45、あなたかわたしの死となる未来を選べ
「あの、あの人は誰ですか? お知合いですか?」
わたしの行く先々に先回りしている? 以前アリオハで再会した時、彼女は『私が会いに行く』と確かに言ってはいたし『王都』とも言っていたけれど、今日なの?
騎士様と知り合いなのだとしたら、貴族階級か、デリーラル公爵家にまつわる人物だったりするのかな。
「ああ、あの方はとても崇高な志をお持ちだ。先ほど少しばかりお話をさせていただいたのだが、もしかすると近年稀に見る敬虔な信仰心を持った尊い神官様ではないかと思ったほどだ。あの方は旅の冒険者ではあっても世俗の垢に塗れることなく、何とも清い魂を維持し続けておられる。実になかなか信頼のおける人物だ。」
めちゃくちゃ褒めているから妬いてしまうという反発心ではないけど、何を根拠にそこまで断定できるのですかと理由を深堀したくなりかけたわたしに、訳知り顔な騎士様はわたしの背中をそっと押しながら丘の天辺を指差した。
「そうだな、あの方はあそこの月の女神さまの神殿で、当代の神官様の代わりをしてくださっている。王都の庶民の間でも話題の奇特な人物で、このご時世に自分ではなく他人を優先できる数少ない冒険者だ。竜を祀る国では女神さまの神殿の神官自体が少ないのもあって、正式に王都の神殿の神官に推薦しようという話が出ているくらいなのだ。当家でも推薦してもいいと兄上や父上が話していたことがある。」
騎士様の生家はデリーラル公爵家なので、推薦はつまり本決まりみたいなものだろうなと思えた。
「あの人は、いつからお知り合いなのですか? 王都にずっといる人なのですか?」
少なくともわたしの1周目の未来には登場してこなかった人物なのにわたしを知っているみたいだし、騎士様にも接触しようとしているとなると、王都暮らしで貴族や庶民と交流があり、王都の騎士団の構成にも明るいのかもしれないと思えてきた。
「噂には聞いていたが本人には今日初めて会ったから、実はあまり詳しくは知らないのだ。なにしろ今夜に関して言えば、王都の異変に関してお知らせしておきたい特別な情報があると言って、向こうから接触してきたのだから。」
「王都の異変…、」
オルモースさんに竜穴に捧げる供物にされそうになったのを思い出す。
「ああ、朝から王都内の各地が騒々しくて、騎士団はあちこちを駆けずり回っていたのだ。どこもかしこも混乱していて、宥めるにしても対応が大変な一日だった。」
オルフェス候家の公邸での騒動も思い出す。井戸の中から綿が湧き出したと騒いでいるのを、クロヴィスが聞いたと言っていたっけ。
「騎士様は王都の騎士団をおやめになったのではなかったのですか?」
騎士様は今もひとりで行動しているのだろうか。竜の血を繋ぐデリーラル公家の一員である彼を支える従者たちは、わたしの存在をよく思っていない印象がある。この草っ原のどこかに隠れていたりするのかな。
「ビア、騎士様ではなくニアキンだ。お互いに友達として名を呼びあうと約束しただろう? 私は…、人手が足りないから休暇中の内密な待遇で駆り出されていたのだ。公的には、デリーラル公爵家の騎士団の一員として動いている。」
王都の騎士団から王城の騎士団に移動する前の休暇という前提を壊せないということらしい。
「おひとりですか?」
「ああ、屋敷に帰る最中にあそこにいる者に捕まったからね。」
上機嫌な騎士様の話し声をどこからか聞こえていたらしい女冒険者は、近付いてきたついでに突然話を振られていても澄ました表情で軽く頭を下げ、「見ての通りの旅の神官のルチアと申します」と名乗った。手指には赤に青に黄色に緑と、小さいながらも上質な色とりどりの宝石をつけた指輪が嵌められている。これまでは名前すら教えてくれなかったのに、自ら名乗ったとはかなりの方向転換な気がする。
「神官様、ですか。わたしは、治癒師のビアと言います。公国人です。王国語は不得意なので不快に思われるかもしれません。その時はお許しください。」
「十分にお上手ですよ、ビア様。そのイヤリングは皇国の太陽神の神殿の上位神官がよく身に着けていますね? しかもあなたは太陽神様の御加護を頂いておられますね。その青い瞳の色、皇国の太陽神の神官様に連なるお血筋でしょうか。」
女冒険者ルチア神官の態度に、苛立ち紛れにニアキンを睨んでいた。もちろん八つ当たりだけど、ニアキンよりも無神経な気がする! 無難な挨拶をしただけのつもりなのに、血の起源なんてとても個人的でかなり繊細な話題にまでぐいぐいと踏み込まれてしまった。以前の丁寧な対応と、かなりの変わりようだ。
素直に答える気がしなくて、わたしも自分の聞きたいことだけを口にすると決める。
「あなた様はこちらの騎士様の領の、月の女神さまの神殿の、神官様ですか?」
「騎士さまではなくニアキンだ。ビア、神官殿の御出身は当家の領内ではないと聞いている。そうでしたね?」
騎士様は節度のある距離感で接しているような口ぶりだけど、その割には夜の神殿で密会なんて十分親しい雰囲気がする。まだ何か隠し事をしている?
