PART7
クラリス・セントラルは都市とともに拡大を続けており、ときに巨大なホールが建設されるとともに帳尻を合わせるかの如く拡大。逆に新たな建築物を建設するために拡大しもする。
クラリス自体も中央街の拡大に伴い外へ外へと追いやられ、それが都市を守る強固な防壁が存在しない理由でもあった。
だがこれはそれまで外周部で寂れていた街が日の目を浴びる機会でもある。この都では継続こそ大事なのである。
“伝々亭”もいつか中央街に飲み込まれる日を夢見て開業された。そのときはまだコウメも居らず、レンとそして……
「何度来ても無駄ですよっ。“伝々亭”はお渡し出来ませんから」
旅館の前でレンと三人の男性が諍いを起こしていた。
らしくもなく声を荒げるレンに三人の代表と思しき小綺麗な格好をした眼鏡の男が怯みつつ「しかし」と食い下がる。
「今の売り上げでは御旅館の維持もままならないでしょう? 人も雇うことが出来ない。このままでは貴女も御亭主の様に……」
「あっ、あの人はあなたたちが意地悪をするからっ」
「ごっ、誤解です! 誤解ですよっ。我々はただ……」
ぐっと滲む涙を堪えて咆えたレンに眼鏡の男はたじろぎ、顔に浮かんだ脂汗をハンカチで拭いながらまずはとレンを落ち着かせようとした。
だがレンの目は相変わらずキツく三人を睨んだまま、やがて眼鏡の男の肩に控えていた巨漢の手のひらが添えられる。
眼鏡の男が彼の方を見ると、巨漢は頭髪の無い傷だらけの頭部を左右に振る。
残る一人の、獣人と思しき毛むくじゃらは小さく溜め息を吐き、眼鏡の男は「分かりました」とレンへと告げた。
「我々は貴女を援助したいだけ。また顔を見せますので、そのときまでにご決断をお願いします」
帰りましょうか――眼鏡の男はレンへと頭を下げた後、二人にそう言って踵を返した。巨漢は無言でついてゆき、獣人は笑顔でレンへと手を振ってから、丸まった尻尾を揺らして去ってゆく。
そして一人、“伝々亭”の前に佇んだレンはうつむき、自らの足元へと溜め息と、そして一滴の雫を落とした。
1
屋台で作り上げられた通りは夜市とも呼ばれ、クラリスの名物の一つである。
中央街ではその規模は凄まじく、ちょっとした集落のようになっていた。夜遅くとも人々がひしめき喧騒は絶えず、煙や湯気が上がり続け、様々な文化の香りが混ざり合い混沌とする中に響くのは歌声と旋律。
「あん? なんでぇ、コイツぁ」
通りのど真ん中に並べられた回転テーブルを囲んでいた、こういった場に似つかわしくない白く上等そうなスーツを纏った男性たちの内、白髪頭を“異界”由来の強力な整髪料でがっちり固めた老齢の男が疑問の声を上げた。
他の、同じテーブルを囲む青年や中年など様々いる男性らも老齢の男の目線を追って注目した。
そこにいたのはレアだった。レアはテーブルの縁に手をかけ、顔の上半分だけを出してテーブルの上に並ぶ、若鶏の丸焼きを頂点とした料理の数々を猫のように睨んでいた。
黄金色にこんがり焼かれた表面を照らし彩るのは甘辛いタレ。それが放つ香ばしさは空腹に食欲を強く根付かせ、それは立派な花を咲かせた。
そんな丸焼きを崇めるように囲む料理たちも炒め物に蒸し物、吸い物と隙が無い。
アウトロス・ラリアットの豪快な料理も素晴らしいものであったが、手の混んだ料理も負けず劣らず。それはレアを釣り上げるには十二分の魅力を持っていた。
「乞食のガキでしょ。おい、ジョウ。追っ払え」
ふくよかな下っ腹をベルトの上に乗せた中年の男がジョウなる者に声を掛けると、立ち上がったのは黒縁眼鏡を掛けた黒髪の青年だった。
「……ゼンもジョウ坊もよ、まぁ、待てや」
「オヤジ?」
「乞食娘にしちゃ臭わねえし、服も綺麗だ。魔導器着けてるとこ見るに、コイツは親とはぐれたか家出でもしてきたんだろう」
待てと言われて黒縁眼鏡のジョウはすとんと着席し直し、中年のゼンは「ほぉ、さすがはオヤジだぜ」と腕組みして前のめり、オヤジと呼ばれた白髪の男へと感心した素振りを見せる。
「お嬢ちゃん、腹減ってんのか」
ゼンを感心させ得意気になった白髪の男はそのままレアへと訊ねた。ちらと彼女は男を見るが口は開かない。だが代わりに彼女の腹の虫がぐぅと返事してしまった。
「くっ、勝手に……っ」
ぎょっとして自らの腹部に視線を落としたレア。白髪の男が「わはははっ」と声を上げて笑うとゼンも笑声を上げ、ジョウも無言ながら口角を釣り上げて笑みを形作った。
「よっし、今日は無礼講だ。一緒に食おうや!」
「良いの!?」
「オヤジが食おうと言ってるんだ。食わにゃそれこそ失礼ってなもんよ!」
「ほんと!?」
「遠慮なんぞ要らん! 食え食えっ、食わんとデカくなれんぞ!」
やったっ――気が付くと黒いスーツを纏った顔中傷痕だらけの男がレアに椅子とカトラリーを用意していて、レアはさっそく椅子に飛び乗り箸を握り締めてテーブルの料理へと手を付けた。
その様子を見ていたスーツ着ではない他の客は表情に苦々しい色を浮かべ、しかし何をするでも言うでもないのだった。
するとちょうどその客のついているテーブルの、空いている椅子へと誰かがやってきて「良いですか」と訊ねた。
客は慌てて作った笑顔でもちろんとその人物を見て言った。ありがとうございますと客に礼をした黒髪と銀髪が半々の、腰に刀を差したその人物はロックであった。さらに――
「私たちも失礼するよ」
ロックが椅子についてすぐ、新たに空席へとついた男が居た。金髪で、長い前髪を一つに纏めて左に垂らした女連れの彼はゴルドンである。
客は少女面食らった様子ながらも、ロックは至って落ち着いてもちろんとゴルドンを歓迎した。彼に変わり、一緒のエルフの女が頭を垂れる。
「あっ、あんたら旅の人とかかい?」
客が間を埋めるために訊くと二人は「まぁ」と奇しくも声を揃えて答えたのだった。




