34、腹が減っては情報が足りぬ
「事件…、」
何かを知っていそうなチッタさんに目を向けると、翼を広げ両足を空に向けてひっくり返って伸びているガチョウの姿があった。
「チッタさん?」
「魔力ギレか?」
「違います、旦那、もう、お腹がすき過ぎて、もう無理…、」
「ああ、お前って奴は。さっきの虫、食べなかったのか?」
「それどころじゃありませんでしたー、」
ひっくり返ったままのチッタさんを、ブワイヨさんは意地悪そうな笑顔で見つめている。
「こんなわけですから、お嬢様、旦那、お時間がよろしければ少し寄り道しに行きませんか。」
「構いません。」
実はアンシ・シの街に残って別行動をとるつもりだったのもあって、わたしはこっそり好都合に興奮する。
「そうとなると、虫なんかを付けたままいけませんね。」
ブワイヨさんがポケットの多いカーキ色の上着を脱いで豪快に払う。仄かに柑橘系の虫除けの香の匂いがし始める。
虫が潜んでいるかもしれないと思い始めるといてもたってもいられなくなって、わたしもふたりに背を向けて、明るい灰色の火光獣のマントを広げて払い、着ている紅茶染めにしたシャツも念入りに払い、長めのチャコールグレー色のスカートを摘まんで払ってみる。
何も出てこなかったのでほっとして振り返ると、仰向けの胸の真ん中に黄水晶を置いてもらってうっとりと魔力補充しているガチョウのチッタさんの姿が見えた。
「ねえ、旦那、私ね、」
「ん? なんだ、言ってみろ、」
弱々しいチッタさんはなんだかかわいい。
「あんなこと、考えているなんて思ってもみなかったんですよ、旦那。」
「ああ、そうだな、」
傍にしゃがんでいるブワイヨさんの眼差しは優しい慈愛に満ちている。
「こりゃあ…、なんか一杯飲みたい気分ですよ。ねえ、旦那、今なら鳥の丸焼きなんか一匹まるっと食べれそうな気分です。」
「人間の姿に戻らないと共食いになるだろうな。」
「任せてください。」
飛び起きたブワイヨさんは人の姿に戻った。頭にオレンジ色の逆さにした花みたいな帽子を被り直して赤色の袖にオレンジの地色に黄色いまだら模様のシャツに緑色の幅広のズボンという身なりを整えて、朱色と黒色のペインティングが混ざってしまった頬をブワイヨさんに布巾で拭ってもらいながら、得意そうに「今なら仕込み前で客が少ない店があります。案内しますから、行きますよ、お嬢様」と上機嫌で笑う。
「お前って奴は、」
汚れた布巾をズボンのポケットのひとつにしまって、呆れつつブワイヨさんも笑った。
お腹を擦ると、いつから食べていないんだろうって思えてきて、朝に師匠と一緒に王都で食べて以来かもと実感してしまうと、お腹が急激に空き始める。1周目の未来で得た情報とどこまで差が出来てしまっているのかを比較するためにも、酒場は都合のいい情報収集の場だったりする。
「アンシ・シで食べるの、初めてなので楽しみです。」
1周目の未来では聖堂内で食事は済ませていた。
「そうなんですか?」
興味深そうにブワイヨさんが見つめてくるので、「そうです、」と答えつつ、自分のここまでの言動でおかしな点があったりしたのかなと不安が一瞬過るけど、大丈夫だろうと割り切る。
いつになく、なんだって冒険者なのだからと言ってしまえば何でも解決できる、なんだって取り組める。そんな気がしていた。
※ ※ ※
墓地のある区画から街の中へと歩いて戻って、わたし達はチッタさんの話していた酒場を探すことになった。夕暮れ時が迫っている影響もあって家路につく人々とは逆に街中へと入っていくので、市場帰りの人々の手にはたくさんの食料が抱えられていて、小さな子供は負ぶわれて眠っていたりもする。
「私は小さい頃、よく姉ちゃんに負ぶってって頼んだんですよ、」
立ち止って見送って、チッタさんがぽつりと言った。
「お前のデカい図体ではさぞかしあのほそっこいお姉さんは大変だっただろうな。」
しみじみとからかうブワイヨさんに、チッタさんは「何言ってんですか、私は昔はかわいい子供だったんですよ」と軽くキレる。
「手をつないでやるから歩けって言われて一緒に帰りましたよ。文句を言ったら喰ってしまうぞって怒られたもんです。」
「その話は麗しい姉弟愛のつもりなのか?」
わたしもなんだか違う気がする。
「姉ちゃんらしい愛情表現ですよ、負ぶえるのに歩かせて鍛えさせようなんて。」
「本気で言っているのか?」
「あったりまえじゃないですか、」
早足に追いついて、チッタさんは「おふたりだから打ち明けますけどね、姉ちゃんは豹なんで、」と肩を竦めた。
「え?」
トリのチッタさんにヒョウのお姉さん?
