35、世界をつなげるのは誰かの信念
「すまないね、少し詰めておくれでないか、」
突然背後から声を掛けられて飛び上がりそうになる。顔を上げると店の中を振り返るといつの間にか人でごった返していて、どのテーブルも相席状態になっていた。目の前にあるスープの表面をスプーンですくったり円を描いてみたりしてすっかり食べずに考え込んでいたのだと気が付いて、慌てて椅子を引いて背中を屈めると、「お嬢ちゃん、すまないね」と言いながらわたしの背側のテーブルにもひとり客が空いた席に座っていく。背中越しに聞こえてくる女将さんとのやり取りから、どうやら表通りの酒場に入り損ねた者たちというよりは、仕事帰りの常連客なようだと判る。顔見知りなのか和やかに受け入れている彼らはそれぞれに酒とつまみとなるものを頼んで、忙しそうな厨房の様子を窺いながら主食が来るまで気楽に会話して待っている。
わたし達のテーブルの上にはかなりの料理が広げられていたはずなのにあらかたなくて、料理の入っている皿が目の前にあるのはわたしだけになっていた。チッタさんとブワイヨさんは大ぶりのジョッキで何かを飲みながら話して、笑いあって、楽しそうだ。
わたし待ちなんだわ。旅行客だからと気を使って街の人は相席してこない偶然も、じきになくなってしまいそう。
すっかり冷めてしまったスープを口に運んで急いで丸い小型のパンを手に取って千切って頬張っていると、ブワイヨさんと目が合った。
「急がなくても大丈夫ですよ、ごゆっくりどうぞ。」
豪胆なのか建前なのかどっちかわからないけど、見知らぬ他人の気を使う時間が惜しい。
「いえ、大丈夫です。」
噛み合ってないと思われるのにお互いに大丈夫と言っているのに気が付いて、大丈夫って不思議な言葉と思いながら急いで食べる。
「なにか、気がかりでもありましたか?」
ブワイヨさんが確認みたいに尋ねてくる。
「もしかして、この土地の味付けがお口にあいませんか、」
肩ごしに、他のテーブルで接客していた女将と目が合う。
「あいます、おいしいです。大丈夫です。ここのお店、とってもおいしいですよ?」
気を取り直して、取り分けてもらったままだった骨付き肉をしっかりと齧って、はっきりと言ってみる。公国と比べて黒コショウが強いとか王都よりも塩気もあるとは言えない。味付けで何かが足りないと思ったら、母さんなら香草を足しそうだ。
「本当に急いでいませんから、ビア様、ご自分のペースでごゆっくりどうぞ。チッタはどうせ食べ過ぎて動けませんから。」
テーブルに肘をついて顎を乗せて、ブワイヨさんは余裕な面持ちでニカッと笑った。
口を尖らせたチッタさんはともかく、女将さんはこちらのテーブルにやってきそうな気配があるので、改めて食事を褒めることにする。
「公国とは違うなって、家族を思い出していたんです。香辛料とか味付けとか、ここは王国でも皇国が混じっている気がします。ここは、知らない街です。」
アンシ・シには1周目の未来で来たことはあっても、聖堂の施設にいたのとほとんど食べられないほど悪い体調だったのもあって、店の雰囲気も料理も客層も何もかもが新鮮なのは嘘じゃない。
「わたしの知っている王国ではないんだなって、まだまだ知らないことだらけなんだって、考えていたんです。」
わたしの1周目の世界は宿屋などの基本的な生活の基盤を行く先々で便利に利用したはずの聖堂なのに、逆に衣食住を管理されて情報を囲われていたのだと、未分化だったのもあって行動を規制されていたのだと、改めて思い知らされる。
わたしは本当に冒険者と言えるのかな。自分の足で、自分の知りたいことを追いかけているのかな。
この街で、知りたいことを探せているのかな。
まだ、足りない。
知らないことが多すぎる。
「まー、ヒパルコスの乙女の話なんか聞いたら、食欲無くなりますよね。繊細な私もそのお気持ち、実によく判ります判ります。」
チッタさんはわたしの気まずい告白をそう受け取ったようだ。違うからと言って逐一訂正する気もないのもあって、曖昧に頷いておく。
「お前が繊細? 鳥の丸焼きをうまそうに食べるお前が繊細?」
ブワイヨさんは首を傾げている。「だいたい派手な棺桶に入った呪術具なのだろう、どうしてビア様が気持ち悪くなるんだ?」
どうやらブワイヨさんはヒパルコスの乙女がどういうものなのかをしっかりとは知らないらしい。トマスさんは自動人形と言い、閣下は人間の体を使って精霊を閉じ込める呪術の結果だと教えてくれた。実際を見た印象だと、人形と呼ぶには精巧すぎていて遺体というには血色がよくて、眠っている娘だと言われた方が納得できていた。
