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43、どこにいくのかわからない道

 勢いのままに身を屈めて進むと、空気感が変わった。密度の濃い、甘い花の匂いに赤や白、黄色のハニーサックルの花を見つける。王都の花鳥公園で見たことのある低木だ。一本や二本ではない数に、自然にできた場所ではなく、作られた庭園なのだと思えてきた。誰かの管理する敷地内へと迷い込んでしまったようだ。

 見つかる前に逃げなくてもいいの? 尋ねたいのに、妖狐の子も男性も気にしていない様子だ。慣れたような足取りに、この庭園の持ち主を怖がっていないのではないかなと思えてくる。アンシ・シの街から外れた野原の一軒家なのだとしたら、人ではなく、もしかして精霊王様の神殿だったりするのかな。

 ハニーサックルの花が揺れるたびに甘い香りの中に混じる別の甘い花の香りに気が付き目を向けると、スズランの群生も見つける。息をする度に歩く度に、甘い花の香りが濃くなっていく。

 花が多いのなら、春の女神様の神殿かな。いや、風竜王様の神殿かもしれない。

 ここは何らかの敷地内に入っているのなら、庭の端っこ辺りにいるのかなと思えてきた。この奥には建物があるのではないかなと想像しながら歩いてみる。ここが単なる庭なら、神殿ではなく貴族の別荘かもしれない。それにしては、踏みしめるのは青草に枯草や枯葉、ハニーサックルの花弁で、あまり人の手が入っている気がしない。放置された結果の荒れ放題というのが正しい気がしてきて、柔らかな中に時々混じる石や岩の欠片にこけてしまいそうになる。妖狐たちはこの程度平気かもしれないけど足を取られそうになる悪路だしわたしはなじみのない場所だったりするのもあって、警戒心と緊張とでとても落ち着かない。本当に誰かのお屋敷の敷地内に侵入しているのだとしたら、早く公道まで突破したいし見つかりたくない。

 もしかして本当にわたし達が侵入者の立場なら、狐火と神火といった明かりはない方がいいのかな。消そうかと迷っているうちに、わたし達はかつて豪邸があったと思われるだだっ広い空地へ到着していた。

 妖狐の男性が、窪地の中心に集まるいくつもの狐火のように青白く光る炎の松明(たいまつ)を手にした仲間らしき妖狐たちの耳のある集団に向かって、手を振っている後ろ姿が見える。


 空には半月が低く見えて、邪魔をする木々がない分、状況が見えてくる。屋根はなく柱もない、苔むした岩や廃材や転がる石だらけの広々とした場所だ。石畳でかなりの広範囲が覆われていた名残があって、もしかすると太古に建築され遠い昔に廃殿となってしまった神殿なのかなと思えてきた。

 中心は緩い窪地で、ボロボロの、おそらく基礎の石畳だったと思われる白い石の欠片が草木の合間に見え隠れしていて、神殿説が濃厚となる。

 ぐるりと見まわした周囲に添って植えられているハニーサックルやスズランが生き生きと生い茂っている中心にあるので、ここだけ古代から時間に取り残された錯覚すら生まれ始める。


