第9話 準備が必要だ!
しばらく深呼吸をして興奮を鎮めた俺は、もう一度ゆっくり、新しく得た能力の内容を読み込み始めた。
【特級お助け】
「うーん……生き物の役に立てば、経験値を得られるって……? メェに食べ物をあげるみたいに?」
【クレクレ】
「結局……クレクレしろってことか……? そんなことが可能なのか? 食べ物でもないのに、経験値をどうやって?」
疑問は尽きなかったが、一つ確かなのは、メェに何か『手助け』をすればするほど、経験値を得られるということだった。
メェは俺があれだけ騒いだのに逃げず、俺の隣でじっと俺を見つめていた。
「ふふふ……メェ、これからはお前を王様のように扱ってやろう……経験値をたっぷり出してもらわないとな……」
腹黒い笑みがこぼれてしまった。
「この『ポイント強化』ってやつにも注目しないとな。ポイントを得て、何かを『強化』する。まずは経験値を集めて、ポイントを得てみるしかないな!」
これまでになく強い活力と意欲が、全身にあふれ始めた。
そして、ドキドキし始めた。心臓が。
◇ ◇ ◇
ただ、特別な能力を得たことと、俺の『生存基盤の完成』は別の問題だった。
農業の準備も、道具作りも、能力の実験も、まだ始まったばかりだった。
『数日間は睡眠を削らないといけないな……』
特別な能力を得たからといって、じっとしているわけにはいかなかった。まだやることが山のように残っていた。
まずは始めたことから終わらせてみることにした。
堆肥を混ぜたり運んだりするのに棒一本だけを使うのはあまりに非効率なので、枝を組み合わせて三つ又の『ピッチフォーク』を作り、堆肥を熟成させていた空き地へ向かった。
「うまくいくかな……今は堆肥の量が少ないから、木製でも耐えられるだろうけど、あとで量が増え始めたら、きっと無理だな~」
〈くんくん〉
「ん? 何か匂いが……」
俺は空き地の近くから漂ってくる匂いを、ひどく不思議に思った。
堆肥の匂いは不快ではなく、むしろ香ばしく、昨日とはまったく違う匂いだったからだ。
「俺が覚えている堆肥は、こんな匂いじゃなかったけど……待てよ……まさか?!」
俺は慌てて空き地へ駆けていき、手に持っていた木製のピッチフォークで、堆肥の状態を確かめてみた。
「そんなはずはない……一日で堆肥になったって……?」
堆肥は一晩のうちに、上質そうな黒と茶色が混ざったような色に変わっていて、つやがあるように輝いてさえいた。
「俺が見た堆肥の中で、一番完璧な堆肥だ……どうしてこんなことが……いや、ダンジョンのこの現象を理解しようとしてはいけないのか?」
〈メ……! メェェ~~〉
俺が堆肥を見つめながら驚きを隠せずにいると、いつの間にかメェが近づいてきて、俺のそばで贈り物を撒いていた。
「メェの贈り物に何かあるのか……? まあ、今まで羊の糞を堆肥に使ってみたことはないからな。まあいい! これで農業も前倒しになった! 待ってろ、ほかの食材たち!」
俺はあまりにうれしくて、ピッチフォークを頭の上に掲げ、この地の原住民のように踊ってしまった。
ただ、堆肥が早くできただけで、ほかに変わったことはなかった。
農業というのは、そう簡単にできるものじゃない。堆肥をひたすら撒けば畑ができあがるわけでもないし、必要なものも多い。
今すぐ思いつくものだけでも、『鍬』『スコップ』『熊手』『農業用フォーク』、農作業用の水桶や籠などが必要だった。
もともとの計画では、堆肥ができあがるまでに道具を完成させ、野原を農業に適した状態に整え、水路まで完成させるつもりだったけど……
「こうなった以上、プランBだ」
道具がそろうまでの間、実験用の畑を作って手入れすることにした。
畑は堆肥を作る空き地のすぐ隣! 縦横5mほどの場所を確保して、石と雑草を取り除く。
