第10話 ヤリスが消えた!
ヤリスが地下のダンジョンに落ちてから、『5時間』が過ぎた時点。
「ヤリス!」「ヤリスさん!」「おい、ヤリス! 聞こえたら返事をしろ!」「ヤリス、このバカ野郎! サボってるんだったら絶対に許さないぞ!」「心配なんだから、ふざけてないで出てこいって!」
スターウッドの森の闇は、すでにヤリスを呼ぶ家族や村人、宿屋の客たちの声と、発光石や松明が放つ光で満ちていた。
「ヤリス!!」
その中でも、『メイメイ・スミス』の声がひときわはっきりと森に響き渡っていた。
高い背と、無造作に一つに束ねた茶色の髪。
赤く焼けた鋼鉄をハンマーで叩いたときに飛び散った火の粉のせいで、顔のあちこちには小さな傷跡があり、たくましい前腕と、その先にある手の荒れた様子は、彼女が生きてきた環境をよく物語っていた。
そんな荒れた手とは対照的に、彼女の目元にはすでに涙がたまっていた。
彼らは『ラムダのパーティー』の大魔法使い『メジ』の追跡魔法と、もう一人のパーティーメンバーである女の暗殺者『ナラン』の偵察をもとに、ダンジョンへ続く道に沿ってヤリスを捜しているところだった。
「あそこに、荷車がある」
先に進んで偵察を終えたナランが、道を丹念に調べながらやってくるラムダとメジに近づいて告げると、人々は荷車の前へ走り出した。
「そ……そうです! うちの宿屋の荷車が!」
「ここで少し待っていていただけますか? 我々が入ってみます」
ラムダはヤリスの継母を安心させようと、それ以上は何も言わず、ゆっくり荷車の前へ向かった。
「ここまで道をたどって……この森の中に入ったんですね」
「すでに茂みも、雑ではありますが整えられていますし、おそらくこの中へ……」
ラムダとメジがしばらく意見を交わしていた、そのとき。
「ヤリス!」
「おい! 待て!」
メイメイは止める間もなく茂みの中へ駆け込み、ラムダとパーティーメンバーたちは慌ててそのあとを追い始め、
茂みをかき分けてさらに奥へ入ると、ラムダとパーティーメンバーたちは、そびえ立つ根の前でじっと立っている彼女を見つけることができた。
「お嬢さん! どうした?」
ラムダは不思議そうにメイメイに近づきながら尋ねた。
「こ……これはヤリスの斧です! 私が誕生日のプレゼントに作ってあげた斧なんですけど……」
メイメイは根に刺さった斧を指で示し、震える声で言った。
「メジさん……どうですか?」
「うーむ……奇妙だ、奇妙だ……追跡魔法の痕跡が、この辺りを取り囲んでいる……こんなことはなかったんだがな……」
「匂いも。足跡も。ここで途切れている」
ナランがメジの言葉に付け加え、ラムダとメジは斧の周りの痕跡を調べながら話し始めた。
「斧の近くに血の匂いはしない」
「一瞬で、ここで痕跡が途切れたと……この辺りで、空を飛ぶモンスターや魔獣が出現した例はなかったが……」
「どうも……時が時だからな……あらゆる可能性を考えておかなければならないだろう」
「今、何を言ってるんですか!」
メイメイの叫びに、三人は話をやめ、彼女を見た。
「ヤリスは生きています。私にはわかるんです!」
「ああ、落ち着いてくれ、お嬢さん。俺もヤリスの無事を願っているんだ……真面目で優しい子だからな」
言い終えたラムダの顔に、どこか苦い表情が浮かんだ。
「ただ、問題を解決するには、あらゆる可能性を残しておいたほうがいいというだけだ」
「ヤリス……いったいどこへ行ったの……」
メイメイは、根に刺さった斧の柄をなでようとするかのように、手を伸ばした。
そのとき。
〈バチッ!〉
「あっ!」
メイメイの指先が柄に触れると、メイメイの手は斧の柄から弾かれた。
「大丈夫か?!」
驚いたラムダがメイメイに近づいて言った。
「はい……ただ、何かがピリッとして、触ってはいけないような感じが……」
「……待て……みんな、後ろに下がっていてくれ……」
後ろでその様子を注意深く見ていたメジの目つきが、ひときわ鋭くなり始め、
