、幾何学模様っぽいものもあれば、文字なのかなあ的なものもあり、形状に法則性は読み取れない。
まあ、文字通りの奇跡、これこそ魔法だわな。
魔力という不思議パワー要素はあるものの、手順だ作用機序だを理屈で考えられ、再現性もある魔法は、科学ととらえることができる。
対して魔導刻印は、回路の組み立てなどは理屈だが、原理の部分が神様パワー。
神様の都合でちゃぶ台返しの全部ナシもあり得るものを科学とは呼べないよ。
そんな奇跡の御業をインスタントに招致できる魔導刻印、マイナー神含めて百一柱五百四十七権能二千百三十一のバリエーションが知られているが、すべてを網羅し使いこなせる魔導技師はまずいない。……だそうだ。
そもそも『魔導刻印大全』に記載されている刻印、その数は百三十一。
大全を名乗る割にしょぼくないかとも思ったが、本書曰くの基礎的な権能を網羅しているだけでも大したものなのだろう。
続く数日、ほとんど記憶がない。
瞬間瞬間、シャカリキになっていたという感覚は残っているが、身体的にはオートパイロットで動いていたとしか考えられない。
俺は、師父ネイトナル様に一枚のペーパーを差し出していた。
一瞥し、改めて吟味し、俺から回収した『魔導刻印大全』で確認し、師父は天を仰いだ。
いつものように、渋いお声が降ってくる。
「今日はもう、すべて終わりだ。寝ろ」
「イエス、マスター」
翌朝、身体がだるかった。
日課の錬気瞑想をするうちにだるさはだんだんと抜けていったが、昨夜一晩では貯まった睡眠負債を完済するには至らなかったようだ。
一門の者として師父たちと共にとる朝食中に、この後一緒に出かけることを告げられる。
向かった先は職人街、看板も見本品も出ていない一軒の扉を開ける。
客として立ち入れる空間は二畳ほどしかない。カウンターを挟んで主人らしき男が座り、作業机と棚が壁面から生えている。
「メセドリウス、元気にしていたか」
「おお、ネイトナルではないか。ご無沙汰だな」
歳のころは師父と同じくらいか。旧知であるようだ。
一度奥に引っ込み、俺の分も含めて紅茶をいれたカップを持ってくる。
二人が舌を湿らせ近況などを語り合っている間、俺はおとなしく室内を観察していた。
「それで、今日は何の用だ?」
「ああ、これが大雑把な概念図だ。クズ魔石をすりつぶす石臼を動かす魔道具をつくってほしい」
俺の書いた設計図、魔導回路と外観スケッチだ。
魔導回路は、電気回路図をイメージすると、ほぼそのまんま。
電気回路でいう電球だのコンデンサだのの記号を、魔導刻印に置き換えて、導線で結ぶ。魔石が電池。
導線の太さと長さで、通す魔力の量を調整する。制御用に使えそうな刻印もあったけど、今回はそこまで複雑なものではない。
ちなみに回路構成は銀がよいとされる。コスパの問題で。
魔力を通すだけなら金のほうがいいのだが、高い。
回路に金を使っているような魔道具は、お金持ちの趣味か、金の効率でなければ成立しないようなシロモノとなる。
俺が設計したのはモーターだ。
ぐるぐる回るシャフトさえできれば、そこから歯車等を用いて石臼に接続、ぐーるぐーるしてもらう。
シャフトを回すために俺が見出した刻印は、『一定方向へモノを動かす一対の刻印』。ベクトル力場の発信機と受信機とだと解釈。
六角柱のシャフトの三面に受信用の刻印を刻む。シャフトを囲むように六枚の板でこれまた六角柱のケーシングを形成、うち三枚に発信用の刻印を刻んで設置。
「三対の刻印という点が目新しいな。そして、三対にしたために刻印版へ魔力を導く回路の、分岐点からの太さと長さを揃えるのがキモとなるか」
メセドリウスさんは俺のペーパーをつまみ上げた。
「しかしなぜ。臼をひく程度の魔道具なら、既製品で流用できるぞ」
「紹介しておこう。これが私の弟子、ウヅキだ」
「ウヅキ・ニートナルと申します。よろしくお願いいたします」
「そうか、弟子を取ったのか。ああ、そうか、言わんでいい。お前の考えそうなことはわかる」
軽く手を振ってネイトナル様を止め、メセドリウスさんは俺にペーパーを突き付けた。
「どうせ魔導刻印の練習台に書かされたんだろ。で、なんで三対なんだ? ケーシングで六角柱をつくるのであれば六対でもよかったろう」
「未熟者にて、一対でどれだけの力が出るのかわかりませんでした。ゆえに三対。足りなければさらに追加の目論見で六角柱としました」
「ふむ……」
十二角柱……いや、細工の手間が……などとブツブツ呟いていたが、突然ネイトナル様に向き直った。
「金貨一枚、これは組み込む石臼分も含めてだ。七日以内に仕上げよう」
「任せた」
きっちり七日後、工房に半自動クズ魔石製粉器が納入された。
エネルギー源の魔石をセットし、ある程度砕いたクズ魔石を投入。
ごーりごりごーりごり。
クズ魔石粉の製作工程の自動化で浮いた時間は、俺の工房オペレーションにかかっていた時間のほぼ四割弱にあたる。
それだけの時間が浮いた俺は喜びを全身で表した。
「ウヅキでも、そんな素直に喜ぶことがあるのか」
「イエス! イエスですよ、マスター!」
浮いた時間?
当初の目論見通り、俺の修行や勉強時間にマルっとチェンジだよ!
それにしても、『魔導刻印大全』の写本は大仕事でしたねえ。クマ~。
魔導刻印は、正確に写しとることが重要。本当に大変でしたねえ。クマ~。
半自動クズ魔石製粉器は、俺に修行時間をもたらすと同時に魔力剤の在庫というボトルネックを解消した。
しかし、ニートナル・ポーション工房は、稼働日を週四日に削減した。
稼働日は減ったが、地味に増産もしている。当工房比二割増しくらい。
「売れてはいたし、魔道具の元はとりたいからな。とはいえ限界まで増産しては、おまえにとっても本末転倒だろう」
「イエス、マスター」
傷口に振りかければたちどころに塞がる魔法の薬液の需要はそれなりにある。
同等の癒しの術を使える法術師の数は限られるし、初心者以前の卵のヒル子なんて、ポーション二回分と揶揄される程度の能力しかない。
……個人的には、二回も治癒術使えりゃ十分だと思うんだが、世間の魔法使いへの期待が高すぎるというべきか。
工房休みの日にはあちこちへお使いに出されることも増えた。顔つなぎの意味もあるんだろう。
その日はポーションの卸先の一つ、衛視たちのたむろする伯都外周部、街を取り囲む城壁にあけられた門そばの駐屯地まで御用聞き。
夏至祭が始まる直前ということもあって混雑には閉口した。
スリも出るんだよ。俺はとられるようなもの持ってないけど。
帰りしなに茶黒い旗を立てた荷馬車とすれ違った。NBの文字もある、ノウブラウンド商会の旗だ。
目で荷馬車の列を追いかけていたら、後ろからいきなり肩を叩かれた。
「スキだらけやぞ、ウヅキ」
「うぉう、ハヅキかよ! お帰りじゃねーかコノヤロウ」
夏至祭直前、ハヅキが伯都に帰ってきた。




