第5話 生活の基盤が必要だ!
人の欲求というのは、本当にすごい。
一つの欲求が満たされると、また別の欲求が俺を待っている。
俺は日本にいたときも、こちらに来てからも、ふかふかの「ベッド」で眠っていた。
異世界のベッドは、現代科学の粋を集めたスプリングマットレスに比べれば、7歳の子供がモロコシの茎で作った工作のようなものだったが、
それでも宿屋にある俺の部屋のベッドだけは特別だった。
俺が15歳のとき、もう俺の背丈に合わなくなったベッドを見た父は、誕生日プレゼントだと言って、わざわざ大金をはたいて「スライム仕上げのベッド」を買ってくれた。
もちもちして、柔らかくて、全身をふんわり包み込んでくれるのが特徴で、マットの内部に棲むスライムが寝ている間に出る垢や髪の毛、汗から虫まで全部吸収してくれる。洗濯しなくても、眠っている間ずっとさらさらで柔らかな感触を保ってくれる、俺の宝物の一つ……。
もちろん贅沢なことを言っているのかもしれないが、少なくとも俺の背中が石の床での睡眠に二日も耐えられるほど丈夫でないのは確かだった。
もしかすると、今日も空腹で目が覚めたわけではないのかも……。それほど俺にとって、睡眠の質は大切なものだった。
「ベッドで眠れるなら、人殺しだって……」
それが俺の覚悟だった。
「作れるかな……? ベッド」
そう思った俺は、また蝶番を手に、地図を描いた壁へ近づき、地図の横に必要なものとやるべきことを書き始めた。
最初はベッドだけ簡単に書くつもりだったが……書いているうちに、必要なものが一つ、また一つと増え始めた。やはり人間の欲求というものは!
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〈必要なもの〉
- ベッド(石の床でなければいい!)
- 布団と枕(あれば幸せかも……)
- 器(何かを入れておけるものがあればいい)
- 食器(スプーンやフォークくらい!)
- 椅子(たまには座っていたい)
- テーブル(食事も座ってできたほうがいいから)
- 箒(ここに積もった埃はきっと体によくない)
- 水桶(捨てられた樽を直せば、どうにかできるかも?)
〈やるべきこと〉
1.食料の確保(とりあえず野原の隣の森で、木の下に生えているキノコは食べられる)
2.周辺の探索(まだ左側しか探索できていない。拠点の中も全部は調べられていない)
3.水源の確保(温泉の湯を毎日飲むわけにはいかない……)
4.内部の掃除(せめて暮らせる環境を作ろう)
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「ひとまず、これくらいか?」
書き出してみると、思ったよりやることがたくさん溜まっているように見えたが、
宿屋でのスケジュールに比べれば、このくらいは何でもなかった。
「むしろ、こっちのほうがのんびりしてるというか~」
◇ ◇ ◇
「To doリスト」を作った俺は、すぐに体を動かした。
まずは手近なことから片づける。今日は床で寝ずに済むようにすることを目標にした。
拠点の扉を出ると、正面には野原、横には森が広がっているが、
この森の木はかなり太く、斧なしでは伐れそうになかった。
「まずは、のこぎりで切れる枝だけ集めてみよう」
最初に考えたベッドは、組み立て家具店でよく見る「スケルトン式」の骨組みの上に、柔らかな苔を敷くものだった。
ここの木は枝もかなり丈夫で、切るのには少し苦労したが、その分、頼りになりそうだった。
釘のようなものはないので、ハンマーとのみで枝に少し溝を掘り、それから脚とフレームを組み、
エルフ結びのロープを少しほどいて何本もの細い紐を作り、切って各部品をしっかり固定した。
最後に、拠点の近くにある日陰の木の下から厚い苔を少し切り取って載せれば、
「ベッド完成~!」
ベッドが完成すると、俺はすぐにその上に寝転がってみた。
「ああ……そう……これだ、これ……体が宙にふわっと浮いたような無重力感、分散される体重……! それに、ここの苔は思った以上に柔らかくて、頭がすっきりする感じがする……」
その呟きを最後に、俺は本当に深い眠りに落ちてしまった。
◇ ◇ ◇
3日目。
ぱっと目が覚めた。すっきりしていて、背中も痛まない爽快な気分!
頭がすっきりしすぎて、まるで脳みそが消えたような気分だった!