「姉弟でそんなに違うのですか?」
鳥になって飛べばすぐに帰れるだろうに人間の姿のまま豹に負ぶってと頼んでいるのなら、幼い頃のチッタさんはなかなかに怖いもの知らずだ。
「まさか、親が違うのか?」
「同じですよ、墓守の家にどこからか偵察者の家の血が混じったみたいです。詳しくは知りません。」
チッタさんは詳しく語ってくれないので、鳥は偵察者なのかなと見当をつける。豹が偵察者でもすんなりと馴染めそうなので、断定はしないでおこうと思う。
「どっちが偵察者なのか知らないが、管理者の家は、」
「さあ、何だったんでしょうね。直接会ったことがないので知らないんですよ、」
チッタさんは墓守の家系であるという事実を大事にしているとこれまでの会話で判ってきているので、興味がないから知らないという関心の低さからも関係しているのだろうなと思えた。
「あ!」
何かを閃いた表情のブワイヨさんが声を上げる。
「お前のお姉さんが塔に行かないのは、もしかして、行けないのではなくて、本当に行かないだけだったのか?」
「ええ。脚力も跳躍力も桁違いに優れていますからね。本を手に入れて持ち帰るのも簡単だっただろうと思います。残念ながら今日まで、私が、姉ちゃんだけはそんなことをするはずはないと思い込んでいただけだったみたいですが、」
「恋人を待つために、村から動かなかっただけなのですか?」
「私はなーんにも姉ちゃんを見ていなかったんだとつくづくよくわかったんで、そうなんだと思いたいですが、本心はよくわかりません。」
チッタさんは困り顔になる。
「ああ、お腹が空きすぎて、自分でも何を言っているのかわからなくなってきました。そんなはずはないって思ったり、判ってくれているはずだって思ったり、らしくないって思うのって、何にも見えてない証拠なんですね。ほんと、自分自身が自分ってものを一番わかってないのかもしれないですよ、まったく。」
笑って誤魔化しているチッタさんがどうにも泣いているようにしか見えなくて、ブワイヨさんは腕を組んだまま「いつも通りだ、安心しろ、」と呆れたように言ったのも、どういう訳かわたしには温かい言葉に聞こえてしまっていた。
「表通りに近い店はどの時間も大混雑です。アンシ・シは封鎖が解けてから一気に街に活気が戻って、ゆっくり食事もできない賑わいなんです。」
言われるままに角を曲がって裏通りに出ると、ドアが開いていても夜営業の仕込みの為に休業中の看板を立てている酒場がいくつかあった。少し歩いて、通り沿いにテーブルや椅子を並べて開放感に溢れ皇国からと思われる旅行客で程よく混んでいる大きな酒場が並んでいる前をいくつか進んだ先の先の、こじんまりとした酒場を指さした。
「あそこです。」
乳白色に塗られた壁には汚れがなく曇りなく綺麗に磨かれた腰高窓から見える店内はどれもこれも新調されたばかりの清潔さがあって明るくて、酒場というよりは個人経営の食堂のような暖かみがある。
厨房近くのテーブルに客はひとりしか見えないのもあって、奥に見える厨房では体格のいい中年の女将さんや若くいかつい料理人が支度に専念をしているのが見て取れる。顔や雰囲気が似ているので母子なようだ。
視線を戻してすぐ近くの路地の先へと向けると、安宿の看板もいくつも見える。なんとなくだけど、この店の料理の値段は庶民価格っぽい感じがする。
「入りますよ?」
ドアを開け店内へ入ると、人数を確認するために女将さんが出てきて、真ん中近くのテーブル席へ案内してもらえた。頭にはまとめた髪を白いスカーフで巻いて隠した女将さんは生え際が意外と白く、青い瞳の色をしていた。
