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44、夜の闇に探し物を光らせる

 (あやかし)の道を抜けた先は王都の中では珍しく雑草の生い茂る丘で、わたしはすぐ入り口の通りに立っていた。わたしの背よりも高いかもしれない草が覆うこの丘の天辺にあるのは1周目の未来の世界では月の女神さまの神殿だった。このまま緩く小高い天辺を目指して雑草の中を進んでいくと、柱だけしかなく見晴らしだけはいい廃墟にしか見えない神殿が見えてくるはずだ。移転したという話を2周目の世界で聞いたことがないので、誰も手入れをしないままの場所はこの世界でも月の女神さまの神殿のはずだった。


 1周目の未来の世界での王都の月の女神さまの神殿はあまり機能しているとは言えない場所だった。何しろ神官が常駐しておらず、旅の神官や神官職に就いている冒険者が臨時の神官としてこの地を訪れた冒険者たちのために骨を折ってくれていた。街中だというのに手入れのされていない草まみれの丘にあるような神殿なので他の街でできるような神殿での雨宿りも一晩の宿代わりなどもできず、王都の月の女神さまの神殿を利用するよりは近くの領にある小さな神殿を利用した方が確実に宿代わりになるといった状況だった。

 何故王都なのにこんな状況なのかは、市場の酒場で出会う冒険者たちは口々に「王都だからだよ」と教えてくれた。

「月の女神さまの神殿の周辺は貴族の公邸が王都でも多い場所だから、だよ。大昔から冒険者たちは夢を見て自由に生きてきていただろ、神殿での寝泊まりだって言い換えれば宿なしの浮浪者と同じさ。そんな者たちが寄り付くのをわかっていて手入れなんぞしないさ、」というのがだいたいの感想で、「もっとも、すぐ近くにある聖堂が食事を提供し宿まで世話してくれているのだから、屋根を借りるだけの神殿にいるよりは快適な環境がすぐ近くにあるんだ。ま、気にすることはないさ」と慰められたりもした。

 散策を終えた聖堂への帰り道、「冒険者の権利としての領主家への謁見を行使して王族に意見しないのは、冒険者たち自身に自分たちはまともだがまともではない者も混じっているという自覚がうっすらあるからだろうな、」とシューレさんが漏らしていたのが懐かしい。


 そよそよと風に草が揺れた。立ち止まりつい見上げると、真上にある星座はアンシ・シで見えていた位置と微妙に違う。風に乗って、警邏の騎士団が乗る馬の駆ける音が聞こえてくる。振り返り見回すと、ぼんやりと北の位置に暗闇に浮かび上がる王城や、この草野原の周辺の貴族の公邸やら聖堂の尖塔がうっすらと浮かび上がっているのが見えた。市場のある方角は明るい光がいくつも見えて、もう眠ってしまった住宅街との光度の差があったりする。

 王都に戻ってきたんだわ。しかもこんな夜遅くに。草だらけの丘なんて王都な気がしないけど、ここは王都なのだ。

 もう王都に戻ってきたと師匠(ベニー)の精霊には気が付かれてしまっているかもしれない。まだ気持ちの整理が付いていなくて、もう少しだけひとりでいたい。

 アンシ・シから王都に戻るにあたって、明日明るくなってから行動すると割り切っていたのもあって、安心して夜を過ごせる場所をどこに選ぶのかはそれなりに考えたつもりだった。王都の市場の宿屋コボルダも考えたけど、近くにわたしを王都の竜穴(スポット)の補充に使いたいと考えている様子のオルモースさんや狸犬のポムちゃんのいる店もあるので対象外で、任務中の庭園(グリーン)管理員(・キーパー)の詰める花屋も選択外だ。市場の付近の、悪党どもに監禁されているマハトを見張る師匠(ベニー)やリゼの隠れ家も彼らの邪魔にしかならない予感しかしなくて論外だし、わたしの聖堂での後見人であるチュリパちゃんの子爵家公邸に至っては関わるともっと厄介になりそうな予感しかしないのではなから圏外だ。理想は王都で一番安全で安心な時間を過ごせたホテル『ローズテラス』、しかも閣下ことスタリオス卿がいたらさらに安全だけど、まったく持ち合わせがない。