起きてすぐ、石像さんが手をつけなかった茹でキノコをいくつか拾って食べ、短剣を取り出すと、右側の廊下を探検し始めた。
部屋はもういくつかあったが、どれも俺の力では開けられなかった。途中で角を曲がったものの、壁が崩れていて、その先へは進めなかった。
その後は拠点の扉を出て、右側の森へ向かい、木の下のキノコを採り始めた。
鮮度を保つために、その日に食べる分だけ採って厨房へ戻る。
まだ片づいてはいなかったが、かまどは使えそうだった。
昨日、風呂に入る前にのみとハンマーで採ってきた拳ほどの石英に短剣をこすりつけると、蝶番よりずっとよく火花が散った。
ベッドを作る前、余った枝に温泉の水たまりの近くで採ってきた硫黄の粉をつけておき、木くずを集めてできるだけ湿っていない場所にしまっておいたところ、
〈ぼうっ〉
「つ……ついた!! 火だ、火!」
キノコを一口大に切って串に刺し、かまどに入れて、火と串の距離をうまく調整しながら焼き始めた。
10個ほど食べれば空腹は収まるので、30個ほどだけ焼き、残りはかまどの熱で乾かして保存する。
厨房はかなり科学的に設計されていた。かまどの上に煙を逃がす煙突のような穴があり、火をつけると煙が自動的にそこへ吸い込まれるので、拠点の中に煙がこもることはなかった。
「ん~、やっぱり俺は鍋より、焼いて食べるほうが好きなのかな~。なんだか温泉卵みたいな味がするけど、うまい!」
今はキノコだけでも食べられることに感謝しているが……もう少し先のことを考えれば、ほかの食料源も確実に必要だった。
食事の後は拠点の扉から外へ出て、目の前に広がる大きな野原の端まで歩いてみた。
野原の端は、かなり急な崖だった。
まあ、そうでもなければ、拠点のすぐ前から、あんな遠くにあるキノコの木々や光る柱、渓谷や川が見えるはずもないか……。
この崖が、俺がまだ生きている理由の一つなのだろう。
俺がモンスターなら、わざわざここまで登って獲物を探したりはしない。
「あの羊が生きていられる理由でもあるんだろうな~……」
ただ、崖の深さをこの目で確かめ、広がる「地下世界」の大きさをぼんやりと眺めていると……。
ひとまずは安全だという安心感と、不安感が同時に湧き始めた。
結局、ラムダさんのパーティーも、あそこを通ってからこの崖を登り、ここまでたどり着かなければならないし、
俺もいつかはここを下り、あそこを通り抜けなければならないのだから。
そんな重圧が、憂鬱な気分となってのしかかってきた。
「俺に……本当にできるのか……? 俺一人で……?」
しばらく忘れていた「心配」というやつが、じわじわと俺を呑み込み始めた。そのとき、
〈……メェ~〉
「……はは、そうか、そこにいるのか?」
不安がこれ以上大きくなる前に羊の鳴き声が聞こえ、一人じゃないと思うと、なんだか気持ちがほぐれ始めた。
それからも、俺は「メェ」をちょくちょく見かけるようになった。
長い付き合いになりそうだし、毎回「羊」と呼ぶのもなんなので、そのまま「メェ」と呼ぶことにした。
温泉水を毎日飲むわけにはいかなかったので、水源を探していた。右側の森でメェの声を追ってみると、岩壁から流れ出た水が溜まってできた水場を見つけた。
「これ……飲んでも大丈夫かな……?」
〈メェ~〉
メェの鳴き声に振り向くと、俺から少し離れたところで、メェがぎこちない動きで水辺に顔を突っ込み、水を飲んでいた。
「メェが飲むなら、俺も飲む!」
俺もメェにならって、水辺に顔を突っ込んだ。
「ぷはっ! 爽やかだな!」
ぬるくて臭いのする温泉水とは違い、ここでいちばん冷たく、喉越しのやわらかな水だった。
「……そうだ……今の俺は、こんな水を一口飲むだけでも幸せなんだ。まだ崖を下りてもいないのに、そのことやあれこれを心配して、今の幸せを台無しにする必要はない。一つずつゆっくり解決しながら、前へ進む準備をすればいいだけだ。前だけ見よう、ヤリス!」
一口の水で感じた幸せが、まだ訪れてもいない問題への不安を消してくれた。そして俺は、再びやる気を取り戻した。
だが……そのときの俺は知らなかった。
一口の水で取り戻したやる気。そして、そのやる気から生まれた「小さな行動」一つが、これからの俺の「異世界ライフ」をまるごと変えてしまうことを。
最近、少しずつ肌寒くなってきましたね。
そのせいでしょうか。昨日、予告もなく「風邪さん」が訪ねてこようとしていたのですが……。
液体の風邪薬で、なんとかお引き取り願いました。ふふふ……。
皆さんも風邪にはお気をつけください!




