15.アジトでの生活
アーニャたちを見つけた部屋(監禁部屋とでもいうべき場所)に戻り、俺は全員に話がる旨を告げる。
そして起き上がれない二人を考慮して、彼女らが横になっている場所の近くに腰を下ろした。
「お話し、ですか?」
「ああ、俺はここにきてすぐ二人の治療を始めたし、自己紹介もまだだったからな。今後のこととかも含めて、いろいろ話そうと思って」
「そうでしたか」
親子連れとおぼしき二人のうち親のほうが得心のいったように頷く。
どうやら俺とアーニャが物資を探しに行っているうちに、残った四人でそういう話をしていたのだという。
「なるほど、そりゃちょうど良かった」
俺たちはまず最初に、名前と立場や出身なんかを簡単に話していくことにした。
これからの話とかをする関係上、俺の順番は最後だ。
「じゃあ私から。名前はレイさんにはさっきも言いましたけど、アーニャって言います。私はまだ勉強中ですけど、お父さんが王都で商売してました」
そのお父さんと旅の途中で襲われたんだったな、確か。
「私はエルザです。この子は娘のリリー。夫がトリスグランデで鍛冶屋をやっています」
エルザさんとリリーちゃんね。
トリスグランデは確かもう二つ先の関所街の名前だったか。
「私はカティア、こっちはファミーネ。私たちはラルドフィーネから二日くらいのところにある村の人間です」
カティアと名乗った女性はしゃきっとした様子でそう自己紹介した。
さっき涙で顔をくしゃくしゃにしながらおかゆ食ってた姿はどこへやらといった感じだ。まだ肌の発疹とが引いてなくて痛々しいけど、まあ元気になって良かったよ。
「……」
一方ファミーネと紹介された女性は、うつむき加減のまま少し頷くだけだ。
こちらは発疹は引いたものの、頬から胸元にかけて赤いあざのようになってしまっている。まあそれよりも深刻なのは心のダメージの方みたいだが。
……さて、じゃあ次は俺だな。
「俺はレイモンドだ。冒険者なんだけど、ちょっと事情があって王都のアカデミーで勉強するために旅の途中だ。薬を作れるから、それを売ったりして旅の資金を得てる……というか行商してる」
俺が薬箱を指さすと、みんながそれを見て納得したように頷いた。
「ここに来たのは、えーっと……」
さて、どう説明するか。そもそもこれまでの経緯を全部説明しようとすると大変になるよな。……まあいいや、ごちゃごちゃ言っても仕方ないし、がっつり端折ることにしよう。
「まず俺は素材採取のために近くの森まで来てたんだけど、人間が魔物に追われてるのに遭遇したんだよ。で、俺も一緒に襲われたりだとか色々あって、俺一人がなんとか生き残ったんだけど、看取った人間に遺言を残されたんだ。ここに女の人を残してきたからできたら世話をしてやってくれってね」
「それで、ここに……」
俺の話に、みんな複雑な表情を浮かべる。
特にカティアとファミーネの二人は、自分たちをひどい目に遭わせた野盗の言葉によって一命を取り留めたと言ってもいい。仇が死んで喜ばしい気持ちと、助けををよこしてくれた感謝をすべきかという気持ちで板挟みなのだろう。
「あまり気にしなくていいと思うぞ。あの男も君らのためというより、自己満足して逝くために俺に頼んだような感じだったし」
もちろんこれは嘘である。真っ赤なウソと言う訳ではないが、多分に俺の推測が含まれた話だ。
というかあんな死にかけの状態で、そんな感じもどんな感じもないしな。生きている彼女らをこれ以上煩わせることもないだろうという、俺の配慮だ。
「そう……ですか……」
「……」
カティアは少し俯いて呟くように言い、アーニャが何かを察したようにこちらを凝視してくる。
……アーニャには嘘ってばれてそうだな。聡い娘さんだし。
「さて! 過去のことはここまでだ。今後のことについて話そうか」
ちょっとしんみりした空気を変えるため、俺は一度手を叩いてから大きめの声で言った。
ファミーネも含めた全員が、顔を上げる。まだ吹っ切れたわけではないだろうが、表面上はちゃんと切り替えられたように見える。女性というのは強い生き物だな。
そんなことを思いながら、俺は次に、今後のことについて話し始めた。
「まずはカティアさんとファミーネさんに、体力を取り戻してもらう必要があると思ってる。森を出て街まで戻る体力も今はないだろうからね。方法としては十日くらいここで生活して、薪拾いだとか掃除とかをやってもらいつつ、薬草採取で少しずつ活動範囲を広げいく感じだな」
「薬草採取ですか。……確かにレイさんには貰ってばっかりですし、何か返さないといけませんもんね」
アーニャの言葉の通りでもあるが、それだけが理由でもない。
「まあ使った分の補填については、野盗のお宝を売っぱらったものから返してもらうことも考えたんだけどね。ただ薬の素材って買うと高いし、この辺は人があんまり立ち入らない場所だから、結構素材になる薬草が豊富にありそうな気がするんだ。何にも理由なしに運動するよりいいだろ?」
「なるほど」
「薬草取るときには俺がついていくし、ここにはクロウを何羽か残していくことにするよ。あと野盗のお宝の整理と街に戻ってからのことだけど、それは追々考えていくことにしよう。まだみんなも、今日突然俺がやってきて、っていう状況に意識が追いついてないだろうし、リハビリの中で考える時間はたくさんあるだろうから」
俺は話し終え、何か質問がないかみんなに聞いた。
二回くらい見まわしたけど特になさそうだったので、今日はこれでお開きだ。
その後は、持ってきた食料を大盤振る舞いしての夕飯を食べ(カティアさんとファミーネさんも胃薬頼みにたくさん食べていた)、すぐに就寝と言うことになった。