 実のところ、所持金がほとんどないのもあってもう夜も遅いし今晩は野宿するしかないと覚悟していたので、月の女神さまの神殿なら王都の他の場所に比べると比較的安心して野宿できそうだと判断していた。草だらけのこんなむさくるしい場所でも女神さまの庇護下にあるので、精霊たちが侵入しづらい場所であり竜も寄り付かない場所だったりする。せいぜい仕方なく訪れた冒険者や、身を隠すのに都合が良くてやってくる盗賊団ギルドの連中ぐらいしか寄り付かないので、普通の生活をしている庶民やまともな感性の貴族連中は平素から敬遠しがちな場所になっていたりもしている。

 コルはもう、眠ったのかな。王都を出る前に数日とはいえ過ごした聖堂での生活は、とても疲れ果てて夜更かしなどできずに夜が早かったのを思い出す。上級幹部のコルは寝ずの番などないだろうし、自分の部屋にはいそうだ。

 シューレさんは、元気かな。風の力が使える(ドラゴン)騎士(・ナイト)は、こんな丘、一瞬にして綺麗に刈ってしまいそうだ。しなやかに風に舞うシューレさんの姿が2周目の力強いシューレさんの姿に書き換えられて、力強い風を想像して、なんだか妙に暖かさを感じて嬉しくなる。

 1周目の未来を再現することなく2周目の未来が進んでいくのが理想だけど、1周目の未来は数ある未来の中でも一番優しい未来と言われていたりする。コルとシューレさんが存在し続ける未来になるようにするためには極論だけどわたし達が未来に干渉すれば変わっていくってわかっているけど、会いたい。頑張ったねって、頑張っているよって、労いあいたい。でも、会えないなら、こんな夜は、コルの近くでシューレさんと同じ空を見上げて眠りたい。

 今日一日を振り返ってみて、もしかしなくともわたしはうまくやれているのではないかなと思えてきた。何しろ、宝石商セサルさんを介してアンシ・シに持ち込まれた精霊付きの魔石が役立てられたとなると、1周目では夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)ことエドガー師ひとりで行われたとびりきな魔法が2周目では軍や精霊の助けもあって無理を回避できたみたいなのだ。依頼を無事解決して公国(ヴィエルテ)へ帰るために王都へやってくるエドガー師をこのまま安全に健全に送り出してしまえば、無事なままで世界は変わる。王都にはエクスピアが潜んでいて水面下で悪だくみをしているみたいだけど、わたしがコルとシューレさんは距離を置いているので王都の現場に居合わせる奇跡などないだろうし、公国(ヴィエルテ)の協力者として庭園(グリーン)管理員(・キーパー)や師匠だっているし、1周目の未来とは違って分化を終え健康なわたしもいる。やり遂げたという達成感を味わうにはまだ早い気がしなくもないけど、これまでの道のりを思えば正当な対価な気がする。想像しただけで笑みが湧いてくるし、なんなら当日だって笑顔で諸手を挙げて大歓迎できそうだ。

 長い一日だった。今朝王都に入ったばかりなのに、よくやったと思う。ウトウトしながら草むらを歩くのって危ないってわかっていても、もう目が開けていられなくて、開けたくても重い瞼を閉じたまま、手に触れる草を掻き分けて歩く。

 偶然に見つけた(あやかし)の道を使ってアンシ・シに向かったことで封鎖のきっかけがわかったし、氷雪の(プロフェッサー)教授(・フロスト)ことシクストおじさんの最期を知れたのは僥倖だった。噂話が多かったから統合した情報になってしまったけれど、流れはわかった。唯一、虫使い(アカツチ)であるマハトのお父さんの行方ははっきりしなかった。

 残っている懸念があるとすれば、王都の聖堂にもしマハトのお父さんがアンシ・シからやってくるのであれば、エクスピアと縁が切れているのかどうかわからないという点で、これから先、なんらかの事件にコルを巻き込みそうな気がする。マハトがエクスピアに捕まっているのとマハトのお父さんの行動とを考えると、王都でエクスピアが何かを計画していないとは言い切れない。聖堂にいるコルに知られないうちにマハトのお父さんを特定してコルから遠ざけなくてはいけない。