テーブル席ばかりの店内では、通路を背にして厨房近くの奥のテーブルで男性の旅行者がひとり、マントを脱がずに食事をしていた。焦げ茶髪で青い瞳の疲れた表情のこの旅人は、足元に大きな四角い箱を置いている。肩掛け紐が付いている箱なので、行商人なようだ。
テーブル席をふたつ空いての距離感なのもあって意識して見た皿の中身からするに、もうじき食べ終えてしまいそうだったりする。こんな時間だし、これから国境を超えるつもりでもあるのかな。
「どこでもいいわけじゃないようですね、」
案内された席につく時、呟くようにブワイヨさんが言った。厨房を背にテーブル壁側にわたしが座り、その向こうにチッタさん、隣の通路側にブワイヨさんで座ったのもあって、チッタさんたちは通り沿いの窓には背を向けて座っていたりする。
店内に他に客はいない、店員も少ない。初めて入る店だからと言っても、チッタさんはこの店を知っているようだ。
窓へと目を向けるとこの席でも通りを歩く人と目が合いそうだったのもあって、どうしてブワイヨさんはそう言いたくなったのかを考えてみる。厨房には、裏口から入って来た白髪頭の老年の痩せた料理人と茶金髪の若くいかつい料理人のふたりがいた。
窓際だとひと目につく、窓に背を向けていると外敵の侵入に気が付けない、厨房の裏口から侵入する者にはいち早く気がつける、厨房の近くだと店の者に話を聞かれるし先客と近くなる、店の真ん中の席だと左右どちらのテーブル席にもこの先客が来る未来が確定している。
厨房近くの壁側の、店内を入り口に向かって見渡せる席につきたかったりしたのなら何のためにだろう、尾行する者がいたのかな…?
「何かありましたか?」
率直に聞いてみると、じっとわたしを見たブワイヨさんは「なんでもありません、気にしないでください、」とニカッと笑った。絶対何かありそうで気になる。
「じゃあ、とりあえずすぐに食べれそうなものを持ってきてください。」
チッタさんは注文を聞かれる前に自発的に頼み始めた。
「お飲み物は?」
「スープがあれば3人分で、」
「少々お待ちくださいね、」
一瞬面喰った女将さんはわたしを見て何故だか納得した表情になり、笑顔で厨房へと戻ってしまった。後姿を見送りながら、彼女の頭の白いスカーフの下にまとめた髪にはキラキラと茶金髪が混じっているのを見つける。
「チッタ、お前、こういう店に来たことがないのか? たいてい人数分の酒を頼むのではないのか?」
「酒より汁です。汁より具です、肉です、幸せです、」
両手を広げて語るチッタさんを呆れ顔で見ているブワイヨさんが面白くて、わたしはつい「ここへは来たことがあるから、ですよね?」と尋ねてみる。
「いいえ、ありません、窓の外から見たことがあるだけです。期待しています。」
「ああ…、」
鳥の姿でアンシ・シにて情報収集していた時に見知った店なのだと判る。
「ところでお前、金はあるのか、」
「あるわけないじゃないですか、」
「は?」
「私が持っていたら、旦那、おかしいと思いませんか? みーんな食べて、この体ですよ?」
「お前の素行を見ていると、ある方が確かに何故持っているのか聞いてみたくなる気がしなくもないな、」
「旦那、どうか哀れみをください、」
呆れ顔から怒り顔に変わったブワイヨさんはこめかみを指で解す。
「お前にくれてやれるのは軽蔑の眼差しくらいだ。」
ふたりは本当に持ち合わせがないのかな。
肩掛け鞄の中には、庭園管理員としてのお給料が入っていたはずだ。
「よければ…、」とわたしが言い出したのを、ブワイヨさんは「大丈夫です。これくらいはありますので、ご心配なく、」と言い断ってしまった。なんだかんだ言っても支払うつもりがあるらしい。