じっと見つめていると、ルチアさんは傷ついたような表情になった。不躾な質問に答える義務が当然あると考えているから無視されたとして傷ついているのなら、不遜な質問をされたわたしには答える義務はないと考え直してほしいものだ。現段階でこの人と親しくなりたいとは感じなかったのもあって、ルチアさんにこんな心境の説明をする必要などない気がしたし関わりたくないなと思ってしまって、やり取りも面倒になってきて、不本意だけど騎士様に仲介役を頼もうと閃く。
目配せに一瞬たじろいだ顔になった騎士様は小さく咳払いをして顔を上げた。どうやら察してくれたらしい。
「御出身はどこの領だったか? もう一度、詳しく頼む。」
「ここではない土地の…、ピフルール公爵領の小さな神殿の出身です。失礼しました。公国人は人ではない者の血が混じる者がいるので、自らの起源を恥じる傾向があるのでしたね。忘れておりました。」
わたしの父さんは確かに精霊で人ではないけど、恥じたりしないし、恥じる気もない。人が変わったように、にこやかに地雷を踏みまくるこの人の目的は何だろう。わかりやすく刺激してわたしを怒らせようとして、何を狙っているのだろう。
騎士様を見やると、いつしか冷ややかな眼差しで女冒険者を見つめている。デリーラル公爵家は竜の血が混じっているとされているので彼も『人ではない者の血が混じる者』なのに、このルチアという人は支援者となるかもしれない貴族を不快にさせるなんて、何を考えているのだろう。
お互いにお互いが次に何を話すのかを待っているといった嫌な沈黙が続いているのをいいことに、わたしは女冒険者が意図することを考えていた。以前に比べとても好戦的になったというか、かなり無神経な発言だ。わたしを守ると言った人が真逆に転向し、わたしを全否定していると感じるような変わり具合だ。目的もなく攻撃する性格なのだとしたら旅のどこかで誰かにとっくに制裁を加えられていそうなので、多少は学習していそうなものだ。職位を考慮しても無事に王都にまで到着できているという理由から、わざと暴言を吐いたと考えるのが妥当な気がしてきた。甘言よりも暴言の方が心に残ると経験から知っている。実際にルチアさんに関して、わたしは、おそらく騎士様も、鮮やかな感情を抱いてしまっている。
だいたい、冒険者の彼女は単なる神官ではない気がする。きっと、偶然を装って近付いてきているんじゃない。明らかに何かを狙って近付いてきている。
わたしたち冒険者は、この先に何をすれば何が起こるのかを体験して知っている。
そもそも、わたしがここにいると何故予測できたのだろう。冒険者なら1周目の未来での出来事を基準に動いていたりするので、口が災いを呼んで早死にしているのなら性格を改めていそうなものだ。反対に口を慎む性格だから早死にしたのだと考えると、わたしはわたしの1周目の未来にルチアさんが登場していても記憶になく、ルチアさんの未来に登場していても接点がないまま彼女の言う『最後の日』を迎えていた可能性はある。
騎士様は本来この場所にいたのかどうかを考える時、ルチアさんが呼び止めたと言っていたのを思い出す。ルチアさんの未来に、わたしはここにいたとしても騎士様はここにはいなかったと考えるのがよさそうだ。驚くべきことに、ルチアさんの1周目の未来ではわたしは何らかの理由があってここに来ることになっているのだ。
わたしの1周目の未来では、わたしはこの日この時、王都にはいない。アンシ・シから王都に戻る聖堂の馬車に揺られて、分化していないことで起こった発作に苦しめられ生死を彷徨っていたからだ。ルチアさんの見ている未来は情報の更新日時が新しいとも言えて、ルチアさんはわたしの冒険者登録より後に冒険者になった可能性が出てきた。
起こりうる未来の中で一番優しいはずのわたしの1周目の未来は、本当ならあと数日で終わる。以前にした会話から、ルチアさんの未来でのわたしは、最後の日に出会うらしいとだけは判っている。わたしはここに自らやってきた。ルチアさんの知っている1周目の未来でもわたしはここへ自らやってきたのなら、わたしが王都からアンシ・シへ妖の道で行くのは確定された時間の流れとなってしまっている…?