 ただ、わたしはいまだにマハトのお父さんの顔を知らない。マハトに似た人なのかどうかすら知らない程顔を知らないので、本人が名乗るか本人を知る人が断定してくれない限り見分けがつかないのが現状だったりする。『聖堂にアンシ・シで入信した皇国(セリオ・トゥエル)人の虫使い(アカツチ)』という大まかな人となりや情報さえあればかなり絞り込めてしまうので何もしないより接触したりする機会がありそうだという点で、なんとかして聖堂に復帰してしさえすれば特定できるのではないかなと思う。アンシ・シで他の者たちと捕まったわけではないマハトのお父さんは皇国(セリオ・トゥエル)に逃げるでもなく、聖堂に身を潜めながら王都にやってくる。どういう意図で何を目的に行動しているのか見極める必要があるし、真偽をはっきりさせる為にも聖堂に再び潜入するしかなさそうだ。

 無意識のうちに、立ち止まってしまっていた。目が覚めた気がして、闇を睨んで唇を噛む。

 聖堂に、復帰するしかない…? どうやって?

 聖堂にいるのはコルだけじゃない。聖堂には先輩(アメリア)がいる。わたしに自己(セルフ・サク)犠牲(リファイス)の呪文を教え唱えさせようとした先輩(アメリア)が、聖堂にはいる。北の海の聖女であるキーラも、レイブンも、聖堂にはいる。

 冷静になれずに死を押し付けられそうになったという悔しさと捨て駒にされたという怒りにだんだん腹が立ってきて、立ち止まっているのに気が付く。大切にしてもらえないのは、わたしが半妖だから? 精霊の血が混じった純粋な人間じゃない存在だから?

 どうしようもない憤りにギュッと手を握って、自分自身に『回復』の呪文をかける。

 呼吸が荒くなる。こんなことで動揺するなんてきっと疲れているんだわ。大丈夫、大丈夫だ、大丈夫。誰もが私をマザリモノとして邪険にしたりしない。高潔なコルがいる。わたしがのために自らの命と引き換えに助けようとしてくれたモリスもいる。聖堂にだって、味方はいる。

 ただ、規則を守り規律を乱さないようにするのが美徳なら、命令に背いて単独で行動した結果コルは助かったとはいえ、わたしは命令違反をした反逆者だ。功績があったとはいえ復帰させてもらえるのか不明だ。コルは上級軍人で、わたしは冒険者上がりの信者でしかない。貢献度よりも違反度の方が程度が重そうだ。

 コルの最後に見た顔を思い出すと、泣かせてしまってごめんって言いたくなってくる。会ってくれるのかな、もう、忘れてしまったりしているのかな。すべてを捨ててふたりを助けると決めた以上、もういないものとして忘れられていても仕方ない。それでも、コルの為になら、何だってできる。命を差し出すばかりが『守る』ということじゃない。何回だって防いで、わたしとコルとシューレさんがこの先も生きていける世界に変えていきたい。

 烏滸がましくも、わたし自身は虚空の闇から生還したとコルに伝えられたら、わたしが助けを待っていると信じているらしいコルの杞憂も晴れるかもしれないと思っていた。義務とか責任感とかで動いているのだとしても真面目なコルに、わたしは無事だと自分の口から伝えられたらいいなと思う。


 コロン、とどこかで石が石にぶつかった音がした。

 誰かがいる?

 わたしみたいに何らかの事情があってここで野宿しようとしている冒険者がいるんだわ。あるいは、盗賊団ギルド…?

 手指を隠すように握って身を竦め耳を澄ましてみる。風の中に、誰かの声が混じっている気がする。誰だろう。暗くて具体的な様相は掴めないけど、人影が天辺の月の女神さまの神殿にあるように見える。向こうからしてみたらこんな時間に訪れるわたしの方が不審者だ。敵だと判断されて奇襲攻撃をかけられるのは避けたい。いくらここが月の女神さまの神殿の敷地内とはいえ、まったく安全じゃないんだわ。

 どうしよう。振り返ると見える通り添いのお屋敷の明かりの位置からして、ちょうど真ん中よりも上にいるらしい。引き返して背後から攻撃されるのも嫌だけどここにいても的にしかならないのなら、天辺に向かって動いて名乗った方がマシな気がする。

 風に乗って、誰かの柑橘系の香の微かな匂いが流れてくる。直感として、女性ではないと感じる。

 先に野宿している冒険者の一行が好戦的だったら? 宿の代わりに集まっているのなら敵じゃない、と思いかけて小さく首を振る。できるだけ揉め事や諍いは避けたいけど、話が通じない相手だったら?