俺は今日のいろんな出来事に疲れ切っていたし、女性陣は野盗から解放された安心感からか、眠気はすぐにやってきて俺たちはぐっすりと眠ったのであった。
■ □ ■ □ ■ □
五日が経った。
「ぷはぁっ!」
野盗のアジト、朝の風景は崖の壁面から湧き出している岩清水で顔を洗うことから始まる。
これがまたひんやりして気持ちいい。
アジトのある場所は崖の下だからすぐに暗くなるが、朝は意外と日が差し込んで清々しい場所だし、野盗のくせにいい生活してやがったようだ。
「あ……」
誰かの声がして振り向くと、ファミーネさんが立っていた。
「おはよう。ファミーネさんも洗面だよな。すぐどくから」
「は、はい。おはようございます……」
俺がタオルで顔を拭き場所を空けると、ファミーネさんも顔を洗いはじめ、その山吹色の髪にも水をつけて拭いている。
この結構綺麗な山吹色の髪も、最初見た時は茶色だったんだよな。
どんだけ汚れたままにされてたかってことだ。
俺の備蓄していた石鹸を全弾開放して体や髪を洗ったあと、別人のようになっていてびっくりしたものである。
改善された食事の効果も相まって元の容姿が取り戻されてきていて、今では少し陰のあるほわほわしたお姉さんという感じだ。(ちなみに他の皆も身綺麗になって生きている)
「昨日はよく眠れた?」
「あ、はい……お薬ありがとうございます」
昨日少しうなされていたので、リラックスできるハーブを処方したのだ。
「あれは薬ってほどでもない代物なんだけどね。役に立ったなら良かった」
そう言ってお互い少し笑い合う。
救出からわずか五日しか経ってないけど、二日目から実施している「人間らしい生活をしよう運動」により、食事や住環境が改善されて皆に笑顔が戻ってきている。
体力はもとより、ポジティブに過ごして街に戻る元気を少しでも早く取り戻せるよう、頑張ってほしいところだ。
「……そういえば、結構綺麗になってきたね」
「えっ……?」
「ほら、アザになってたところ」
俺が自分の首を指差しながら言うと、ファミーネさんが自分の首……を見ようとして自分の首は見れないから、アザが確認できる胸元に視線を移した。
俺もそれにつられて視線を移すが、その先にあったのは、彼女の豊かな胸である。
ちょっと胸元の緩い服だから谷間がばっちり見えてしまっているね。
「……っ、あ、あたし先に戻りますっ」
見られていたものに気付いたファミーネさんは胸元を隠しながら、顔を真っ赤にして去って行った。
……あれ、今のセクハラ?
俺もリビング的な部屋(みんなで決めた)に戻ると、案の定仁王立ちしたカティアさんに出迎えられ、お小言をくらった。
「負担を掛けている立場で本当に申し訳ないんですけど、私たちも完全に立ち直ったわけじゃないですから、本当にお願いしますね」
もの凄い正論でぐうの音もでない。
ホントに申し訳ない。なんとか頑張って若いリビドーを抑えてみます。
……でも今回のは不可抗力だからね?
さて、次は薬草採取だ。本日の同行者はエルザさん親子である。
この薬草採取はカティア&ファミーネペアの体力づくりが第一の目的だったけど、他の人もあんまり外に出るタイプじゃないみたいだったので、体を動かせるように交代制でやることにしたのだ。
「リリーちゃん、今日はこのギザギザの、表面にちょっと毛が生えてるやつをお願いするよ」
「う、うん」
説明のために近付くと、後ずさりされる。ちょっと近すぎたようだ。
彼女は一番顕著な例だが、もちろん彼女だけじゃなく、他の四人も一定の距離より近くには来ないんだよね。
流石に野盗たちに嬲られてた過去は、すぐに記憶から消せるわけでも無いのだろうな。まだ五日しか経ってないし。
「今日はこの袋に一杯とる感じですか?」
「あ、いえ、今日は素材の処理もしたいので、ある程度採ったら帰るつもりです。半分くらいあれば大丈夫です」
「分かりました」
指示を出し終えて採取を始める。しばらくはもくもくと作業を続けた。
今採取を行っている場所もそうだが、アジトの近くは思った通り肥沃な森のようだ。少し探せば遺跡そばの群生地ほどではないにせよ、まとまった数の素材を見つけることがきる。
崖やらなんやらでちょっと来づらい場所にあるので、あんまり素材専門の冒険者とかに荒らされていなかったのだろう。流石野盗がアジトにするだけはあるって感じだ。
ちなみに今日採取している薬草は、実は堕胎薬に使うものだ。みんなにはなんか言いづらいので内緒だが。
あとはもちろんそればっかりあるわけじゃないので、等級外ポーション用の薬草(雑草)もついでに採取している。
素材の処理は順調で、この調子で行けば使った分の補填はすぐだろう。
俺も調合を頑張らないとな。
「それにしても、本当にありがとうございました」
「え?」
しゃがんでぷちぷちと薬草の葉を摘んでいると、後ろから声を掛けられた。
「エルザさん、どうしたんですか急に」
「あの子のいないところで、個人的にお礼を言いたかったんです」
「……? どう言うことですか?」
言って、ちらりとリリーちゃんの方を見る。
少し遠いところにいたので、監視ののため召喚していた三羽のクロウのうち一羽を近くに向かわせる。
「ありがとうございます」
「いえ。……それで?」
「はい。水下しをいただいたことでお礼をと思いまして」
「わざわざですか? 気にしなくてもいいですよ」
「違うんです。あの子、薬を飲んだ日に血の塊みたいなのが出たと言っていて、もしかしたら妊娠していたんじゃないかと……」
マジか。妊娠って三日でするもんなの?
