13.戦闘と戦利品
クロウと共有した視界に移る影。
おそらく魔物であるそれは一人の喉笛に噛み付いた後、逃げた残りの二人を即座に追いかけ始めた。
「こっちに来る……!」
逃げる二人と追う一匹は方角的に俺に向かって進んでいる。
木々が鬱蒼としていて見通しが聞かないため視界にはまだ入っていないが、そんなに遠くない位置だ。
悲鳴が聞こえるくらいなのだから当然か。
「どこか、隠れるところはっ……」
接近遭遇まであとわずかというところで、俺が選んだ選択肢は隠れることだった。
野盗三人なら戦っても十分こちらにも分があるが、魔物は強さの上限が天井知らずだ。
いつもの討伐クエストなら冒険者が良く立ち入る場所で、事前情報が多くあるからシルエットだとしても何の魔物か判断がつかないってことはあんまりないんだけどな。
今いる場所だと少し慎重にならざるを得ない。
逃げて存在を知られるより隠れてやり過ごす方が良いと、俺はそう判断した。
まあ、薬草を摘んだ痕跡とかが残ってるから、存在自体を隠し通すのは無理に等しいだろうけどな。
「グゥゥアアアア!」
もう物音(というか魔物の唸り声)が近い。
ピクシーは空気を呼んでか静かにしている。いい子だ。
隠れる場所は迷ったが、遺跡の影にすることにした。
一辺十メートルの立方体じみた形状をしているから、上手くその周りをぐるっと周れば、追っ手の目をくらますことも出来るだろう。
俺は遺跡の裏に回り込んで、角から顔を出して覗くように周囲を窺がう。
それからさほどの間も空けないうちに、森から遺跡の入り口前……前庭のような部分に人がまろびでてきた。
「ひぃいいい! 助けてくれぇ!」
「死にたくねええぇええ!」
人間が二人だ。その風貌は簡素な鎧と腰には剣を帯びているが、街に生きる冒険者にはあるまじき汚らしい恰好をしている。
これは間違いなく野盗と呼ばれる人種だな。
「ひっ、ひっ……あ、あれ、追いかけてこねぇ……」
「た、助かったのか?」
野盗たちは後ろを振り返りながら、姿が見えなくなった魔物に安堵の息を吐く。
しかし俺は気付いた。
上空から見張らせていたクロウの視界に、身を伏せて忍び寄る獣の姿が見える。
遺跡の前提は木々が無く開けているのでクロウの視界も先ほどよりクリアだ。魔物の全容がようやく確認できて、そのおかげで正体が判明する。
「マンティコア……!」
人面の獅子で、尾に毒針を持つ。人を見れば積極的に襲うので危険指定されている魔物だ。
戦闘能力としてはレベル10の冒険者が徒党を組めば十分対処ができる程度と言われている。魔物の中ではこれでもまだ弱い部類だが、亜種が多くおり相性によってはレベル差を覆すこともあるらしい。
というか今俺のいる森は月宗国でも南方に位置するので、このレベルの魔物が居るのは珍しいんだが。まったく見ないわけではないが、不運の類ではあるだろう。
なんにせよ、レベル6の俺には難しい相手である。
野盗たちは可哀想だが助けに入る余裕は無い。
見た感じ炎が弱点のマンティコアっぽいから、ピクシーの魔法を上手く使えば勝てるかもしれないが、無傷でと言う訳にはいかないだろう。
そもそも戦闘が得意でない俺のことだから無茶はできない。
総合的に判断し、俺はこの場から離れることにした。野盗たちは囮である。
しかし誰かを犠牲にする苦渋の判断を下した俺をあざ笑うかのように、更なる事態が起こった。
「グゥゥルルル……!」
俺の背後の森から、もう一頭のマンティコアが姿を現したのだ。
■ □ ■ □ ■ □
向こうのマンティコアに気を取られて、背後を監視するクロウの視界の方に意識を向けていなかったのが失敗だった。
野盗たちの方でも悲鳴が上がる。あっちでも始まったようだ。
くそっ、やるしかないのか。
「ピクシー!」
内心で毒づきながら俺が出した指示を受け、ピクシーが火の玉を生み出す。
ランク2の火魔法「ファイアボール」だ。
「ガアァッ!?」
火の玉の存在にマンティコアが怯む。
この反応ならこいつの弱点は火で間違いないだろう。やつの動揺の隙に、俺はクロウを呼び戻す。
「やけちゃえーっ!」
呼び戻したクロウがマンティコアの顔の周囲をひらひらと舞い、やつがそれに注意を向けた瞬間、ピクシーのファイアボールが炸裂する。
「グギィアアア!」
「やったか!」
フラグじゃないぞ。もの凄く効いている。
体の表面を舐めるように広がる炎、そしてそれに身を焼かれる痛みが間違いなくダメージを与えている。
「ピクシー、追撃だ! ランク3をぶつけろ」
「わかった! いっけー、ファイアランス!」
マンティコアが火魔法に苦しんでいる間に追撃が飛ぶ。
着弾の前にクロウが毒の尾に刺されて一羽やられたが、ピクシーのファイアランスはきちんと効果を発揮し、マンティコアの体を貫いて燃え上がった。
「ギャアアアアアア!」
人の断末魔のような耳障りな声だ。
だが、これは効いている。流石にこのレベルの魔物だから死んではいないだろうが、ピクシー一体で十分倒せる気がしてきた。魔力的にピクシーはもう一体召喚できるから、向こう側のマンティコアも狩れるぞ。
そう、思っていた時期が俺にもありました。
「あ、あれ……?」
「やったー! しんだーっ!」
プスプスと煙をあげて、動かないマンティコア。死んだのか?