「ビア様に感謝しろよ、お前だけだとこんな対応はしなかっただろうからな?」
チッタさんは安心しきった顔でブワイヨさんとわたしを見て、「感謝してます、」と小さく言った。
「もっと感謝しろ、」
「あ、いい匂いがしてきましたよ、旦那、」
ブワイヨさんが冷ややかに睨んでいる最中に、いかつい料理人が人数分のスープを入れた木製の深皿を持ってきた。並べてもらう間にもチッタさんがあれもこれもとどんどん注文していくのを、料理人はさらっと注文を繰り返して答えてくれたので驚きもする。
スープを食べて他の料理が来るのを待つ間に、先客は会計を済ませて出て行ってしまった。後姿をブワイヨさんがさりげなくスープを啜りながらじっと見ているので、わたしも盗み見ながら観察してみた。彼の背負う大きな四角い箱はかなり頑丈そうで、表面には漆が塗られていて防水効果もありそうだ。
ブワイヨさんと目が合った。
店のドアを開けて旅人は出て行き、ドアが閉まってしばらくしてそっと「今の、本売りでしたね、」と教えてもらう。
もしかしてアンシ・シ封鎖中からいたのかな、と首を傾げていると、チッタさんが「いませんでしたよ、」とわたしの声を見透かしたようにあっさりと言った。
「見てませんから、いません。旦那も心配しすぎです。」
「皇国から来たばかりなのでしょうか、」
「お嬢様まで。気にしすぎですよ?」
チッタさんはそう言って、さっそく出してもらえたふかし芋の大皿を受け取った。胡椒の香りがほくほくと芋から昇る湯気に混じる。
「兄さん、さっきのお客はどこから来たのか聞いていないかい?」
ブワイヨさんが軽く手を上げて料理人に尋ねている。
「さあ? 皇国からやっと来たって話だったけど?」
客商売とは思えないぶっきらぼうな言い方に一瞬面喰ったわたし達に、女将さんがエプロンで手をふきふき厨房から出てきた。肩を叩いて料理人を厨房へ行かせているので、話を引き継いでくれるつもりがあるみたいだ。
「ああ、すみませんね、お客さん。さっきのお客さんは皇国の国境からこっちへ来るのが大変だったって話ですよ?」
「何かあったのですか?」
「なあに、たいしたことはありませんよ、お気になさらずに、」
ズボンのポケットのひとつを探っていたブワイヨさんは、そっと手をテーブルの上を滑らせる。女将さんの手に添えて何かを握らせている。
「あら、お客さん、こんなに。ああ、ここだけの話ですからね、内緒話にしておいてくださいね、」
貰った銀貨にまんざらでもなさそうな女将さんは軽く手招きして、料理人に次の料理を持ってこさせながら「さっきのお客さんから聞いたばかりの話なので新鮮な噂なのだと気楽に聞いてくださいね?」と念を押しつつ屈んで、「向こうの国境は機能停止中なのだそうですよ? おかげで粘って粘ってしてようやくこっちへこれたのだとか」と小声で教えてくれる。
「何かあったのですか?」
「なんでも金払いのいい貴族が検問に携わる兵士やら民間人やらを買収してしまったらしくて、なかなか検問が再開されないそうですよ?」
「アンシ・シの封鎖は解除されたのではなかったですか?」
「それが、アンシ・シの封鎖が解除されて一番に出国した一行が向こうで出入国の業務を止めているのですって。書類の審査やら検査やらなんやらで停滞してしまっているのを幸いとばかりに、一行の中にいた貴族がカネをばらまいて向こうの検問所で酒宴を開いてしまったのですって。おかげで待つ者たちはただ酒が飲めたり持っていた商品をその場で買い取ってもらえて味見がてらにその場にいた他の商人たちに気前よく配ってもらえるのでお互いに味見が出来たり宣伝が出来たりしていましてね、停滞しようと荷物を無駄にせずに済んでいるらしくて暴動にはなっていないそうですよ。」