今日一日の行動に関して言えるのはとても突発的でかなり無計画だったと思えるのに、既に決められた運命だったってこと…?
血の気が引く思いがする。これから、この場所で何かが起こるというの?
「先ほどまで、ここで何かを話されていたのですよね? ニアキン、そのお話は終わられたのですか?」
敢えて言葉遣いを丁寧にして、感情を隠すようにうっすらを笑を浮かべた表情を作ってみる。
「ああ、終わった。たいしたことはなかった。神官殿、そうだな?」
「ええ、そういうことにしておきましょうか。」
「神官様、わたし以外の誰かを、今も、待っていますね?」
「ビア?」
「わたしを待つのなら、通り沿いに待っていてもよかったはずです。再会した後だって、丘を下ればよかった。なのに、丘を登っていますね?」
ルチアさんは「それで?」と微笑んだ。
「ここにいたらわかることが起こるのを、待っているんですね?」
「ビア、ここから見えることなんて、たかが知れているぞ?」
騎士様は呆れたように言い、「気にしなくていい。誰も待っていない。私に会わせたかったのはビアだったのだろう? そうだな、神官殿、」ととりなすように言った。
暗い夜の空の下で、眠りにつこうとしている人々が増え明かりが消えていく王都で、判ることなど確かにたかが知れている。
だけど、夜だからこそ判ることだってあるに違いないとわたしは信じていた。
「ニアキン、今日の日中、王都の各地でいろいろとおかしなことがあったんですよね? そのことに関して情報があると言われたから、ここへ来たんですよね?」
わたしをじっと見つめていても、ルチアさんは口を噤んだままだ。
「わたしは不可思議な出来事に関して何も情報を持っていないと、胸を張って断言できます。神官様が嘘をおつきになるなど考えられませんから、ここで、待つしかないのだと思います。」
「そうなのか?」
困り顔の騎士様が尋ねてもまだ、ルチアさんは黙ったまま頭を下げて頷いた。口をきいてはいけない競争でもしているのかな。
「ここから見えるどこかに答えがあるのか?」
騎士様が街の様子を見ようとぐるりとその場で回った。
「風が吹いてきたな、」
王都の街並みへと目を向けていたのを空へと見上げると、月が雲で隠れるのが見えた。風の流れが速い。
暗がりの中、ルチアさんはわたしも騎士様も見ようとしないまま、ごそごそと両手首の袖の中に反対の手首を突っ込んで腕で輪を作った。
「何を、しているんですか?」
「シーッ、静かになさって。」
地に膝をついて腕で作った輪の中に頭を突っ込むように俯いて、ルチアさんは呪文を唱え始めた。女神の言葉なのはわかるけど、風で聞き取れない。音となった言葉が線となって地を這って、水紋が広がるようにをいくつもの光の輪が出来て、流れるように女神の言葉が記されては消えて、三角の線が六芒星となって組み合わさるように魔法陣が描かれ始める。
ゆらゆらと魔法陣を構成する文字から白い霧のようなものが立ち上ってきて、ぐるりとルチアさんを渦の中に置くように回り始め、空へと向かって消えていく。
顰め面をした騎士様が何か言いたそうな顔でわたしを見ていた。これは何の儀式なのかと尋ねたいのだろうけど、神官特有の所作は単なる魔法使いのわたしには術かどうかすらわからないので首を振っておく。むしろ、先ほどの探索虫の魔法も、こんな感じだったのですか?と逆に尋ねたいくらいだ。
「見つけました。向こうです、向こうにいます、」
顔を俯せたまま、ルチアさんは左袖から出した右手で西の方角を指差した。
「神官殿、何がいるのでしょうか。」
