76 親友
「リクイの気持ちは知っていた、でも、こんな時だから、サララに気持ちを伝えておきたかったんだ。何も伝えないで、この世から消えてしまうのはいやだ。だって、この思いは、私がようやくめぐり逢った最高のものなのに、それを伝えないで死んだら、この世には、何も残らないんだよ」
ニニンドが手で口を覆った。
「ぼくだってさ、きみとサララの気持ちは知っていたよ。でも、ニニンド、きみはもてすぎるから、心配していたんだ」
「何が心配なんだい」
「サララが傷つくことになるのではないかってことだよ」
ニニンドが口から手を離して、いいや、と首を振った。
「そんなことは、絶対にしない」
「……うん。ニニンド、きみを信じるしかない。親友を信じることにするよ」
「信じてくれ。おれ達はずっと親友だ」
リクイが身体の向きを変えて、ニニンドを正面に見て言った。
「ぼくがきみのことを探していたのは、話したいことがあったからなんだよ」
「それは、なに」
「ぼくはエルドリア共和国へ行くことに決めたんだ」
「どうして」
「医者になるために」
「諦めたんじゃなかったのかい。おれのせいなのかい」
ニニンドが取り返しのつかないことをしてしまった人のように、顔を歪めた。
「いや、きみのせいじゃないよ」
リクイは休みのたびにハニカ医師のところに手伝いに行っていた。アカイ村には医者がいないから、そこの医師になりたいと思っていた。しかしハニカが、医者という仕事の厳しさを語った時、リクイは自分には到底できないと断念したのだった。
リクイが一度諦めたのに、再び医者になる決断をしたのは、旭夜町から帰った夜、サララがニニンドを殴りつけたところを見たからだった。サララの本気を見たと思った。サララはニニンドを愛している。
ハニカはリクイの固い決心を知り、宮廷での学校が終わったら、留学してはどうかと助言した。しかし、リクイはこの国から離れるつもりは全くないし、外国で勉強する自信もない。そばで勉強させてくださいと頼んだ。
しかし、きみならできる。やるべきだとハニカが強く勧めたのだった。
「この決心がサララとは全く関係がないと言いたいけど、そう言ったら、嘘をつくことになる」
リクイは下を向いて、ふっと笑い、それからゆっくりと顔を上げてニニンドを見た。
「でも、ぼくは知っているんだ。サララがきみを振ったとしても、サララはぼくのところには来はしないってこと。だから、姉さんなんだって、言ってるだろう」
「どうしたら、これまで通り、きみがここにいてくれるのだろうか。そういうわけにはいかないのかい」
「ニニンドにはすまないと思っている。きみの助けをするために、国がぼくを招いてくれたことを知っている。ぼくはね、前から医者のような人を助ける仕事がしたいとは思っていたんだ。でも、なれるはずがなかった。でも、ここで一流の先生について勉強をさせてもらって、その上、給料までもらっていたんだ。だから、でも、それなのに……」
「国が才能を育てるのは当然の義務なのだから、そんなこと気にすることはない。これからも、才能はどんどん育てていくよ」
「きみはもうすっかり指導者の顔だね」
「司令官なんだぜ。おれがきみなしでは、やっていけないと思っているのかい」
ニニンドは涙をこらえてはみたものの、うまくいかなかった。
「れは子供の頃からひとりで荒っぽい連中を束ねてきたんだ。十六人だぜ。すごいだろ。今はもう大人なんだし、大事な奥さんを見つけたし、優秀な部下もたくさんいる。国を束ねることくらい、できないはずがないじゃないか」
「うん。きみなら国を束ねるくらい、朝飯前だよね」
リクイが笑って、すすり上げた。
「おれは大丈夫だから。リクイは立派な医者になって、病気の人を助けてほしい。その方が、何十倍、何百倍もの意味がある」
「ありがとう、ニニンド」
「リクイ、感謝しているのはこっちだよ」
「それはない」
「おれはリクイと出会って、こんなに誠実に、一生懸命生きる人を初めて見たんだ。こういうふうに生きるのが本当なんだって思った。ここからはちゃんとやるから、見捨てないでほしい」
「何を言っているんだい。見捨てるとか、そういうことはあるはずがないだろ」
「遠くに行って、新しい友達ができても、おれのことを忘れないでほしい」
「ニニンドのことは、忘れたくても、忘れられないよ。きみのほうこそ、どんなに偉い人になっても、ぼくのことを忘れないでほしい」
ニニンドが近づいて、その肩を抱いた。
「忘れたくても、忘れられない。リクイは親友だからね」
リクイがここを去ったら、これまでのような日々はもうないのだという思いが、ニニンドの中を走った。ここは通り過ぎなければならない通過点だとは分かっていても、胸に沸き上がって来る感情は、雨が降った後の濁流のようで、次の言葉がなかなか見つからない。




