↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/24

第12話 王宮の会議室

 王宮へ呼び出された。


 何か大きな失敗をしたのではないかと思った。

 研究院での研究生活にも慣れ、新型保存魔導具の量産も順調に進んでいる。

 最近では自分の研究室で新しい魔導具の構想を練ることが日常になりつつあっただけに、突然の呼び出しには少なからず戸惑った。


 しかも、案内されたのは王族や大臣たちが重要な政策を話し合うための会議室だった。


 重厚な扉が開く。

 長い卓の奥にはエーヴァルトが座っており、その隣にはリヒャルトが控えている。

 さらに何人もの大臣や官僚が席についていた。


 自分だけが明らかに場違いな気がして、リリアは思わず足を止める。


「リリア、こちらへ」


 エーヴァルトが穏やかに声をかけた。

 その声を聞いただけで、張り詰めていた肩から少し力が抜ける。


「失礼いたします」


 促された席へ腰を下ろすと、向かいに座っていた財務を担当する大臣が口を開いた。


「まず、今回こうして君を呼んだ理由から説明しよう。新型保存魔導具について、正式に報告を受けた」


「はい」

「すでに王都周辺だけでなく、地方での実用も始まっている」


 リリアは少し驚いて顔を上げた。

 自分の研究室で完成させた魔導具が、もう王都の外で使われている。

 そう考えると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 別の官僚が資料をめくりながら続ける。


「特に商人からの評判がいい。これまでなら長距離輸送を避けていた生鮮食品も、保存魔導具を使えば王都まで運べるようになった。結果として流通する商品の種類が増え、市場の動きも活発になっている」

「そして、農村側にも変化が出ているようです」


 リヒャルトが補足した。


「保存期間が延びたことで、収穫時期に合わせて無理に売り切る必要がなくなった農家もある。酪農家や畜産家の中にも導入する者が増えているそうです」

「そうなんですね……」


 リリアは思わず嬉しくなった。

 自分が最初に考えていたのは、ただ食料を長く保存することだった。

 けれど、その先では農家が作ったものを無駄にせず、商人が遠くまで運び、買う側にもこれまでとは違う選択肢が生まれている。

 魔導具一つが、思っていた以上に多くの場所へ影響を与えている。


「もちろん、課題がないわけではない」


 財務大臣の言葉に、リリアは顔を上げた。


「現在、主な購入者は商人や事業者だ。家庭用の小型モデルについては、平民の個人宅での普及はまだそれほど進んでいない」

「価格の問題でしょうか?」

「それもある。しかし、価格だけではないようだ」


 官僚の一人が説明する。


「魔導具は貴族や裕福な商人が使うもの、という意識がまだ強い。実際に使えば便利だと分かってもらえれば変わるだろうが、まずは『自分たちにも必要なものだ』と思ってもらう必要がある」

