第20話 努力の結果!
俺は温泉の湯に入れた両手を震わせながら、じっと機をうかがい始めた。
間違いなくどこよりも空気が暖かい温泉のそばなのに、氷竜が口を開くと、周りは徐々に凍りつき、空気も冷たくなり始めた。
氷竜の口の中にびっしりと並ぶ鋭い牙と、少しずつ集まる冷気が、俺の両目に映った。
『あんなのに一度でもかまれたら、即ゲームオーバーだ……』
〈ごくり〉
震える喉で、なんとか唾を飲み込んだ。
『ただ、確実な一瞬を狙わないと……』
俺は視線を氷竜の胸部へ向けた。
氷竜はブレスを吐く準備が整ったのか、胸部がそれ以上膨らまなくなっていた。
「今か?!」
〈プフゥゥゥゥゥ!〉
「しまった!」
氷竜のブレスが一拍早く吐き出され、
俺はかろうじて身を投げ出し、ブレスを避けることができた。
氷竜のブレス一発で、熱かった温泉の湯の表面が凍り始めたが、
それでも、さすがは温泉だ。湯の熱はまだ残っていた。
『ブレスを誘導しないと……!』
俺は遠くへは逃げず、氷竜のブレスで凍っていない温泉へ移動し、再び両手を湯につけ始めた。
温泉が氷竜と俺の間を隔てていて、
氷竜はこちらへ渡ってこようとしたが、湯を踏むと熱かったらしく、慌てて脚を引っ込めた。
『確かに効果はある……!』
湯を踏んだ氷竜は怒ったように咆哮し、今までになく鋭くなった目つきで俺をにらんだ後、再び口を開き始めた。
『ブレスの原理なんて知らないけど……俺の直感が告げている。もしかすると……これが最後のチャンス……今度は必ず試す』
俺も負けじと氷竜をにらみ返した。
氷竜の口は、再び岩をのみ込めるほど大きく開き始め、
それ以上大きく開かなくなったとき……。
「今だ! 『魔力コントロール』! 『遠距離魔力コントロール』!」
【魔力コントロールLv1:対象に魔力を込めてコントロールできるようになる。】
【遠距離魔力コントロールLv1:魔力をコントロールできる範囲が広がる。】
魔力コントロールで、あらかじめ俺の魔力を込めておいた温泉の湯を操り、氷竜の『口』を狙って放った。
魔力を強く押し出すほど、湯の勢いも増す。俺は死に物狂いで湯を放った。
ブレスを使うには口を開けなければならず、正面の視界が制限される。俺はその点を利用する!
俺が放った湯は、消防ホースから噴き出す水のような速さで、氷竜の口へと飛んでいき、
氷竜の口の中に湯が届くと、俺は全神経を集中させ、『遠距離魔力コントロール』で氷竜の喉の奥へ湯を送り込み始めた。
そして、ほんの短い間だったが、かなりの量の湯を氷竜の食道の奥深くまで押し込むことに成功した。
〈グエエエッ!!〉
「よし!」
喉の奥へ大量の湯を流し込まれた氷竜は、苦しそうに暴れ始めた。
だが、まだ終わりではなかった。温泉の熱い湯とはいえ、氷竜の冷気を長くは抑えられなかった。
「急げ!」
俺は素早く温泉を渡り、暴れる氷竜のそばへ近づいた。
「『魔力分離』! 『遠距離魔力コントロール』! 氷竜の中に入った硫黄と水、魔力を分離する!」
〈グアアアアン!〉
氷竜のうめき声が、辺り一帯に響き渡り始めた。
『その後、「魔力増幅」で氷竜の胃の中に入った俺の魔力を増幅してから……』
「点火!」
【点火Lv1:魔力を可燃性の気体に変換して点火する。】
〈パチッ……〉
「あ……あれ……? 点火! くそ、遠すぎるのか?!」
〈パチッ……パチッ……パチッ……〉
その瞬間、頭がくらりとし始めた……。
『ああ、くそ……よりによってこんなときに魔力が……無理をしすぎたせいか……』
俺が使っている魔力系スキルは、どれも扱うのがとてつもなく難しい。
頭に入ってきた仕組みだけでも、そのことは十分にわかった。
俺は明らかに無理をしていた。
俺が隙を見せると、氷竜はいつの間にか我に返り、今までになく怒った様子で暴れながら、俺に向かってきていた。
「ああ……こうなったら、いちかばちかだ!」
氷竜は鋭い牙をむいて俺にかみつこうとしたが、俺は転がってかろうじて避けた後、残った力をすべて振り絞って急いで温泉へ行き、湯に顔を突っ込んで慌ただしく飲み始めた。
〈ごくり〉
『うっ……! 熱い!!』
〈ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!〉
湯に頭を突っ込んでいると、背後から近づいてくる氷竜の足が生む振動が、耳の中にいっそう大きく響き始めた。
〈グワアアアン!〉
そして、湯に頭を突っ込んでいた俺の背後へ一瞬で迫った氷竜が、轟音を立て、大きく口を開いて俺をのみ込もうとしたとき、
「点火!!!」
〈パチッ〉
俺は間一髪で体の向きを変え、指を鳴らした。
その瞬間。
〈プスッ……プスプス……パン!!!〉
氷竜の胸部で始まった爆発音は、喉を通って、開いた口から漏れ出し、
大量の水蒸気が、氷竜の口の中から噴き出し始めた。
〈グ……グホォ……〉
〈ドガーン……!〉
氷竜は一声の悲鳴とともに俺の目の前で倒れ、
倒れた拍子に、辺りに土埃が舞い始めた。
〈ごほごほ〉
「はぁ……はぁ……や……やったか……?」
……
……
〈ぴくっ〉
「ああ、言うのが早すぎた!『やったか』なんて、完全にフラグじゃないか!」
……
〈どさっ……〉
氷竜は一瞬、頭を持ち上げるかに見えたが、すぐにがくりと倒れ、その後は動かなかった。
「ああ……やった……」
氷竜を倒した事実を目の当たりにすると、すぐに緊張が解け、俺もそのまま氷竜の隣で大の字に倒れ込んでしまった。
「ふぅ……強いってだけで、勝手に人の努力を台無しにするなよ……」
〈メェ~!!〉
「メェ?!」
遠くから、メェの慌ただしい鳴き声が聞こえてきた。
反対側の森からここまで、休まず走ってきたようだった。
「ははは、メェ! 俺、やったぞ!」
〈メェェ~!〉
メェはすぐに俺のそばへ来て、自分の顔を俺の顔にすり寄せ始めた。
「ははは、くすぐったいって、メェ~」
〈ピロン〉
【経験値 +3000】
【ポイント +6】
「ええ?! 経験値が3,000も?!」
その瞬間、俺の体にしきりに顔をすり寄せていたメェの姿が目に入った。
「はは、モンスターを倒せばもらえるってわけじゃなかったんだな……まあ、お前さえ無事ならそれでオーケーだけど」
〈メェ~~〉
「ああ……疲れた……なんだかんだで……竜を倒しちまったな……俺が竜を倒したって言ったら……みんな、絶対信じてくれないだろうな……オオカミ少年ヤリスが、嘘ばかり上手くなって帰ってきたとか言って……ふふふ……」
俺は疲れに抗えず、その短い笑いを最後に、気絶するように眠ってしまった。
努力の結果、竜を倒してしまった。




