↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
75/86

74 砂漠の音


 その明け方、サララが目を覚ますと、ニニンドの顔がすぐそばにあった。


 サララはその横顔を眺め、自分の人差し指を見つめた。最初に会った時、あれはラクダレースの後、この指でニニンドのすべすべの頬に触れたことがあった。あれが出会い。あの時、ニニンドの頬は冷たくて硬かったけれど、今夜の頬は柔らかくて、熱かった。


 役者みたいな顔をした彼とは、二度と会うことはないと思っていたけれど、逮捕されて、また会うことになった。突然、捕えられて牢屋にぶちこまれた時には頭にきたけれど、あのことがあって会えるようになったのだから、人生はわからない。

 

 わたしは「逆境に強い女」だと思われているかもしれないけれど、そう恰好をつけているだけで、本当は逆境には強くない。普通の女子より弱いかもしれない。そこを意地でがんばっているだけ。


 もし、この先でもうがんばれなくなって途方に暮れた時、すぐに絶望しないで、待ってみるのもひとつのやり方かもしれない。運命が、良い方向に導いてくれると信じよう。


サララはむくっと起き上がって、洞窟の入口の焚き火に小枝をくべた。乾いた小枝がちりちりと音を立てて、黄色やオレンジの炎を伸ばしていた。

 うれしい気持ちがこみあがってきて、もう眠りたくない。

 

 ニニンドが来て後ろから肩を抱いた。


「ああ、びっくり」

 とサララが飛び上がった。


「ごめん、驚かすつもりはなかったよ」

 ニニンドの声がまだ眠たそうにかすれていた。


「こんな朝は初めてだ」

 とニニンドが空気を吸い込んだ。


「何が」


「空気が。音も、においも」


「これがわたしの知っている朝」


「山の朝は緑のにおいがして、鳥や動物たちでけっこう騒々しかったなぁ」


「山賊時代ね」


「うん」


「山の朝、いいね」


「朝はいつもいいね」


「うん。いつもいい」


「サララはとても真剣な顔をしていたけど、何を考えていたの?」


「どうでも、いいこと」


「なに?」


「もし、もしわたしが絶世の美女で、もっと自信があったら、こんな心騒ぎはしなかったのかなと」


「そんなことか」


「そんなことじゃない」


「サララは誰よりきれいだよ。でも、その不安、わかる。こっちもだよ」


「そうなの?」


「うん。おれは人を愛したら、不安や恐れがなくなるか と思っていたけれど、逆だよね」

 

 ニニンドはサララを両手で抱いて笑った。


「心配で仕方がないよ」


「サララがラクダから落ちた夢を見て飛び起きたんだ。冷たい汗が吹き出た」


「わたしも、ニニが死んだら、どうしようかと思った。絶対に、死なないでね」


「どうやら、おれ達はしんどい道に入ってしまったようだ」


「戻る?」


「戻るわけがない。やっとここまで来れたんだ。戻れるわけないだろ」


「サララは?」


「わたしは退屈には弱いけど、トラブルには強い女さ、何度、乗り越えてきたと思っているの? しんどい道、行こうじゃないの」


  いつものサララに戻った。


「サララが眠った後、この近くを歩いてみたんだ」


「砂漠は慣れていないと戻れなくなるから、気をつけて」


「その時、砂漠の音を聞いたよ」


「砂漠には音がないから、聞こえたのはたぶん風の音」


「風かな。とても小さな音。どこか広い場所で、草が揺れているような、大地が呼吸をしているような音だった」


「ああ。風でないとしたら、それはニニ自身の音。前にリキタが、身体の中の音が聞こえるんだと教えてくれたことがある」


「砂漠では、自分の音が聞こえるのかい」


 ニニンドが感動したのを見て、サララが微笑んだ。


「ほら、あそこに、流れ星。今夜はたくさん落ちてくる」


 とサララが指をさした。「前は流れ星を見るとね、これでこの星の一生が終わったのかと思ったものよ」


「おれもそう思うけど、違うの?」


「流れ星は星じゃないから」


「じゃ、何?」


「正体は、星の塵とか埃で、星ではないとリクイが言ってた」


「リクイは何でも知っているね。流れ星は星ではなくて、ごみなのかい」


「リクイがこんな風に説明してくれた。例えば、星が木だとしたら、流れ星は木に咲いた 花の小さな花びら。小さな花びらが宇宙をすごい勢いで飛んで来て、地球にたどり着こうとする時に、空で花火になる。花びらは花火になっても、肝心の星は宇宙で生きているというわけ。きれいな話じゃない」


「そうなのか。聞いてよかった。今夜から流れ星を見るたびに、そのことを思い出すよ。星が死んでいくわけじゃないんだ。星は遠くで生きている」


 また銀色の流れ星が、広い夜空を斜めに横切った。


 ニニンドは砂漠の中で、自分の音というものをはじめて聞いた。これまで、自分には音がなかったと思う。ただ日々を生きていくだけで、夢というものがなかったから。でも、今はこんな状況の中でも、おれには夢がある。


  でも、自分だけは弱すぎてできないと思ったこともあったけれど、こうやって生きてこられて、サララを見つけた。 出会ってくれて、ありがとう。約束してくれて、ありがとう。


 今日は昨日の続きでも、約束したから、今日からの自分は昨日とは違う。この決心は忘れないつもりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。