「なるほど……」


 リリアは考え込んだ。

 技術を作るだけでは、それを必要とする人の手には届かない。

 村で試作品を使ったときにも、同じことを感じた。

 どれほど優れた魔導具でも、使う人の暮らしに合わなければ意味がない。


「とはいえ、現時点では十分な成果と言える」


 財務大臣が資料を閉じた。


「保存魔導具によって市場の流通量が増えれば、食料価格の安定にもつながる可能性がある。今後さらに普及すれば、王国全体への経済効果も期待できるだろう」


 エーヴァルトが静かに言う。


「君の研究が、すでに王国民の暮らしを変え始めているということだ」


 リリアは少し照れたように視線を落とす。


「私一人の力ではありません。研究院の皆さんが協力してくださったからこそ、形にできました」

「それでも、設計をしたのは君だ」

「……ありがとうございます」


 大臣たちが次の議題へ移る。

 一枚の別の資料を卓上へ置いた。


「では、次の話に移ろう」


 リリアは資料へ目を落とした。


「水質調査報告……?」

「ああ」


 エーヴァルトは頷いた。


「保存魔導具の普及が進む一方で、王宮には地方から別の問題が報告されている。複数の村や鉱山町で、水質の悪化が確認された」


 会議室の空気が変わった。

 リリアは資料を手に取り、記載された内容を読み進める。

 井戸水の濁り。

 以前にはなかった臭いや味。

 飲用に適さなくなった水源。

 鉱山周辺では、採掘が盛んになった地域から水質の変化が起きたのではないかと報告もある。


「これは……かなり深刻ですね」

「そうだ。すぐに国全体へ影響する問題ではないが、放置すれば被害が広がる可能性がある」


 エーヴァルトが続ける。


「そこで、王宮から王立魔導技術研究院へ新たな研究を依頼したい」


 リリアは顔を上げた。


「浄水魔導具の開発を、ということでしょうか」

「その通りだ」


 リヒャルトが別の資料を差し出す。


「現在も水を濾過するための設備そのものは存在します。ただし、規模が大きく、設置にも維持にも費用がかかる。地方の小さな村が簡単に導入できるものではありません」


 リリアは資料を読みながら、すぐには答えなかった。

 保存魔導具とは違う。

 食料なら、保存したいものや量に合わせて装置を設計できる。

 けれど水は、地域によって状態が違う。

 どんな物質が混ざっているのか。

 どの程度汚れているのか。

 それによって必要な仕組みは変わってくる。


「……水は食料と違って、状態が地域ごとに違います」


 リリアがゆっくり口を開くと、会議室にいた者たちの視線が集まった。


「鉱山町と農村では、水が汚れる原因も違うかもしれません。それに、家庭で使うのか、村全体で使うのかでも必要な性能が変わります」

「つまり、最初から一つの形に決めるべきではない、と?」


 リヒャルトが尋ねる。


「はい。まずは実際に水を調べて、どんな問題があるのかを把握する必要があります。そのうえで、必要な浄化方法を選べるようにしたほうがいいと思います」


 リリアは資料の中にある水質データを指で追った。


「それに、魔石をたくさん使う仕組みでは高性能でも維持費が高ければ、結局は使い続けられません。できるだけ少ない魔力で、必要な水質まで浄化できる仕組みにしたいです」


 エーヴァルトは黙って彼女を見ていた。

 その眼差しに気づいたリリアが顔を上げる。


「……殿下?」

「いや」


 エーヴァルトはわずかに目を細めた。


「君なら、そう言うと思っていた」

「そう、でしょうか?」

「ああ。保存魔導具のときと同じだ」


 リリアは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「使う人が困らないものにしたいだけです」

「その考え方を、私は気に入っている」


 あまりにも自然に言われたため、リリアは返事をするのが少し遅れた。


「……ありがとうございます」


 会議室の端で、リヒャルトが小さく咳払いをする。

 どうやら何か言いたそうだったが、エーヴァルトは気にした様子もない。


「では決まりだ」


 エーヴァルトが宣言した。


「リリア・エーデル。王宮から正式に依頼する。地方の水質問題を解決するための浄水魔導具、その研究を君に任せたい」

「承知しました」


 リリアはしっかりと頷いた。


 保存魔導具の次は、水。

 また一つ、自分が人々の役に立てる。

 そのことを思うと、胸が高鳴った。


 会議が終わり、リリアが資料を抱えて退室しようとしたとき、エーヴァルトが呼び止める。


「リリア」

「はい?」

「必要な人員も設備も、遠慮なく申請しろ。君には自分のペースで研究に集中してほしい。無理をして働かせるために専属研究員にしたわけではないからな」


 以前も同じことを言われたのを思い出し、リリアは思わず笑った。


「分かりました。気をつけます」

「本当に?」

「……たぶん」

「そこは『はい』と言ってほしいのだが」


 珍しく困ったような顔をするエーヴァルトを見て、リリアはまた笑う。


「では、はい。ちゃんと気をつけます」

「ああ。それならいい」


 エーヴァルトも、わずかに笑った。


 そのやり取りを少し離れた場所から見ていたリヒャルトは、何も言わずに額へ手を当てる。

 王子殿下があれほど嬉しそうに笑う姿を見られるなら、多少の苦労は仕方がない。

 そう思うことにした。


     ◇


 そして翌日。


 リリアの研究室には、王国各地から取り寄せられた水の試料が届けられた。

 王宮の調査組織が検査に使っていたものを分けてもらえたのはついていた。

 透明な瓶の中に、それぞれ違う色と濁りを持った水が並んでいる。

 リリアは一つずつ瓶を光へ透かしながら、静かに呟いた。


「さて……この国の水には、どんな問題があるんでしょう」


 保存魔導具のときとは、まったく違う研究が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。