第4話 温泉を探そう!
「映画なんて全部嘘っぱちだ!」
俺は一時間ももたず、手にしていた鋭く削った木の枝を地面に投げ捨てた。
木と木を素早くこすり合わせれば、摩擦熱で木くずが熱くなり、十分に熱がたまれば小さな火種ができる。
あまりにも当たり前の知識だったが、俺は一つ見落としていた。
それは、ここがかなり湿っているということ。
湿気をたっぷり吸った薪なんかで、火を起こせるはずがなかった。
最初は、蝶番と短剣を何度か強く打ち合わせてみた。
時折火花のようなものは散ったが、湿った木片に火をつけるには力不足。それも、刃が傷むのが心配で長くは続けられなかった。
蝶番はそれほど大きくない。下手をすれば短剣で自分の手を切りかねないと思うと、ためらってしまった。
「こんなことになるなら、一度くらいは試してみればよかった……」
魔法を習っておかなかった後悔とともに、ずっと抱いていた疑問が浮かんできた。
それは、妙に高い俺の魔力の数値。
だが、一般人の平均の倍以上の魔力を持っていても、俺は魔法が使えなかった。
まあ、「魔法学院」や「魔法学校」で正式に学ばないかぎり、ライターほどの火さえ出せないと聞いていたしな。
一定水準以上の「魔法の作動原理の理解」と「理解に基づく魔法の実行」には、師匠の指導のもとで専門的に学ぶ必要があると、宿屋の仕事をしながら小耳に挟んでいた。
メイメイは、仕事に大いに役立つから簡単な火の魔法くらいは習ってこいと、毎年俺に言っていたが……。
魔法を一つ覚えるには、近くの街にある「魔法学院」にしばらく通わなければならなかった。
だが、魔法を一つ習うために仕事を休めるほど、うちの宿屋は暇ではなかった。
それに、一人で街まで行くのは何となく面倒で怖くもあったしな~。
「こんなところにもあるのかな……『火打ち石』。なければ『石英』でも……。できれば硫黄みたいなものもあれば、火を起こすのに役立つんだけど……待てよ」
天井を見上げてつぶやいた瞬間、何かが閃光のように脳裏をよぎった。
「この湿気とこの深さなら……温泉……あるかも……!?」
うちの家族が経営する宿屋「スターウッド」が有名な理由には、
1.国家級ダンジョンの近くにある唯一の宿屋であること。
2.高カロリー特製シチューと特製ルートビア。
3.親切なサービス。
4.広い敷地と広い部屋。
5.300年以上の長い歴史。
などがあるが、その中でもいちばん客の満足度が高かったのは、地面から湧き出る「魔力温泉水」を近くから引いて造った浴場があることだった。
ここは、降りるだけで数か月もかかる、とても深い地下。
それに、俺が木を切っていた地点から真っすぐy軸方向に落ちたと仮定するなら……。
この近くに、宿屋の温泉の源泉がある可能性がある……!
「結局、探検か~。でも……温泉水も、火を起こすための硫黄や石英も、これから必ず必要だからな」
今日は初めて外に出て、羊を見て、キノコを採り、戻って地図まで作ったが、
空腹で早く目が覚めたことを考えると、まだ昼にもなっていないようだった。
「それに、ここは昼が続いているようなものだし、体さえ持つなら……」
そう考えるとすぐ、俺は鞄に荷物を詰め始めた。
「それじゃ……行ってきます……。俺の武運を祈っていてください」
出発前、少しでも心を落ち着かせたくて、石像さんに小声でつぶやいてから扉の外へ出た。
◇ ◇ ◇
扉の外に出ると、強烈な光が目を打つようで、しばらく目を細めるしかなかった。
いや、ついでにそのまま目を閉じてしまった。
ここは地下とはいえ、確かに川が流れ、植物も育っている。
地上のような強い風ではないが、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませば、肌の産毛に触れるかすかな流れを感じられるはずだ。
暖かい空気は密度が下がって上昇し、周りの冷たい空気がそこを埋めることで対流が生まれる。
だから、風が吹いてくる方には「熱源」がある可能性が高い。温泉であろうとなかろうと、今の俺には熱源が役に立つ。
鼻にも意識を集中する。生まれてからずっと嗅いできた、あの独特の水の生臭い匂い――温泉水の匂いは、忘れようにも忘れられない。
俺は拠点につながる扉の前で目を閉じ、しばらくこの場所と一体になろうと、じっと立っていた。
そうしてしばらくすると、
〈ヒュウウ〉
拠点前の野原の左手から、かすかな風が吹いてきた。
