PART9
太鼓橋の前にそびえる朱色の鳥居を潜り抜け、緩やかな傾斜を登り、そして下るロックの前にまた鳥居が待ち構えていた。
吊り下げられた提灯たちに照らされて朱色を輝かせているそれらを見ては感慨深い気持ちに苛まれるロックであったが、それを笑い飛ばして力強く彼は歩み続ける。
そして二つ目の鳥居を潜った彼を出迎えたのは二体の稲荷像。
彼らは暖簾の掛かった玄関を挟んで訪れる者……今であればロックを見詰めていた。
彼は二体にそれぞれ一瞥してから暖簾を潜る。魔導器の温かな灯りがロックを包み、一瞬の静寂の後、賑やかな声や物音と行き交う沢山の人の姿が彼の視界に映り込んだ。
「すごいな」
吹き抜けになった広大な空間。見上げてみると遙か高い所にようやく天井が見えて、その間に幾つもの橋が架かりそこでも人が行き来していた。
ロックはそれを見て思わずそう呟いてしまう。すると……
「お腰のものを」
ロックの左手側にある番台に収まった、笑顔が顔に張り付いたような番頭の男がそう声がけし、両手を差し伸べた。
番頭へと一瞥し、ロックは自らの左腰に提げた刀へと右手を添える。そうしながら今一度番頭を見て柔和な笑顔を見せた。
「いえ、俺は客じゃないので――」
同じく笑顔のまま番頭がロックの言葉に愛想良く返事をしようと口を開きかけたとき、彼が眼前を一筋の閃光が迸った。
硬直した番頭の小さな両目、その双眸が鼻先に注視する。
照明を受けてぎらり輝く白銀の、寒々とした鋭い切っ先。刃文も無ければ樋すらも掻かれていない、つまりは飾り気の一切ない刀身は剥き出しの殺意そのものだった。
間もなくして番台が音を立てて崩れ落ち、番頭もその中へと転倒。悲鳴を上げて埋もれてしまう。
ほんの一瞬の出来事だった。
ロックの右手は刀の柄を握り、刀身を革包みの鞘から解き放つとこの一瞬の合間に三回、左右に振り切り、四回目の切り上げを番頭の鼻先で寸止めにしたのである。
切断から分離まで時間を必要とするほどの鮮やかなる切り口。
ロックは微笑を顔にたたえたまま、番頭の悲鳴に色めき立つ“酔之宮”が孕む“異界”へと、それは悠々歩み出でた。
1
「――お嬢ちゃんさぁ、あんた騙されたんだよ」
「え゛?」
「てゆーか、ここにいるコ、みーんなそう」
「ええぇえ~っ!?」
きらびやかな部屋には若い女性たちがおり、それぞれ様々な格好をして化粧をして、時折呼び出されたものが部屋を出てゆく。
その中にレアも居て、渡されたグラスに注がれたジュースをストローで飲んでいたところ、時間を持て余してたケリブという女性から真相を明かされて思わず絶叫するのだった。
するとすかさず戸が開かれ、黒服が顔を覗かせた。レアはケリブに口許を塞がれ、彼女の愛想笑いで黒服は訝しげな表情を浮かべつつも引っ込む。
「騒ぎ起こしたらヒドいよ」
「わっ、わたし帰るっ」
「無茶はよしなって。逃げ出そうとしてヒドい目にあったコ、何人もいんだ。あきらめなよ」
今だ事態を上手く飲み込めないでいるレアにケリブはそれよりと声を掛け、彼女からグラスを取り上げた。
混乱はすれども食べる事への執着は何より強いレアである。取り返そうと手を伸ばすがケリブはするりと逃れ、ストローから一口、ジュースを飲む。
「……ヘンなモンは入ってないみたいだね」
「ヘン?」
「たまにね、客の要望でクスリ飲まされることあんの。しかもタチが悪いことにウチらにはヒミツでね」
興奮剤だったり媚薬、幻覚剤。酷いときには下剤等々……ケリブはレアに説明するのだが、それら一切を知らないレアは目を点にするばかり。
そんなレアを見て彼女は溜め息を吐いて、くしゃくしゃと黒く塗られた爪を持つ手でレアの頭を撫でる。
「さすがにちょっと、かわいそうだねえ」
ジュースを返してもらったレアは一応大人しくそれを飲んではいるが、彼女の目には焦燥の色があった。
都会ってコワい――そんな感想を胸中に懐いたときであった。突然に戸が開かれ黒服が入ってくる。
黒服によると問題が起きたと言うことで批難しろという。
「あらら……“出入り”かしらね。きょーび珍しい」
批難しましょ――ぞろぞろと動き出した女性たちの例に漏れず、ケリブも立ち上がりレアの手を引こうと手を伸ばした。
だがレアは咄嗟に己の手を引っ込めてしまう。
困惑するケリブを見てレアは表情を引きつらせ、すると慌てて言うのだった。
「みんなどっかいくんでしょっ、わたしたちも早くいこっ」
椅子から飛び降りたレア。彼女はジュースを大事そうに両手に抱えながら、皆と一緒に批難し始めるのだった。
その背中を見ながら、緩やかな波を打った赤毛の髪を撫で付けるケリブは小首を傾げると独り言ちる。
「……お年頃?」




