12.遭遇
朝早くに俺は村を出た。
村から最も近い街までは、徒歩で大体一日弱くらいの距離がある。
大岩の裏から森に入って薬草を探すことを考慮すると、ほんとに時間ギリギリの一日仕事になるだろう。
ちょっと探索が長引いたら野宿も覚悟しないといけないくらいだ。
薬箱を背負っているからあんまりやりたくない。行商を始める前なら野宿なんて気にしなかったんだけどな。
そう言うわけで、俺は中々の速度で道を進んだ。
道の両脇に生えた、その先にある木々の葉に付いた朝露がキラキラと煌めいて目にまぶしい。
今は気温が上がり切っておらず涼しいが、今日は暑くなりそうだ。
「……あれか?」
そんな調子で結構進んだ後、俺の視界の先に遠目でも大きいと分かる暗灰色の塊が見えた。
「結構遠かったなぁ」
俺が村を出た時、太陽は山の端から頭のてっぺんが出ていたくらいだった。
それがもうすっかり顔を出しきっている昇ってしまっているのだから、大体三時間は歩いている。位置的には村から最も近い街との中間地点くらいだ。
俺はそこで少し小休止を取り、その後大岩の後ろを探って道……の残骸のようなものを発見した。
まあそりゃ使ってないんだからまともに残ってる訳ないわな。
俺は短槍で邪魔になる枝などを払いながら、森へと足を踏み入れる。
と、その前に。
「召喚!」
探索の準備をしないとな。
召喚する内容はクロウ三羽とピクシー一体だ。クロウを左右前方と後方に放って索敵し、監視網に引っかかった敵をピクシーさんが射撃するというのが俺の戦い方のセオリーである。
「お前は右だ、いけっ」
「クルッポー」
個別に指示を出しつつ、足を進める。
多数同時展開の場合はある程度意思を込めて命令する必要があるので、こうして声を出して指示するのは有効なのだ。
まあはたから見たら動物に話しかけてる変な人状態なんだが。
「お前はいつもどおり俺のそばだ。離れんなよ」
「はぁーい」
返事だけはいいこいつが俺の二体目の召喚魔ピクシーさんである。
攻撃性能は今の俺のレベルからするとピカイチなんだが、見かけもおつむも幼女レベルのこいつは良く考えて指示を出さないとちゃんと動いてくれない問題児だ。
つーかクロウより御しづらいってどうなの? 鳥頭以下なの?
「トリじゃないもんっ! ピクシーだよっ!」
「わかったからあんま大声出すな。うるさい」
「ふんっ、だ」
不機嫌そうにピクシーが顔をそらす。
その姿は街中を走りまわってるおてんば幼女にしか見えないが、一点深紅の瞳だけがただの人間で無いことを表している。
彼女もまた、間違いなく召喚魔なのだ。人間に見えてもそこははき違えないようにしなければなるまい。
彼女たちはどこかの世界に生きている一個の生命であるのかもしれないが、俺の召喚魔である内は死ぬことはない。召喚魔の死は魔力消費に代替されて強制送還されるだけなのだ。
何が言いたいかと言うと、要するに最悪の場合、彼女を盾にしないといけないと言うことだ。
もちろん、そうならないようにするのも召喚士の仕事なのだが。
■ □ ■ □ ■ □
森を進む。
手の入っていない森は鬱蒼としていて暗い。
鳥目のせいかクロウから入ってくる情報もあいまいだ。
慎重に歩を進める必要があるな。
「あっるっこー、あっるっこー!」
「……」
「わたっしはーげんk」
「おい止めろバカ!」
「きゃんっ」
俺の隣で歩きながら能天気に歌うピクシーのドタマに、ついチョップを叩き込んでしまった。
だってヤバかったんだもん二重の意味で。
物音を立てて魔物を誘因するのも良くないし、あと版権もヤバい。特に後者がヤバい。
「なにすんのよー!」
「いいからデカい声出すなって。魔物が寄ってきたらどうすんだ」
魔物狩りに来てるならともかく。
薬草を摘みに来てるのに、魔物なんて来たら場がぐちゃぐちゃになっちまうからよろしくないのだ。
「もー、レイ怒ってばっか! けちんぼっ!」
「いいからおとなしくしとけ。後でアメちゃんやるから」
「え? アメちゃん? やったーっ!」
そんなアホなやりとりをしている内に、どうやら遺跡とやらにたどり着いたようだ。
相変わらず森の木々が鬱蒼としているが、その中に少し開けた場所があり、そこに真っ黒な石でできた構造物が鎮座している。
「これが遺跡か……」
遺跡の表面は大半が苔に覆われ、その苔が分解され土に成り果てたところから、雑草が伸びている。
これだけを見ても凄まじい年月が経っているのだと言うことが分かる。
「……」
眺めている内に、俺は不思議な感覚に陥った。
歴史ある神社の片隅で、祀られていることを誰も知らないと思ってしまう様な小さな祭壇を見つけた時のような。
見つけてはいけないものを見つけてしまったような、そんな感覚。
しかし、その感覚は即座に失われる。
錯覚だったのかもしれない。
まあ、木漏れ日の感じとか、苔むした感じとか、前世のどっかの神社で見たことがあってデジャヴを感じたという可能性もあるしな。
「さてと、薬草が群生してるって話だったな」
俺は気を取り直して、あたりを見渡す。
周囲をよく探せるようにクロウとのリンクを少し強めつつ探索を再開した。
そしてその後ほどなくして、薬草の群生地が見つかった。
■ □ ■ □ ■ □
「うっはっ! ウハハっ!」
今回のことで分かったこと。
それは、人間予想外の好事に見舞われるとアホみたいな声が出るってことだ。
そう、今の俺みたいにな!
