PART7
「俺がしくじったばかりに面倒に巻き込んでしまって……」
翌日、魔導器による無線通話で“秘密の連絡網”を用い片端から他の“一部”の商店に連絡を取っていたレン。
小休止を取る彼女へとロックが湯呑を差し出しながら謝罪の言葉を述べようとしてレンがそれを遮った。
「良いんですよお。元々ロクさんは私たちがお雇いしたんですから、こうなることはロクさんをお預かりしたときから覚悟してましたし、ロクさんは“酔之宮”の大きなお城を壊してくれたじゃないですか」
今まで誰もできなかったことですよ――レンはそう言って微笑をたたえた。ロックもそれを見て笑みを浮かべる。
「俺は戦うことしか能の無い男です。だから次こそは必ず仕留めてみせます。さすがに無能とは呼ばれたくないですから」
「ふふっ、そんなこと誰も思ったりしていやしませんよ。でも、あまり無茶はなさらないでくださいね」
手持ち無沙汰していたロックの右手をレンは、受け取った湯呑を一旦、通信用魔導器のある棚に安置したのち両手で包んだ。
ロックを見上げる彼女の双眸が宿す光は力強い。ただ気遣っているだけではないのだ。
その目にも言葉にも、彼女は彼女が愛したただ一人の男のことを想い、ロックにはその男のようになってほしくないという切なる願いが込められていた。
「心配はいりませんよ」
「本当ですか?」
「はい。だって不思議なことに今回は俺独りじゃない」
ロックが右手を引くとレンの両手が離れ、彼は今、食堂の方で数十人分という量の食事にありつくベイクと、様々ある武器の手入れに余念のないガウスを思い浮かべた。
「そしてこれも不思議に思うかもしれませんが、なんだか彼らとは上手くやれそうな気がしてるんです」
本当になんとなくですけど――言ってくすとロックが声を漏らし笑う。
彼のそんな仕草は珍しいように思えて、レンは彼に親しみを覚える。はじめ彼女は彼のことを怖ろしいと何処か感じていたのだが、それだけではないと分かって彼女は安堵した。
彼には彼の、いろいろな事情があるのだろう。それを乗り越えるために大した報酬も出ないというのに、割りに合わない仕事を引き受けたりしているのだろう。
レンはそう思い巡らし、ならば彼がベイクたちに懐いた予感は間違いにはなり得ないと確信した。
「安心しちゃいました」
「なら良かった」
「きっと“酔之宮”の人たちはすぐに見つかりますっ。それまではロクさんもしっかり英気を養ってくださいね!」
私はコウメちゃんの応援に向かいます――袖まくりをして華奢な腕に頼りない力こぶを浮かべてみせたレンが笑った。
食堂へと急ぎ足で行ってしまった彼女の背中を見送ったロックは左の腰に差した太刀を見下ろす。そのとき彼が浮かべた表情には憂いのような色が滲んでいた。
「きっと上手くやれる。そうだよな、四季」
呼び掛けたのは腰の太刀――四季。
彼はそっと右手で四季の柄を撫でた。
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「なぁ、大将。いくら遠慮すんなって言われたからってよぅ、さすがに食いすぎじゃねえか?」
同時刻、食堂ではガウスが青ざめた顔をしてベイクへと言った。
武器の手入れを済ませた彼も食事を始めたのだが、目の前でその小さな体の何処に収まっているのかというような量の料理を食すベイクに影響され、逆に彼が食傷に陥ってしまっていた。
せっせと料理を運ぶコウメは汗だくだったが、その顔は実に充実感で輝いた笑顔で、彼女はベイクに「えんりょはいりませんっ」と鼻を膨らませる。
ガウスの指摘を受けたベイクは傾けていた茶碗を元に戻し、米粒が鼻先にまで付着した顔をガウスへと向けると言った。
「実はオレもビックリきてる。食うのは好きだがこんなに食えるのは初めてなんだ」
「そりゃどーゆーこったい?」
「食っても食っても足りねえんだ。なんつーか、食ったもんが腹ん中で片っ端から燃えてる感じ……」
「ワケわかんね〜……」
空腹ではないが、満たされもしない食欲。
自分自身に起こっている変化に戸惑っているらしいベイクと、彼の要領を得ない説明にやはり困惑するガウスだったが、最終的には寝過ぎたせいだろうということで片がつく。
ガウスも竜人のことだからと無理矢理自らを納得させて、そしてふとあることを思い出すのだった。
「――コウメちゃん、コウメちゃんっ。食材まだある?」
だがそのときちょうど食堂へと駆け込んできたレンの姿にだらしない笑みを浮かべるガウス。
レンはそんなガウスに軽く会釈して、それからベイクの周りの皿の数に驚愕し、お代わりを持ってきたコウメへと訊う。
「なくなっちゃいそうですっ。お米もっ」
「ほんとに? 参ったわねえ……」
「コウメが買い出しにいってきますっ」
「お願いできる? あっ、でもお米はどうしましょう。重たいし……」
やる気満々のコウメの申し出をありがたいと思うも、白米はコウメ一人では持ち運び出来ないと困るレンに「ガウスがお手伝いしま〜すっ」と席から飛び出してガウスが名乗りを上げた。
「ええっ、お客さまにそんなあ……」
「いんすよいんすよっ、俺のツレがバカみたいに食うのが悪いんだし」
バカで悪かったなとふくれっ面になるベイクの頭をぽんぽんと叩いて笑うガウスに、はじめこそ悪いと言っていたレンも次第に絆され承認。
調理をレンが引き継ぎ、ガウスとコウメが買い出しに決まりかけようとしていたときだった。
「なら俺も付き合おうかな」
遅れてやってきたロックが挙手して言った。
彼の登場に人選の考え直しをしようとレンがして、すれば突然ガウスがロックの側へ行き、仲睦まじげに肩を組んだ。
「じゃあレンさんとコウメちゃんはウチのバカの面倒を申し訳ないけどお願いしてぇ、俺とロックが買い出し行きま〜す」
なっとガウスが同意を求めると、ロックは彼に一瞥したあと笑みとともに頷いて「男手の方が捗るだろうし、構わない」と快諾した。
「バカバカ言うんじゃねーよっ」
「おバカさんにおバカさんと呼ばずしてなんて呼ぶんだよバカ以外。大将はさっさと腹一杯になるの!」
「ちぇっ、あいあい……」
レアみてーだと呟くベイクを見てレンとコウメが笑い、そしてガウスとロックが出かけてゆく。
勝利には活気は欠かせない。