ブワイヨさんがへーと感心している横で、チッタさんはブワイヨさんの分のスープもちゃっかり横取りして、ふかし芋ももりもりと食べている。
「金持ちは喧嘩せず金で解決するという通説を体現するような人物ですね。是非ともお名前を知りたいものです。」
「お客さん、お貴族様はたやすくお名乗りにならないもんですよ。」
明らかに心当たりがありそうな態度に、ブワイヨさんは引き下がらない。
「人相はどんなでしたか? 商売人は知っておきたい貴重な人材です、」
「さあ、なんというお名前だったか。皇国のお貴族様で皇国へお戻りなら、しばらくこちら側にお帰りにならないだろうって聞き流していたのですよ、」
困り顔の女将さんにもう一枚銀貨を握らせたブワイヨさんが答えを待っていると、奥から両手に骨付き肉の焼いた山の乗った皿を持ったいかつい料理人が「はいよ、お待たせ」と言いながらやってきて、女将さんに割り込むようにテーブルの上に並べた。
「確か一度だけ、うちの店にも来たことがあっただろ。あのおっさん、金払いが本当によかった。大宴会だった。覚えていないのか、母さん。ベル何とかって名前だったよ、お客さん。」
「そうだったっけねえ、ドがつく何とかって聞いた気がしたけど?」
首を傾げた女将さんの手の内から銀貨を一枚毟り取ると、「これは俺の取り分で決まりだな、」と言って料理人はブワイヨさんに小さく会釈して厨房へと戻っていく。
ベル何とかって、ベルムード?
皇国の金払いのいい貴族って、酒盛りが好きなのって、ベルムードしかいない気がする。
「そのベル何とかってお貴族様はひとり旅なのですか?」
声が上擦らない様に慎重に興奮を押さえて、わたしはおずおずと聞いてみた。
わたしや師匠の任務にくっついてきたベルムードが一人旅って考えにくいから、宝石商のセサルさんと一緒なのかなって期待してしまう。
「いいえ、何でも貴重なお宝が皇国へ戻ってきたっていうお祝でもあるらしいので、お宝を運ぶために大富豪に雇われた傭兵たちの御一行のおまけのひとりだそうですよ。」
「大富豪って、女将さん、聞いていませんか?」
ブワイヨさんに次の銀貨を催促をする眼差しで見つめる女将さんは知っている様子だ。
「さすがに勘弁してくださいな。あの方はこの先も何度かこちらにいらっしゃるでしょうから。」
「国境を越えて商売をする大富豪とは、お知り合いになりたい限りですね。」
「あの方はなかなか庶民には縁のない変わったものをお好みになりますから、お客さんがどんなお商売をされているのかは知りませんけど、このままにしておかれた方がいいのかもしれませんよ?」
「どうしてですか?」
肉を頬張っていたチッタさんが咎めるように尋ねた。庶民には縁のない変わったものという言葉で塔から消えた2冊の本をわたしは連想していたので、同じように感じたのかもしれなかった。
「本当に、これ以上は話しませんからね?」
そう言いつつブワイヨさんから銀貨をもう一枚貰った女将さんは「なんでも本物の『ヒパルコスの乙女』の一体なのですって」と教えてくれて、「空いたお皿はおさげしますね」と言ってテーブルの上のチッタさんが空にした皿やら器やらを持って厨房へと引っ込んでしまった。
トマスさんだ。ヒパルコスの乙女の棺を運んでいるのは、トマスさんしかいない。
トマスさんとベルムードが一緒に皇国へ入ったなんて想定すらしていなかったのもあって、わたしは目を見開いたまま、しばらく何も話せないでした。
ありがとうございました。




