第3話 次の目標!
ダンジョンの最深部に落ちることくらいは、「そういうこともある」と思っていた。
そもそも俺だって、日本からこの世界に「転生」したのだから。
森の真ん中で木を伐っていたら、突然ダンジョンの最深部に落ちる? それだってありえないことはないだろう。
だが、今、目の前に広がる光景は、数多くのローラーや冒険者たちから聞いていたダンジョンの姿と一致するところが一つもなかった。
ダンジョンといえば、どこまでも続く石壁の廊下と数多くの部屋、各階にはその階を支配する最も強い生き物が住む「ボス部屋」、そしてその部屋を通って下へ降りる階段がある、少し単調な場所だと聞いていたのに……。
「そんな話、聞いてないぞ……」
地上を思わせるもう一つの世界と生態系が広がっているかのような、果ての見えない広大な空間には、
巨大なキノコや木々、大きな川が流れる様子が見え、虫の声まで聞こえてきた。
空を見上げれば、果てがわからないほど深い闇が広がっているのに、
ここは真昼のように明るく見えた。
そして、この空間を照らす光は、遠くにかすかに見える「光を放つ柱」から出て、ここまで届いているようだった。
光を放つ柱の光は、長く見つめていると残像が残るほど強烈だった。
思いがけない光景にしばらく我を忘れていたが、我に返ると周囲が見えてきた。
俺が出てきたダンジョンの扉の周りには、古びて朽ちたテントや壊れたテーブル、木材、樽などが散乱していた。
『昔、この扉に挑んだ人たちの痕跡だろうか……』
〈メェ~〉
そして声のするほうへ振り向くと、木の下でのんびり何かを噛んでいる羊が一匹、目に入った。
実は、その独特の鳴き声を聞いてようやく羊だとわかったくらいだった。
羊は長いこと毛の手入れをしてもらっていないのか、ほとんどボールのように見えるほどもこもこの毛に包まれていたが、
手入れされていない羊というには、その白い毛には艶があり、まるで光っているようにも見えた。
「いざ捕まえようと思うと、ちょっとかわいそうな気も……」
俺はゆっくり羊に近づいた。羊も俺に気づくと、顔を上げ、体をこちらに向けて、きらきらした目で俺を見つめ始めたが、なぜか逃げようとしなかった。
羊は、すでに伸びすぎた毛のせいで首を回すどころか、前後にしか動けない戦車のようにぎこちなく動いていた。
羊を一匹捕まえること自体は難しくなかった。
狩りも獲物の処理も、宿屋を維持するために嫌になるほどやってきたのだから。
ただ、ああして毛に埋もれてまともに動けない姿を見ると、妙に自分と重なるものを感じ、いきなり刃物を向けるのは少しためらわれた。
だから俺は狩るのをやめ、手にしていた短剣をゆっくり持ち上げながら羊に近づいた。
「かわいそうに……お前も今の状況、窮屈だろ? こっちに来い。毛を少し切ってやる」
だが、「光の柱」からの光が短剣の表面に反射して羊の目を直撃すると、羊はびくりとして森へ逃げ出した。
「あっ! 待って! あ……」
俺は残念な気持ちで羊のいた場所に立ち、羊が消えていった森の奥をしばらく見つめた。
「ん? これは……キノコか?」
短剣を鞘に戻しながら何気なく下を見ると、羊が食べ残したキノコの山を見つけた。
「おお……見たことのないキノコなのは確かだけど、うまそうだな。でも……本当に食べても大丈夫なのか……?」
迷っているうちに、空腹を訴えるように腹が鳴り、
俺はひとまずキノコを全部採って、「開かずの扉」の前へ戻った。
◇ ◇ ◇
拠点に戻った俺は、探索中に拾った錆びた蝶番で扉の脇の壁に簡単な地図を描き、状況を整理し始めた。
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〈地図〉
家→ダンジョン→光の柱→地下世界(森、野原、渓谷など)→森に囲まれた拠点前の野原(羊を発見)→拠点(石像のある広間)→開かずの扉→???
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「開かずの扉はここにあるから……ダンジョン最深部の始まりは、おそらくあの『光の柱』。つまり、今回この扉の向こうに挑むハイローラーたちは、あの柱からここまで突破するつもりってことか……」
地図を描いてみると、状況がはっきりしてきた気がした。
「だからあんなに万全の準備をしていたのか? まあ、馬車もなしにあそこを自分の足で横断して、ここまで来なきゃならないんだからな」
ラムダさんは「開かずの扉」までの道のりを2~3か月ほど見込んでいると言っていた。
だから、ここで何とか生きてさえいれば、いつかたどり着くハイローラーたちやラムダさんに助けてもらえるかも、なんて思ったけれど……。
「あの光景を見たら、すっかり気が抜けた……」
「開かずの扉」まで広がる森や野原、渓谷を見ると、ハイローラーたちにとっても、ここまで来るのは簡単ではなさそうだと思った……。
結局ここもダンジョンの一部。しかもこれほどの広さの地下世界なら、どんな危険や生き物、モンスターが潜んでいるかわからない。
「それでも……立ち止まってはいられない」
俺はまず差し迫った問題を解決することにし、自然と石像の足元に置いた「怪しいキノコ」に目を向けた。
「こんなに悩んだのは、から揚げを食べるかトンカツを食べるかで迷ったとき以来かもな……!」
俺はしばらく両手に持ったキノコを見つめ、悩むばかりだった。
正体のわからないキノコ。俺にはヒーリングスキルもなく、医学の知識も十分ではない。
空腹を満たすためのたった一口に生きるか死ぬかがかかっていて、冷や汗が出るほどだった。
そうしてしばらく悩んでいると、どこからか視線を感じて顔を上げた。
そこには石像があった。
なぜだかわからないが、話しかけてみたくなった。
「……あの……石像さん。このキノコ、食べても大丈夫でしょうか……? ここに長くいらっしゃる先輩ですし、何かヒントでも……」
「……」
しばらく気まずい空気が流れ、俺は自分でも呆れたように鼻で笑った。
そのとき、手に持っていたキノコがひと握り、自然に床へ落ちた。
「ん?」
地面に落ちたのは、羊がかじった跡の残るキノコだった。
「羊が食べていたんだから、大丈夫ってことかな……? 食べてもいいってことですか、石像さん!?」
「……」
「そ……そうだ。あの羊はきっと地上から降りてきた羊だ! 羊に食べられるものなら、俺にも食べられるはずだ!」
俺はそんな前向きな考えで、自分を欺くしかなかった。
どうせ今手に入る最善の食料も、これくらいしかなかったのだから。
「ただ、生で食べるのはちょっと危険だ。食べるなら焼いてからだな」
急に火が必要になった。
普段なら「火打ち石」くらいは持ち歩いているが、今回は急いで宿屋を出たので、あまり物を持ってこられなかった。
今手元に残っているのは、「錆びた蝶番」と、中級の鉄インゴットで作った「鍛造短剣」、「エルフ結びのロープ」と「のこぎり」、固定用の「のみ」と「ハンマー」、それにいつも持ち歩いている「繕い用の裁縫セット」くらいだった。
だが、それほど心配にはならなかった。むしろ笑ってしまったというか。
俺の頭には、幼い頃からサバイバル漫画やドラマ、映画で鍛えてきた、何百通りもの火の起こし方が残っているのだから。
「次の目標は、火を起こすことだ!」
だが……ここで火を起こすのは、そう簡単なことではなかった……。




