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75 帰宅


 昨日から、リクイはニニンドを探していた。


 朝には宮殿で仕事をしていたはずなのに、その後から姿が見えなくなった。

 お付きには出かけるとは告げて行ったということだが、どこへ行くとも、いつ帰るとも言ってはいないという。


 こんな大事な時に、自分に一言も告げないで、どこへ行ってしまったのだろうか。

 待つというのは辛い。悪いことばかり、考えて、腹の底が焦げていく気がする。待つ人の気持ちを考えてはいないのかと怒りさえこみ上げてくる。


 心配と怒りの繰り返し、ニニンドはもう子供ではないんだし、無事ならそれでいいことにしよう、と決めてみても、それは長くは続かない。打ち寄せる心の波の抑え方がわからない。じっとしていられない。

 

 リクイは日が暗くなると、得意ではないのにひとりで屋根に上り、ニニンドの帰りを待った。しかし、その夜は、いつもで待っても、戻ってくる気配がなかった。


 もしかして、とリクイはあることをふと思った。サララのところへ行ったのだろうか、まさか。



*


 夕方、大気が冷え始めた頃、旋風が蒸気のような大量の白い息を吐きながら、戻って来た。

 

ニニンドが旋風から降りた時、厩舎の陰からリクイが突如現れたので、ニニンドは手綱をつかんだまま、その場に立ち尽くした。


「どこへ行っていたんだい」

  リクイが近づいて、きつい調子で言った。

 

ニニンドは手綱を引いて、彼の前を無言で通りすぎた。


「今がどんな危機的状況にあるのか、知っているだろう。それなのに、勝手にもふらふらと出かけたりして、考えられない」

 

 リクイはニニンドの後ろをついて行った。

 

 ニニンドは何か言って旋風を世話係に渡したが、リクイには何も語ろうとしないし、目を合わそうとしない。

 

ニニンドは早足で自分の宮殿に向かい、自分の寝室にはいろうとしたところで、リクイがその腕をしっかと掴まえた。


「どうして無視するんだ。ぼく達、親友ではなかったのかい」

 

 ニニンドがようやく足を止めて、振り向いた。

 

  リクイの顔は子供が泣き出す時のように歪んで、鼻が赤くなっていて、瞳が濡れていた。


「ふらふらと出かけていたわけじゃない。親友だから、言えないんだ」

 

 ニニンドが「ごめん」とリクイの両肩に手を回して抱こうとした時、 リクイがその手を、強引に振り解いた。


「どう話せばよいのか、言葉が、見つからないんだよ」

 ニニンドが辛そうな表情をした。


「どうして」


「きみを傷つけてしまうかもしれないからだよ」


「どこに行って来たの?」


「サララのところ」

 

「サララのところへ行くなら、言ってくれればいいのに」


「言おうとはしたんだ」


  ニニンドが大きく息を吸った。


「でも、リクイに言ったら怒って、絶対に止めるだろ。きみには怒ってほしくなかったし、止められたくもなかったんだ」


「ニニンド、今がどんな時なのか、きみが一番わかっているはずなのに。きみは命を狙われているかもしれないというのに」


「知っているよ。だから、そんな時だからこそ、……」


「生命より、大事なことがあるのかい」


「あるよ。リクイはなぜそんなに怒っているの。きみらしくもない」


「らしくもないって、どういうことだよ。ぼくだって、怒ることはあるさ」

 

 リクイが床を蹴った。


「おれはこうやってちゃんと帰って来たじゃないか。リクイ、もし、行き先がサララのところでなかったら、こんなに憤慨したかい」


「わからないよ、そんなこと。わかったのは、きみという人間は、こんな時にまでふらふらするということだ」


「こんな時だから、はっきりしておきたかったんだ。サララに申し込んだ」


「なにを」


「結婚だよ」


 えっ。

 

 リクイは思わず視線を外したが、すぐに戻して、ニニンドを睨みつけた。


「馬鹿にするなよな。サララを側室のひとりにでもするつもりかい?」


「正式な妻だよ」


「何を言っているんだい。サララが妃になれないことくらい、わかっているじゃないか」


「どうしてなれないと決めるの」

 

ニニンドがリクイの肩を押した。「きみは頭がいいけど、そこが限界のようだな。おれはできると信じる。おれが王になったら、サララは王妃だ。そしておれの王妃は生涯ただひとり」


「何とでも言葉では言えるから。本当なら、その証拠を見せてくれ」


「何を見せればいいんだい。それを教えてくれたら、何でも見せるから、言ってほしい」


 本気なのか。リクイはまじろぎもせずにニニンドの瞳を覗き込んだ。 


「行く前に、リクイの部屋の前までは行ったんだけど、伝えることができなかった」


「なぜ?」


 奇妙な沈黙の時間が流れ、それぞれが、次の言葉を捜して迷っていた。


「きみがサララを好きなのを知っていたからだよ」


「ぼくの何を知っているんだい。サララは子供の時から知っている近所に住む姉さんだから、もちろん好きだけど、きみみたいな、そういう好きとは違う。だから、心配しなくてもよかったのに」


「そうなのかい」


 そうだ、そうに決まっているだろ、とリクイが頷いた。


「探していたんだよ、昨日から、ずっと」


「心配をかけて、すまない」


 かろうじて瞳に溜まっていたリクイの涙が、頬を走った。


「リクイ、ごめん。本当にごめん」


  ニニンドがリクイを引き寄せた。

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