<ここは、神殿だった場所ですか?>

<あ、そう見えますか? ありがとうございます。ビア様にお時間を頂いてから皆で手入れしてみたんですよ。間に合ったようでよかったです。>

<元はなにがあったのかわからない場所だったりするのですか?>

<この辺はいろんな時代のいろんな人間の忘れ形見が混じり合っていましてね。地の精霊王様の神殿ではないとしか言いようがないのですよ。>

 目の前にいる妖狐たちは、お互いに頷きあっている。

<誰が何のために作った場所なのかわからないってことですか?>

<そうです。何かあるのは判っていましたが、草が生い茂っていたのもあって何が埋まっているのかわからなかったんです。つい最近、こう言う具合なのだと判りました。>

<つい最近ですか、>

<我々にとって野原は野原ですからね。必要を感じなかったのもあって綺麗にする必要がこれまでなかったんですよ。>

 ハハハと軽く笑われてしまうと、本当にこの先にあるのが(あやかし)の道なのかどうかも怪しくなってくる。

<ここは(あやかし)の道なのだと思ってついてきましたが、これから行く先は(あやかし)の道ではないのですか?>

<こちらがその、(あやかし)の道です。こっちです。>

 崩れた石畳だったものを照らしているのは狐火と神火で、中心に向かって妖狐の男性が歩いていくのをわたしと妖狐の子はついていく。

<ね、つい最近、何があったのか知ってる?>

 親しみを込めて妖狐の子に尋ねても、<まだダメです、シー、ですよ、シー、>と言って指を口の前に立てられてしまった。距離は取られたままらしい。


 進むにつれ、集まっている妖狐達を囲むようにゆらゆらと漂う光で辺りは明るいのだとわかってきて、一塊の巨大な影が地面に照らし出されていると判り始める。

 かなりの人数がわたし達を待っていた。

 その中に、地図の前で知り合った妖狐の顔を見つける。

<待たせたな。ビア様をお連れしたぞ、>

 妖狐の男性が声を張るでもなく淡々と告げると、集まってきた者たちは緊張したように音もなく動き、一礼して中心を空けて外枠の輪を作るように均等に距離をとって並んでいく。

 妖狐たちの作る狐火が松明のかわりとなって、窪地全体を照らす光の輪のように静かにしっかりと広がっていた。

 いつしか、ハニーサックルの木々の輪と、妖狐たちの輪との中心に、わたし達はいた。


<ここは、>

 窪地全体を覆っているのはあちこちから草が芽吹いた不揃いな白い石畳であり、中心に向かって石畳を剥がすことで出来た三方向へと別れた土の道が出現していた。

<ここは、いったい…、>

 野原の奥のハニーサックルの生垣の奥であり周辺より少し窪地という立地なので、神殿だったとしても人目につきにくいのだろうなと思えた。夜空を見上げると半分の月と星とだけ見えてぐるりと囲んだ木々の輪郭も気にならず、甘い風だけが心地よい刺激だった。

<まるで三叉路を作るためだけの場所みたいです。昔から、あったのですか。>

 王都の水竜王様の神殿の目立たない(あやかし)の道の入り口とは違い、空からも見えるような大きさなのに大胆過ぎて人目につかないなんて、人間の小ささを嘲笑うかのようでなんとも不思議に思えてくる。

<いつからあったのかはわかりません。この上には雑草が生い茂っていたので、つい最近まで普通に誰もが野原だと思って通り過ぎていたんです。>

 妖狐の男性はようやく説明をしてくれる気になったようだ。

<よく見つけましたね。>

<この前の新月の頃、お頭様がアワリティアといつか呼んでおられたすごい大妖が現れたんです。そいつが風を使ってここいら一帯の草を短く刈ってしまいました。足が隠れる程度に刈ってしまったので、初めて地面に不自然に整えられた石畳があるのが判りました。>

 思わず咽そうになる。父さんだ。アンシ・シの街にいたのは目撃情報もあって知っているけど、こんな場所に何の用事があったのだろう。

<そうですよね、びっくりしますよね。我々もどういう目的があっての草刈りなのかわからなくて驚きました。最初、子供たちが大慌てで大人を呼びに来た時は身が竦む思いでした。ここは子供たちの遊び場だったので、最初はうっかり幼い子供たちが粗相をした結果大妖が怒りに任せて草を刈り始めたのかと思ったのですが、どうやら違ったようです。>

<何をしていたのか、わかりますか?>

 妖狐の男性は妖狐の子と顔を見合わせた。

<虫取りです。ここはこの通り甘い花が虫を呼ぶ土地ですから、野原だと思っていた頃にもいっぱいいろんな虫がいたんですよ。ここいらの伸び放題の草を刈って、隠れていた虫という虫を日の光の下に引き摺り出して駆除していましたよ。>

<おかげでみんなのおやつが無くなっちゃったんだ。>

 周りを囲む妖狐の輪のあちこちから、そうだそうだと同調する声が聞こえてくる。

 妖狐の子は口を尖らせていた。鳥人間のチッタさんといい、虫をおやつにする者たちによく会う日だ。

 それにしても、いくら考えてもこんな場所で父さんが虫取りをする理由がわからない。

<何のためにかわかりますか?>

<一緒にいた(ラーヴァ)使い(キーパー)の娘っ子が回収していたんで、武器にするんじゃないですか?>


 大量の虫の死骸を使って仕掛けの為の虫を育てたんじゃないのかな。

 ふと思いついて口に出そうとして、妖狐の子と目が合って引っ込める。

 こんなところで、虫を飼育していたんだわ。


<娘っ子の(ラーヴァ)使い(キーパー)って珍しいな。おっさんなら街の中で見たぞ。>

 おっさん?

