第9話 完成、新型保存魔導具
翌朝。
リリアは、朝食を終えると同時に研究室へ駆け込んだ。
昨夜、形にした新しい設計を、もう一度図面の上で確認する。
家庭用と輸送用では必要な容量が違う。
肉と野菜でも、適した保存条件は違う。
短時間の保存と長距離輸送では、魔導具に求められる働きも変わる。
だからそのとき必要な分だけ魔石から魔力を引き出す。
そして、その鍵となるのが魔力変換効率だった。
魔石から取り出した魔力を、どれだけ無駄なく冷却機構へ送り込めるか。
リリアはその計算を得意としていた。
「……これなら、問題ない」
昨夜までに設計は終わっている。
残るのは、組み立てだけだ。
◇
「おはよう、リリア」
扉が開き、ノアが顔を出した。
「おはようございます、ノア」
ノアは広げられた設計図をまじまじと眺める。
「もう温度をスイッチする回路を書いたのか? 一晩でここまでとは……」
「今までの試作品から少しだけ修正しました」
「少し、ねえ」
ノアは緻密に書かれた魔導回路を見て苦笑した。
「高い変換効率を突き詰めるというのはこういうことか、さすがだな」
「昨日、村の方たちから聞いたことを考えていたら、居ても立っても居られず……」
「まあ、君ならそうなると思ったよ」
ノアは袖をまくる。
「それで、今日はもう組み立てだろ? 手伝うよ」
「ありがとうございます」
「俺も早く実物を見てみたいからな」
そんな軽口を交わしながら、二人は作業を始めた。
魔導具の外装を組み、内部に断熱材を配置する。
冷却機構を取り付け、その制御を担う魔導回路を慎重に固定していく。
最後に、魔石を取り付けるための変換機構を接続した。
そこにはリリアが何度も計算し直した数値が刻み込まれている。
「ここ、本当にこの値でいいのか?」
ノアが確認する。
「はい。魔石から引き出す魔力を一度に増やすのではなく、内部の温度変化に合わせて必要な分だけ流します」
「冷やし続けるんじゃなくて、必要なときだけ動かす仕組みか」
「はい。冷えているのに、さらに冷やす必要はありませんから」
「理屈は簡単なんだけどなあ」
ノアは苦笑した。
「それを実際に動く形にするのが難しいんだよ」
「だから、何度も計算しました」
「何度も、で済ませるところが君らしいよ」
最後の部品を固定する。
リリアはしばらく全体を確認してから、魔石を装着した。
「では、動かします」
「おう」
魔石から魔力が引き出される。
淡い光が回路を伝い、冷却機構が静かに動き始めた。
測定器の数字がゆっくりと変化していく。
「温度、順調に下がってる」
ノアが測定器を確認する。
「……おい」
「どうしました?」
「魔力消費量が、今までよりさらに少ない」
リリアも数値を確認する。
確かに、以前の試作品とは比べものにならない。
設定温度へ近づくにつれ、魔力の供給量が自然に落ちている。
さらに一定の温度へ到達すると、必要最小限の出力へ切り替わった。
「制御できています」
「すごいな……」
ノアが感嘆の声を漏らす。
けれど、リリアはまだ喜ばなかった。
「まだです。長時間動かしてみないと分かりません」
「おう、そう言うと思ったよ」
◇
試験は、その日の夜まで続いた。
肉、魚、卵、野菜、牛乳。
保存するものを変え、そのたびに設定を調整する。
一日使う場合を想定した試験に、農村から王都まで輸送する場合を想定した長時間試験も行った。
結果は、すべて良好だった。
特に長時間の試験では、従来型との違いがはっきりと表れた。
魔導具が必要なときだけ魔力を使うため、時間が経つほど消費量の差が大きくなる。
「……これなら」
リリアは測定結果を見つめた。
「本当に、使ってもらえるかもしれません」
「だから最初から言ってただろ。十分な成果だって」
ノアが笑う。
そこへミレーネもやってきて、結果を確認した。
「これはすごいよ。保存性能を落とさずに、ここまで消費量を減らせるなんて」
「ありがとうございます」
「これなら研究院に提出しても、かなり高く評価されると思う」
リリアは小さく頷いた。
けれど今度は、素直に笑うことができた。