ラムダとメイメイが場所を空けると、彼は『雷に打たれた樹齢千年の木』に『赤い最上級の古代魔力増幅石』を埋め込んだスタッフを手に取り、ゆっくり根のほうへ近づき始めた。
「この根……何やら、かなりの違和感があるな……何か……ここにあってはいけないような……」
『150年以上生きてこられたメジさんが、違和感を……?』
ラムダは心の中で思った。
根に刺さった斧の前に着いたメジは、スタッフを持ち上げ、ゆっくり斧の柄に当て、
斧の柄とスタッフが触れ合った瞬間。
〈バチッ……バチッ、バチバチ……バン!!〉
「うっ……!」
「メジさん!」
火花が散ったかと思うと、一瞬でとてつもない抵抗がメジを押し返し、
メジは5mほど押され、ラムダとナランの助けで、かろうじて止まることができた。
「だ……大丈夫ですか……!? 何か、ものすごい音が……」
メジが止まると、幼さの残る見習いヒーラー『ヒリット』と、雑用担当の『ムジ』が、茂みをかき分けて駆けてきていた。
「ありえない……この『木』は……」
「メジさん、何があったんですか?」
ラムダは深刻な顔でメジを支えながら言った。
「……ヤリスという青年……本当に20歳の、ごく普通の青年で間違いないのか? ラムダ」
「はい、私の知る限りでは」
メジは着ていたローブについた埃を払いながら、鋭い目つきで、根に刺さった斧をじっと見つめた。
『あの木が現れたことも驚きだが……普通の青年が、あの「木」に傷をつけることなど可能なのか……?』
「……思っていた以上に、ありえないことが起きたのかもしれないな……」
メジは低い声でつぶやいた。
「メジさん。それは、どういう……?」
メジの低いつぶやきを聞いたパーティーメンバーたちとメイメイは、メジの言葉に集中し始めた。
メジは、無駄なことは絶対に言わない老人だった。
彼の言葉には、一言一言に重みがあった。
「まあ……カロリーは、これくらいで十分ではないか? 足りないものは現地で調達する形で行こう。できるかね? ムジ」
メジはムジのほうへ顔を向けて尋ねた。
「あ……はい、先生! 扉の前までの、食用にできるモンスターや材料、キノコについての資料は十分にありますし、合間にポーションや干し肉も用意しておいたので、問題ありません。」
「ラムダ。少し早く出発しても構わないか?」
「はい、メジさんの助言なら従うべきでしょう。ただ、急がれる理由でも?」
メジはラムダから顔をそらし、メイメイを見つめ始めた。
「時間が……足りなくなるかもしれない……」
◇ ◇ ◇
20日目。
今日も爽やかな目覚めに成功!
ただ、何だか家族やメイメイ、それにラムダさんまで出てくる変な夢を見た気がするけど、よくは覚えていない。
でも、恋しかった人たちの顔を見たという感覚だけでも、もう少し耐える力が湧いた。
朝食の準備も兼ねて台所へ行き、水で湿らせておいた種が発芽したか、確かめてみた。
「よかった! 芽が出た!」
農業を始めることもできずにやめることになったかもしれないけど……ひとまず、この種がまだ植えられる種だということが、たまらなくうれしかった。
「でも、いくつかは芽の形が違うな……? 同じ品種じゃなかったのか?」
種を確認したあとは、焼いたキノコに『甘い茎』と『コショウ味の実』を振りかけた朝食を石像さんの前へ持っていき、食事を始めた。
食事はいつもここで取る。四方を壁に囲まれたほかの部屋より、石像さんの前のほうが気持ちが落ち着いた。
「ところで……急にここへ来て、20年間得られなかった新しい『能力』を得たのは、どうしてなんだろう?」
俺は焼いたキノコを一つ、指でつまみながら考えてみた。
「ここへ来て、特別に何をしたかな? 一番たくさんしたことは? うーん……一番たくさんしたことといえば……」
考えているうちに、俺の視線は自然と石像さんの足元へ向かった。
「……! まさか……?!」
石像さんの足元に置かれたキノコを見ると、
何かがもう一度パチンと、俺の頭の中をよぎった。
「まさか……この……キノコのせいで……?」
そのあと、俺は長い間、真剣な目でキノコを見つめながら立っていた。