 周囲を囲む妖狐の誰かが発っした声の主を見つけたくて辺りを見回す。

<娘っ子、もう一人の怖い人のことを主様って呼んでいたよ。おじさんたちはアワリティアって呼んでたけど、あの怖い人も(ラーヴァ)使い(キーパー)だよきっと! だって、人間ってお弟子がお師匠のことを我が主って言ったりするよっ、>

 大声で注意を引きつけようと興奮気味に話す妖狐の子の頭をそっと撫でて、優しい目をした妖狐の男性はただただ頷いている。

<それもそうかもね。>

 違うだろうなと思いつつ、わたしも否定はしないでおく。父さんが魅了した者たちに自分を主様と呼ばせているのは知っている。

 父さんと一緒にいた(ラーヴァ)使い(キーパー)の娘って、もうアミで確定してしまってもいいではないかなって思えてきた。(ラーヴァ)使い(キーパー)は珍しくて、娘っ子がなるのも珍しいのなら、時期的にこのアンシ・シに近いガルースにいたりもしたし、該当するのはアミと確信したくなる。

<おっさんの虫使いは、街で別行動ですか、>

 マハトのお父さんの居場所を知る妖狐がここにはいるのかも知れないと思うと、興奮して胸の鼓動がやたらとうるさく感じられた。

<聖堂の下働きにいたよ、確か。>

 もしかして、聖堂に雇われた皇国人のひとりがマハトのお父さん?

<あれから見ないなあ、あのおっさんも。>

<あれって、封鎖が解かれる前ですか、あとですか、>

 努めて明るく尋ねると、妖狐の子が<あとです>と教えてくれた。

<街なかの虫を捕まえるんで、迷惑な奴でした。>

 他の妖狐達も頷き、同意している。どうやら食べ物絡みの恨みで記憶に残っていたようだ。

 マハトのお父さんも地下の街を探索できる程の時間この街にいたのなら、地下の街にいたと思われる3人と1体の内訳の残りの1人はマハトの父さんなのかなと一瞬思ったりもする。扱う虫の系統が違う気がしたからだけど、まだ断定してはいけない気もするので保留としてみる。

<師匠と(ラーヴァ)使い(キーパー)のふたりは、ここの(あやかし)の道を使ったりしたのですか?>

 アミは、月の女神さまの神殿の転送の椅子を使っていたのに、父さんと行動することで(あやかし)の道まで覚えたの?

<いいえ、見つけたかもしれないですけど、気にしていない様子でしたし、ふたりしてアンシ・シへと戻って行きましたから使ってないですね。使ったのは、その後に来た厄災の地竜です。>

 妖狐の男性は淡々とシンの綽名を口にした。

<厄災の地竜って…、>

 念のために確認しようとすると、妖狐の男性は少し困った顔付きになって、<ここは地竜王様が良くお越しになる土地ですからね。我々野に棲む者たちも地竜の見分け方についてどんどん詳しくなるんですよ。街にヒト型が混じっていたりもしますから、何かあっては大変なんです。事前に危険回避情報として共有するんです>と教えてくれる。

<その厄災の地竜は噂通りに豪快で、一瞬にしてこの野原に残っていた雑草を焼き払った後燃えカスをすべて吹き飛ばして、あっという間にここから姿を消してしまったんです。それはもう、見事なまでに迷いがなくて、さすがとも言えました。残ったのはこの三叉路です。いやー、びっくりが続きました。>

<まるでここに(あやかし)の道があると、知っていたみたいですね、>

<かもしれません。かなり昔のここを知っている者なら知られている場所なのかもしれないですね。>

 想像通りにここは神殿だったのなら、古の邪神と呼ばれる父さんや厄災の地竜と呼ばれるシンが知っていてもおかしくはない。

<この(あやかし)の道を…、これが(あやかし)の道であるとするなら、実際に誰かが試してみたりはしたのですか?>

 ふと不安が過って尋ねてみる。シンが使って初めて(あやかし)の道と判ったからと言って、この場所に関して、わたしが(あやかし)の道と口にするまで忘れていたような印象があった。