その風に乗って一緒に遊びに来たような、かすかな水の生臭さを感じた。
「あそこだ!」
俺は閉じていた目をぱっと開き、一気に左手の森へ向かって走り出した。
拠点の外に出ると、その背後には果てしなく続く岩壁しかない。
その岩壁を左手にして走れる地形だった。
防御にも道を探すうえでもかなり有利で、今回ばかりは思い切って走ることができた。
「ほかはともかく、走ることだけは自信があるんだ! ホールスタッフをなめるなよ!」
最後の力を振り絞るように、走りに走った。
アドレナリンが出始めると、空腹は頭から消え、
走る速度が上がるほど、水の生臭さを含んだ風がより速く鼻に入り、あの独特の匂いがどんどん濃くなっていった。
進めば進むほど、周囲の空気は湿り、暖かくなっていく。それを感じると、俺の心臓はますます激しく高鳴った。
そしてしばらくして、俺は目の前に広がる光景を見て、映画のワンシーンのように両膝を折り、その場にへたり込むしかなかった。
その発見は、たまらなく刺激的だった。
娯楽も漫画もないこの世界で、バトルロイヤルゲームで一位になったときのような気分を、また味わえるなんて……。
「本当にあった……俺の考えは合ってたんだ!!」
岩壁の亀裂から立ち上る湯気が目の前を覆い、岩壁から染み出した温泉水が下へ落ちて、湯気の立つ水たまりをいくつも作っていた。その水たまりからあふれた温泉水は、また流れを作って下へ流れていた。
その池を囲む「黄色い沈殿物」はかなりの量があり、
腐った卵のような匂いが鼻をついた。
しばらく温泉を見つけた興奮を味わっていた俺は、岩壁の一角を横切るように伸びる白い縞模様を見つけ、そちらへ足を向けた。
初めは大理石か石灰かと思ったが、湯気越しによく見ると、半透明の結晶が光を受けてきらめいていた。
「ふふふ……やっぱりあると思ったんだ。温泉の近くには石英がよくあるからな」
必要だったものを一度に見つけると、忘れていた空腹が押し寄せた。慌てて持ってきたキノコを鞄から取り出し、短剣に突き刺して、
岩壁にいちばん近い、ぐつぐつ煮立っている温泉水の水たまりに入れた。
「ん~、うまい! 涙が出るほどだ!」
文字どおり、涙が少しこぼれてしまった。
丸一日ぶりに口に入れたものを噛む感覚は、この上ない喜びだった。
「マツタケに似た味かな……。何かぴりっとするけど、温泉水のせいだろう。塩があればもっとよかったのに……」
「……」
俺はそっとキノコを一つ取り出し、温泉水で茹でて口に入れてから、恐る恐る自分の腕を舌で舐めてみた。
〈ぺろり〉
「……」
「うん……いくら切羽詰まっていても、これはちょっと違うよな……?」
◇ ◇ ◇
「いやぁ~、体もさっぱり、心もさっぱり~」
拠点に戻った俺は、これまでになく爽やかな気分だった。
体も心も、とても軽かった。
気分がよくなった俺は、石像さんの足元に荷物を広げながら、自然と石像さんに話しかけ始めた。
「今日は温泉を見つけたんですよ~。いやぁ、久しぶりに温かいお湯で風呂にも入れて、食事もできて~。これ以上の幸せがあるかな~」
俺はにこにこ笑いながら話し続け、ふと顔を上げて石像さんを見た。
これまでは、食べて生き延びることと未知の空間に落ちた緊張で、あまり気に留めていなかったが、
あらためて見ると、石像さんはひどく薄汚れていた。
心に余裕ができたから、今まで見えなかったものが気になり始めたのか。
俺とは対照的な、手入れされていない姿が気になり始めた。
「うーん……まあ、いつか機会があれば、石像さんもお風呂に入れてあげますよ!」
「……」
言い終わってから、しまったと思った。
石像さんの無表情な顔が、まるで俺を軽蔑して見下ろしているように見えた。
「あっ、いや! 変な意味で言ったんじゃなくて! その……」
気まずくなって、俺は鞄をあさり始めた。
「これは、俺が茹でてきたキノコなんですけど……ここに置いておきますね」
お詫びのつもりだった。
腹も膨れ、体もさっぱりすると、俺は気だるくなった体を石の床にぴったりとつけた。
「ああ~、人生って何だろうな~。おいしく食べて、心地よく横になって休むことだよな~」
「……」
「全然心地よくない!!」
俺は寝転がった場所から勢いよく起き上がり、叫んだ。
「このままじゃ駄目だ……横になれる場所……心地よく休める場所が必要だ……」
そう、俺は生まれつきの「ベッド派の男」だった。