昨日までとは違う。
村の人々が使っている姿を想像できる。
市場へ運ばれる野菜を守り、農家が大切に育てた肉や卵を無駄にせず、家庭の食卓へ届ける。
そのための魔導具だ。
「……完成しました」
リリアは小さく呟いた。
◇
翌日。
研究院では、新型保存魔導具の評価が行われた。
生活魔導具部門だけでなく、他部署の研究員も集まり、性能と量産性について確認していく。
結果は明快だった。
実用化できる。
しかも従来型より、はるかに少ない魔石で運用できる。
「王宮への報告を上げようか」
院長のアドルフが結論を告げた。
「この魔導具は、研究の成果として終わらせるには惜しい。さっそく量産を前提に動くべきだ」
「量産……」
リリアの胸が大きく高鳴った。
自分が作ったものが、研究院の外へ出る。
誰かの家で使われる。
輸送時に食料を守るためにも使われる。
それを想像すると、胸の奥が熱くなった。
「王宮にも話を通しておく」
アドルフがそう言った直後だった。
「その必要はない」
研究室の入口から、落ち着いた声が響く。
振り返ると、エーヴァルトが立っていた。
今日はリヒャルトも同行している。
「殿下……?」
「話は聞かせてもらった」
エーヴァルトは室内へ入り、完成した魔導具を見る。
「量産の準備を進める。製造に必要な設備と人員については、王宮側で調整しよう」
「本当に、量産されるんですか?」
「ああ」
エーヴァルトはリリアを見る。
「君が作ったものを、必要としている人たちへ届けるために」
「……ありがとうございます。これも殿下が研究院に呼んでくださったおかげです」
リリアの顔に、隠しきれない喜びが浮かぶ。
その表情を見たエーヴァルトは、わずかに目を細めた。
「礼を言う必要はない」
「でも……」
「これは君の成果だ」
まっすぐな声だった。
「誰かに与えられた環境のおかげで完成したわけではない。君自身が考え、失敗して、それでも手を止めなかったからこそ形になった」
リリアは黙ってエーヴァルトを見つめた。
「だから、胸を張っていい」
「……はい」
その一言だけで、十分だった。
リリアは嬉しそうに微笑む。
エーヴァルトはそんな彼女を見つめながら、ほんの少しだけ表情を和らげた。
そのとき、リヒャルトが静かに口を挟む。
「殿下、リリアさんの成果の確認は済みましたので、本日の予定に戻っていただけますか」
「分かっている。だがもう少し……その、完成品を見ておきたい」
「はぁ、かしこまりました、殿下」
リリアは思わず笑った。
エーヴァルトが研究院へ来るたび、なぜかリヒャルトの苦労が増えている気がする。
けれど、そんな様子が少しだけ嬉しかった。
◇
研究院では、リリアの成功を歓迎する声が広がっていた。
しかし、それを良しとしない人たちも存在した。
王立魔導技術研究院には、生活魔導具だけを研究しているわけではない。
王都の上下水設備や街灯、鉱山の採掘機械、工房で使われる大型動力機関など、国の基盤を支える研究も数多く行われている。
そして、その中でも特に大きな予算が動くのが、軍用魔導具の研究だった。
兵器をはじめ、大型動力機関を搭載した車両や、城壁設備など、国防に関わる技術は王国にとって重要な意味を持つ。
その研究に携わる者たちからすれば、生活魔導具の研究は優先順位が低い。
「保存箱一つで、随分と騒ぐものだ」
中央棟の廊下で、そんな声が聞こえた。
「変換効率は確かに目を見張るものだが、他にも生産すべきものがあるだろうに」
「それでも王宮が量産を決めたんだ。殿下が直接関わっているらしい」
「……なるほど」
短いやり取りのあと、足音が遠ざかっていく。
リリアは、その会話を知らない。
ただ、研究室で量産化のための解説書を作成していた。
「次は……」
ペン先が、静かに紙へ触れる。
生活を変える技術。
それが王国にとってどれほどの意味を持つのか。
そして、王子がなぜ一人の若い研究員をこれほどまでに気にかけているのか。
まだ誰も、その答えを知らなかった。
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