第7話 新型保存魔導具の試作品
さらに一週間。
リリアの研究室には、以前とは比べものにならないほど多くの設計図が積み上がっていた。
試作品も三つ目を数えている。
冷却効率を上げるために内部の温度を感知する魔導回路を組み込み、必要なときだけ冷却機能が働くよう調整している。
何度も失敗し、そのたびに同じ開発部の研究員から意見をもらい、他部署には素材の候補を教えてもらった。
そして今日。
ようやく一つの形になった。
「……これで、どうでしょう」
リリアは緊張した面持ちで、研究室の中央に置かれた木箱ほどの魔導具を見つめていた。
白銀の外装と、細かに刻まれた魔導回路、その中央には小さな魔石が収められている。
以前の保存魔導具と比べれば、ずっと小さい。
そして何より、魔石の大きさも小さい。
「動かします」
作動スイッチを入れると魔石から魔力が流す。
淡い青い光が回路を走り、魔導具の内部へ冷気が広がっていった。
測定器を確認しながら、ノアが感嘆の声を上げる。
「おお……温度が安定してる。しかも、この大きさなら魔石の消費もかなり抑えられてるじゃないか」
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも、これまでの試作品とは比較にならない」
ミレーネも測定結果を覗き込みながら頷いた。
「保存能力も十分ね。これなら数日程度なら生鮮食品を保てそう。研究成果としては、もう十分に発表できるんじゃないかしら」
「……」
リリアは答えなかった。
視線は測定器に釘付けになっている。
魔石の残量を見て、ほんの少し眉を寄せた。
「でも……まだ多いです」
「え?」
「魔石の消費量が、まだ多すぎます」
ノアが苦笑した。
「いやいや、従来の装置から考えれば十分すぎるほど減ってるぞ?」
「はい。でも、このままでは商人の方には使いにくいと思います」
「このサイズでこれくらいの消費なら十分じゃない?」
「これは家庭用サイズだから、です」
リリアは静かに答えた。
「でも、これを作る目的は家庭用だけじゃありません。農村から王都へ食料を運ぶことも考えるなら、もっと大きな保存設備が必要になります。その場合、魔石の消費量は今よりずっと増えるはずです」
研究室に、少しだけ沈黙が落ちた。
リリアは試作品を見つめながら続ける。
「小さくすれば消費量は減ります。でも、保存できる量も減ってしまう。家庭で使うなら、それでも問題ありません。けれど輸送用なら、ある程度の大きさが必要です」
「つまり、大型化したときの魔石代まで考えているのか」
ノアが感心したように言った。
「はい。魔導具そのものが安くても、魔石を大量に消費するなら、結局は使う人の負担になります。輸送費まで加われば、保存したことで市場価格が上がってしまうかもしれません」
リリアは小さく息を吐いた。
「それでは、私が作りたいものとは違うんです」
誰も反論できなかった。
研究者にとって、これほどの成果を一度で出せることは十分な成功だ。
けれどリリアにとっては、完成ではない。
――多くの人が使える魔導具でなければ意味がない。
それが、彼女の研究者としての譲れない部分だった。
◇
「それで、また作り直すのか?」
夕方。
研究室を訪れたエーヴァルトは、机の上に置かれた試作品を眺めながら尋ねた。
「はい。まだ改良できます」
「十分な成果だと聞いているが」
「研究院の皆さんは、そう言ってくれます」
リリアは苦笑した。
「でも、私は納得できないんです」
「……そうか」
エーヴァルトはそれ以上急かさず、向かいの椅子へ腰を下ろした。
「君は、完成したものより、その先にあるものを見ているのだな」
「その先、ですか?」
「ああ。研究成果そのものではなく、それを使う人間のことを考えている」
思いがけない言葉に、リリアは目を瞬かせた。
エーヴァルトは机の上の設計図へ目を落とす。
「君は以前、生活を便利にする魔導具を作りたいと言っていたな。今も、その考えは変わっていないようだな」
「もちろんです」
リリアは迷いなく答えた。
「魔導具は、作った人が満足するためのものではありませんから」
その声は穏やかだったが、そこには確かな芯があった。
「実際に使う人が、無理なく使えるものでなければ意味がないと思っています。どれほど素晴らしい機能があっても、高価だったり、維持するのが大変であれば、必要としている人には届きません」
「……誰もが使えるものを?」
「はい」
リリアは少しだけ笑った。
「家庭で使うなら、家庭で無理なく使える大きさと消費量にする。輸送に使うなら、たくさんの食料を保存できる大きさが必要です。その上で、できるだけ魔石を消費しない仕組みを考えたいんです」
そこまで話して、リリアはふと照れたように視線を落とした。
「欲張りなのかもしれませんけど」
「いや」
エーヴァルトは静かに首を横に振った。
「君は、欲張りなのではない」
その声音には、いつもよりわずかな温かさがあった。
「自分が作ったものに責任を持とうとしているだけだ」
「……」
リリアは顔を上げた。
エーヴァルトは、まっすぐ彼女を見ている。
「君が誰かの暮らしを考えて作るのなら、私はその考えを尊重したい。納得できないなら、納得するまで続ければいい」
「本当に、いいんですか?」
「ああ。君の研究を止める理由はない」
エーヴァルトはそこで一度言葉を切った。
「ただし、食事と睡眠を削ることは認めない」
「……また、それですか?」
リリアが思わず笑うと、エーヴァルトもほんの少しだけ目元を和らげた。
「心配させないでくれ」
「はい、気をつけます」
そのとき、廊下からリヒャルトの声が響いた。
「殿下。そろそろお戻りください。今日だけで研究院へ三度お越しになっています」
「分かっている」
「まだ御用が残っているのですか?」
「……」
エーヴァルトは答えず、リリアへ視線を戻した。
「何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。でも、今のところは大丈夫です」
「そうか」
エーヴァルトは扉へ向かいかけた。
しかし、ふと足を止める。
「リリア」
「はい?」
「君が作ろうとしているものを、私は楽しみにしている」
それだけ告げて、今度こそ部屋を出ていく。
扉が閉じたあとも、リリアはしばらくその場に立っていた。
「……頑張ろう」
胸の奥が、ほんのりと温かい。
やがてリリアは机へ戻り、新しい紙を一枚取り出した。
「家庭用と輸送用……」
小さく呟きながら考えをまとめていく。
そこで、ふと手が止まった。
「待って……」
もし、容器の大きさに合わせて魔力の流し方そのものを変えられるなら。
小型なら最低限の魔力で。
大型なら、内部の温度変化が大きくなった部分だけを集中的に冷却する。
「一つの仕組みですべてを冷やそうとするから、無駄が出るんだ……」
リリアの目が輝いた。
今までとは違う設計思想が、頭の中で急速に形になっていく。
彼女は夢中で新しい設計図を描き始めた。
――その頃。
研究室から遠ざかる廊下で、リヒャルトがエーヴァルトへ尋ねていた。
「殿下。随分と楽しそうでしたね」
「そうか?」
「ええ。ここ最近では一番、穏やかな顔をなさっていました」
「……研究が順調だからだろう」
「それだけでしょうか」
エーヴァルトは答えなかった。
ただ、先ほどまでいた研究室の扉を一度だけ振り返る。
「……彼女が望むものなら、叶えてやりたいと思うだけだ」
その言葉を聞いたリヒャルトは、何も言わずに小さく笑った。
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