「嫌ですよ、旦那、」
チッタさんが目を細め嬉しそうに小声で話し始めた。
「皇国は悪趣味なので、美しい娘のヒト型の中に悪い精霊を封じるって話ですよ。どうやって王国にそんなものが持ち込まれたのかはわかりませんけど、そんな呪物が無くなったんなら良かったじゃないですか。」
不思議そうな顔をしているチッタさんの様子から、棺の中身を知っているのだと気が付いた。
トマスさんは運んでいるのはヒパルコスの乙女と、正直に宿屋の人間に告げたのかな。言ったとしても、宿屋の人間はそんな貴重な術具の存在を軽々しく第三者に漏らすのかな。鳥の姿になってアンシ・シに潜入していたとして、どうやって確認したのだろう。
「宝石ではないのか。精霊が封じてある人形という点で、自動人形ではないのか?」
ブワイヨさんはヒト型という言葉を人形と受け止めたらしい。この国で言うヒト型は竜が人間に変形した姿であって、公国では精霊の人間に変形した姿を言う。ヒト型を人の形をした道具である人形と捉えるのは、皇国の発想だ。皇国と国境で接するクラウザー候領ならではの言葉の変換なのだろうけど、チッタさんが中を見たことがあるのかもしれないという疑惑がある以上、どういう意味でヒト型なのかを追求したくなってしまう。
「自動人形なら術者に従順なんじゃないですか? 言うことを聞かないから棺に閉じ込めて行動を制限しているんじゃないですか?」
秘密のままに宿屋にあるのだとしても、ますますどうしてチッタさんは朱色の棺の中にヒパルコスの乙女が納められていると知っているのか気になってしまう。
チッタさんの考察になるほどと感心しつつ、実物を見たことがあるだけに器にされてしまった娘がいたたまれなくなってくる。
「ネクロマンサーの使う人形と似ているな。いや、違うな。ネクロマンサーの人形は魔法で姿を隠してあるんだったよな?」
「見えない者には見えないので、見える者にしか見つからないらしいですね。ま、繊細な私は、見えちゃうんですけれども。」
「ビア様も魔力をお持ちだから見えるのですよね、けっして気にしてはいけませんよ? この者のように気が触れてしまいます。あ、違うか、お前はいつも通りか。」
「えー、旦那、ひどいなあ。この場合一番怖いのは旦那の御同類の普通の人間ですよ。お化けが入っている人形をわざわざ皇国から持ってくるなんて発想が怖すぎです。そんな危険物は持ち出さずに、しっかり自国で管理してほしくないですかー?」
チッタさんは一貫してお化けが怖いらしい。
お化けが皇国から持ち込まれたと知っている口ぶりなのもひっかかる。元々竜を祀る国・王国になかったのは判る。だけど、具体的に断定しすぎている気がする。
朱色の棺桶だって剥き出しのまま王都から運んできたではないだろうし、移動中に持ちやすいようにとか埃避けとかいった理由で目立たないよう布が被せてあったりしそうだ。ひと目でそれと判る状態で運んだりするのは無防備過ぎる。
「まるで見たことがあるような怯えっぷりだなー、」
ブワイヨさんがカラッと笑うと、チッタさんは身震いして「笑い事じゃないですよ、」と顔を蒼くした。
『あの街には皇国人が宝物を運び込んでいます。あの量、宝石商もいますね。盗賊がいなくなって安心ですよ、あれなら。他にめぼしいのは、カバンに見えるネクロマンサーの檻と、朱色の棺桶に入ったヒパルコスの乙女と、大きな木の箱に入った自動人形です。忘れていました。』
冷静になって考えてみると、チッタさんは詳しすぎる。
わたしの中で疑惑が色濃くなる。
ヒパルコスの乙女の中には何も入っていないはずなのに、入っていた頃を知っているかのような口ぶりだ。いくら朱色の派手な棺桶でも中身を確認して初めてヒパルコスの乙女とわかるのなら、中を確認した者ではないと言い切れたりはしない。まさか、トマスさんと知り合いだったりするのかな。ただ、チッタさんのこれまでの話ぶりだと、トマスさんとは関係がなさそうだ。となると、鳥の姿でトマスさんの宿屋に侵入したから知っているとしても、輸送と警護のために冒険者や傭兵など人を雇っているだろうに、鳥の姿になって窓から入ったからと言ってそうやすやすと棺桶の中を覗ける気がしないし、中身の確認もできる気がしない。
別の誰かが手助けしている…?