 困ったような顔で肩を竦める妖狐の男性と、誤魔化し笑いをする妖狐の子や、わたし達の周りを囲み見守っていた妖狐たちは、一斉に黙ってしまった。

<もしかして、誰も試していないんですか?>

 妖狐の男性をまっすぐに見つめて尋ねてみる。この集団の代表者なら、他の者たちの気持ちを代弁ぐらいはしてくれそうだ。

<あなたは、使いましたか?>

<いやはや…、使った先に厄災の地竜が待ち構えていたら怖いじゃないですか。>

<え?>

<相手は厄災の地竜ですよ? この土地にある別の(あやかし)の道は使ったことがありますから安全だと判ってますが、ここはこれまで知られていなかったうえに、厄災の地竜が使っているとっておきの場所なら、どんな罠があるのか見当もつきません。虚空の闇につながっていたらもう諦めるしかないですし。>

 虚空の闇という言葉で、次にどんな言葉を告げればいいのかわからなくなってしまう。

<ビア様、帰ってこれなくなるかもしれない道しか用意できなかったのは謝ります。この(あやかし)の道がお使いになるのを躊躇われるなら、我々の隠れ里にご案内しますから、今宵はごゆるりとどうぞ。>

<皆でおもてなしします。どうかお気を悪くなさらないでください。>

 仲間たちを代表して頭を下げている妖狐の男性と子を見ていると、迷う気持ちが湧いてくる。

 シンは父さんの古くからの友人かもしれないけどわたしの友人ではないのは確かで、虚空の闇に再び戻ったからと言ってもう一度出られるかどうかの保証などないのも確かだ。

 どうする、別の道を探す? 

 でも、これから?

 わたしがこの世界に戻ってこれたのは本当に偶然で、白鷺のクロヴィスがいてくれたからこそ、道を思い出せてつなげることができたのだと思う。同じ方法が通じるといいけど、果たしてそうだろうか。

 帰らなくちゃ。

 王都の空に消えたクロヴィスの姿を思い出すと、立ち止まっていられないと思えてきた。


 王都にすべてが集まっていくのだと感じていた。既にいるマハトもコルも師匠も、王都に集まっている。

 わたしも、夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)ことエドガー師一行も、二冊の本の行方も、ブワイヨさんもチッタさんも、すべてが集まってくる王都にさえ行けば、未来は変わる。マハトのお父さんは見つかっていないけれど、時間の問題な気がする。


<行きます。>

<ビア様、無茶はよくないですよ。>

<せめて明日にしませんか。別の(あやかし)の道をご案内しますから。>

 やってみないと判らない。やらないよりは、やってみよう。わたしはいつだって、治癒師(ヒーラー)として、希望という名の魔法をかけてきた。シンは厄災の地竜ではあるけど、困難の中の希望をわたしは信じていたい。

<大丈夫です、必ずつながると思います。>

 自分自身に回復と治癒(ヒール)の魔法をかけて、案内をしてくれた妖狐の男性と妖狐の子に治癒(ヒール)の魔法をかける。

<ありがとう。ここまで連れてきてくださって。>

<ビア様、>

<皆さんもありがとう、集まってくださって。灯り、助かります。>

 感謝を伝えて、わたしは数歩後退った。

<行きます。みんな、ありがとう。>

 胸に手を当て、三叉路を駆け抜けて向かいたい先を思い描いてみる。

 わたしの決心が伝わったみたいで、妖狐たちは数歩ずつさらに下がって距離をとってくれた。

 漂う狐火や神火が照らす道は黒い闇へと続く線にも見えるし、どこへでもつながる闇にも見える。

 大丈夫、きっと、虚空の闇にも、王都の闇にも闇はつながっているはず。

<ビア様、お元気で。>

<あなたたちも、皆さん、お元気で。>

 手を振る妖狐の子に手を振り返して、わたしは歩き出した。

 行先は王都、見つけた答えを持って、次の未来への選択肢を選びに行く。

ありがとうございました。

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