第18話 見えない危険……!
28日目の夕方、桶を作っていた俺は拠点に戻り、編み物を始めた。
少し恥ずかしいけど……編み物は俺の特技の一つだ。
子供の頃、祖母に教わってから、暇つぶしにこつこつ手を動かしてきたから
「俺の手先の器用さが60を超えていたのには、ちゃんと理由があったってことだな~」
できれば『織物』のほうに進みたかったが、いくら考えても、ここで『織機』を作る勇気は湧いてこなかった。
宿屋で暮らす中で布を作るところは見たことがあったが、織機を『どうやって』作るのかまでは知らなかった。
俺は外仕事と食堂の接客を担当していたからな。宿の裏方仕事は祖母が切り盛りしていたんだ……。
それに織機は何というか……ここでは先端機器みたいな感じ、とでも言えばいいのかな~。
せめて糸だけでも十分に作れることに感謝するばかりだった。
ただ、編み物で作れるものは限られていて
今作れるものといえば、ベスト、かご、手袋、サポーター、靴下、パジャマや下着くらいだった。
「特に下着が切実に欲しいんだよな……もうひと月近く、下着一枚で暮らしてるんだから!」
と思うと、編み物の手を止められなかった。
◇ ◇ ◇
29日目。
ついに本格的な水路工事に取りかかった!
「スマッシュ!」
〈カン! カン〉
スマッシュと鉄の鍬の組み合わせは、想像を超えていた……。
スマッシュ一回で、鍬は硬い土や木の根にまで食い込んだ。
それに、腕と下半身にポイントを追加しておいたことが大きな助けになった。
ただ、鍬を振るうのは全身を使う行為なので、腰のほうに負担がかかり始め、上半身にもポイントを追加してやった。
【身体強化(上半身)+1】
ただ、上半身の強化の計算式は、かなり細かかった。
心臓、肺、胃、腎臓、肝臓、魔力器官などなど……。
幸いなことに、『上半身の筋力』だけは、別途ポイントを使わなくても、上半身にポイントを使えば基本的に上がるようだった。
水路の作業方法は、次のとおりだった。
1.地面を掘る!
2.水路の底に粘土を厚く敷き、しっかり固めて、水がしみ込むのを防ぐ。その上に砂利と小石、残った石英を敷き、水路が崩れないように補強する。
3.これを繰り返す!
水は上から下へ流れ、水平を保とうとする性質があるので、この二つをうまく利用すれば、難なく水を引いてこられる。
ただ、かなり長い距離を掘らなければならなかったので、3日かけて仕事を終わらせることにした。
今日の水路作業のノルマを終えた後は、拠点の前の大地の土を鍬で掘り返し、ならし始めた。
本当にあり得ないことだけど……畑に植えておいた作物が、もうすぐ育ちきりそうだった。
「スマッシュ! スマッシュ!」
ただ、土を耕す作業には力よりも速さが必要そうで、何かいい方法はないかな~と考えていたとき
〈ピロン〉
【『スマッシュ』にポイントを追加する。〈うん〉〈いいえ〉】
「おっ! スマッシュってやつには、もっとすごい何かがあるのか? うん!」
〈ピロン〉
【スマッシュ +1】
【スマッシュLv2:2倍の力と速さで腕を1回振るえる。】
〈ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!〉
「おおおお! これ、すごいぞ!」
スマッシュLv2を使ってみると……農業機械って、本当に必要だったのか? と思うほど、ものすごい速さで土を耕せるようになった。
そうしてものすごい速さで土を耕した後は、メェの毛の手入れ! 今ではかなりコツをつかんで、以前ほど力をかけなくても、すいすい刈れるようになった。
もし生きてここから帰れたら……新しい商売を始めてみてもいいかも? もっとも、こんな田舎にペットのトリミングを頼む人はいないだろうけど。
ひとまず今は、首の周りや脚の周り、腹の周りなど、生活するのに不便そうな部分を中心に刈ってやっている。この作業も、もうすぐ終わりそうだ。
〈メェェ~〉
【経験値 +120】
「今日も経験値、ありがとな~」
ポイントの計算をしていて、あることに気づいた。次のポイント獲得に必要な経験値は、200を境に、それまでの10ずつから20ずつ増えるようになっていた。
この調子だと、300からは30ずつ増えるのか……?
拠点に戻ったら、集めたメェの毛をもう一度分類して糸にし、その糸で何かを作る!