「お化けがうろうろしないように封じてあるなら単なる道具だ。冒険者なのか皇国人なのか知らないが、持ち主が責任もって管理しているのなら平気だろう。」
騒めく声や注文で女将を呼ぶ声が飛び交い始めた店内をちらりと見まわして、ブワイヨさんはあらかた食事をし終えて考え込むわたしと目が合うと愛想よくニカッと笑って、別のテーブルに料理を運んだばかりの女将を呼んで小声で何かを頼んでいた。
「本当にそうですかねー? 精霊狩りなんて暴走しちゃってるから怖いんじゃないですかー。」
「安心しろ、お前は絶対に無事だ。もうアイツらは旅立ったのだろう? この街にはもういないのなら、十分にこの街は安心ではないか、」
塔から賢人の遺体を絨毯に包んで持ち出したと思われる死霊使いは使役する人形と共にどこかに向かっていて、向かう先はもう一冊の本を持つチャイカという薬売りがいるという王都である可能性が高い。
何かを言いかけて、思い出したように口を噤んで俯いたチッタさんに向かって、「追いかけていくけどな、」とブワイヨさんはぽつりと言った。
わたしはひと呼吸して気持ちを整えてみた。チッタさんは、まだ話してくれていない何かを隠している。
「あの、ちょっといいですか?」
「どうかしましたか、お嬢様。」
「どうやって、チッタさんは中身を確かめたんですか?」
「え?」
「珍しい朱色の棺桶があるからと言って、どうやって知り得たのですか? しかもその中にお化けの入っている呪術具があったと、どうして知っているんですか?」
ブワイヨさんの目は見開いたまま、チッタさんへと向けられていく。
「ヒパルコスの乙女はそういうものだと、」
「大事な術具なら、隠していると思うんです。ヒパルコスの乙女だと宣伝するでしょうか。鳥の姿で偵察していたとして、部屋の中に入らないと朱色だと判るのも棺の中身を見るのもそれと断定するのも、無理だと思うんです。」
「なるほど。これは黄水晶と教えてもらうから黄水晶、みたいなものですね?」
ブワイヨさんはポケットから小さな黄水晶を取り出して見せてくれる。
「そうです、ヒパルコスの乙女である根拠を知っていないとわからないなら、誰かがこれはヒパルコスの乙女だと教えてくれないと判らないと思うんです。」
「おい、チッタ?」
口を噤むチッタさんは汗をダラダラとかきはじめていて、明らかに動揺していた。
「お化けだってどうやって中に入っているってわかるんですか?」
王都の薬草園のお屋敷でみたヒパルコスの乙女は、美しい若い女性の遺体にしか見えなかった。中身は空っぽだと、山猫オリガが空白を埋めるために吸い込まれそうになったから知っている。
「それは…、」
「ああ!」
女将さんが黄緑色に澄んだ色の綺麗な瓜の盛り合わせを持ってきてくれたので、ブワイヨさんはわざとらしく話を変えようとしたチッタさんに黙るよう合図した後大皿を受け取って、目が釘付けになってしまっているチッタさんを牽制しながら「ビア様もどうぞ、」と小皿に取り分けてもくれる。
「今夜の締めは瓜です。ビア様は果物がお好きですか?」
「大好きです。」
「旦那、私にも、」
「お前は後だ、」
「ありがとうございます。お嬢様、ここいらでは食欲のない朝には塩を振って食べるんですよ、もう最高です。」
急に元気になって明るい口調で言うチッタさんは、どう見ても食欲が有り余っている風に見えるし、ほっとして油断している様子なのも見え透いている。
「おいしいですよ?」
勧められるままに食べて、甘くみずみずしい果肉に気持ちが潤って、一瞬、何を質問していたのか誤魔化されそうになって、身震いして気を引き締める。
「チッタさん、」
「…場所を、変えましょうか。店の中、混んできましたし。」