「うわ、マジでやったのか」
マジかよ。あっけなさ過ぎるぞ。
前情報は嘘だったのか?
いや、弱点をぶち抜いたらこんなもんなのかもしれない。
「まあいい、それより向こう側だ」
そう。まだ向こうにいるマンティコアが残っているのだ。ここで気を抜くわけにはいかない。
クロウがやられた時のノックバックによる疲弊と酩酊感が辛いが、戦力補充のためそれを押してピクシーをもう一体召喚する。
「こいっ、ピクシー!」
光の粒子が集合し、姿を現したのは紫のワンピースを来た幼女だ。
一体目が赤だったから2Pカラーだな。
「……こんにちわ」
「お、おう」
あれ、このピクシーうるさくない。ジト目のロリ魔法使いって感じだ。
というか召喚魔って個性あるんだな。初めて知ったぞ。
となるとあんだけ召喚したクロウにも……。
いやいや突っ込みたいところ、考察したいところが出てきたが、今この状況を無視する訳には行かない。
俺は遺跡の向こう側に向かう。
悲鳴が聞こえてくるから、まだいるはずだ。
「た、助けてくれぇっ!」
遺跡の前庭へ出ると、野盗のうち一人は完全に血だまりに沈んで動かない。
そしてもう一人は絶賛齧られ中であった。
「ピクシー、構うな! いけっ!」
今まさに齧られている野盗はもう助からない。
そう判断し、俺は容赦なく行くように指示を出す。
ピクシーたちは返事も無く、俺の要望に応えた。
ピクシーA(うるさい方)がランク1の火魔法「ファイアボルト」をわざと誤射する。
火の矢が地面に突き立ち、そちらに注意が削がれたマンティコアに、ピクシーB(うるさくない方)のファイアボールが着弾した。
「グギャアアアアアアァ!」
そこからは文字通り、先ほどの焼き直しだ。
体の表面を焼かれてのたうつマンティコアに、ピクシー二体による火魔法のつるべ打ちである。
そしてものの数分後には、魔物の焼けた死体が転がっていた。
■ □ ■ □ ■ □
俺はマンティコアの死体に近寄り、槍の石突でつついて本当に死んでいるかを確認する。その後、さっきからか細い声で俺を呼ぶ野盗の男の下へ向かった。
「た、助けてくれてありがとよ……」
「ああ……」
男は助かってなどいない。
今も手で押さえてはいるが、首から血があふれ出て止まらない。これでは数分もすれば冷たくなっているだろう。
「俺はよ、小せえときから悪やっててよ……ごほっ……」
ああこれは、辞世の句というかなんというか、今際のきわの言葉ってやつか。
俺を呼び付けたくせに焦点が合わない男の瞳を見て、ぼんやりとそう思った。
黙るのを怯えるように男が話すその内容は、正直胸糞の悪くなるものだった。
恐喝、窃盗、殺人、強姦。ステータススキル法を使わず、ギルドに縛られず、やり方を変え土地を変え、上手くやって来たのだと言う。
男の口調は自身を擁護するような部分もあったが、俺には全く共感できないものばかりだった。ただ、最後なのだからと何も言わずそれを聞いた。
しかし、男の最後の言葉で状況が一変する。
「へ、へへっ、最近はよ、女も囲ってそこそこ悠々自適に暮らしててよ……まだアジトにいると思うぜ……」
「お前……」
「冒険者さんよ、俺は悪やってきたが、道連れなんてのは趣味じゃねえや。乱暴に扱ったから駄目かも知らんが、ごほっ、生き直せそうなやつがいたら、連れてってやってくれや……」
長々と話しておいて、言いたかったのはこのことだったのか。
自身の来歴を語ったのは、この男の言う「囲っていた女」の状況を説明するためか、あるいは「実はいい人だった」なんて俺に思われるのが嫌だったのかもしれない。
悪なりの矜持と言うやつだろう。
まあ、これを俺に知らせる時点で、この男に悪党なりの良心があったことは事実だろうな。それで誰が救われるわけでも無いとは思うが。
「……さて、しゃあない。もう人頑張りだ」
俺はアジトとやらの場所を少し聞き出した後、囚われた女たちを救出しに、森へと歩き始めることにした。




