PART6
ロックの口からレアが“酔之宮”にさらわれたことを告げられたベイクは、しかし見ていたガウスの予想とは裏腹に取り乱すような様子は見せなかった。
彼は冷静なままロックの話を聞き、頷き、そして連れて帰れなかったことを頭を下げて詫びるロックを赦したのだ。
無論、ベイクとレアの二体を放置したガウスのことも責めたりぞんざいにすることなく、それを不思議に感じたガウスが負い目もあって怒らないのかと訊くとベイクは答えた。
「勝手にほっつき歩いて捕まったのはレアだからな。おまえら二人を責めるのは、ちょっと違うだろ」
食堂には食膳に乗せられた料理が三人分用意され、特にベイクの前にはさらに三人分と鯛に似た姿形をした魚の姿造りが置かれていて、すでにそれらは完食されかけていた。
恩義を感じたレンとコウメが振る舞ったのである。
酔いに効くと出されたしじみ汁を口にしながら、赦されたはずのガウスは憂慮していた。
「大将、おたくもしかして自分のせいとか思ってねーだろうな」
「あン? ンだよ、やぶからぼうに……」
「だっておかしいだろっ、なんで俺も、こいつのことも責めねんだよ? なじらねーの? どうして赦しちゃうのよ!?」
言い連ねるガウスの口調は激しかった。
ガウスに指差されたロックはしかし無言で食を進め、レンとコウメは心配そうにベイクとガウスの二人を見ている。
ガウスの追究を受けたベイクであったが、彼は鼻を鳴らし魚の頭などかじりながら言った。
「ワケわかんねぇこと言ってんなよ。なじられてえとか気色悪いっつーの」
「なっ……あのな、俺は――ッ」
「仕方ねえだろっ、てめぇらを責めたってあいつが戻ってくるわけじゃねえんだっ!」
魚を口から放し、怒鳴ったベイク。
彼の剣幕に食堂は雪でも降ったように静まり返り、ガウスも言葉を詰まらせてしまう。ロックすら箸を止めていた。
代わりにベイクは鼻を鳴らすと握り締めた箸で焼いた川魚を突き刺し口へと運びながら続けた。
「それに、肝心なときにぐーすか寝てたのはオレだし、それは紛れもねえホントのことだろ。オレがしっかりしてなきゃならねえのに……」
ぱきっ……と軽く響いた音はベイクが咥えた箸を噛み砕いた音であった。
ガウスはやはりと自らが憂慮した事態が事実であったことに表情を曇らせ、思わず立ち上がった椅子に再び重く腰を預けた。
「完っ全に油断した。良いさ。んじゃあこうしようぜ」
グラスの水をぐいと煽り、一息吐いてガウスは言う。
「悪いのは全部あの“酔之宮”! あいつら一人残らずぶちのめしてレアを奪い返すんだ」
だんと力強くグラスを丸太を半分に割って作られたテーブルに叩きつけたガウスに、意外にもはじめに賛同したのはロックであった。
「悪くない。俺の目的も果たせて一石二鳥って感じだな」
「へ……? つか、おたく……」
「ロックだって言ったろ」
「は? え?」
「オタクじゃない、ロックだ」
「……お――」
「ロックだ。よろしく」
よろしく――遂には諦めたガウスが頷き、二人は握手を交わす。怪訝も怪訝なガウスとは対象的に、握手を揺らすロックの表情は実に満足気である。
「まっ、オレも泣き寝入りなんざする気ねえし。この借りはリシつけてたっぷりと返してやる。八つ当たりだっ」
上等だとロックから逃げるようにガウスが闘志を燃やすベイクに賛同して拳を振り上げた。
ロックが取り纏めたというのだろうか?
兎にも角にも、すでに手負いの“酔之宮”にとどめを刺すその気力が三人には満ち満ち、特に闘志の燃えるベイクは料理のお代わりをレンとコウメへと要求するのだった。
レンは少々困惑している様子だが、ベイクに助けられ彼に同調しているコウメは意気揚々。彼女はレンを連れてそそくさと厨房へと駆け込んでゆく。
「んでロックさんよ」
「ロックで良い」
「んじゃロック。“酔之宮”の連中は今どこにいんのさ」
「分からない」
「は……?」
分からない――ロックは今一度繰り返す。
愕然としてしまうガウス。ベイクは次から次へと出てくる料理を片端から胃へと放り込んでゆく。
やがてコウメが一生懸命に飯櫃を運んできて、それをテーブルに起き「お代わりですっ」とベイクに告げる。
ベイクも「おうっ」と応え、コウメが盛った山盛りの白米を掻き込んだ。遅れて味噌汁と漬物を間に合わせにレンが持ってくる。
「分からないって、おまえ……。じゃあどうやって見つけんだよ?」
「街中しらみ潰しかな」
「アホかっ! おい、大将。困ったことになったぞ」
遂に茶碗を二つ使い、常に手に山盛り白米を用意できるようにしたベイクへと、ロックとのやり取りに限界を覚えたガウスが声を掛ける。
ベイクは両頬を木の実を溜め込んだリスのように白米で膨らませながらロックを見る。
「連中の居場所、分からねえって……」
「んぐっ……。じゃあ、しらみ潰しだぜっ」
「だぁぁあ〜〜っ」
口の中のものを飲み込んだベイクが発したのはあろうことかロックと同じ台詞。
よもやベイクとロックの思考が同じものとは思っても見なかったガウスは頭を抱え、テーブルへと額をぶつける。
「クラリス中ったってよぉ、どんだけ広いと思ってんだここおっ。街中が四つはあるんだぞ!?」
「もたもたしてると奴ら、“商品”を持って他所に移るかもしれない。それまでに見つけないとな」
「見つけないとな……って! 他人事かてめぇっ」
ベイクにつきっきりのコウメに代わりレンが用意してくれた緑茶を啜るロックののんきな物言いにガウスが飛び上がり怒鳴った。
ロックはそんな彼をちらと一瞥しただけで、返事もせずに緑茶をまた啜る。どうやら返す言葉もないらしい。
拳を握りしめ震わせるガウス。彼の見渡す限り、やる気こそ十二分ながらもなにも考えの無いベイクと、やはり考えが無いらしいロックの役立たず二人が映る。
少しはなにか考えるように叱りつけようとガウスがして、「あのぅ」とおずおずとした調子の声を控えめな挙手とともにレンが発した。
震える拳を振り上げ、口を開けたガウスが固まる。
ベイクとロック、そしてコウメの視線を受け、するとレンは言った。
「“酔之宮”反対派の商人の方々にお願いして、捜してもらうのはどうでしょうか……。私の亭主はそういう人たちと仲が良かったので、私が頼めば力を貸してくれるかも」
レンさぁん――ようやくまともな案が出たことにガウスは思わず泣きそうな声を上げてテーブルへと突っ伏してしまうのだった。
――飯櫃が空になり慌てるコウメを他所に、熱いお茶を構わず口に流し込みながらベイクはこの場にいないレアへと想いを飛ばす。
レアの義母であるベルンの言葉であった。
“昔一つだったいのちは今も、想いでつながっている”。
だからきっと、自分の想いも彼女に届くはず――そう願って。