具体的な対象がないと見つけようがないのもあって、騎士様は漠然とし過ぎている指示を修正すべく具体的な対象を率直に尋ねている。
俯せたままのルチアさんは「行けば判ります」とだけ言った。
「敵ですか?」
騎士様が急に険しい顔つきになった。そもそもここへ呼び出されたのは王都の騒動に関する情報の提供だったと思い出したようだ。
わたしが遭遇した異変から察するに、地面から綿が湧いてくるなんて地属性の魔法使いが犯人で、この草だらけの丘の西の方角で待ち構えているってことかな。
行けば判るのなら、行ってみよう。
覚悟を決めると、ごく自然な流れで、騎士様の足とわたし自身の足に『強化』の魔法をかけてみる。
「繰り返します。行けば判ります。」
「神官殿、お言葉ですが、曖昧な情報でこのような場所に御婦人方をふたりも置いておくことは、騎士としてあるまじき行動なのです。」
騎士様の苛立った声よりも、わたしは東の方角の遠くの視界の隅に見つけた白くゆらりとした線が、ルチアさんの指示とは逆方向に見つけた白煙なのだと判ってしまった。
「ニアキン、」
白煙は、南西の方角、南東の方角にも増えていた。ルチアさんの指さす丘の向こうの方向にも、白煙が空へと登っていくのが見えた。
俯いて指を差したまま動かないルチアさんは暗い夜空に白煙が上っているのを見えないはずで、何が起こっているのかもわからないはずだった。
「もしかして、」
声に出しかけて止めた閃きを、騎士様は促すように頷いてくれ腰の剣に手をかけている。
「放火犯がいるのですか、」
「盗賊団ギルドがこんな街中でこんな夜中に行動を起こすなんて、王都の騎士団を舐めすぎです。懲らしめてやります。」
「ニアキンひとりでは無茶です。わたしも行きます。置いていくなんて言わないでください。」
「ですが、」
足手まといになるとでも言いたそうな騎士様を手で制して黙らせて、わたしはルチアさんをまっすぐに見つめた。
「教えてください。神官様の1周目の未来では、この丘で火事があり、王都は混乱を増したのですか?」
ゆっくりと顔を上げ両袖から腕を出して、ルチアさんは一度頭を振ると、姿勢を正した。
「あなたの見た1周目の未来では、あと何日生きていたのか、覚えている?」
何の脈略もなく、話が飛んだ気がする。
答えたくありませんと言いそうになって、同時にもうじきなのだと実質白状している気分になって、かといって覚えていませんと言うのも癪なので黙る。
「世界は輪となってつながっていて、その実、つながっていないのよ。真上から見た輪は、螺旋を描くように縦方向に伸びていても、ずっと輪でしかないわ。」
頭の中で螺旋を描いて、横からではなく上部から見てみる。輪は輪でしかないのに、横から見ると重ならない道が続いている。
「輪廻の輪も、同じだっておっしゃりたいのですか?」
「そうね、そうかもしれないわ。あなたとわたしの世界は重なっている。横から見ると全く別々の線なのに。」
「何が起こったんですか?」
「さあ? 未来は口にすると実現してしまうわ。決して実現させたくないなら口にしてはいけないものよ?」
今にも笑い出しそうなルチアさんの表情になんとも言えない腹立たしさと苛立たしさを感じて、かといってルチアさんの発言が理解できてしまって否定できないと思ってしまったのもあって、何も言い返せない。苛立ちを紛らわせたくて唇を噛んでいると、騎士様が代わりに尋ねてくれる。
「どうかしましたか?」
騎士様は全く話の流れに付いていけない様子だった。冒険者ではないので、1周目の未来で起こることと言われても実感がないのだと思う。
「急いで、逃げてしまうわ。」