ブワイヨさんがとりなすように明るい声で提案してくれたのもあって、わたしはチッタさんを見つめたまま、素直に頷いて従った。
※ ※ ※
「少し、歩きませんか、」
ブワイヨさんが気前よくお会計を終わらせてくれて店を出るとすっかり夕暮れ時で、通りの先まで続く店先にはどこも煌々と明かりが灯っていて、帰り道を急ぐ人よりもより道をする人の流れがゆっくりと進んでいた。
「どこへ行くつもりだ?」
チッタさんが通りを渡るので、ブワイヨさんがわたしをちらりと見てから戸惑ったように尋ねている。話をするのに大通りへと出るのは意外な気がしたのはわたしだけじゃないようだ。
「もちろん、帰りますよ、帰りますけど、少し寄り道しませんか、」
通りの向かい側の細い路地へ入るなり、チッタさんはフクロウに姿を変えた。人気が少ないとはいえ思い切った行動だ。それでも旋回しつつ目を動かして周囲を見回しているので、何かを警戒しているようにしか思えない。意識しているのは人ではない何かだったりするのかな。
「この方が、夜っぽいですよね?」
「蝙蝠の方がよくないか?」
「あれって鳥じゃないですよね? ネズミに顔が似てませんか?」
店を出た酔客が見えたのもあって、「さあて、な?」と言いつつニヤニヤと笑うブワイヨさんが腕を掲げると、フクロウになったチッタさんが舞い降りてきてしっかりと捕まる。
「案内しますから、ついてきてほしいです。もう少し、ひと気が少なくなるまで…、お嬢様、少し歩きますがいいですか?」
フクロウのチッタさんは丸い顔をクルクルと回した。
「大丈夫です。」
説明に時間がかかる、という意味だとわたしは受け止める。
「道すがらでもなんでもいいから、ビア様にきちんと説明するんだぞ、」
「旦那、わかってますよ。」
大通りを渡りつつ、フクロウは「ホウ」と鳴いた。
黙って歩いていても心の中は騒めきだっていて、頭の中は混乱している。
スーッと息を吸って吐いてして、今ある情報を整理してみることにする。
わたしと師匠の旅に何らかの目的をもって同行していたベルムードの特徴と言えば、本当の身分は明かせなくても師匠や閣下と幼い頃からの付き合いがある貴族階級出身で金払いがいいのと、本物のクアンドのライヴェンのひとつを持って旅をしている、ということだと思う。
師匠は、ベルムードが王都に戻ってこない理由に関して、『旅の目的が成された』と表現していた。わたしを利用していたと伝えたり、再会できたら秘密を打ち明けてくれるかもしれないとも教えてくれていた。現段階で、秘密も旅の目的も理由も、師匠は知っているし黙っている。短絡的だけど、トマスさんが旅の目的なのだとしたら、トマスさんと接触するために行動していたことになる。
本当にそうだろうか。もし本当なら、ベルムードは皇国と王国とを行き来する豪商であるトマスさんがいつかやってくるのを見越してアンシ・シに初めから向かえばよかったはずで、わたし達がする寄り道に付き合う必要はなかった。アンシ・シへさっさと向かってアンシ・シで待つのが一番無難だからだ。だいたいベルムードは皇国に暮らしているので、自国でトマスさんと接触すればいいのだ。
だが、自国ではトマスさんに接触せずに公国まで来てわたし達と王国へ旅立っている。おそらく、この時点ではトマスさんは目的ではなかったと思われる。実際、ベルムードは、わたし達の最終目的地がアンシ・シと知っていたから同行していたのかもしれないけれど、通常よりも長く時間をとって王国内を移動している。トマスさんがいつアンシ・シにやってくるのかなんてわからないからこそ、トマスさんに関係なくできた行動だ。となると、トマスさんとアンシ・シで鉢合わせたのは全くの偶然で、魔香がきっかけで同じ場所同じ期間で行動を制限されていたからこそ知り合えたと考えるのが妥当だ。