 引き返そうか。あれこれと想像しただけで強気が萎えてくるし、緩い上り坂なのに草が邪魔ですんなり進めないのもあって投げ出して座って休憩してしまいたくなるし、しゃがんでしまいたくなる。

 膝に手を置いて手の指にある薔薇輝石(ロードナイト)を見つけて、気持ちが引き締まる。

 しっかりしよう、冒険者がすべて味方とは限らないし、すべて敵でもない。わたしはいつだって希望を忘れない治癒師(ヒーラー)だ。

 頭を振って音を立てずに軽く両頬を叩いて、慎重に行こうって、もう少し頑張ろうって思い直してみる。ひとまず小指を噛んでラボア様には無事とだけ通信しておく。誰も、助けてはくれない。アンシ・シ付近で通信した時も居場所は知らせず無事とだけ伝えたけど、ここでも同じように無事とだけ伝えておけばよい気がしていた。

 気を取り直し、指に再び宿した灯火の魔法の明かりを頼りに、参道の目印となる石段と思われる石を探しながら意識して音を立てて掻き分けて進む。音を立てずに近寄るよりは敵ではないという意思表示ができる気がしていた。

 先ほどまでいたアンシ・シの郊外の野原を進んだ先にあった場所を思い出して草刈り鎌でもあったら楽かもなんて思うけど、この場にはないので爪を刀のように魔法で『硬化』させて刈ってしまおうかなって思いつく。魔法で風を起こして草を刈ってしまったという父さんの目撃情報も思い出す。父さん、ここも綺麗にしてあげたらいいのになんて、できっこないことを想像して小さく笑ってみる。古の邪神とまで呼ばれている父さんが世のため人のためになりそうなことはしなさそうというのが、実子であるわたしの評価だったりする。

 わたし達は同じなんだ。空を見上げて息をゆっくり吸ったら、なんだか妙に大丈夫な予感がしてきていた。

 

 小石かなにかに足を取られてうっかりこけかけて、このまま草を倒した上に倒れて無防備に背中を曝してしまおうかしらと思いかけて、空に向かって小さな光が広がっているのが見えた。

 こんな場所に蛍…?


 風が揺れて草がサラサラと音を立てて靡いている。

 わたししかいないはずの草の生い茂る夜の丘に、光が、散っていく。

 手を差し伸べると広がるいくつかの光に届きそうで、思わず光に向かって歩きだしていた。

 光? 神火ではなくて、どちらかと言えば狐火に近い、小さく青白い光だ…。


 光が溢れた源からは夜空に向かってゆらゆらと魔力が揺らめいている。

 光源には、赤色や黄色、茶色、緑色、青色、水色と揺らめく光の帯は、豊かな魔力量といくつかの属性の効果を持つ魔石を使う手練れがいると教えてくれる。

 廃れっぷりがとんでもなくとも月の女神さまの神殿のある丘という場所で術を使おうとする、無礼な誰かがいる。魔力を放出している誰かがいる。


「綺麗…、」

 意識しないうちに声が出ていた。

 吸いつくように光がわたしの手や腕に触れたと瞬間、細かな電流がいくつも空中へ向かって迸った。

 雷撃?

 でも、この形状、見覚えがあるわ…?

 わたしの周りには青白い光が集まっていた。

 小さな青白い蛍に似た光を、わたしは知っている。探索虫(サーチ・ライト)だ。わたしがこの術を使った誰かの探し物の答えを知っている証だからなのだとして、こんな暗い夜のひと気ない月の女神さまの神殿で、その人は何を探そうとしているのか不気味に思えてくる。

 攻撃力のある変異種だったりするのかな?

 草むらの中に集まる光は、わたしが丘の天辺に向かって歩けば歩く程集まりくっついてくる。

 ピリリと感じる電光をもつ探索虫(サーチ・ライト)は、わたしを探している…?