ルチアさんはわたしと騎士様に向かって、あっちへ行けとばかりに手を振った。わたし達の感情を昂らせる目的でこういう仕草も計算尽くで意識して煽っているのなら、相当ルチアさんはわたしと騎士様の性格を熟知している。彼女の1周目の未来でのわたしという人物とはどういう関係だったのかがとても気になるけど、今、こういう状況で聞く話ではないともわかっている。
「ニアキン、行きましょう。きっとこの人にはまた出会います。」
「神官殿、指を差して教えてくださった方角に、盗賊団ギルドの者がいるのでしょうか。」
「行けば判りますよ、何度言わせるおつもりですか、鈍いですね。」
一瞥して礼をして、ニアキンは足早に丘の向こう側に下り始めた。
「待ってください、わたしも行きます。」
追いかけようとして声をかけて、もしかしなくとも丘の上にルチアさんだけを置いていくのだと気が付く。
振り返ると、膝を地に付け腕の輪の中に顔を伏し直し、ルチアさんは動こうともしていなかった。
「あなたは、行かないのですか?」
この丘が燃えてしまうのなら、逃げた方がいいだろうに。
そう言いかけて、この丘は燃えないと知っているからここに残っても大丈夫だと知っているのだと気が付いた。
「放火犯ではないのなら…、白い煙は、魔術の祭壇ですか?」
魔法使いがこんな夜遅くのひと気のない場所で何か良からぬことをしようとしているのなら、昼間には邪魔されてしまい成すことができないのだと見た方がいい。そんな大事となるような魔法を、わたしと騎士様だけで崩壊までもっていけるのかな。
「わたしと騎士様以外にも、あなたに協力する人はいるのでしょうか?」
ルチアさんは何か言いたそうな眼つきでわたしを見た後、「哀れむのはお止しになって?」と吐き捨てるように言った。
「あなたたちは、毎回毎回、必ず何度もこの丘ですれ違ったの。災難に巻き込まれたり、逃げ遅れたり、辿り着けなかったりしたわ。行程が違っても同じ答えになったわ。それなら、会わない者たちが出会う方が、世界は確実に変わるって思ったの。そう思わない?」
違和感を覚えてわたしは戸惑う。毎回毎回何度も同じって、冒険者の知るのは1周目の世界だけなのではないの?
「さあ行って? あのニアキンって騎士、この未来では一足早く一人で命が尽きてしまうのかしらね?」
せせら笑うようなルチアさんの顔なんて見たくなくて、わたしは背を向けて駆け出した。死ぬ予定のなかった人の生き死にを変えてしまうなんて、わたしにはできそうにない。
ルチアさんの言葉が本当なら、ルチアさんは関係ないニアキンを呼んでこの世界では関わらせたという意味になる。
「そんなの、ダメよ、ダメに決まっているわ。わたしが助けるから、」
独り言が口から零れて、想像が呼んだ不安に負けそうになっていた気持ちが立ち直って、諦めかけていた気持ちが鼓舞されていくのが判った。
騎士様の背が見えてくる頃には、丘の南西側の一角にある日当たりが良い位置の雑木林から白い煙が上がっていた。
その近くの通りに向かっていくのを見つけた黒い闇の集まったような影は、屈んで中腰で逃げようとする者たちなのだと気が付いた。
「あっちです、あそこ、」
明かりのない中で追うのも、指し示すのも、お互いに夜目が効いていないと無理だ。
「伏せて!」
わたしの叫ぶ声は騎士様に聞こえる程度だろうと思っていた。
案の定、騎士様は素直に従ってしゃがんでくれたので、わたしは片腕で顔を隠しながら『光花』の魔法を上空に向かって打ち上げる。
閃光が夜の闇をくまなく照らして、逃げていこうとする者たちの先頭が真っ白になった足元に驚いて段差に足を取られて地に倒れ、後に続く者たちが覆い被さるのが見えた。
ありがとうございました。