「レイ、なんかキモい」
「うっさい。というかさっきから召喚主を呼び捨てにしやがっていい度胸だな」
「じゃあなんてよんだらいいのよお。ごしゅじんさまとか?」
いやそれは俺の社会的名誉が死んじゃうからだめだ。勘弁してください。
「それにしても、いっぱいとれたねぇー」
「そうだな。もうこれでひと財産……とまでは行かないけど、ちゃんと売り切ればちょっと良い賦活化装備も買えそうだ」
金額にするとどれくらいだろうか。もの凄くざっくりした計算だが……たぶん金貨十枚とかそのレベルだと思う。
利ざやギリギリの値段で薬を大放出した損失なんて、十回補填してもまだまだ余裕があるレベルの収穫だ。
これは村長にお礼をしないといけないかもな。
彼には使い道が無い情報だったとはいえ、あまりにも俺が得し過ぎている気がする。
「さーてそれじゃ帰るか……んっ?」
薬草を満タンにした皮袋の口を閉め、立ち上がったところでクロウの索敵に反応があった。
あいかわらず鳥目から得られる情報はあいまいだが、何か動く物体……いや、人影が見える。
「人? こんなところにか」
こんなところに人がいるのだろうか。
森の奥にあるこの場所は村人やら商人が立ち入るような場所でもなく、街や村との位置関係からして冒険者が活動するには中途半端な位置にある。
遺跡の場所を知る人間(村長)から情報を得てここに来た俺は例外的な存在のはずだ。
知らずうちに、槍を握る手に力がこもる。
恐らく俺の予想は外れていない。
人気のない所にいる人間といえばアウトロー。つまり野盗などの勢力だろう。
これは少し情報を集める必要があるな。
野盗は基本的にギルドとの契約が嫌な奴が落ちぶれてなるものだからステータススキル法を使っていない。ただ荒事に慣れた大人の男が武器を持って徒党を組んでいるのだ。少数ならまだしも、大勢は今の俺のレベルだとどうしようもならない。
そもそも戦士職でもレベル10を越えなければまだまだ普通の人間が鍛えて到達できる程度の身体能力しか得られないのだ。
俺は戦闘職じゃないし、その上ステータスの上がりにくいと思われる召喚士クラスである。召喚術もピクシーの火魔法も限りがあるし、無茶はできない。
と言う訳で情報収集だ。
どうせお尋ね者だから倒せるなら倒しときたいが、人数が多いなら逃げるが勝ちである。
俺はクロウを追加で二羽召喚し、索敵範囲を広げることにした。
「うっく……」
さすがに召喚キャパシティの上限数(同時に召喚できる最大数=レベル)を操るのはしんどいな。
だが先に情報を得られる利点は理解している。根性のみせどころだ。
クロウを放ってから間をおかずして、野盗たちの存在数が分かり始める。
全部で三。それだけだ。
「よし、思ってたより少ない。ただこれは」
何かから逃げて、こちらに向かっている。
俺の方に走っているのは偶然だろうが、時折後ろを振り返る様は、間違いなく何かから逃げている仕草だ。そして、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
クロウのあいまいな視界の外から、突如飛び込んできた巨大な影が野盗に覆いかぶさるのと同時、森に耳をつんざく悲鳴が響き渡ったのだった。