ひとまず、パンツを一枚完成させるのが目標だ。
そうして翌日の30日目も、同じ作業をして一日を過ごし
31日目。
俺はついに水路を完成させることができた。
「これで、水汲みの労働からも解放だ……」
感激して、涙まで出そうだった。
〈メェェ~〉
いつの間にか近づいてきたメェも、拠点の前まで流れてくる水路の水をごくごく飲み始めた。
【経験値 +5】
「おお、メェ! 俺が苦労したってわかってくれるのか? これはちょっと嬉しいな~?」
その後は、これまで整えておいた大地に、昨夜水に浸しておいた種を蒔き始めた。
これまでたっぷりためておいた肥料は、昨日のうちに土と混ぜておいた。
もちろん、蒔くとは言っても、種の量は多くなかったので、一つずつ丁寧に土に植え、
すぐ隣の水路を流れるきれいな水を桶で汲み、畑の畝の間にまいてやった。
「ふう……これで……基盤は完成か……」
畑に水をやる作業まで終えた俺は、少しの間、周囲を見回した。
何もなかった拠点の近くには、もう畑と鍛冶場、木炭製造場と陶器工房、水路とメェの家までできていて
俺の手には、自分で掘り出した鉄鉱石で作った鉄の道具があり
拠点の中には、台所とベッド、机と椅子まで用意されていた。
何かを計画し、実行し、それが日々、わずかでも成長して結果を生む。
必要なのは、諦めない意志と、手を抜かない努力だけ。
「いい感覚だな……これ……」
俺は少しの間、微笑みながら、持っていた鍬をぎゅっと握ってみた。
◇ ◇ ◇
32日目からは作物の成長を待ちながら、そろそろラムダさんのパーティーを迎える準備を始めた。
俺も成長してここを抜け出せるほど強くなるには、彼らにできる限り多くの助けを与え、経験値を得なければならなかったからだ。
どうせやるなら、最高のサービスを提供したかった!
器をもっと作り、鍋とフライパン、カップとフォーク、スプーンや箸、それに基本的な家具をさらに作り、
拠点の中に別にあったホールを掃除して片づけ、そこにあるテーブルと椅子の修理をできる限り試み始めた。
大人数に一度に食事を提供するには、このホールを活用するしかなかった。
33日目。
ついにメェの毛を全部刈ってやった!
最後の毛を刈ってやると……ポイントがなんと3も入ってきた……!
32日目にポイントをもう1得たので、使えるポイントは全部で5!
毛を全部刈ってやると、メェは嬉しそうに近づいてきて、体をすり寄せ始めた。
毛を全部刈られたメェは、俺と同じくらい痩せていた。
「かわいそうなメェ……やっぱり羊でも、キノコだけじゃ足りないってことか? 待ってろよ! もうすぐ作物が採れ始めるから!」
34日目。
ずっと後回しにしていた拠点の両端を探索してみた。
メェも同行! メェは俺をしきりにどこかへ連れていこうとしたが、そこまで行って帰ってくるには時間が足りなかった。新しいキノコだったのかな?
拠点の両端は、予想どおり急な崖でしかなかった。
その崖の下を見ていると……どうやってここまで登ってきて拠点を造ろうと思ったのか、不思議でならなかった。
人間……すごいな……!
35日目。
21日目に畑に植えた実験用の作物は、ちょうど35日目に収穫できるほどに育った!
作物の種類はさまざまだった! ジャガイモに豆、小麦にハーブまで!
それはつまり……ついにこのうんざりするキノコ地獄から抜け出せるようになったということだった……。
「ああ……ジャガイモと小麦だなんて……! 食べられるんだ……食べられるんだぞ! 誰かは知らないけど、ありがとな! 種の持ち主!」
俺は初めて収穫した大きなジャガイモと小麦を抱き締め、心を込めて叫んだ。
そしてこの日、ここに落ちてきてから初めて、キノコ以外の作物をメェと一緒に味わうことができた。
「ぐすっ……ぐすっ……ジャ……ジャガイモが……こんなに甘い食べ物だったなんて、思ってもみなかった……俺はこれから一生、ジャガイモだけ食べる!」
〈メ……メェ!!〉
ただ焼いただけなのに……踊り出さずにはいられず、涙も自然とあふれてくる味だった。
36日目。
パン作りができそうなので、急いでパン作り用のテーブルと必要な道具を作った。
今は収穫量が少なくて、パンを作れるほどの粉は作れないけど、いつかはできそうだ……パン作り!
◇ ◇ ◇
こうして『宿屋』の準備を進めながら忙しく過ごすうちに、時は流れ、気づけばここに落ちてきてから45日目を迎えていた。
その日、俺はかつて荒れ果てていた土地で育った作物の収穫準備に追われていた。
その間にためておいたポイントも7! 能力値もかなり成長していた。
俺は鉄で作った鎌で、いつの間にかぐんと伸びた小麦の茎を刈り始めた。
〈ザクッ ザクッ〉
静かな畑の雰囲気、隣で昼寝をするメェ、よく育った小麦の香りと、地面から立ち上る香ばしくも甘い土の香りが、風に乗って広がるようだった。
「ああ……気分も心も……こんなに穏やかでいられるなんて……俺、もしかすると農業が性に合ってるのかもしれないな……」
しばらく収穫していた俺は、少しの間腰を伸ばし、拠点の前の崖下に広がる広大な地下世界を、憂いを帯びた目で眺め始めた。
「ふふ……ラムダさんのパーティーも……今頃、あそこを通ってるんだろうな? ご無事だといいけど……まあ、俺よりずっと強い方々だから、問題はないだろうけど! 待ってますよ、ラムダさん!!」
俺はもうすぐ人に会えるかもしれないという期待に、思わず崖に向かって叫んだ。
そして、そのとき。
〈プシイイイ……〉
「あ……あれ……?」
ここからそう遠くない場所で、真っ白な何かが巨大な柱のように立ち上った。
最初は、温泉の湯か霧だと思った。
だが、それが四方に広がると、周りの木々が一瞬で白く凍りつき始めた。
そして……やがて真っ白な柱が収まると……その中から何か巨大なものが空へ飛び上がった。
「……え……?」
それは――こちらに向かって飛んできていた。