その辺りの知識は全くないので分からないが、もし本当なら良かったどころの話じゃないな。リリーちゃんってまだ十二歳くらいだろうし。
「それは、何と言いますか……」
「あの子はあんまり知識が無くて、そのことに思い至ってなかったみたいです。そこはごまかしておきました」
なるほど。それで個人的にか。
リリーちゃんにばれないようにしつつ、可能性の話とは言え望まぬ妊娠を回避できたことの感謝を直接伝えたかったってことだな。
「そうでしたか。お役に立てたようでで良かったです。……でも、あの薬高いんですよぉ? 補填はたくさんいただく予定ですから、ホントに気にしなくていいんですよ。いちおう行商人ですから、ちゃんとその辺計算してます」
なんだか重くなりそうだったので、話の流れをちょっと変えてみる。
すると俺の意図を汲んでかエルザさんも笑顔を浮かべた。
……ちょっと、怖い笑顔なんですけど。
「あら、私だって人の親ですから、薬の相場くらい把握してます。それに今摘んでる草って、堕胎薬の薬につかうものですよね?」
「えぇっ!? き、気付いてたんですか……?」
「だって、他の素材は用途を説明してくれるのに、これだけ教えてもらえませんでしたから。何かあると思ったんです」
「うあー、全部ばれてる!」
やっぱり前世も人の親になったことないし、人生経験的に言って実際に親になった人間に適うわけがないんだな。
若い時代を二回やったって大した人生経験にならないのだ。この世界に生まれてからつくづく思っていたことなのに、改めて思い知らされた気分だった。
「うふふ……。やっぱりこういうところを見るとレイさんってお若いですよね。薬を作ったりしているのを見ると年相応には見えないんですけど」
「うぐぐ……褒められてる気がしない……」
俺ががっくり項垂れていると、俺とエルザさんが話しているのに気付いたのかリリーちゃんが近づいてきた。
「おかーさん、何話してるの?」
「ん? えーっと、レイさんと今日の晩御飯の話をしてたのよ。今日はまたたくさん食べようか―、って」
良いですよね? とエルザさんに視線を送られる。
これはまあ別に反論はないな。ごまかせるならなお良しだ。
「ホント?」
「う、うん、そうだね。果物とか野菜とかが結構痛んできてるから、いっぱい食べよう」
「やった!」
流石育ち盛りといったところか、リリーちゃんが小さくガッツポーズをとる。
この時ばかりは俺(というか男)への恐怖も感じないようで、満面の可愛い笑顔を見せてくれた。
その笑顔に、俺もつられて笑みがこぼれる。
「その代わり、明日からは食べるための草も摘まないといけないから、リリーちゃんにも頑張ってもらわないとね」
「えーっ!」
その後も俺たちは野草摘みを続け、昼過ぎごろにアジトへと戻るのであった。
■ □ ■ □ ■ □
十日が経った。
野盗の財宝の仕分けはOK。薬草の採取も十分。野盗たちの持ち物から旅支度も整えた。
「あとはみんなの体力次第だ。カティアさん、ファミーネさん、明日は行けそう?」
「大丈夫です」
「が、頑張りますっ!」
二人が決然とした感じで頷いた。
実際薬草や野草の採取で歩き回ってもふらつかなくなってきたし、等級外ポーションの力を借りれば問題無いだろう。
「じゃあ、明日出発だ。みんな今日は良く食べて、ぐっすり眠ろう」
俺が宣言し、今度は全員が頷く。
ようやく帰還の旅に出れる。
俺のアカデミーへの旅も全行程から言えばさほどのものではないが遅れが出ていたのだ。
本当にようやく元の目的に向かって進めるようになるのだと思うと、やる気が湧いてくるな。
俺たちはそれぞれやる気を高めながら、その日はいつもより早くに眠り、翌日早くに野盗のアジトを出るのであった。