仮に、トマスさんは目的ではなく、現在に至るまでわたしには打ち明けてくれていない『ベルムードが探している何か』の為に必要な、これまで誰かは判らないけれど『旅の終わりを告げる存在』だったとする。『旅の終わりを告げる存在』を見つけ出す為に必要な情報収集をするためにあえて立ち寄る街で宴会を開いていたのだとして、わたしの知る限りトマスさん自身に関しての情報はつかめてこれなかったと思う。なにしろアンシ・シのこんな小さな酒場でも大富豪のトマスさんに関しての情報は伏せられていたのだから、そうそう巷で話題にはならない存在だったのではないかと思えた。
わたしが王都でトマスさんに出会ったのは偶然で、わたしがふたりを結び付けるきっかけにはなっていない。つまり、わたしという共通の知人がいなくとも、ふたりは別の何かをきっかけにして知り合っている。ここアンシ・シで二人は仲を深めている。
人物像を庶民や金持ちといった一言で評するなら、金遣いが派手なベルムードだって大富豪の類だ。ベルムードに関しては若い料理人は簡単に教えてくれたりするのだから、同じ大富豪というくくりでもトマスさんとは違う軽い扱いだったりする。大富豪のベルムードが他の大富豪の誰かではなく大富豪のトマスさんを探したいなら、同じくくりとして誰かに認識されるか同等に扱われたりして仲介される必要がある。
アンシ・シで大富豪という同じくくりとして評価を得たおかげで同じ場に呼ばれたのなら、トマスさんは大富豪として地元の人たちに認知されているけれど、ベルムードはどうやって認知されたのだろう。高価な宿に泊っているだけならまだしもこの店でも金払いがよかった話があったので、他の酒場でも豪快な祝宴をやったのだろうから、あちこちで『金を持っているし使う客』と認知されたのだとして接点はどうやったのだろう。どこかで会合があったとしてもそうそう新参者は呼んでもらえるとは思えない。街の名士の会合には大富豪とはいえ皇国人の旅行者でしかないトマスさんは呼んでもらえるとは思えないけど万が一呼んでもらえるとしても、ベルムードは無理だ。同じ旅行者同士の接点が別にあったはずだ。
言われて見れば封鎖期間中のアンシ・シにあった大きな金の流れがある。アンシ・シ封鎖中にどこかの宿屋で行われたという暇な金持ちの道楽という競りだ。その場に居合わせたなら、ベルムードは好機を逃がさないと思えた。きっかけさえあれば、ベルムードは躊躇なく相手の懐に飛び込んでいくのだとこれまでの経験から知っている。
ベルムードは何か別の目的の為に意識して参加した競りだったかもしれないけれど、トマスさんと接触してみて初めて、ベルムードは自分が探す何かについて必要な情報を持っている相手としてトマスさんを『旅の目的』である『旅の終わりを告げる存在』であるとみなした、と解釈した方がいい気がする。競り落とせなくとも『ベルムードが探している何か』について情報を持つ者と知り合えたのなら、旅の先々でカネをばらまいてきた成果は十分にあったと言える。
知り合うまでトマスさんが知っていると判らなかったことって、皇国で探している際にはトマスさんの名前が出てこなかったとも言えるので、少なくともベルムードが皇国を旅立つまではトマスさんは関係がなかったことだ。
王国でトマスさんがしたことに関係があったりする…?
何かを閃きかけて顔を上げた瞬間、ブワイヨさんが「そろそろいいだろう、」と言った。
歩いていた道はすっかり住宅街へと変わっていて、ひと気よりも乏しい灯りの数の方がまだ多いような、そんな寂しさがあった。
ありがとうございました。