そのあと、石英で粗雑に作った鍬で土を掘り返し、根が育つための空間を確保して、
土の塊を砕く! この作業は『熊手』が便利だけど、今は作れないので……
続いて『メェの特製堆肥』を撒いてから、もう一度土と混ぜ、堆肥が土と均等に混ざるようにして、全体に水を撒いておく。
拠点へ戻ると、実験用の畑に植える種を発芽させるため、水がちゃぷちゃぷするくらい浅く張られた木の板に、種を30粒ほど浸しておいた。
「あとは土が落ち着いて、種から芽が出るのを待つだけ。どうか芽が出てほしいな……そもそも、何の種かもわからず、やみくもに始めてしまったんだから」
それでも、やってみるしかなかった。
◇ ◇ ◇
種を浸す板を用意し終えてから、いくつかの『実験』を終えた夜遅くになってようやく、俺は疲れた体をベッドに横たえ、今日わかったことを頭の中で整理してみた。
1. 得られる経験値は一定ではない。実験の結果、メェがお腹を空かせているときに乾燥キノコをあげると10、そのあとは9、8、7といった具合に1ずつ減って、最終的には1で止まり、メェが十分に満腹なら、経験値はまったく入ってこない。
これは、うだるような暑さの中を歩いて、やっと見つけた自動販売機で買って飲む炭酸飲料の最初の一口は、圧倒的なありがたさを感じるほど爽快なのに、全部飲み終えると、その最初の一口の『ありがたさ』を忘れてしまう感じに似ているのかな? それより、炭酸飲料が飲みたいな~。
2. 念のため、キノコや木、雑草にも水をあげてみたが、経験値は増えなかった。
そもそも、『助けになった』という言葉が成立するには、助けられた生き物自身が、そうした感覚を頭の中に思い浮かべないといけないから、当然のことなのだろうか? 少し残念だ。
3. ポイントは経験値がどれくらい貯まれば得られるんだろう? ひとまず、今日得た経験値を計算してみると、メェにキノコをあげたことで+58。
100くらいでポイントを得られるのかな? ああ、早く欲しいな、ポイント~。何に使ってみるかは、もう全部決めたんだよ~。
ベッドに寝転がって、ポイントを得たら何に使うか想像するのは、宝くじに当たったら当選金を何に使うか想像するのとは比べものにならないくらい楽しかった。
でも、その想像が楽しいというのは、俺はまだそれを実現できていないということで、まだ想像に頼るほど弱いということだった。
「結論として……今の俺は弱い。でも、動物や人間などの知的生命体を助ければ、ポイントを通じて誰よりも早く成長できるってことだ……待てよ……つまり……!」
頭の中で何かがパチンとはじけ、俺はベッドから勢いよく起き上がってしまった。
「いずれラムダさんとそのパーティーメンバー、それにここに挑むほかのハイローラーたちは、あの大地を渡って、この『開かずの扉』を開けるためにここへ来るだろうし。俺は彼らを迎える準備をしておいて、彼らの『宿泊』と『食料』を引き受けたら……?!」
突然浮かんだ考えに、手のひらで膝をぱんと叩かずにはいられなかった。
そして、その考えが具体的に発展し始めると、だんだん興奮してきて、自分でも気づかないうちに声のトーンが上がり始めた。
「彼らは『ハイローラー』なんだぞ! 彼らの経験値なら……俺もここを抜け出せるくらい強くなれるかもしれない! 彼らに経験値をねだっても、まったく申し訳なく思わないくらいの特級サービスを提供するんだ!!」
「!!……」
「…… ……」
「……待てよ、でも……これって結局……『宿屋』じゃないか……?」
「……」
何だか気が抜けてきて、またベッドに横になり始めた。
「へえ……地下のダンジョンに落ちても、結局は宿屋の主人なのか? ある意味、運命かもな~」
「……」
「宿屋……そういえば、家族は大丈夫かな?」
実は、大丈夫ではなかった。