「ほら、見つけた、あそこです。」

 得意そうなそれでいて控えるような声が微かに聞こえて我に返る。

 女の声だ。しかもあまり若くないと察せられる低い声だ。

 上方から、衣擦れの音に重ねて草を掻き分けて誰かが駆け寄ってくる音がしていた。

 まるで獲物を狩る犬のような勢いだわと思いかけて、わたしは自分が狩られる狐の立場なのだと悟る。少なくとも2対1で、向こうはわたしを見つけるつもりがあった。どんな用意をしているのかわからない。逃げきれる気がしない。

 駆け降りてくるというよりは転げ下りてくるという勢いに、腹をくくって身構えてみる。『強化』の魔法をしてみたところで素手で戦えるのかどうかわからないけど、勢いを削いでやり過ごすくらいならできるかもしれない。足を掬うぐらいはできるかもしれない。


「来い!」


 女の小さく鋭い声とザアッっと大きな音がして払い避けようとした瞬間、わたしに集まっていた虫が飛び立った。眩しい光に視界が眩んだ瞬間、何かが光を捕まえるように腕を広げて覆い被さってきた。

「ビア!」

 勢いを流せなくて草の上を転げる。目が回る程ではないにしても、何が起こったのか混乱してしまう。手で押しのけようとしても離れてくれないのもあって、相手が混乱しているのかもと思えてきた。

「落ち着いてください、放して、離れてください、」

「ビア、ビア!」

 捕まったというよりは抱きしめられているから無事という衝撃と暖かさに驚いて、わたしの顔を手で掴んでいる声の主に抗議して、涙ぐむ顔に面食らう。

「どうして、どうしてここに、」

 どんなことがあっても動じない冷静さを持つ人だと持っていただけに、こちらの方が動揺してしまう。

 揺さぶるように両手でわたしの顔を包んで、「生きていたんだな!」と叫ぶ主は、わたしを顔から振り回しそうな勢いで大仰なまでに勢いよく揺さぶり、「よかった!」と叫んで再び抱きしめてきた。

「もういいで、わかりましたから、落ち着いて、騎士様、」

 大声と勢いと衝撃とで頭がクラクラする。

「本当によかった! 無事で!」

 熱気と共に喜びが伝わってくるけど、もう二度と会わないと思っていた相手なだけに、わたしとしても対応に困る。

「もう、放してください、逃げませんから。」

「無事だったのか、」

「どうしてこんなところに?」

 王都の公邸、近かったでしたっけ。ぼんやりとこの周辺の地図を思い描いて納得してみるものの、どうしてここにいたのかが不明すぎる。わたしがここへ来ることなんて、わたししか知らないはずなのに。

「王都に入ったと聞いていたが、本当だったのだな!」

 いや、わたしの話を聞いてって。

「爺やも誰もがもうお諦め下さいませと深刻そうに言ってくるからてっきり…! よかった、無事でよかった!」

 体を鍛えている者に独特の力一杯の強引な全力な喜び方に、わたしの頭も体も追いついていかない気がしてきた。

 だいたい、お諦め下さいって…! わたしがどうなっているのか知ってる言い草に思えてきて腹が立ってきた。

 握りこぶしを見せながら「あの、ちょっと、痛いです、ぶちますよ、」って言えば育ちのいい性格なら離れてくれる?

「ああ、すまなかった。はあああ! よかったあああ!! よかったああああ!!」

 夜の大興奮って怖いー。

 改めて向かい合った笑顔の騎士様(ニアキン)は、わたしの両手をしっかり両の手で包むように握ってブンブン振っている。

 勝手にひとりで盛り上がっているのは、デリーラル公領で別れて以来会っていない男だった。

 彼の背後から恐る恐ると言った勢いで草を踏む音が聞こえてきて、探索虫(サーチ・ライト)の光の塊を乗せた掌を掲げたマント姿が降りてくる。身体つきからして女性で、乏しい明かりの中でも、見たことがある顔なのだと判ってくる。

「まあまあ、そんなところではなんですから。どうかこちらへ。」

「確かにそのようです。すまなかった、だが、なんと言って喜びを伝えたらいいのだ。ああ、すまない、怖がらせるつもりはない。行こう、ビア。こっちだ。」

 騎士様(ニアキン)が笑顔で振り返った先にいるのは、ウラガシ旅団での移動中に出会ったことのあるあの女冒険者だった。

 わたしと目があっても彼女は動じることなく涼しい顔で微笑んでいる。全くの他人のふりをしているの?


「こちらへ、」

 わたしを流し眼に見て、女冒険者はマントを翻して先へ行き、そのまま神殿という名の廃墟へと入っていく姿が見えた。

ありがとうございました。

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